'비잔'에 해당되는 글 2건

  1. 2018.04.30 비잔 - 일본어
  2. 2018.04.30 비잔 - 한국어

비잔(眉山:びざん)

다자이 오사무(太宰 治) (1948)

일본어 원문


 これは、れいの飲食店閉鎖の命令が、未(いま)だ発せられない前のお話である。

 新宿辺も、こんどの戦火で、ずいぶん焼けたけれども、それこそ、ごたぶんにもれず最も早く復興したのは、飲み食いをする家であった。帝都座の裏の若松屋という、バラックではないが急ごしらえの二階建の家も、その一つであった。

「若松屋も、眉山(びざん)がいなけりゃいいんだけど。」

「イグザクトリイ。あいつは、うるさい。フウルというものだ。」

 そう言いながらも僕たちは、三日に一度はその若松屋に行き、そこの二階の六畳で、ぶっ倒れるまで飲み、そうして遂(つい)に雑魚寝(ざこね)という事になる。僕たちはその家では、特別にわがままが利(き)いた。何もお金を持たずに行って、後払いという自由も出来た。その理由を簡単に言えば、三鷹(みたか)の僕の家のすぐ近くに、やはり若松屋というさかなやがあって、そこのおやじが昔から僕と飲み友達でもあり、また僕の家の者たちとも親しくしていて、そいつが、「行ってごらんなさい、私の姉が新宿に新しく店を出しました。以前は築地(つきじ)でやっていたのですがね。あなたの事は、まえから姉に言っていたのです。泊って来たってかまやしません。」

 僕はすぐに出かけ、酔っぱらって、そうして、泊った。姉というのはもう、初老のあっさりしたおかみさんだった。

 何せ、借りが利くので重宝(ちょうほう)だった。僕は客をもてなすのに、たいていそこへ案内した。僕のところへ来る客は、自分もまあこれでも、小説家の端くれなので、小説家が多くならなければならぬ筈なのに、画家や音楽家の来訪はあっても、小説家は少かった。いや、ほとんど無いと言っても過言ではない状態であった。けれども、新宿の若松屋のおかみさんは、僕の連れて行く客は、全部みな小説家であると独(ひと)り合点(がてん)している様子で、殊(こと)にも、その家の女中さんのトシちゃんは、幼少の頃より、小説というものがメシよりも好きだったのだそうで、僕がその家の二階に客を案内するともう、こちら、どなた? と好奇の眼をかがやかして僕に尋ねる。

「林芙美子さんだ。」

 それは僕より五つも年上の頭の禿(は)げた洋画家であった。

「あら、だって、……」

 小説というものがメシよりも好きと法螺(ほら)を吹いているトシちゃんは、ひどく狼狽(ろうばい)して、

「林先生って、男の方なの?」

「そうだ。高浜虚子(きよこ)というおじいさんもいるし、川端龍子(りゅうこ)という口髭(くちひげ)をはやした立派な紳士もいる。」

「みんな小説家?」

「まあ、そうだ。」

 それ以来、その洋画家は、新宿の若松屋に於(お)いては、林先生という事になった。本当は二科の橋田新一郎氏であった。

 いちど僕は、ピアニストの川上六郎氏を、若松屋のその二階に案内した事があった。僕が下の御不浄に降りて行ったら、トシちゃんが、お銚子(ちょうし)を持って階段の上り口に立っていて、

「あのかた、どなた?」

「うるさいなあ。誰だっていいじゃないか。」

 僕も、さすがに閉口していた。

「ね、どなた?」

「川上っていうんだよ。」

 もはや向っ腹が立って来て、いつもの冗談も言いたく無く、つい本当の事を言った。

「ああ、わかった。川上眉山。」

 滑稽(こっけい)というよりは、彼女のあまりの無智にうんざりして、ぶん殴りたいような気にさえなり、

「馬鹿野郎!」

 と言ってやった。

 それ以来、僕たちは、面と向えば彼女をトシちゃんと呼んでいたが、かげでは、眉山と呼ぶようになった。そうしてまた、若松屋の事を眉山軒などと呼ぶ人も出て来た。

 眉山の年齢は、はたち前後とでもいうようなところで、その風采(ふうさい)は、背が低くて色が黒く、顔はひらべったく眼が細く、一つとしていいところが無かったけれども、眉(まゆ)だけは、ほっそりした三ヶ月型で美しく、そのためにもまた、眉山という彼女のあだ名は、ぴったりしている感じであった。

 けれども、その無智と図々(ずうずう)しさと騒がしさには、我慢できないものがあった。下にお客があっても、彼女は僕たちの二階のほうにばかり来ていて、そうして、何も知らんくせに自信たっぷりの顔つきで僕たちの話の中に割り込む。たとえば、こんな事もあった。

