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  1. 2018.04.30 사랑과 미(美)에 대하여 - 일본어
  2. 2018.04.30 사랑과 미(美)에 대하여 - 한국어

사랑과 미(美)에 대하여(愛と美について)

다자이 오사무(太宰 治) (1939)

일본어 원문


 兄妹、五人あって、みんなロマンスが好きだった。長男は二十九歳。法学士である。ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱さを庇(かば)う鬼の面(めん)であって、まことは弱く、とても優しい。弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ、愚劣だと言いながら、その映画のさむらいの義理人情にまいって、まず、まっさきに泣いてしまうのは、いつも、この長兄である。それにきまっていた。映画館を出てからは、急に尊大に、むっと不気嫌になって、みちみち一言も口をきかない。生れて、いまだ一度も嘘言(うそ)というものをついたことがないと、躊躇(ちゅうちょ)せず公言している。それは、どうかと思われるけれど、しかし、剛直、潔白の一面は、たしかに具有していた。学校の成績は、あまりよくなかった。卒業後は、どこへも勤めず、固く一家を守っている。イプセンを研究している。このごろ人形の家をまた読み返し、重大な発見をして、頗(すこぶ)る興奮した。ノラが、あのとき恋をしていた。お医者のランクに恋をしていたのだ。それを発見した。弟妹たちを呼び集めて、そのところを指摘し、大声叱咤(しった)、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、どうだか、と首をかしげて、にやにや笑っているだけで、一向に興奮の色を示さぬ。いったいに、弟妹たちは、この兄を甘く見ている。なめている風(ふう)がある。長女は、二十六歳。いまだ嫁がず、鉄道省に通勤している。フランス語が、かなりよくできた。脊丈(せたけ)が、五尺三寸あった。すごく、痩(や)せている。弟妹たちに、馬、と呼ばれることがある。髪を短く切って、ロイド眼鏡をかけている。心が派手で、誰とでもすぐ友達になり、一生懸命に奉仕して、捨てられる。それが、趣味である。憂愁、寂寥(せきりょう)の感を、ひそかに楽しむのである。けれどもいちど、同じ課に勤務している若い官吏に夢中になり、そうして、やはり捨てられたときには、そのときだけは、流石(さすが)に、しんからげっそりして、間(ま)の悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間も寝て、それから頸(くび)に繃帯(ほうたい)を巻いて、やたらに咳(せき)をしながら、お医者に見せに行ったら、レントゲンで精細にしらべられ、稀(まれ)に見る頑強の肺臓であるといって医者にほめられた。文学鑑賞は、本格的であった。実によく読む。洋の東西を問わない。ちから余って自分でも何やら、こっそり書いている。それは本箱の右の引き出しに隠して在る。逝去(せいきょ)二年後に発表のこと、と書き認(したた)められた紙片が、その蓄積された作品の上に、きちんと載せられているのである。二年後が、十年後と書き改められたり、二カ月後と書き直されたり、ときには、百年後、となっていたりするのである。次男は、二十四歳。これは、俗物であった。帝大の医学部に在籍。けれども、あまり学校へは行かなかった。からだが弱いのである。これは、ほんものの病人である。おどろくほど、美しい顔をしていた。吝嗇(りんしょく)である。長兄が、ひとにだまされて、モンテエニュの使ったラケットと称する、へんてつもない古ぼけたラケットを五十円に値切って買って来て、得々(とくとく)としていたときなど、次男は、陰でひとり、余りの痛憤に、大熱を発した。その熱のために、とうとう腎臓(じんぞう)をわるくした。ひとを、どんなひとをも、蔑視(べっし)したがる傾向が在る。ひとが何かいうと、けッという奇怪な、からす天狗(てんぐ)の笑い声に似た不愉快きわまる笑い声を、はばからず発するのである。ゲエテ一点張りである。これとても、ゲエテの素朴な詩精神に敬服しているのではなく、ゲエテの高位高官に傾倒しているらしい、ふしが、無いでもない。あやしいものである。けれども、兄妹みんなで、即興の詩など、競作する場合には、いつでも一ばんである。できている。俗物だけに、謂(い)わば情熱の客観的把握(はあく)が、はっきりしている。自身その気で精進すれば、あるいは一流作家になれるかも知れない。この家の、足のわるい十七の女中に、死ぬほど好かれている。次女は、二十一歳。ナルシッサスである。ある新聞社が、ミス・日本を募っていたとき、あのときには、よほど自己推薦しようかと、三夜身悶(みもだ)えした。大声あげて、わめき散らしたかった。けれども、三夜の身悶えの果、自分の身長が足りないことに気がつき、断念した。兄妹のうちで、ひとり目立って小さかった。四尺七寸である。けれども、決して、みっともないものではなかった。なかなかである。深夜、裸形で鏡に向い、にっと可愛く微笑してみたり、ふっくらした白い両足を、ヘチマコロンで洗って、その指先にそっと自身で接吻して、うっとり眼をつぶってみたり、いちど、鼻の先に、針で突いたような小さい吹出物して、憂鬱のあまり、自殺を計ったことがある。読書の撰定に特色がある。明治初年の、佳人之奇遇、経国美談などを、古本屋から捜して来て、ひとりで、くすくす笑いながら読んでいる。黒岩涙香(るいこう)、森田思軒(しけん)などの、飜訳物をも、好んで読む。どこから手に入れて来るのか、名の知れぬ同人雑誌をたくさん集めて、面白いなあ、うまいなあ、と真顔で呟(つぶや)きながら、端から端まで、たんねんに読破している。ほんとうは、鏡花をひそかに、最も愛読していた。末弟は、十八歳である。ことし一高の、理科甲類に入学したばかりである。高等学校へはいってから、かれの態度が俄然(がぜん)かわった。兄たち、姉たちには、それが可笑(おか)しくてならない。けれども末弟は、大まじめである。家庭内のどんなささやかな紛争にでも、必ず末弟は、ぬっと顔を出し、たのまれもせぬのに思案深げに審判を下して、これには、母をはじめ一家中、閉口している。いきおい末弟は、一家中から敬遠の形である。末弟には、それが不満でならない。長女は、かれのぶっとふくれた不気嫌の顔を見かねて、ひとりでは大人(おとな)になった気でいても、誰も大人と見ぬぞかなしき、という和歌を一首つくって末弟に与え、かれの在野遺賢の無聊(ぶりょう)をなぐさめてやった。顔が熊の子のようで、愛くるしいので、きょうだいたちが、何かとかれにかまいすぎて、それがために、かれは多少おっちょこちょいのところがある。探偵小説を好む。ときどきひとり部屋の中で、変装してみたりなどしている。語学の勉強と称して、和文対訳のドイルのものを買って来て、和文のところばかり読んでいる。きょうだい中で、母のことを心配しているのは自分だけだと、ひそかに悲壮の感に打たれている。

 父は、五年まえに死んでいる。けれども、くらしの不安はない。要するに、いい家庭だ。ときどき皆、一様におそろしく退屈することがあるので、これには閉口である。きょうは、曇天、日曜である。セルの季節で、この陰鬱の梅雨が過ぎると、夏がやって来るのである。みんな客間に集って、母は、林檎(りんご)の果汁をこしらえて、五人の子供に飲ませている。末弟ひとり、特別に大きいコップで飲んでいる。

 退屈したときには、皆で、物語の連作をはじめるのが、この家のならわしである。たまには母も、そのお仲間入りすることがある。

「何か、無いかねえ。」長兄は、尊大に、あたりを見まわす。「きょうは、ちょっと、ふうがわりの主人公を出してみたいのだが。」

「老人がいいな。」次女は、卓の上に頬杖(ほおづえ)ついて、それも人さし指一本で片頬を支えているという、どうにも気障(きざ)な形で、「ゆうべ私は、つくづく考えてみたのだけれど、」なに、たったいま、ふと思いついただけのことなのである。「人間のうちで、一ばんロマンチックな種属は老人である、ということがわかったの。老婆は、だめ。おじいさんで無くちゃ、だめ。おじいさんが、こう、縁側にじっとして坐っていると、もう、それだけで、ロマンチックじゃないの。素晴らしいわ。」

「老人か。」長兄は、ちょっと考える振りをして、「よし、それにしよう。なるべく、甘い愛情ゆたかな、綺麗(きれい)な物語がいいな。こないだのガリヴァ後日物語は、少し陰惨すぎた。僕は、このごろまた、ブランドを読み返しているのだが、どうも肩が凝る。むずかしすぎる。」率直に白状してしまった。

「僕にやらせて下さい。僕に、」ろくろく考えもせず、すぐに大声あげて名乗り出たのは末弟である。がぶがぶ大コップの果汁を飲んで、やおら御意見開陳。「僕は、僕は、こう思いますねえ。」いやに、老成ぶった口調だったので、みんな苦笑した。次兄も、れいのけッという怪しい笑声を発した。末弟は、ぶうっとふくれて、