「でも、基本的人権というのは、……」

 と、誰かが言いかけると、

「え?」

 とすぐに出しゃばり、

「それは、どんなんです? やはり、アメリカのものなんですか? いつ、配給になるんです?」

 人絹(じんけん)と間違っているらしいのだ。あまりひどすぎて一座みな興が覚(さ)め、誰も笑わず、しかめつらになった。

 眉山ひとり、いかにも楽しげな笑顔で、

「だって、教えてくれないんですもの。」

「トシちゃん、下にお客さんが来ているらしいぜ。」

「かまいませんわ。」

「いや、君が、かまわなくたって、……」

 だんだん不愉快になるばかりであった。

「白痴じゃないですか、あれは。」

 僕たちは、眉山のいない時には、思い切り鬱憤(うっぷん)をはらした。

「いかに何でも、ひどすぎますよ。この家も、わるくはないが、どうもあの眉山がいるんじゃあ。」

「あれで案外、自惚(うぬぼ)れているんだぜ。僕たちにこんなに、きらわれているとは露知らず、かえって皆の人気者、……」

「わあ! たまらねえ。」

「いや、おおきにそうかも知れん。なんでも、あれは、貴族、……」

「へえ? それは初耳。めずらしい話だな。眉山みずからの御託宣ですか?」

「そうですとも。その貴族の一件でね、あいつ大失敗をやらかしてね、誰かが、あいつをだまして、ほんものの貴婦人は、おしっこをする時、しゃがまないものだと教えたのですね、すると、あの馬鹿が、こっそり御不浄でためしてみて、いやもう、四方八方に飛散し、御不浄は海、しかもあとは、知らん顔、御承知でしょうが、ここの御不浄は、裏の菓物屋さんと共同のものなんですから、菓物屋さんは怒り、下のおかみさんに抗議して、犯人はてっきり僕たち、酔っぱらいには困る、という事になり、僕たちが無実の罪を着せられたというにがにがしい経験もあるんです、しかし、いくら僕たちが酔っぱらっていたって、あんな大洪水の失礼は致しませんからね、不審に思って、いろいろせんさくの結果、眉山でした、かれは僕たちにあっさり白状したんです、御不浄の構造が悪いんだそうです。」

「どうしてまた、貴族だなんて。」

「いまの、はやり言葉じゃないんですか? 何でも、眉山の家は、静岡市の名門で、……」

「名門? ピンからキリまであるものだな。」

「住んでいた家が、ばかに大きかったんだそうです。戦災で全焼していまは落ちぶれたんだそうですけどね、何せ帝都座と同じくらいの大きさだったというんだから、おどろきますよ。よく聞いてみると、何、小学校なんです。その小学校の小使さんの娘なんですよ、あの眉山は。」

「うん、それで一つ思い出した事がある。あいつの階段の昇り降りが、いやに乱暴でしょう。昇る時は、ドスンドスン、降りる時はころげ落ちるみたいに、ダダダダダ。いやになりますよ、ダダダダダと降りてそのまま御不浄に飛び込んで扉をピシャリッでしょう。おかげで僕たちが、ほら、いつか、冤罪(えんざい)をこうむった事があったじゃありませんか。あの階段の下には、もう一部屋あって、おかみさんの親戚(しんせき)のひとが、歯の手術に上京して来ていてそこに寝ていたのですね。歯痛には、あのドスンドスンもダダダダも、ひびきますよ。おかみさんに言ったってね、私はあの二階のお客さんたちに殺されますって。ところが僕たちの仲間には、そんな乱暴な昇り降りするひとは無い。でも、おかみさんに僕が代表で注意をされたんです。面白くないから、僕は、おかみさんに言いましたよ、あれは眉山、いや、トシちゃんにきまっていますって。すると、傍でそれを聞いていた眉山は、薄笑いして、私は小さい時から、しっかりした階段を昇り降りして育って来ましたから、とむしろ得意そうな顔で言うんですね。その時は、僕は、女って浅間(あさま)しい虚栄の法螺(ほら)を吹くものだと、ただ呆(あき)れていたんですが、そうですか、学校育ちですか、それなら、法螺じゃありません、小学校のあの階段は頑丈ですからねえ。」

「聞けば聞くほど、いやになる。あすからもう、河岸(かし)をかえましょうよ。いい潮時ですよ。他にどこか、巣を捜しましょう。」

 そのような決意をして、よその飲み屋をあちこち覗(のぞ)いて歩いても、結局、また若松屋という事になるのである。何せ、借りが利くので、つい若松屋のほうに、足が向く。

 はじめは僕の案内でこの家へ来たれいの頭の禿(は)げた林先生すなわち洋画家の橋田氏なども、その後は、ひとりでやって来てこの家の常連の一人になったし、その他にも、二、三そんな人物が出来た。

 あたたかくなって、そろそろ桜の花がひらきはじめ、僕はその日、前進座の若手俳優の中村国男君と、眉山軒で逢って或る用談をすることになっていた。用談というのは、実は彼の縁談なのであるが、少しややこしく、僕の家では、ちょっと声をひそめて相談しなければならぬ事情もあったので、眉山軒で逢って互いに大声で論じ合うべく約束をしていたのである。中村国男君も、その頃はもう、眉山軒の半常連くらいのところになっていて、そうして眉山は、彼を中村武羅夫(むらお)氏だとばかり思い込んでいた。

 行ってみると、中村武羅夫先生はまだ来ていなくて、林先生の橋田新一郎氏が土間のテーブルで、ひとりでコップ酒を飲みニヤニヤしていた。

「壮観でしたよ。眉山がミソを踏んづけちゃってね。」

「ミソ?」

 僕は、カウンターに片肘(かたひじ)をのせて立っているおかみさんの顔を見た。

 おかみさんは、いかにも不機嫌そうに眉をひそめ、それから仕方無さそうに笑い出し、

「話にも何もなりやしないんですよ、あの子のそそっかしさったら。外からバタバタ眼つきをかえて駈(か)け込んで来て、いきなり、ずぶりですからね。」

「踏んだのか。」

「ええ、きょう配給になったばかりのおミソをお重箱に山もりにして、私も置きどころが悪かったのでしょうけれど、わざわざそれに片足をつっ込まなくてもいいじゃありませんか。しかも、それをぐいと引き抜いて、爪先立(つまさきだ)ちになってそのまま便所ですからね。どんなに、こらえ切れなくなっていたって、何もそれほどあわて無くてもよろしいじゃございませんか。お便所にミソの足跡なんか、ついていたひには、お客さまが何と、……」