「僕は、そのおじいさんは、きっと大数学者じゃないか、と思うのです。きっと、そうだ。偉い数学者なんだ。もちろん博士さ。世界的なんだ。いまは、数学が急激に、どんどん変っているときなんだ。過渡期が、はじまっている。世界大戦の終りごろ、一九二〇年ごろから今日まで、約十年の間にそれは、起りつつある。」きのう学校で聞いて来たばかりの講義をそのまま口真似してはじめるのだから、たまったものでない。「数学の歴史も、振りかえって見れば、いろいろ時代と共に変遷して来たことは確かです。まず、最初の段階は、微積分学の発見時代に相当する。それからがギリシャ伝来の数学に対する広い意味の近代的数学であります。こうして新しい領分が開けたわけですから、その開けた直後は高まるというよりも寧(むし)ろ広まる時代、拡張の時代です。それが十八世紀の数学であります。十九世紀に移るあたりに、矢張りかかる階段があります。すなわち、この時も急激に変った時代です。一人の代表者を選ぶならば、例えば Gauss. g、a、u、ssです。急激に、どんどん変化している時代を過渡期というならば、現代などは、まさに大過渡期であります。」てんで、物語にもなんにもなってやしない。それでも末弟は、得意である。調子が出て来た、と内心ほくほくしている。「やたらに煩瑣(はんさ)で、そうして定理ばかり氾濫(はんらん)して、いままでの数学は、完全に行きづまっている。一つの暗記物に堕してしまった。このとき、数学の自由性を叫んで敢然立ったのは、いまのその、おじいさんの博士であります。えらいやつなんだ。もし探偵にでもなったら、どんな奇怪な難事件でも、ちょっと現場を一まわりして、たちまちぽんと、解決してしまうにちがいない。そんな頭のいい、おじいさんなのだ。とにかく、Cantor の言うたように、」また、はじまった。「数学の本質は、その自由性に在る。たしかに、そうだ。自由性とは、Freiheit の訳です。日本語では、自由という言葉は、はじめ政治的の意味に使われたのだそうですから、Freiheit の本来の意味と、しっくり合わないかも知れない。Freiheit とは、とらわれない、拘束されない、素朴のものを指していうのです。frei でない例は、卑近な所に沢山あるが、多すぎてかえって挙げにくい。たとえば、僕のうちの電話番号はご存じの通り4823ですが、この三桁(けた)と四桁(けた)の間に、コンマをいれて、4,823と書いている。巴里(パリ)のように48 | 23とすれば、まだしも少しわかりよいのに、何でもかでも三桁(けた)おきにコンマを附けなければならぬ、というのは、これはすでに一つの囚(とらわ)れであります。老博士はこのようなすべての陋習(ろうしゅう)を打破しようと、努めているのであります。えらいものだ。真なるもののみが愛すべきものである、とポアンカレが言っている。然り。真なるものを、簡潔に、直接とらえ来ったならば、それでよい。それに越したことがない。」もう、物語も何もあったものでない。きょうだいたちも、流石に顔を見合せて、閉口している。末弟は、更にがくがくの論を続ける。「空論をお話して一向とりとめがないけれど、それは恐縮でありますが、丁度このごろ解析概論をやっているので、ちょっと覚えているのですが、一つの例として級数についてお話したい。二重もしくは、二重以上の無限級数の定義には、二種類あるのではないか、と思われる。画を書いてお目にかけると、よくわかるのですが、謂わば、フランス式とドイツ式と二つある。結果は同じ様なことになるのだが、フランス式のほうは、すべての人に納得の行くように、いかにも合理的な立場である。けれども、いまの解析の本すべてが、不思議に、言い合せたように、平気でドイツ式一方である。伝統というものは、何か宗教心をさえ起させるらしい。数学界にも、そろそろこの宗教心がはいりこんで来ている。これは、絶対に排撃しなければならない。老博士は、この伝統の打破に立ったわけであります。」意気いよいよあがった。みんなは、一向に面白くない。末弟ひとり、まさにその老博士の如くふるいたって、さらにがくがくの論をつづける。

「このごろでは、解析学の始めに集合論を述べる習慣があります。これについても、不審があります。たとえば、絶対収斂(しゅうれん)の場合、昔は順序に無関係に和が定るという意味に用いられていました。それに対して条件的という語がある。今では、絶対値の級数が収斂する意味に使うのです。級数が収斂し、絶対値の級数が収斂しないときには項の順序をかえて、任意の limit に tend させることができるということから、絶対値の級数が収斂しなければならぬということになるから、それでいいわけだ。」少し、あやしくなって来た。心細い。ああ、僕の部屋の机の上に、高木先生の、あの本が載せてあるんだがなあ、と思っても、いまさら、それを取りに行って来るわけにもゆくまい。あの本には、なんでも皆、書かれて在るんだけれど、いまは泣きたくなって、舌もつれ、胴ふるえて、悲鳴に似たかん高い声を挙げ、

「要するに。」きょうだいたちは、みな一様にうつむいて、くすと笑った。

「要するに、」こんどは、ほとんど泣き声である。「伝統、ということになりますると、よほどのあやまちも、気がつかずに見逃してしまうが、問題は、微細なところに沢山あるのです。もっと自由な立場で、極く初等的な万人むきの解析概論の出ることを、切に、希望している次第であります。」めちゃめちゃである。これで末弟の物語は、終ったのである。

 座が少し白けたほどである。どうにも、話の、つぎほが無かった。皆、まじめになってしまった。長女は、思いやりの深い子であるから、末弟のこの失敗を救済すべく、噴き出したいのを我慢して、気を押し沈め、しずかに語った。

「ただいまお話ございましたように、その老博士は、たいへん高邁(こうまい)のお志を持って居られます。高邁のお志には、いつも逆境がつきまといます。これは、もう、絶対に正確の定理のようでございます。老博士も、やはり世に容れられず、奇人よ、変人よ、と近所のひとたちに言われて、ときどきは、流石に侘(わ)びしく、今夜もひとり、ステッキ持って新宿へ散歩に出ました。夏のころの、これは、お話でございます。新宿は、たいへんな人出(ひとで)でございます。博士は、よれよれの浴衣に、帯を胸高(むなだか)にしめ、そうして帯の結び目を長くうしろに、垂れさげて、まるで鼠の尻尾(しっぽ)のよう、いかにもお気の毒の風采(ふうさい)でございます。それに博士は、ひどい汗かきなのに、今夜は、ハンカチを忘れて出て来たので、いっそう惨めなことになりました。はじめは掌(てのひら)で、お顔の汗を拭い払って居りましたが、とてもそんなことで間に合うような汗ではございませぬ。それこそ、まるで滝のよう、額から流れ落ちる汗は、一方は鼻筋を伝い、一方はこめかみを伝い、ざあざあ顔中を洗いつくして、そうしてみんな顎(あご)を伝って胸に滑り込み、その気持のわるさったら、ちょうど油壺(あぶらつぼ)一ぱいの椿油(つばきあぶら)を頭からどろどろ浴びせかけられる思いで、老博士も、これには参ってしまいました。とうとう浴衣の袖で、素早く顔の汗を拭い、また少し歩いては、人に見つからぬよう、さっと袖で拭い拭いしているうちに、もう、その両袖ながら、夕立に打たれたように、びしょ濡れになってしまいました。博士は、もともと無頓着(むとんじゃく)なお方でございましたけれども、このおびただしい汗には困惑しちゃいまして、ついに一軒のビヤホールに逃げ込むことに致しました。ビヤホールにはいって、扇風器のなまぬるい風に吹かれていたら、それでも少し、汗が収りました。ビヤホールのラジオは、そのとき、大声で時局講話をやっていました。ふと、その声に耳をすまして考えてみると、どうも、これは聞き覚えのある声でございます。あいつでは無いかな? と思っていたら、果して、その講話のおわりにアナウンサアが、その、あいつの名前を、閣下という尊称を附して報告いたしました。老博士は、耳を洗いすすぎたい気持になりました。その、あいつというのは、博士と高等学校、大学、ともにともに、机を並べて勉強して来た男なのですが、何かにつけて要領よく、いまは文部省の、立派な地位にいて、ときどき博士も、その、あいつと、同窓会などで顔を合せることがございまして、そのたびごとに、あいつは、博士を無用に嘲弄(ちょうろう)するのでございます。気のきかない、げびた、ちっともなっていない陳腐な駄洒落(だじゃれ)を連発して、取り巻きのものもまた、可笑しくもないのに、手を拍(う)たんばかりに、そのあいつの一言一言に笑い興じて、いちどは博士も、席を蹴(け)って憤然と立ちあがりましたが、そのとき、卓上から床にころげ落ちて在った一箇の蜜柑(みかん)をぐしゃと踏みつぶして、おどろきの余り、ひッという貧乏くさい悲鳴を挙げたので、満座抱腹絶倒して、博士のせっかくの正義の怒りも、悲しい結果になりました。けれども、博士は、あきらめません。いつかは、あいつを、ぶんなぐるつもりで居ります。そいつの、いやな、だみ声を、たったいまラジオで聞いて、博士は、不愉快でたまりませぬ。ビイルを、がぶ、がぶ、飲みました。もともと博士は、お酒には、あまり強いほうでは、ございません。たちまち酩酊(めいてい)いたしました。辻占売(つじうらうり)の女の子が、ビヤホールにはいって来ました。博士は、これ、これ、と小さい声で、やさしく呼んで、おまえ、としはいくつだい? 十三か。そうか。すると、もう五年、いや、四年、いや三年たてば、およめに行けますよ。いいかね。十三に三を足せば、いくつだ。え? などと、数学博士も、酔うと、いくらかいやらしくなります。少し、しつこく女の子を、からかいすぎたので、とうとう博士は、女の子の辻占を買わなければならない仕儀にたちいたりました。博士は、もともと迷信を信じません。けれども今夜は、先刻のラジオのせいもあり、気が弱っているところもございましたので、ふいとその辻占で、自分の研究、運命の行く末をためしてみたくなりました。人は、生活に破れかけて来ると、どうしても何かの予言に、すがりつきたくなるものでございます。悲しいことでございます。その辻占は、あぶり出し式になって居ります。博士はマッチの火で、とろとろ辻占の紙を焙(あぶ)り、酔眼をかっと見ひらいて、注視しますと、はじめは、なんだか模様のようで、心もとなく思われましたが、そのうちに、だんだん明確に、古風な字体の、ひら仮名が、ありありと紙に現われました。読んでみます。

 おのぞみどおり

 博士は莞爾(かんじ)と笑いました。いいえ、莞爾どころではございませぬ。博士ほどのお方が、えへへへと、それは下品な笑い声を発して、ぐっと頸を伸ばしてあたりの酔客を見廻しましたが、酔客たちは、格別相手になっては呉(く)れませぬ。それでも博士は、意に介しなさることなく、酔客ひとりひとりに、はは、おのぞみどおり、へへへへ、すみません、ほほほ、なぞと、それは複雑な笑い声を、若々しく笑いわけ、撒(ま)きちらして皆に挨拶いたし、いまは全く自信を恢復(かいふく)なされて、悠々とそのビヤホールをお出ましになりました。

 外はぞろぞろ人の流れ、たいへんでございます。押し合い、へし合い、みんな一様に汗ばんで、それでもすまして、歩いています。歩いていても、何ひとつ、これという目的は無いのでございますが、けれども、みなさん、その日常が侘びしいから、何やら、ひそかな期待を抱懐していらして、そうして、すまして夜の新宿を歩いてみるのでございます。いくら、新宿の街を行きつ戻りつ歩いてみても、いいことは、ございませぬ。それは、もうきまって居ります。けれども幸福は、それをほのかに期待できるだけでも、それは幸福なのでございます。いまのこの世の中では、そう思わなければ、なりませぬ。老博士は、ビヤホールの廻転ドアから、くるりと排出され、よろめき、その都会の侘びしい旅雁(りょがん)の列に身を投じ、たちまち、もまれ押されて、泳ぐような恰好で旅雁と共に流れて行きます。けれども、今夜の老博士は、この新宿の大群衆の中で、おそらくは一ばん自信のある人物なのでございます。幸福をつかむ確率が最も大きいのでございます。博士は、ときどき、思い出しては、にやにや笑い、また、ひとり、ひそかにこっくり首肯して、もっともらしく眉を上げて吃(き)っとなってみたり、あるいは全くの不良青少年のように、ひゅうひゅう下手な口笛をこころみたりなどして歩いているうちに、どしんと、博士にぶつかった学生があります。けれども、それは、あたりまえです。こんな人ごみでは、ぶつかるのがあたりまえでございます。なんということもございません。学生は、そのまま通りすぎて行きます。しばらくして、また、どしんと博士にぶつかった美しい令嬢があります。けれども、これもあたりまえです。こんな混雑では、ぶつかるのは、あたりまえのことでございます。なんということも、ございませぬ。令嬢は、通りすぎて行きます。幸福は、まだまだ、おあずけでございます。変化は、背後から、やって来ました。とんとん、博士の脊中を軽く叩いたひとがございます。こんどは、ほんとう。」

 長女は伏目がちに、そこまで語って、それからあわてて眼鏡をはずし、ハンケチで眼鏡の玉をせっせと拭きはじめた。これは、長女の多少てれくさい思いのときに、きっとはじめる習癖である。

 次男が、つづけた。

「どうも、僕には、描写が、うまくできんので、――いや、できんこともないが、きょうは、少しめんどうくさい。簡潔に、やってしまいましょう。」生意気である。「博士が、うしろを振りむくと、四十ちかい、ふとったマダムが立って居ります。いかにも奇妙な顔の、小さい犬を一匹だいている。

 ふたりは、こんな話をした。

 ――御幸福?

 ――ああ、仕合せだ。おまえがいなくなってから、すべてが、よろしく、すべてが、つまり、おのぞみどおりだ。

 ――ちぇっ、若いのをおもらいになったんでしょう?

 ――わるいかね。

 ――ええ、わるいわ。あたしが犬の道楽さえ、よしたら、いつでも、また、あなたのところへ帰っていいって、そうちゃんと約束があったじゃないの。

 ――よしてやしないじゃないか。なんだ、こんどの犬は、またひどいじゃないか。これは、ひどいね。蛹(さなぎ)でも食って生きているような感じだ。妖怪(ようかい)じみている。ああ、胸がわるい。

 ――そんなにわざわざ蒼(あお)い顔して見せなくたっていいのよ。ねえ、プロや。おまえの悪口言ってるのよ。吠えて、おやり。わん、と言って吠えておやり。

 ――よせ、よせ。おまえは、相変らず厭味(いやみ)な女だ。おまえと話をしていると、私は、いつでも脊筋が寒い。プロ。なにがプロだ。も少し気のきいた名前を、つけんかね。無智だ。たまらん。

 ――いいじゃないの。プロフェッサアのプロよ。あなたを、おしたい申しているのよ。いじらしいじゃないの。

 ――たまらん。

 ――おや、おや。やっぱり、お汗が多いのねえ。あら、お袖なんかで拭いちゃ、みっともないわよ。ハンケチないの? こんどの奥さん、気がきかないのね。夏の外出には、ハンケチ三枚と、扇子、あたしは、いちどだってそれを忘れたことがない。

 ――神聖な家庭に、けちをつけちゃ困るね。不愉快だ。

 ――おそれいります。ほら、ハンケチ、あげるわよ。

 ――ありがとう。借りて置きます。

 ――すっかり、他人におなりなすったのねえ。

 ――別れたら、他人だ。このハンケチ、やっぱり昔のままの、いや、犬のにおいがするね。

 ――まけおしみ言わなくっていいの。思い出すでしょう? どう?

 ――くだらんことを言うな。たしなみの無い女だ。

 ――あら、どっちが? やっぱり、こんどの奥さんにも、あんなに子供みたいに甘えかかっていらっしゃるの? およしなさいよ、いいとしをして、みっともない。きらわれますよ。朝、寝たまま足袋をはかせてもらったりして。

 ――神聖な家庭に、けちをつけちゃ、こまるね。私は、いま、仕合せなんだからね。すべてが、うまくいっている。

 ――そうして、やっぱり、朝はスウプ? 卵を一つ入れるの? 二つ入れるの?

 ――二つだ。三つのときもある。すべて、おまえのときより、豊富だ。どうも、私は、いまになって考えてみるに、おまえほど口やかましい女は、世の中に、そんなに無いような気がする。おまえは、どうして私を、あんなにひどく叱ったのだろう。私は、わが家にいながら、まるで居候(いそうろう)の気持だった。三杯目には、そっと出していた。それは、たしかだ。私は、あのじぶんには、ずいぶん重大な研究に着手していたんだぜ。おまえには、そんなこと、ちっともわかってやしない。ただ、もう、私のチョッキのボタンがどうのこうの煙草の吸殻がどうのこうの、そんなこと、朝から晩まで、がみがみ言って、おかげで私は、研究も何も、めちゃめちゃだ。おまえとわかれて、たちどころに私は、チョッキのボタンを全部、むしり取ってしまって、それから煙草の吸殻を、かたっぱしから、ぽんぽんコーヒー茶碗にほうりこんでやった。あれは、愉快だった。実に、痛快であった。ひとりで、涙の出るほど、大笑いした。私は、考えれば、考えるほど、おまえには、ひどいめにあっていたのだ。あとから、あとから、腹が立つ。いまでも、私は、充分に怒っている。おまえは、いったいに、ひとをいたわることを知らない女だ。

 ――すみません。あたし、若かったのよ。かんにんしてね。もう、もう、あたし、判ったわ。犬なんか、問題じゃなかったのね。

 ――また、泣く。おまえは、いつでも、その手を用いた。だが、もう、だめさ。私は、いま、万事が、おのぞみどおりなのだからね。どこかで、お茶でも飲むか。

 ――だめ。あたし、いま、はっきり、わかったわ。あなたと、あたしは、他人なのね。いいえ、むかしから他人なのよ。心の住んでいる世界が、千里も万里も、はなれていたのよ。一緒にいたって、お互い不幸の思いをするだけよ。もう、きれいにおわかれしたいの。あたし、ね、ちかく神聖な家庭を持つのよ。