 と言いかけて、さらに大声で笑った。

「お便所にミソは、まずいね。」

 と僕は笑いをこらえながら、

「しかし、御不浄へ行く前でよかった。御不浄から出て来た足では、たまらない。何せ眉山の大海(たいかい)といってね、有名なものなんだからね、その足でやられたんじゃ、ミソも変じてクソになるのは確かだ。」

「何だか、知りませんがね、とにかくあのおミソは使い物になりやしませんから、いまトシちゃんに捨てさせました。」

「全部か? そこが大事なところだ。時々、朝ここで、おみおつけのごちそうになる事があるからな。後学のために、おたずねする。」

「全部ですよ。そんなにお疑いなら、もう、うちではお客さまに、おみおつけは、お出し致しません。」

「そう願いたいね。トシちゃんは?」

「井戸端(いどばた)で足を洗っています。」

 と橋田氏は引き取り、

「とにかく壮烈なものでしたよ。私は見ていたんです。ミソ踏み眉山。吉右衛門(きちえもん)の当り芸になりそうです。」

「いや、芝居にはなりますまい。おミソの小道具がめんどうです。」

 橋田氏は、その日、用事があるとかで、すぐに帰り、僕は二階にあがって、中村先生を待っていた。

 ミソ踏み眉山は、お銚子を持ってドスンドスンとやって来た。

「君は、どこか、からだが悪いんじゃないか? 傍に寄るなよ、けがれるわい。御不浄にばかり行ってるじゃないか。」

「まさか。」

 と、たのしそうに笑い、

「私ね、小さい時、トシちゃんはお便所へいちども行った事が無いような顔をしているって、言われたものだわ。」

「貴族なんだそうだからね。……しかし、僕のいつわらざる実感を言えば、君はいつでもたったいま御不浄から出て来ましたって顔をしているが、……」

「まあ、ひどい。」

 でも、やはり笑っている。

「いつか、羽織の裾(すそ)を背中に背負ったままの姿で、ここへお銚子を持って来た事があったけれども、あんなのは、一目瞭然(いちもくりょうぜん)、というのだ、文学のほうではね。どだい、あんな姿で、お酌(しゃく)するなんて、失敬だよ。」

「あんな事ばかり。」

 平然たるものである。

「おい、君、汚いじゃないか。客の前で、爪の垢(あか)をほじくり出すなんて。こっちは、これでもお客だぜ。」

「あら、だって、あなたたちも、皆こうしていらっしゃるんでしょう? 皆さん、爪がきれいだわ。」

「ものが違うんだよ。いったい、君は、風呂へはいるのかね。正直に言ってごらん。」

「それあ、はいりますわよ。」

 と、あいまいな返事をして、

「私ね、さっき本屋へ行ったのよ。そうしてこれを買って来たの。あなたのお名前も出ていてよ。」

 ふところから、新刊の文芸雑誌を出して、パラパラ頁を繰って、その、僕の名前の出ているところを捜している様子である。

「やめろ!」

 こらえ切れず、僕は怒声を発した。打ち据えてやりたいくらいの憎悪(ぞうお)を感じた。

「そんなものを、読むもんじゃない。わかりやしないよ、お前には。何だってまた、そんなものを買って来るんだい。無駄だよ。」

「あら、だって、あなたのお名前が。」

「それじゃ、お前は、僕の名前の出ている本を、全部片っ端から買い集めることが出来るかい。出来やしないだろう。」

 へんな論理であったが、僕はムカついて、たまらなかった。その雑誌は、僕のところにも恵送せられて来ていたのであるが、それには僕の小説を、それこそ、クソミソに非難している論文が載っているのを僕は知っているのだ。それを、眉山がれいの、けろりとした顔をして読む。いや、そんな理由ばかりではなく、眉山ごときに、僕の名前や、作品を、少しでもいじられるのが、いやでいやで、堪え切れなかった。いや、案外、小説がメシより好き、なんて言っている連中には、こんな眉山級が多いのかも知れない。それに気附かず、作者は、汗水流し、妻子を犠牲にしてまで、そのような読者たちに奉仕しているのではあるまいか、と思えば、泣くにも泣けないほどの残念無念の情が胸にこみ上げて来るのだ。

「とにかく、その雑誌は、ひっこめてくれ。ひっこめないと、ぶん殴るぜ。」

「わるかったわね。」

 と、やっぱりニヤニヤ笑いながら、

「読まなけれあいいんでしょう?」

「どだい、買うのが馬鹿の証拠だ。」

「あら、私、馬鹿じゃないわよ。子供なのよ。」

「子供? お前が? へえ?」

 僕は二の句がつげず、しんから、にがり切った。

 それから数日後、僕はお酒の飲みすぎで、突然、からだの調子を悪くして、十日ほど寝込み、どうやら恢復(かいふく)したので、また酒を飲みに新宿に出かけた。

 黄昏(たそがれ)の頃だった。僕は新宿の駅前で、肩をたたかれ、振り向くと、れいの林先生の橋田氏が微醺(びくん)を帯びて笑って立っている。

「眉山軒ですか?」

「ええ、どうです、一緒に。」

 と、僕は橋田氏を誘った。

「いや、私はもう行って来たんです。」

「いいじゃありませんか、もう一回。」

「おからだを、悪くしたとか、……」

「もう大丈夫なんです。まいりましょう。」

「ええ。」

 橋田氏は、そのひとらしくも無く、なぜだか、ひどく渋々(しぶしぶ)応じた。

 裏通りを選んで歩きながら、僕は、ふいと思い出したみたいな口調でたずねた。

「ミソ踏み眉山は、相変らずですか?」

「いないんです。」

「え?」

「きょう行ってみたら、いないんです。あれは、死にますよ。」

 ぎょっとした。

「おかみから、いま聞いて来たんですけどね、」

 と橋田氏も、まじめな顔をして、

「あの子は、腎臓結核(じんぞうけっかく)だったんだそうです。もちろん、おかみにも、また、トシちゃんにも、そんな事とは気づかなかったが、妙にお小用が近いので、おかみがトシちゃんを病院に連れて行って、しらべてもらったらその始末で、しかも、もう両方の腎臓が犯されていて、手術も何もすべて手おくれで、あんまり永い事は無いらしいのですね。それで、おかみは、トシちゃんには何も知らせず、静岡の父親のもとにかえしてやったんだそうです。」

「そうですか。……いい子でしたがね。」

 思わず、溜息と共にその言葉が出て、僕は狼狽(ろうばい)し、自分で自分の口を覆(おお)いたいような心地がした。

「いい子でした。」

 と、橋田氏は、落ちついてしみじみ言い、

「いまどき、あんないい気性の子は、めったにありませんですよ。私たちのためにも、一生懸命つとめてくれましたからね。私たちが二階に泊って、午前二時でも三時でも眼がさめるとすぐ、下へ行って、トシちゃん、お酒、と言えば、その一ことで、ハイッと返事して、寒いのに、ちっともたいぎがらずにすぐ起きてお酒を持って来てくれましたね、あんな子は、めったにありません。」

 涙が出そうになったので、僕は、それをごまかそうとして、

「でも、ミソ踏み眉山なんて、あれは、あなたの命名でしたよ。」

「悪かったと思っているんです。腎臓結核は、おしっこが、ひどく近いものらしいですからね、ミソを踏んだり、階段をころげ落ちるようにして降りてお便所にはいるのも、無理がないんですよ。」

「眉山の大海(たいかい)も?」

「きまっていますよ、」

 と橋田氏は、僕の茶化すような質問に立腹したような口調で、

「貴族の立小便なんかじゃありませんよ。少しでも、ほんのちょっとでも永く、私たちの傍にいたくて、我慢に我慢をしていたせいですよ。階段をのぼる時の、ドスンドスンも、病気でからだが大儀で、それでも、無理して、私たちにつとめてくれていたんです。私たちみんな、ずいぶん世話を焼かせましたからね。」

 僕は立ちどまり、地団駄(じだんだ)踏みたい思いで、

「ほかへ行きましょう。あそこでは、飲めない。」

「同感です。」

 僕たちは、その日から、ふっと河岸(かし)をかえた。


'다자이 오사무 > 비잔' 카테고리의 다른 글

비잔 - 일본어  (0) 2018.04.30
비잔 - 한국어  (0) 2018.04.30
Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)

비잔(眉山)

다자이 오사무(太宰 治) (1948)

번역 : 홍성필


 이는 그 음식점 폐쇄령이 아직 내리지 않았을 무렵의 이야기이다.


 신쥬쿠(新宿) 주변에도 이번 전쟁으로 많이 불에 타고 말았으나, 가장 신속하게 복구된 곳은 먹고 마시는 집이었다. 테이토자(帝都座) 뒤에 있는 와카마츠야(若松屋)이라는, 판잣집은 아니지만 급조된 2층집도 그 중 하나였다.


 “와카마츠야도, 비잔(眉山)만 없으면 좋을 텐데 말이야.”


 “Exactly. 그 녀석은 너무 시끄러워. Fool 바로 그 자체지.”


 그렇게 말하면서도 우리들은 사흘에 한 번꼴로 그 와카마츠야를 찾아 가서는 그 곳 2층 타타미 6조 방에서 나가떨어질 때까지 마시고, 그리하여 결국은 새우잠을 자게 된다. 그 집은 우리들에게 특별히 모든 요구를 들어주었다. 돈도 뭐도 안 가지고 가서는, 후불처리도 마음대로 할 수 있었다. 그 이유를 말하자면 미타카(三鷹)에 있는 우리 집 바로 근처에 역시 와카마츠야라고 하는 생선가게가 있어, 그곳 주인이 예부터 나와는 술친구이기도 하며, 또한 우리 가족들과도 친하게 지내고 있어, 그 주인이, “한 번 가보세요. 내 누님이 신쥬쿠에서 새로 가게를 냈습니다. 예전에는 츠키지(築地)에서 하고 있었지요. 당신에 대해서는 예전부터 누님한테 말을 하고는 있었거든요.  하룻밤 묵어도 상관없습니다.”