 ――うまく行きそうかね。

 ――大丈夫。そのかたは、ね、職工さんよ。職工長。そのかたがいなければ、工場の機械が動かないんですって。大きい、山みたいな感じの、しっかりした方(かた)。

 ――私とは、ちがうね。

 ――ええ、学問は無いの。研究なんか、なさらないわ。けれども、なかなか、腕がいいの。

 ――うまく行くだろう。さようなら。ハンケチ借りて置くよ。

 ――さようなら。あ、帯がほどけそうよ。むすんであげましょう。ほんとうに、いつまでも、いつまでも、世話を焼かせて。……奥さんに、よろしくね。

 ――うん。機会があれば、ね。」

 次男は、ふっと口をつぐんだ。そうして、けッと自嘲した。二十四歳にしては、流石に着想が大人(おとな)びている。

「あたし、もう、結末が、わかっちゃった。」次女は、したり顔して、あとを引きとる。「それは、きっと、こうなのよ。博士が、そのマダムとわかれてから、沛然(はいぜん)と夕立ち。どうりで、むしむし暑かった。散歩の人たちは、蜘蛛(くも)の子を散らすように、ぱあっと飛び散り、どこへどう消え失せたのか、お化けみたい、たったいままで、あんなにたくさん人がいたのに、須臾(しゅゆ)にして、巷(ちまた)は閑散、新宿の舗道には、雨あしだけが白くしぶいて居りました。博士は、花屋さんの軒下に、肩をすくめて小さくなって雨宿りしています。ときどき、先刻のハンケチを取り出して、ちょっと見て、また、あわてて、袂(たもと)にしまいこみます。ふと、花を買おうか、と思います。お宅で待っていらっしゃる奥さんへ、お土産に持って行けば、きっと、奥さんが、よろこんでくれるだろうと思いました。博士が、花を買うなど、これは、全く、生れてはじめてのことでございます。今夜は、ちょっと調子が変なの。ラジオ、辻占、先夫人、犬、ハンケチ、いろいろのことがございました。博士は、花屋へ、たいへんな決意を以(もっ)て突入して、それから、まごつき、まごつき、大汗かいて、それでも、薔薇(ばら)の大輪、三本買いました。ずいぶん高いのには、おどろきました。逃げるようにして花屋から躍り出て、それから、円タク拾って、お宅へ、まっしぐら。郊外の博士のお宅には、電燈が、あかあかと灯って居ります。たのしいわが家(や)。いつも、あたたかく、博士をいたわり、すべてが、うまくいって居ります。玄関へはいるなり、

 ――ただいま! と大きい声で言って、たいへんなお元気です。家の中は、しんとして居ります。それでも、博士は、委細かまわず、花束持って、どんどん部屋へ上っていって、奥の六畳の書斎へはいり、

 ――ただいま。雨にやられて、困ったよ。どうです。薔薇の花です。すべてが、おのぞみどおり行くそうです。

 机の上に飾られて在る写真に向って、話かけているのです。先刻、きれいにわかれたばかりのマダムの写真でございます。いいえ、でも、いまより十年わかいときの写真でございます。美しく微笑(ほほえ)んでいました。」まず、ざっと、こんなものだ、と言わぬばかりに、ナルシッサスは、再び、人さし指で気障な頬杖やらかして、満座をきょろと眺め渡した。

「うん。だいたい、」長兄は、もったいぶって、「そんなところで、よろしかろう。けれども、――」長兄は、長兄としての威厳を保っていなければならぬ。長兄は、弟妹たちに較べて、あまり空想力は、豊富でなかった。物語は、いたって下手くそである。才能が、貧弱なのである。けれども、長兄は、それ故に、弟妹たちから、あなどられるのも心外でならぬ。必ず、最後に、何か一言、蛇足(だそく)を加える。「けれども、だね、君たちは、一つ重要な点を、語り落している。それは、その博士の、容貌についてである。」たいしたことでもなかった。「物語には容貌が、重大である。容貌を語ることに依って、その主人公に肉体感を与え、また聞き手に、その近親の誰かの顔を思い出させ、物語全体に、インチメートな、ひとごとでない思いを抱かせることができるものです。僕の考えるところに依れば、その老博士は、身長五尺二寸、体重十三貫弱、たいへんな小男である。容貌について言うなれば、額は広く高く、眉は薄く、鼻は小さく、口が大きくひきしまり、眉間(みけん)に皺(しわ)、白い頬ひげは、ふさふさと伸び、銀ぶちの老眼鏡をかけ、まず、丸顔である。」なんのことはない、長兄の尊敬しているイプセン先生の顔である。長兄の想像力は、このように他愛がない。やはり、蛇足の感があった。

 これで物語が、すんだのであるが、すんだ、とたんに、また、かれらは、一層すごく、退屈した。ひとつの、ささやかな興奮のあとに来る、倦怠(けんたい)、荒涼、やりきれない思いである。兄妹五人、一ことでも、ものを言い出せば、すぐに殴り合いでもはじまりそうな、険悪な気まずさに、閉口し切った。

 母は、ひとり離れて坐って、兄妹五人の、それぞれの性格のあらわれている語りかたを、始終にこにこ微笑んで、たのしみ、うっとりしていたのであるが、このとき、そっと立って障子をあけ、はっと顔色かえて、

「おや。家の門のところに、フロック着たへんなおじいさん立っています。」

 兄妹五人、ぎょっとして立ち上った。

 母は、ひとり笑い崩れた。


Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)

사랑과 미(美)에 대하여(愛と美について)

다자이 오사무(太宰 治) (1939)