 나는 그 길로 바로 가서 취하고는 그리고 묵었다. 누님이라는 분은 벌써 나이가 어느 정도 든, 깔끔한 여주인이었다.


 무엇보다 외상이 되는 점이 매우 편리했다. 나는 손님들을 접대할 경우 대부분 그 곳으로 안내했다. 내게 오는 손님들은, 내가 이렇긴 해도 소설가 나부랭이이므로 소설가가 많아야할 텐데, 화가나 음악가들이 내방할 때는 있어도 소설가는 드물었다. 아니, 거의 없다고 해도 과언이 아닌 상태였다. 그래도 신쥬쿠에 있는 와카마츠야 여주인은 내가 데리고 가는 손님들이 모두 소설가라고 혼자 생각하고 있는 듯, 특히 그 집에서 일하는 여종업원 토시 짱은 어렸을 때부터 소설을 밥보다 좋아했다고 하여, 내가 그 집 2층으로 손님을 안내하면 벌써 저 분은 누구냐면서 눈을 반짝이며 내게 묻는다.


 “하야시 후미코(林芙美子) 씨야.”


 그는 나보다도 다섯이나 나이가 많은, 머리가 벗어진 서양화가였다.


 “어머? 하지만…….”


 소설이라는 것이 밥보다도 좋다며 허풍을 치는 토시 짱은 매우 당황하며,


 “하야시 선생님이라는 분이 남자예요?”


 “그래. 타카하마 쿄오코(高浜虛子)라는 할아버지도 있고, 카와바타 류우코(川端龍子)라는, 콧수염 난 훌륭한 신사도 있어. (사실은 모두 여류 소설가임 - 역자 주)”


 “모두 소설가예요?”


 “뭐, 그렇지.”


 그날 이후 그 서양화가는 신쥬쿠에 있는 화카마츠야에 있어서 하야시 선생님이 되었다. 사실은 니카 회(二科會 : 미술단체 - 역자 주)에 있는 하시다 신이치로(橋田新一郞) 씨였다.


 한 번은 내가 피아니스트 카와카미 로쿠로(川上六郞) 씨를 와카마츠야에 있는 그 2층으로 안내한 적이 있다. 내가 아래층에 있는 화장실로 내려갔더니, 토시 짱이 술병을 들고는 계단 밑에 서 있으면서,


 “저 분은 누구세요?”


 “시끄러 죽겠네. 누구면 어떻냐.”


 나도 과연 짜증이 났다.


 “에이, 누구신데요?”


 “카와카미라고 해.”


 이미 화가 치밀어 올라 평소처럼 농담도 하기 싫어져, 나도 모르게 사실대로 말을 했다.


 “아아, 알았다. 카와카미 비잔(川上眉山). (추리작가 - 역자 주)”


 웃기다기 보다는 참을 수 없는 그녀의 무지함이 한심하여 두들겨 패주고 싶은 심정으로,


 “에잇, 멍청아!”


 라고 소리쳐줬다.


 그날 이후 우리들은, 얼굴을 맞대고는 그녀를 토시 짱이라 부르고 있었으나, 뒤에서는 비잔이라고 부르게 되었다. 그리고 또한 와카마츠야를 ‘비잔 집’이라고 부르는 사람들도 생겨나기 시작했다.


 비잔 나이는 스물 전후이며, 그 외모는 키가 작고 검은 피부에, 얼굴은 납작하고 눈이 가늘었으며 어디 하나 좋은 점이 없었으나 눈썹만은 가냘프게 초승달 모양으로 아름다워, 그 때문에도 비잔(眉山)이라는 그녀의 별명이 딱 맞는 것처럼 느껴졌다.


 그러나 그 무지함과 뻔뻔함, 그리고 소란스러움에는 견딜 수 없는 부분이 있었다. 아래층에 손님이 있어도 그녀는 우리들이 있는 2층으로만 찾아와, 그러고는 아무 것도 모르는 주제에 자신감 넘치는 표정으로 우리들 화제에 끼어들어온다. 예를 들자면 이런 일도 있었다.


 “하지만 기본적 인권이라는 건…….”


 하고 누가 말하자,


 “네?”


 라며 곧바로 나서서는,


 “그건 어떻게 생긴 거예요? 역시 미국 건가요? 언제 배급되죠?”


 인견(人絹)으로 잘못 들은 듯하다. (일어에서 ‘人權’과 ‘人絹’은 같은 발음 - 역자 주) 너무 지나치기에 함께 앉아 있던 모두가 흥이 깨져서는 아무도 웃지 않았으며 얼굴을 찌푸렸다.


 비잔 혼자서 매우 재미있다는 듯 웃는 얼굴로,


 “아무도 안 가르쳐주잖아요.”


 “토시 짱, 아래에 손님 온 것 같은데?”


 “상관없어요.”


 “아니, 너는 상관없더라도…….”


 점점 불쾌해질 따름이었다.


 “쟤는 백치가 아닐까요?”


 우리들은 비잔이 없을 때 마음껏 울분을 토해냈다.


 “아무리 그래도 그렇지 너무하잖아요. 이 집도 나쁘진 않지만, 저 비잔이 있으면 역시 좀 그렇죠?”


 “그래도 자기 딴에는 꽤 잘난 줄 알아요. 우리들이 이렇게 미워하고 있을 줄은 꿈에도 모르고, 오히려 모두의 귀염둥이…….”


 “으악! 못 참겠어.”


 “근데 정말 그런지도 모르지. 내가 듣기로 저 친구는 귀족…….”


 “네에? 그건 금시초문입니다. 묘한 이야기로군요. 비잔이 자기가 그러던가요?”


 “그럼요. 그 귀족이라는 것 때문에, 저 녀석, 큰 실수를 저질렀거든요. 누군가가 저 녀석을 속이고 하는 말이, 진짜 귀부인은 오줌을 눌 때 앉지 않는다고 가르쳐줬어요. 그러자 저 멍청이가 남몰래 화장실에서 시험해본 거예요. 그랬더니 이거야 원, 사방팔방으로 다 튀어서 화장실은 물바다가 되고, 그러고는 나 몰라라 하고 있었다니까요. 알고 계시겠지만 여기 화장실은 뒤쪽에 있는 과일가게와 공동으로 쓰고 있는데, 과일가게 주인이 화를 내서, 아래 여주인한테 항의하고, 하마터면 범인은 우리들, 주정뱅이들은 못 말린다, 이렇게 되어 우리들이 누명을 쓴 불쾌한 일도 있었습니다. 그런데 아무리 우리들이 취했다고 해도 그렇게 대홍수를 만들어놓는 실수는 안 하잖아요. 아무래도 이상해서 여기저기 알아보았더니, 비잔이었어요. 그 녀석은 우리들한테 단번에 자백하더군요. 화장실 구조가 나쁘답디다.”


 “그런데 왜 또 귀족이라고…….”


 “요즘 유행하는 말 아닐까요? 듣기에 비잔 집안은 시즈오카(靜岡) 시에서 명문으로…….”


 “명문? 별 희한한 명문도 다 있네.”


 “살고 있던 집이 어마어마하게 컸대요. 전쟁 때 모두 불타서 몰락했다지만요. 글쎄, 테이토자(帝都座)만큼 컸다고 하니 놀랍죠. 그런데 자세히 들어보니까 무슨 초등학교라고 해요. 저 비잔은 그 초등학교 급사 딸이었던 거예요.”


 “음, 그래서 하나 생각난 게 있다. 저 녀석이 계단을 오르내릴 때 너무 험악하죠? 올라갈 때는 쿵쾅쿵쾅, 내려갈 때는 굴러 떨어지듯이 퉁탕퉁탕 하고 내려가서, 그대로 화장실로 뛰어 들어가고서는 문을 쾅 닫아버립니다. 덕분에 우리들이, 언제였죠? 우리가 억울하게 당한 적이 있잖아요? 저 계단 밑에는 방이 또 하나 있어, 여주인 친척이 이빨 수술을 하러 상경해 와서는 그 방에서 자고 있었는데, 치통에는 그 쿵쾅쿵쾅도 퉁탕퉁탕도 울리잖아요. 여주인한테 그랬다고 하더라구요. 2층 손님들이 자기를 죽인다면서요. 그런데 우리들 식구들한테는 그 정도로 난폭하게 오르내리는 사람은 없죠. 하지만 여주인한테는 제가 대표로 한 마디 들었어요. 기분이 안 좋아서 저는 여주인한테 말했죠. 그건 비잔, 아니, 토시 짱이 분명하다고 말이에요. 그러자 옆에서 그 말을 듣고 있던 비잔은 웃으면서, 자기는 어렸을 때 튼튼한 계단을 오르내리며 자라왔다면서, 오히려 자랑스럽다는 듯이 말하는 거예요. 그 때 저는, 여자란 참으로 한심하고도 허영심에 찬 허풍을 떤다며 어이없어 했는데, 그랬군요. 학교에서 자랐군요. 그렇다면 허풍은 아닙니다. 초등학교에 있는 계단은 튼튼하니까 말이에요.”


 “들으면 들을수록 불쾌하네. 이제 내일부터 단골집을 바꿉시다. 바꿀 때도 됐어요. 어디 다른 아지트를 찾읍시다.”


 그러기로 다짐하고 다른 술집을 여기저기 들르면서 걸어 봐도 결국 다시 와카마츠야로 오게 된다. 무엇보다 외상이 되므로 나도 모르게 이쪽으로 오고 만다.


 처음에는 내 안내로 이 집으로 온 그 대머리 하야시 선생, 즉 서양화가 하시다 씨도 그 후로부터는 혼자 와서 이 집 단골 중 하나가 되었으며, 그 밖에도 두세 명 그런 사람들이 생겨났었다.


 날도 풀리고, 이제 서서히 벚꽃이 피기 시작하여 나는 그날, 젠신자(前進座)에 있는 젊은 배우 나카무라 쿠니오(中村國男) 군과 비잔집에서 만나 볼일을 보기로 되어 있었다. 볼일이란, 사실은 그의 중매 때문인데 조금 복잡하여, 우리 집에서는 조금 목소리를 낮춰가며 의논해야하는 사정도 있었기에 비잔 집에서 만나 서로 큰 소리로 말하고자 약속한 것이었다. 나카무라 쿠니오 군도 그 때는 이미 비잔 집에서 거의 단골이었으므로, 그리하여 비잔는 그를 나카무라 무라오 씨 (中村武羅夫 : 작가 - 역자 주) 라고 생각하고 있었다.


 그곳에 가보니 나카무라 무라오 선생은 아직 도착하지 않았으며, 하야시 선생, 즉 하시다 신이치로 씨가 가게 탁자에서 혼자 술을 마시며 싱글벙글 웃고 있었다.