번역 : 위어조자


 남매 다섯이 있어 모두 로망스를 좋아했다. 장남은 스물 아홉. 법학사였다. 사람을 대할 때에 조금 거만하게 구는 나쁜 버릇이 있으나, 이는 그 자신의 연약함을 가리기 위한 가면이어서, 사실은 매우 약하고 착하다. 남매들과 영화를 보러 가서는, 이건 졸작이다, 어리석다고 하면서도 그 영화에 나오는 사무라이들 간의 의리와 인정에 압도 되어 우선 먼저 울어버리는 것은 항상 큰 형이다. 언제나 그래왔다. 영화관을 나와서는 갑자기 거만해져 심술이 난 것처럼 잠시 동안 한 마디도 안 한다. 태어나서 지금까지 한 번도 거짓말이라는 것을 한 적이 없다며 주저 없이 공언한다. 그것이 사실인지 어떤지는 모르겠으나 여하튼 강직하고도 결백한 그 일면은 과연 가지고 있었다. 학교 성적은 그리 좋지 않았다. 졸업 후에는 어디에도 취직하지 않고 굳건하게 가정을 자키고 있다. 헨릭 입센을 연구하고 있었다. 요즘 ‘인형의 집’을 다시 읽고 있다가 중대한 발견을 했다며 매우 흥분했다. 노라는 그 때 사랑을 하고 있었다. 의사인 랭크를 사랑하고 있었던 것이다. 그것을 발견했다. 동생들을 불러 모아놓고는 그 점을 지적하면서 대성질타(大聲叱咤)를 해가며 설명에 노력했으나 헛수고였다. 동생들은 글쎄 라고 하며 고개를 갸우뚱 거리거나 빙그레 웃고 있을 뿐 도무지 흥분한 기색이 없다. 아무래도 동생들은 그 형을 얕보고 있는 것 같다. 깔보고 있는 듯하기도 하다. 큰 딸은 스물 여섯, 아직 시집도 가지 않고 철도성에 근무하고 있다. 프랑스어를 매우 잘했다. 키가 160센티였다. 매우 말랐다. 동생들에게 ‘말’이라고 불린 적이 있다. 머리카락이 짧았으며 로이드 안경을 끼고 있다. 마음이 활발하여 누구와도 금새 친구가 되고는 열심히 봉사한 후, 버려진다. 그것이 취미다. 우수(憂愁)와 적요(寂寥)를 남몰래 즐기고 있는 것이다. 하지만 한 번 같은 부서에 근무하는 젊은 관리에 미치고, 그리고 역시 버려졌을 때에는, 그 때만은 역시 기운이 쭉 빠져 눈 밑이 검게 되고 폐가 나빠졌다며 거짓말을 하고서 일주일 동안이나 자리에 눕고는, 목에 붕대를 감고 자주 기침을 하며 병원에 갔더니 엑스레이를 찍은 후, 보기 드물 정도로 튼튼한 폐를 가졌다며 칭찬 받았다. 문학감상은 수준급이었다. 대단히 잘 읽는다. 동서를 불문한다. 나아가서는 스스로도 무언가를 몰래 적고 있다. 그것은 책장 오른쪽 서랍에 숨겨두고 있다. 서거 2년 후에 발표할 것, 이라고 적힌 종이 조각이 그 축적된 작품 위에 놓여있는 것이다. 2년 후가 10년 후로 바뀌기도 하고 2개월 후라고 고쳐지기도 했으며, 때로는 100년 후가 되어 있을 때도 있다. 차남은 스물 네 살. 이는 속물이었다. 동경제국대학 의학부에 다닌다. 하지만 별로 학교에는 안 갔다. 몸이 약한 것이다. 이 동생은 정말로 몸이 안 좋았다. 놀라울 정도로 아름다운 얼굴을 하고 있었다. 미색 바로 그 것이다. 큰 형이 어떤 사람한테 속아 몽테뉴가 썼던 라켓이라며 말도 안 되는 라켓을 50 엔으로 깎아서 사 오고는 자랑스럽게 여기고 있었을 때에도 차남은 그늘에서 너무도 분개한 나머지 고열이 났다. 그 열 때문에 결국 신장까지 나빠졌다. 사람을, 어떤 사람이라도 멸시하려는 경향이 있다. 사람과 마주 대할 때는 항상 ‘쳇’ 이라며 도깨비 웃음소리와도 같은, 매우 기분 나쁜 웃음소리를 서슴없이 내뱉는다. 괴테 만을 일편단심으로 사랑한다. 그것도 괴테의 소박한 시에 대한 정신을 존경하고 있는 것이 아니라 괴테가 고위관직자였다는 점에 대해 경의를 나타내고 있는 듯 한 눈치가 없지 않아 있다. 의심스럽기 짝이 없다. 그러나 형제들 모두가 즉흥시 같은 것을 서로 만들 때에는 언제나 일등이었다. 머리가 좋다. 속물인 만큼 이른바 정열의 객관적인 파악을 정확하게 한다. 스스로도 마음 먹고 노력하면 어쩌면 일류작가가 될 지도 모른다. 이 집에 있는, 다리가 불편한 열 일곱 살의 식모가 죽도록 사모하고 있다. 둘째 딸은 스물 한 살, 나르시시즘에 빠져 있다. 어떤 신문사가 미스 일본을 모집했을 때, 그 때는 정말 자기추천을 할까 하고 사흘 동안 고민했다. 큰 소리로 난리도 쳤다. 그러나, 사흘 밤낮을 고민한 끝에 자신의 키가 부족하다는 점을 깨닫고 포기했다. 남매 중에서 유독 그녀만 작았다. 143센티다. 하지만 절대 흉하지 않았다. 꽤 잘 난 편이다. 밤중에 옷을 모두 벗고는 거울을 보며 귀엽게 웃어보기도 하고, 풍요롭고도 하얀 두 다리를 수세미 콜론으로 씻고서 그 발가락 끝에 살며시 자기가 입을 맞추고는 가만히 눈을 감고 있다거나, 한 번은 코 끝에 마치 바늘로 찌른 것처럼 작은 여드름이 나자 우울증을 앓은 끝에 자살을 시도한 적도 있다. 독서 선정에 특색이 있다. 메이지 초년에 가인지기우(佳人之奇遇), 경국미담(經國美談) 등을 헌책방에서 구해와서는 혼자서 싱글싱글 웃으며 읽고 있는다. 쿠로이와 루이코, 모리타 시겐 등의 번역물들도 자주 읽는다. 어디서 구해오는지 이름 모를 동인잡지를 많이 모아와서는 재미있다, 잘 썼다, 라며 진지한 얼굴로 중얼거리면서 구석구석까지 열심히 독파한다. 사실은 ‘이즈미 쿄오카(泉 鏡花)’를 가장 좋아했다. 막내는 열 여덟 살이다. 올해 제일고등학교 이과(理科) 갑종에 입학했다. 고등학교에 들어가고서는 그의 태도가 180도 변했다. 형들이나 누나들은 그런 모습이 재미있어 어쩔 줄을 모른다. 하지만 막내는 그야 말로 진지했다. 가정 내에서 일어나는 어떤 사소한 분쟁에도 반드시 막내는 쓰윽 얼굴을 내밀고는 부탁하지도 않았는데도 심사숙고하며 판결을 내리는데, 이러는 막내에 대해서는 어머니를 비롯하여 온 가족이 할 말을 잃는다. 그리하여 가족들은 막내를 견제하고 있는 듯하다. 막내는 그 점이 매우 불만스럽다. 큰 딸은 그의 불만에 가득 찬 얼굴을 보다 못해, 혼자서는 어른이 된 것 같지만 아무도 어른으로 보지 않는다는 시를 하나 적어 막내에게 주고는 그의 재야유현(在野遺賢)의 무료함을 달래주었다. 얼굴이 곰 새끼처럼 사랑스러우므로 형제들이 너도나도 보살펴 주어서인지 그는 다소 덜렁거리는 구석이 있다. 탐정소설을 좋아한다. 가끔 혼자 방에서 변장해보기도 한다. 어학 공부라며 코난 도일의 대역본 소설을 사 와서는 일어로 된 부분만 읽고 있다. 남매 중에서 어머니를 걱정하고 있는 것은 자기 뿐이라며 혼자서 비장함에 젖어 있다.


 아버지는 5년 전에 돌아가셨다. 하지만 생활상 불안감은 없다. 즉, 좋은 가정이다. 가끔 모두 하나같이 끔찍할 정도로 적적할 때가 있는데, 이럴 때는 할 말을 잃는다. 오늘은 흐린 일요일이다. 아직은 쌀쌀하나 이 우울한 장마가 지나면 여름이 온다. 모두 거실에 모여 어머니는 사과쥬스를 갈아 만들어 다섯 남매들에게 먹이고 있다. 막내 혼자만 제일 큰 컵에 마시고 있다.


 적적할 때에는 모두 모여서 연작소설을 만드는 것이 이 집의 관례다. 가끔은 어머니도 함께 한다.


 “뭔가 없을까?” 큰 형은 거만하게 주위를 돌아본다. “오늘은 조금 특이한 주인공을 등장시키고 싶은데 말이다.”


 “노인이 좋겠어.” 둘째 딸은 테이블 위에 턱을 괴고서, 그것도 검지로 한쪽 턱을 받치고 있는, 애써 멋 떨어지는 모습으로, “어제 난 밤새도록 생각해봤는데.” 사실 지금 문득 떠오른 생각일 뿐이다. “사람 중에서 가장 로맨틱한 종속은 노인이라는 걸 알아냈어. 노파는 안돼. 할아버지라야 해. 할아버지가 이렇게 툇마루에 가만히 앉아 있으면 그것 만으로도 낭만적이잖아. 멋진 것 같애.”


 “노인이라.” 큰 형은 조금 생각하는 척하다가, “좋아, 그걸로 하자. 가급적 달콤하고 애정 풍부한, 아름다운 이야기가 좋겠다. 예전에 했던 걸리버의 뒷이야기는 너무 좀 음산했어. 나는 요즘 다시 블랜드를 읽고 있는데 아무래도 좀 피곤해. 너무 어려워.” 솔직하게 고백하고 말았다.


 “제가 할게요. 저요.” 제대로 생각하지 않고 바로 큰 소리를 친 것은 막내였다. 벌컥벌컥 큰 컵에 든 쥬스를 마시고는 말문을 열기 시작한다. “저는, 저는 이렇게 생각하는데 말입니다.” 유난히 어른스러운 말투였으므로 모두 씁쓸한 웃음을 지었다. 둘째 형도 그 ‘쳇’ 하는 웃음소리를 냈다. 막내는 화가 난 표정을 지으면서,


 “저는, 그 할아버지는 분명 대수학자가 아닐까 생각합니다. 분명 그렇다구요. 위대한 수학자입니다. 물론 박사죠. 세계적인 인물이에요. 오늘날에는 수학이 급격히 크게 발달하고 있거든요. 과도기가 시작되고 있는 겁니다. 세계대전이 끝날 무렵 1920년경부터 오늘날까지 약 10년 간에 걸쳐 그와 같은 현상이 일어나고 있습니다.” 어제 학교에서 들은 수업을 그대로 따라 하고 있는 것이니 큰 일이다. “수학의 역사도 되돌아보면 그 시대와 함께 여러 가지 모습으로 변전해온 것은 확실합니다. 우선 최초의 단계는 미적분학의 발견시대에 해당합니다. 그리고는 그리스 시대의 수학에 대한 넓은 의미의 근대적 수학입니다. 이리하여 새로운 영역이 펼쳐지게 되었는데, 그 펼쳐진 직후는, 높아진다기 보다는 넓어지는 시대, 확장의 시대입니다. 그것이 18세기의 수학입니다. 19세기로 넘어갈 때에는 역시 단계가 있습니다. 즉 이 때도 급격하게 변한 시대입니다. 한 명의 대표자를 꼽으라면, 예컨대 Gauss, ga, u, ss입니다. 크게 변화하고 있는 시대를 과도기라고 한다면 현대는 그야말로 대과도기입니다.” 도무지 스토리가 전혀 없다. 그래도 막내는 의기양양이다. 발동이 걸리기 시작했다며 승승장구다. “그저 이것저것 많기만 하고, 그리고 정리(定理)만이 범람하여 지금까지의 수학은 정체상태에 빠져 들었습니다. 하나의 암기물로 전락하고 말았지요. 이 때 수학의 자유성을 주장하여 홀연히 일어선 것이 지금 그 나이든 박사님입니다. 훌륭한 분이죠. 만약 탐정이라도 되었다면 어떤 기괴한 사건도 잠깐 현장을 한 바퀴 돌기만 하면 손쉽게 해결해버릴 겁니다. 그런 머리가 좋은 할아버지입니다. 아무튼 Cantor가 말하듯,” 또 시작이다. “수학의 본질은 그 자유성에 있습니다. 분명 그렇죠. 자유성이란 Freiheit를 번역한 것입니다. 일어로 ‘자유’라는 말은 처음에 정치적인 의미로 사용되었다고 하니 Feiheit가 같은 본래의 의미와 잘 부합하지 않을 지도 모릅니다. Feiheit란 얽매이지 않는, 구속 받지 않는 소박한 것을 가리키고 있다는 것입니다. frei가 아닌 예로는 여기저기에 많습니다만 너무 많아서 오히려 예를 들기도 힘듭니다. 이를테면 우리 집 전화번호는 아시다시피 4823인데 이 세 자리와 네 자리 사이에 쉼표를 써서 4,823이라고 씁니다. 파리처럼 48|23이라고 하면 그래도 좀 알기 쉬운데도 무엇이든 세 자리마다 쉼표를 찍어야만 한다는 것은, 이는 벌써 일종의 얽매임입니다. 나이든 박사님은 이와 같은 모든 악습을 타파하기 위해 노력하고 있는 것입니다. 대단한 인물이죠. 진실된 것만을 사랑해야 한다고 푸앵카레는 말합니다. 바로 그겁니다. 진실된 것을 간결하게 직접 파악하면 그것으로 충분합니다. 더할 나위 없겠지요.“ 이제 줄거리도 이야기도 아니다. 형제들도 과연 서로 얼굴을 마주보며 할 말을 잃었다. 막내가 계속 말을 이어간다. “공론을 말씀 드려 송구스럽고, 그건 죄송합니다만 마침 요즘 해석개론을 하고 있기에 조금 기억합니다만 한 예로서 ‘급수’에 대해 말씀 드리고 싶습니다. 이중 혹은 이중 이상의 무한급수에 관한 정의로는 두 종류가 있지 않을까 합니다. 도표를 그려서 보여드리면 이해에 도움이 되실 텐데, 이른바 프랑스식과 독일식 두 방법이 있습니다. 결과는 같게 나오는데 프랑스식이 모든 사람들에게 이해가 되도록 매우 합리적인 방법입니다. 그러나 지금 해석학에 관한 책 모두가 이상하게도 서로 약속이라도 한 듯 아무렇지도 않게 독일식만 고집합니다. 전통이라는 것은 어딘지 모르게 종교심마저 일으키게 하는 듯합니다. 수학계에도 서서히 이 종교심이 침투하고 있습니다. 이것은 절대로 배척해야만 합니다. 나이든 박사님은 이 전통에 대한 타파를 원하고 있는 것입니다.” 드디어 불이 붙었다. 다른 사람들은 도무지 재미가 없다. 막내 혼자서 그야말로 마치 자기가 나이든 박사라도 된 듯 흥분하며 말을 잇는다.


 “요즘 들어서 해석학을 비롯하여 집합론을 말하는 습관이 있습니다. 이것에 대해 의심이 가는 점이 있습니다. 예를 들어 절대수렴(絶對收斂)의 경우 예전에는 순서에 상관없이 합이 정해진다는 뜻으로 사용되었습니다. 이에 대해 조건적이라는 말이 있습니다. 지금은 절대치의 급수가 수렴되는 뜻으로 사용합니다. 급수가 수렴되고 절대치의 급수가 수렴되지 않을 때에는 항의 순서를 바꾸어 임의로 limit에 tend 시킬 수 있다는 점을 이용하여 절대치의 급수가 수렴되지 않는다는 것이므로, 그걸로 족한 것입니다.” 조금 의심스러워진다. 자신감이 떨어진다. 아아, 내 방 책상 위에 타카기 선생님의, 그 책이 있는데, 라고 생각해도 이제 와서 그 책을 가지러 갈 수도 없다. 그 책에는 무엇이든 모두 적혀있는데, 지금은 울고 싶고, 혀도 꼬이고, 가슴도 떨려 비명에 가까운 높은 목소리를 내며,


 “그러므로.” 남매들은 모두 하나같이 고개를 숙이고는 웃었다.


 “그러므로,” 이번에는 거의 울먹인다. “전통, 이라는 것이라 함은 웬만한 과오도 놓치고 말지만 문제는 미세한 곳에 많이 있다는 것입니다. 더 자유로운 입장에 서서 극히 초등적인, 만인을 위한 해석개론이 나오기를 간절히 희망하고 있습니다.” 엉망진창이다. 이로서 막내의 이야기는, 끝이 났다.


 자리가 조금 어색해졌을 정도다. 도무지 이야기의 맥락이 없었다. 모두 진지해지고 말았다. 장녀는 마음씨가 착한 아이였기에 막내의 이 실패를 구제하고자 억지로 웃음을 참으며 마음을 가라앉히고 조용히 말했다.


 “방금 말이 있었던 것처럼 그 나이든 박사님은 매우 고매한 뜻을 가지고 계십니다. 고매한 뜻에는 항상 역경이 따라다닙니다. 이것은 정말 정확한 법칙 같은 것입니다. 나이든 박사님도 역시 세상에 의해 받아들여지지 못하여 이웃사람들로부터 ‘기인이다’, ‘이상한 사람이다’ 라며 아무리 박사님이라 해도 가끔은 쓸쓸하여 오늘 밤도 홀로 지팡이를 들고 신쥬쿠로 산책을 나갔습니다. 이건 여름 무렵의 이야기입니다. 신쥬쿠는 대단한 인파였습니다. 박사님은 헐렁한 옷차림에 띠를 가슴 높이에 매고, 그리고 띠의 매듭을 길게 뒤로 늘어뜨려서, 마치 생쥐 꼬랑지와도 같았으며, 매우 딱한 모습이었습니다. 더구나 박사님은 매우 땀을 많이 흘리는데, 오늘 밤은 손수건을 잊고 와서 더욱 딱하게 되었습니다. 처음에는 손바닥으로 얼굴에 흐르는 땀을 닦았으나, 도무지 그 정도로 해결되는 땀이 아닙니다. 그야말로 마치 폭포처럼 이마에서부터 흐르는 땀은, 한쪽은 콧등을 따라서, 또 한 쪽은 관자놀이를 따라 흘러 얼굴을 온통 씻어 내린 다음 모두 턱을 따라 가슴으로 흘러 들어갔으며, 그 찝찝함은 마치 기름이 가득 찬 기름단지를 머리 위로부터 뒤집어 쓴 듯하여, 나이든 박사님도 어떻게 해야 할지 모르는 지경입니다. 결국 옷 소매로 재빨리 얼굴에 흐르는 땀을 닦고는 다시 조금 걷고서 사람이 안보이게 슬쩍 소매로 닦곤 하자 이제 그 두 소매는 마치 소나기라도 맞은 듯 온통 축축해지고 말았습니다. 박사님께서는 본래 사소한 일에는 신경을 쓰지 않는 분이셨으나, 이리도 많이 흐르는 땀에는 매우 곤혹스러워 하셨으며, 결국 한 맥줏집으로 달려 들어가기에 이르렀습니다. 맥줏집에 들어가서 선풍기의 미지근한 바람을 쐬고 있노라니, 그래도 조금 땀이 들어갔습니다. 맥줏집에 있는 라디오에서는 그 때 큰 소리로 시국강론을 하고 있었습니다. 문득 그 목소리에 귀를 기울이고 있자 아무래도 귀에 익는 목소리였습니다. ‘그 녀석이 아닐까?’ 하고 듣고 있자 과연 그 강론 끝에 아나운서가 그 녀석의 이름을 ‘각하’라는 존칭을 써가며 소개하고 있었습니다. 나이든 박사님은 귀를 씻어버리고 싶은 심정이었습니다. ‘그 녀석’이라는 인물은 박사님과 고등학교, 대학 모두 함께 동문수학한 자인데 항상 요령이 좋아 지금은 문부성의 훌륭한 자리에 앉아 있어 가끔 박사님도 ‘그 녀석’과 동창회 등에서 만날 때가 있으나 그 때마다 ‘그 녀석’은 박사님을 항상 조롱하는 것이었습니다. 말도 안 되고 촌스럽고 쓸데 없는 진부한 농담을 연발하여, 주변에 있는 사람들까지 전혀 웃기지도 않는데도 박장대소를 하며 그 녀석의 한마디 한마디에 웃고들 있으며, 한 번은 박사님도 자리를 박차고 분연히 일어났으나 그 때 테이블에서 바닥으로 떨어진 한 개의 귤을 밟아 ‘흐익!’ 하고 바보 같은 비명을 질렀기에 자리에 있던 사람들은 배꼽을 잡고, 박사님의 정의로운 분노도 슬픈 결과를 맞이하게 되었습니다. 그러나 박사님은 포기하지 않습니다. 언젠가는 그 녀석을 한 대 후려갈길 생각입니다. 그 녀석의 느끼하고도 탁한 목소리를 방금 라디오에서 듣고서 박사님은 불쾌하여 참을 수가 없습니다. 맥주를 벌컥벌컥 들이마셨습니다. 본래 박사님은, 술은 별로 센 편은 아니었습니다. 금새 술기운이 올랐습니다. 뽑기 팔이 소녀가 맥줏집에 들어왔습니다. 박사님은 이리와, 이리와 하며 작고 부드러운 목소리로 부르고는, 너는 몇 살이니? 열 세살? 그렇구나, 그럼 이제 5년, 아니 4년, 아니 3년 지나면 시집을 갈 수 있구나. 알았니? 13에 3을 더하면 얼마야? 응? 이러면서 수학박사님도 술에 취하면 어느 정도 징그러워집니다. 조금 지나치게 여자 아이를 놀려먹었기에 박사님은 그 아이가 가지고 있는 뽑기를 살 수밖에 없는 입장이 되고 말았습니다. 박사님은 본래 미신을 믿지 않습니다. 하지만 오늘 밤은 방금 전 라디오를 들었던 것도 있고 해서 조금 마음이 약해지기도 해서인지 문득 그 뽑기로 자신의 연구, 운명이 가는 결과를 시험해보고 싶어졌습니다. 사람은 생활이 망가지기 시작하면 아무래도 어떤 예언에 의지하고 싶어지기 마련입니다. 슬픈 일입니다. 그 뽑기는 불에 쬐면 글씨가 나타나게 되어있는 종이입니다. 박사님은 성냥불로 천천히 그 종이를 쬐어, 취한 눈을 크게 뜨고 주시하고 있자, 처음에는 어딘지 모르게 무슨 무늬처럼 보이더니 점점 명확하게 고풍스러운 글자체로 떠올랐습니다. 읽어봅니다.