 “가관이었어요. 비잔이 된장을 밟아버렸어요.”


 “된장을요?”


 나는 카운터에 한쪽 팔꿈치를 올려놓고 서 있는 여주인 얼굴을 보았다.


 여주인은 매우 불쾌한 듯이 미간을 찡그리고는 다시 하는 수 없다는 듯 웃으면서,


 “저 아이가 덤벙거리는 건 말도 마세요. 바깥에서부터 눈을 부릅뜨고 헐레벌떡 뛰어 들어오더니 갑자기 철퍼덕 했다니까요.”


 “밟은 거예요?”


 “네. 오늘 막 배급 받은 된장을 그릇에 가득 담아두었는데, 저도 놓는 곳이 안 좋긴 했겠지만, 하필이면 거기에 발을 집어넣을 건 없잖아요. 거기다가 발을 뽑더니 뒤꿈치만 들고 그대로 화장실로 달려가더라니까요. 아무리 못 참겠다고 하더라도 그렇게 서두를 필요야 없잖아요. 화장실에 된장 묻은 발자국이라도 있으면 손님들이 뭐라고 …….”


 말을 하다 말고는 크게 웃었다. 


 “화장실에 된장은 곤란하겠네요.”


 나는 웃음을 참으며,


 “하지만 화장실 가기 전이라 다행이네. 화장실 갔다가 나온 발이라면 문제지. ‘비잔의 물바다’라고 해서 워낙 유명하니까 말이야. 그 발로 밟았다면 분명 된장도 똥이 되고 말 거야.”


 “무슨 말씀인지는 모르겠지만, 아무튼 그 된장은 쓸 수 없어요. 지금 토시 짱한테 버리고 오라고 했습니다.”


 “전부요? 이게 중요한 건데. 가끔 아침에 여기 와서 된장국을 얻어먹을 때가 있는데, 알아둬야 할 것 같아서 묻는 건데 말이에요.”


 “전부예요. 그렇게 의심나신다면 이제 저희 집에서는 손님한테 된장국은 안 내놓겠습니다.”


 “그래주면 고맙겠네요. 토시 짱은요?”


 “우물가에서 발을 씻고 있습니다.”


 라고 하시다 씨는 말하고는,


 “아무튼 장렬했습니다. 저는 보고 있었거든요. 된장 밟는 비잔. 카부키 연극으로 만들면 볼만 하겠던 걸요?”


 “아니, 볼만 하긴요. 된장 준비하는 게 큰 일일 거예요.”


 하시다 씨는 그날 볼일이 있다면서 곧 돌아가고 나는 2층으로 올라가 나카무라 선생을 기다렸다.


 된장 밟은 비잔은 술병을 들고 쿵쾅쿵쾅 올라왔다.


 “자네는 어디 몸이 안 좋은 게 아니야? 가까이 오지 말라구. 병 옮을라. 맨날 화장실만 가잖아?”


 “설마요.”


 하고 즐겁다는 듯이 웃고는,


 “저 있잖아요. 어렸을 때는, 토시 짱은 화장실 같은 곳에는 한 번도 간 적이 없는 듯한 얼굴이라는 말을 듣곤 했어요.”


 “귀족이라면서. ……근데 가식 없는 내 느낌을 솔직히 말하자면, 자네는 언제 봐도 방금 화장실에서 나왔습니다, 하는 얼굴인데…….”


 “어머, 너무해.”


 그래도 역시 웃고 있다.


 “언제였던가, 윗도리 소매를 등으로 돌린 채로 여기에 술을 가지고 온 적이 있었는데, 그런 건 일목요연이라고 하는 거야. 문학적으로는 말이야. 그런 꼴로 술을 따르다니, 예의가 아니지 않나.”


 “맨날 그런 소리만 하셔.”


 태연하기 짝이 없다.


 “이봐, 자네. 더럽지 않나. 손님 앞에서 손톱 때를 후벼 내다니. 나는 이레 봬도 손님이라구.”


 “어머, 하지만 당신들도 모두 이렇게 하고 있지 않아요? 다들 손톱이 깨끗한 걸요.”


 “그게 어디 같나? 대체 자네는 목욕탕에 들어가나? 솔직하게 말해봐.”


 “그야 들어가죠.”


 라며 애매한 대답을 하고는,


 “저 있잖아요. 아까 책방에 갔다 왔어요. 거기서 이걸 샀거든요. 당신 성함도 나와있더라구요.”


 주머니에서 신간 문예잡지를 꺼내들고는 여기저기 펼쳐들며 내 이름이 나온 곳을 찾고 있는 듯하다.


 “집어 치워!”


 참다못해 나는 소리 질렀다. 패주고 싶을 만큼 증오를 느꼈다.


 “그런 건 읽는 게 아니야. 넌 알지도 못하잖아. 왜 또 그런 걸 사오고 그래? 낭비야.”


 “어머, 하지만 당신 이름이.”


 “그럼 넌 내 이름이 나온 책을 몽땅 다 사 모을 수 있을 것 같애? 없잖아?”