 만사 형통.


 박사님은 빙그레 웃었습니다. 아니, 빙그레 정도가 아닙니다. 박사님 정도 되는 분이 ‘으흐흐흐’ 라며, 그야말로 저질스러운 웃음소리를 내고는 삐쭉하게 턱을 내밀고서 주위를 돌아보았으나, 취객들은 상대를 해주지 않습니다. 그래도 박사님은 개의치 않는 듯, 취객 한 사람 한 사람에게, 하하, 만사 형통, 흐흐흐흐, 죄송합니다, 허허허, 라며, 그야말로 난해한 웃음소리를 주변 사람들에게 뿌리면서 모두에게 인사를 하고, 이제는 완전히 자신감을 회복하여 유유히 그 맥줏집을 나왔습니다.


 바깥에는 많은 사람들이 오가고 있었으며 정말 대단했습니다. 서로 밀치고 밀리며, 모두 땀에 젖어, 그래도 아닌 척하고 걷고 있습니다. 걸어도 무엇 하나 이렇다 할 목적은 없었으나, 그래도 모두 그 일상생활이 쓸쓸하므로 무언가 비밀스러운 기대감을 안고서, 그리고 아무렇지도 않은 듯 신쥬쿠의 밤거리를 걷고 있는 것입니다. 아무리 신쥬쿠의 거리를 걸어보아도 좋은 일은 없습니다. 그것은 이미 뻔한 일입니다. 그러나 행복은 기대하는 것만으로도 그것은 행복한 것입니다.  지금 이 세상은 그렇게 생각해야 하는 것입니다. 노박사님은 맥줏집의 회전문에서 나와서 비틀거리며 쓸쓸한 거리 행렬에 몸을 내던지고는 금새 이리 밀리고 저리 밀리며 헤엄치듯 인파들과 함께 흘러갑니다. 그러나 오늘밤 노박사님은 이 신쥬쿠의 대군중 속에서 아마도 가장 자신감 넘치는 분이셨습니다. 행복을 잡을 확률이 가장 높았던 것입니다. 박사님은 가끔 머리 속에 떠올리며 히죽히죽 웃으며, 그러다가도 혼자 몰래 목덜미에 힘을 주고 그럴 듯하게 눈썹을 치켜 올려 인상을 써보기도 하고, 아니면 그야말로 불량소년들처럼 하지도 못하는 휘파람을 삑삑 불어보기도 하며 걷고 있었더니 툭 하고 박사님에게 부딪치는 학생이 있었습니다. 하지만 그건 너무나 당연했습니다. 이런 인파들 속에서 부딪치는 건 당연한 일입니다. 학생은 그대로 지나갑니다. 잠시 후 또 툭 하고 박사님에게 부딪친 아름다운 젊은 여성이 있었습니다. 이도 또한 당연합니다. 이런 혼잡 속에서 부딪치는 건 당연한 일입니다. 전혀 특별한 일도 아닙니다. 그 여성은 지나갑니다. 행복은 아직 뒤로 미루어질 전망입니다. 변화는 등뒤에서 다가왔습니다. 톡톡 하고 박사님의 등을 가볍게 두드린 사람이 있었습니다. 이번에는 정말로.”


 장녀가 고개를 약간 숙이고서, 그러고는 서둘러 안경을 빼고 손수건으로 안경 알을 열심히 닦기 시작했다. 이는 장녀가 다소 쑥스러울 때 언제나 시작하는 버릇이다.


 차남이 뒤를 이었다.


 “아무래도 전 묘사를 잘 할 수 없어서 …… 아니, 할 수 없는 건 아니지만 오늘은 조금 귀찮아서요. 간결하게 해버립시다.” 건방진 말투다. “박사님이 뒤를 돌아보자 마흔에 가까운, 조금 살이 찐 부인이 서 있습니다. 지극히 묘한 얼굴을 한 작은 개를 한 마리 안고 있습니다.


 둘은 이런 이야기를 나누었습니다.


 ―― 행복하세요?


 ―― 그럼, 행복하지. 네가 없어진 후로부터 지금까지 좋고, 모두가 즉, 만사 형통이야.


 ―― 흥, 젊은 여자를 얻은 거죠?


 ―― 잘 못 됐나?


 ―― 그럼요. 잘 못 됐어요. 제가 강아지만 끼고 돌지 않는다면 언제라도 다시 당신 곁으로 돌아가도 된다고, 그렇게 약속했었잖아요.


 ―― 그만두지 않았잖아. 뭐야, 이번 이 개는, 정말 이 생긴 꼴이 뭔가. 이거 정말 심했구만. 번데기라도 먹으면서 살고 있는 것처럼 보이는군. 괴기스러울 따름이야. 아이구, 속이 거북하다.


 ―― 그렇게 애써 파랗게 질릴 것 없어요. 얘, 프로야, 네 욕을 하고 있는 거야. 어서 짖어라, 멍 하고 짖어봐.


 ―― 저리 치워, 치우라구. 넌 여전히 사람을 가지고 노는군. 너와 얘기하고 있으면 난 언제나 등줄기가 써늘해져 프로, 뭐가 프로라는 게야. 좀 더 괜찮은 이름을 붙일 수는 없나? 무식하긴, 아아, 참을 수가 없다.


 ―― 어때서요? 프로피서(professor)의 프로예요. 당신을 생각하고 있는 거예요. 얼마나 애처로워요.


 ―― 미치겠구만.


 ―― 어머, 어머. 역시 땀을 많이 흘리시는 군요. 저런, 소매로 닦으면 보기 흉해요. 손수건도 없어요? 이번 부인은 마음 씀씀이가 형편 없군요. 여름날 외출할 때에는 손수건 석 장과 부채, 저는 한 번도 그걸 잊어본 적은 없어요.


 ―― 신성한 가정을 두고 이 말 저 말 하면 곤란해. 불쾌하다구.


 ―― 아무렴요. 자요, 손수건 드릴게요.


 ―― 고맙소. 빌려 두겠소.


 ―― 정말 남처럼 변해버렸군요.


 ―― 헤어지면 남이야. 이 손수건, 역시 예전처럼, 아니, 강아지 냄새가 나는구만.


 ―― 억지로 그러실 필요 없어요. 생각나죠? 어때요?


 ―― 쓸데 없는 소리 말어. 주제를 모르는 여자로군.


 ―― 어머, 누가요? 역시 이번 부인한테도 그렇게 어린 애처럼 의지하고 있나요? 그만 두세요. 나이도 먹을 만큼 먹었으면서, 보기 흉합니다. 미움 받겠어요. 아침에도 누운 채로 양말을 신겨주고 그렇죠?


 ―― 신성한 가정을 두고 쓸데 없는 소릴 하면 곤란해. 난 지금 행복하다구. 모든 것이 잘 되고 있어.


 ―― 그러고는 역시 아침은 수프를 드시나요? 계란은 하나 넣어요, 두 개 넣어요?


 ―― 두 개야. 세 개일 때도 있어. 모든 것이 너와 같이 있을 때보다 풍요로워. 아무래도 내가 지금에 와서 생각해보면 너처럼 잔소리가 심한 여자는 이 세상에 그리 많지 않은 것 같더군. 너는 왜 나를 그렇게 심하게 꾸중을 냈을까. 나는 내 집에 있으면서도 마치 얹혀 사는 것 같은 느낌이었네. 언제나 눈칫밥을 먹고 있는 심정이었어. 그건 분명하다구. 난 그 당시에는 매우 중대한 연구를 시작했었어. 너는 그런 사실을 알지도 못했겠지. 그저 뭐, 조끼의 단추가 어떻다는 둥, 담배꽁초가 어떻다는 둥, 이런 소리를 아침부터 밤까지 지껄이고서, 덕분에 나는 연구고 뭐고 엉망진창이야. 너와 헤어지고 나는 당장 조끼의 단추를 모조리 쥐어뜯고는 담배꽁초를 닥치는 대로 커피잔 속에 집어 던져버렸지. 그건 정말 유쾌했어. 실로 통쾌했다구. 혼자서 눈물이 날 정도로 웃었다네. 난 생각하면 생각할수록 너한테 혹독한 대접을 받았었지. 지난 후에 돌아보면 계속 화가 난다구. 지금도 난 무척이나 화가 나 있어. 넌 대체 사람을 편안하게 할 줄 모르는 여자야.


 ―― 죄송해요. 제가 너무 어렸던 거예요. 용서해줘요. 이젠, 이제 저는 알았어요. 강아지 같은 게 중요한 건 아니었어요.


 ―― 또 운다. 넌 언제까지나 그런 수법을 써왔지. 그러나 더 이상 안돼. 난 지금 만사 형통이라구. 어디 가서 차라도 마실까?


 ―― 아뇨. 전 이제 분명히 알았어요. 저와 당신은 남이군요. 아뇨, 예전부터 남이었어요. 마음이 살고 있는 세계가 천 리, 만 리나 떨어져 있었어요. 함께 있어도 서로 불행해질 뿐이에요. 이제 깨끗하게 헤어지고 싶어요. 전 있잖아요, 머지않아 신성한 가족을 갖거든요.


 ―― 잘 될 것 같나?


 ―― 괜찮아요. 그 분은요, 공장에 계신 분이에요. 공장의 감독님. 그 분이 안 계시면 공장의 기계가 안 움직인대요. 크고 산 같은, 단단하게 생긴 분이에요.


 ―― 나와는 다르군.


 ―― 네, 배운 건 없어요. 연구 같은 건 안 하세요. 하지만 꽤 솜씨가 좋아요.


 ―― 잘 되겠지. 잘 가게나. 손수건은 빌려두겠네.


 ―― 안녕히 가세요. 아, 띠가 풀어질 것 같아요. 묶어 드릴게요. 정말 언제까지나 신경 쓰게 만드시는군요. ……부인 되시는 분께 안부인사 전해주세요. 


 ―― 그러지. 기회가 되면.”


 차남은 문득 입을 다물었다. 그리고는 ‘쳇’ 하고 자조 섞인 웃음을 지었다. 스물 네 살 치고는 과연 착상이 어른스럽다.


 “전 벌써 결과를 알겠네요.” 둘째 딸이 흡족한 표정을 지으며 뒤를 잇는다. “그건 아마 이렇게 될 거예요. 박사님이 그 부인과 헤어지고는 갑자기 소나기가 쏟아지기 시작했어요. 어쩐지 덥더라. 산책하던 사람들은 벌집을 쑤셔놓은 듯 여기저기로 달려가기 시작하자 어디로 가버렸는지 방금 전까지 그렇게 많은 사람들이 있었는데 순식간에 한적해지고, 신쥬쿠의 길가에는 빗줄기만이 하얗게 물보라를 칩니다. 박사님은 꽃집 지붕 밑에 어깨를 좁히고서 비를 피하고 있습니다. 가끔 조금 전에 받은 손수건을 꺼내서 잠시 보고는, 다시 서둘러 집어넣습니다. 문득 꽃을 살까 하고 생각했습니다. 집에서 기다리는 부인에게 선물을 가지고 가면, 분명 부인은 기뻐할 거라 생각했습니다. 박사님이 꽃을 산다는 일은, 이는 정말 태어나서 처음 있는 일입니다. 오늘 밤은 좀 평소같이 않았거든요. 라디오, 뽑기, 헤어진 부인, 강아지, 손수건, 여러 가지 일들이 있었습니다. 박사님은 큰 결심을 하고서 꽃가게로 들어가서는, 그리고는 당황하고 망설이며 땀을 뻘뻘 흐리고, 그래도 큰 장미 세 송이를 샀습니다. 무척 비싼 값에는 놀랐습니다. 도망치듯 꽃가게를 빠져 나와 택시를 타고는 집을 향해 곧바로 돌아갔지요. 교외에 있는 박사님 집에는 불빛이 환하게 비추고 있었습니다. 즐거운 우리집. 언제나 따뜻하게 박사님을 위로해주고 모든 것이 잘 되고 있습니다. 현관에 들어서자마자,


 ―― 다녀왔소! 라고 큰 소리로 인사를 하고, 정말 기운이 넘칩니다. 집안은 조용하고 정적만이 흐르고 있습니다. 그래도 박사님은 전혀 상관하지 않은 채, 꽃다발을 가지고 계속 집 안으로 들어가고는 깊숙한 곳에 자리잡은 서재에 들어가,


 ―― 다녀왔소. 비를 맞아 어쩔 줄을 몰랐다네. 어떤가. 장미꽃이오. 모든 것이 만사형통이라는군. 


 책상 위에 놓인 사진을 보며 말을 걸고 있는 것입니다. 방금 전 깨끗하게 헤어진 부인 사진입니다. 아뇨, 하지만 지금보다 10년 정도 젊었을 때의 사진입니다. 아름답게 미소를 짓고 있습니다.“ 뭐, 이런 식이겠죠, 라는 표정을 지으며 나르시시트는 또다시 검지로 턱을 괴고는 주위를 돌아보았다.


 “응, 그런대로.” 큰 형은 말을 아끼듯, “그 정도면 되겠지. 하지만……” 큰 형은 큰 형으로서의 위엄을 가져야 한다. 큰 형은 동생들에 비해 상상력이 그리 풍부한 편은 아니었다. 이야기는 매우 못 만들었다. 재능이 빈약한 것이다. 그러나 큰 형은 그러기에 동생들이 얕보는 일은 참을 수가 없었다. 반드시 마지막에 무언가 한 마디 사족을 덧붙인다. “하지만 말이지. 너희들은 한 가지 중요한 점을 잊고 있어. 그건 그 박사님의 생김새에 대해서야.” 대단하지도 않은 점이었다. “이야기에는 생김새가 중요하지. 생김새를 말함으로써 그 주인공에게 육체감을 주게 되고, 또한 듣는 쪽에서도 가까운 누군가를 상상하게 만들며, 이야기 전체를 친근하고 남 이야기 같이 않게 만들기도 하지. 내 생각에 의하면 그 나이든 박사님은 키 157센티에 몸무게 48킬로 정도인 매우 자그마한 양반이지. 생김새로 말할 것 같으면 이마가 넓으며 눈썹은 가늘고 코는 작으며, 큰 입은 굳게 닫혀 있고, 미간에는 주름, 하얀 수염은 풍성하게 자랐으며, 은테 돋보기 안경을 쓰고서, 일단 둥근 얼굴이야.” 대단할 건 없다. 큰 형이 존경하는 헨릭 입센 선생의 얼굴이다. 큰 형의 상상력은 이처럼 볼품이 없다. 역시 사족 같은 느낌이었다.


 이로서 이야기는 막을 내렸으나, 끝나자 마자 다시 그들은 예전 보다 더욱 한층 무료함을 느꼈다. 하나의 작은 흥분 뒤에 오는 권태, 황량함을 견딜 수가 없었다. 다섯 남매 모두가 한 마디라도 말을 꺼낸다면 곧 싸움이라도 일어날 것만 같은 분위기에 하나 같이 입을 다물고 있었다.


 어머니는 혼자 떨어져 앉아서는 다섯 남매들 각각의 성격대로 말하는 모습을 항상 웃고 즐기며 흠뻑 빠져 있었는데, 그 때 살며시 일어나 문을 열고서는 갑자기 정색을 하며,


 “어머? 집 문 앞에 코트를 입은 이상한 할아버지가 서 있네.”


 다섯 남매 모두가 깜짝 놀라 일어섰다.


 어머니는 혼자 웃음보를 터뜨렸다.



Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)