 이상한 논리였으나 나는 화가 치밀어 올랐다. 그 잡지는 내게도 보내왔으나, 거기에는 내 소설을 철저하게 비난하는 논문이 실려 있다는 사실을 나는 알고 있었다. 그것을 비잔이 여느 때처럼 아무렇지도 않은 얼굴로 읽는다니. 아니, 그런 이유뿐만이 아니라, 비잔 같은 녀석이 내 이름이나 작품을 조금이라도 만진다는 사실이 참을 수 없을 만큼 싫었다. 아니, 의외로 소설이 밥보다 좋다고 하는 인간들은 이런 비잔 같은 종족들이 많을지도 모른다. 그것도 모르고 작가는 피땀 흘려가며 처자들을 희생까지 시켜가면서 그런 독자들에게 봉사하고 있는 것이 아닐까, 하는 생각을 하자 울음도 안 나올 만큼 어굴함이 끓어오르는 것이었다.


 “아무튼 그 잡지는 치워주게. 안 치우면 후려 팬다.”


 “죄송하게 됐네요.”


 역시 웃으면서,


 “안 읽으면 되잖아요.”


 “애초부터 산다는 게 바보인 증거야.”


 “어머, 전 바보가 아니에요. 어린 거라구요.”


 “어려? 네가? 허어.”


 더 이상 말을 이을 수 없어 매우 불쾌했다.


 그로부터 며칠 후, 나는 음주가 지나친 탓에 갑자기 몸 상태가 좋지 않아 열흘쯤 앓아누워 있다가, 어느 정도 회복되었기에 다시 술을 마시러 신쥬쿠로 나갔다.


 황혼 무렵이었다. 신쥬쿠 역전에서 누가 내 어깨를 두드리기에 돌아보자, 그 하야시 선생 즉, 하시다 씨가 취기 어린 모습으로 웃으며 서 있다.


 “비잔 집에 가시나요?”


 “네. 함께 어떠세요?”


 라고 나는 하시다 씨에게 권했다.


 “아뇨. 저는 벌써 다녀왔습니다.”


 “그래도 어때요? 다시 한 번.”


 “몸이 안 좋으시다고 하던데…….”


 “이제 괜찮아졌어요. 갑시다.”


 “네에.”


 하시다 씨는 평소답지 않게 왠지 무척 마지못하다는 듯이 응했다.


 뒷골목을 둘이서 걸으며 나는 문득 생각난 듯이 물었다.


 “된장 밟는 비잔은 여전하던가요?”


 “없더군요.”


 “네?”


 “오늘 가보니 없더라구요. 그 아이는 죽을 겁니다.”


 깜짝 놀랐다.


 “여주인한테서 지금 듣고 오는 길이거든요.”


 라고 하시다 씨도 진지한 얼굴로,


 “그 아이는 신장결핵이었데요. 물론 여주인도, 그리고 토시 짱도 그런 일은 몰랐지만 너무 자주 화장실에 가니까 여주인이 토시 짱을 병원으로 데려가서 진찰해보니 그렇게 되어, 더구나 이미 양쪽 모두 망가져서 수술이고 뭐고 늦어서, 그리 오래 살지는 못할 것 같데요. 그래서 여주인은, 토시 짱한테는 아무 것도 알리지 않고 시즈오카에 계신 아버님 댁으로 돌려보냈다더군요.”


 “그랬군요……. 착한 아이였는데.”


 나도 모르게 한 숨과 함께 그 말이 튀어나와, 나는 당황해서 자기 입을 막고 싶었다.


 “착한 아이였습니다.”


 하시다 씨는 차분하게 말하고서,


 “요즘 세상에 그렇게 마음씨 좋은 아이는 보기 힘들어요. 우리들을 위해서도 열심히 일해 줬으니까요. 우리들이 2층에 묵으면서 새벽 2시건 3시건 간에 눈을 뜨면 아래로 내려가서, 토시 짱, 술, 하고 한 마디만 하면 ‘네!’하고 대답하고는, 추운데도 전혀 귀찮아하지도 않으면서 곧바로 일어나 술을 가져와주었으니 말이에요. 그런 아이는 좀처럼 없습니다.”


 눈물이 나려 했기에 나는 얼버무리려고,


 “하지만 ‘된장 밟는 비잔’은, 그건 당신이 붙여준 거였죠?”


 “미안하다고 생각해요. 신장결핵은 화장실에 자주 간다고 하더군요. 된장을 밟고, 계단을 굴러 떨어지듯 화장실에 들어가는 것도 이유가 있었던 거예요.”


 “‘비잔의 물바다’도?”


 “물론이죠.”


 라고 하시다 씨는 내가 비꼬는 것 같은 질문에 화가 난 듯한 어투로,


 “귀족 흉내 같은 걸 내려고 한 게 아니에요. 조금이라도, 아주 조금이라도 더 오랫동안 우리들 곁에 있고 싶어서 참고 또 참았기 때문이에요. 계단을 올라갈 때 쿵쾅쿵쾅 거린 것도 병으로 몸이 불편해서, 그래도 무리를 해가며 우리들을 위해 일해 주었던 거예요. 우리들 모두 무척이나 속을 썩였죠.”


 나는 멈춰 서서 발을 동동 구르고 싶은 심정으로,


 “다른 곳으로 갑시다. 거기서는 마실 수 없겠어요.”


 “동감입니다.”


 우리들은 그날로 단골집을 바꾸었다.

'다자이 오사무 > 비잔' 카테고리의 다른 글

비잔 - 일본어  (0) 2018.04.30
비잔 - 한국어  (0) 2018.04.30
Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)