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  1. 2018.04.30 피부와 마음 - 일본어
  2. 2018.04.30 피부와 마음 - 한국어

피부와 마음(皮膚と心:ひふとこころ)

다자이 오사무(太宰 治) (1939)

일본어 원문


 ぷつッと、ひとつ小豆粒に似た吹出物が、左の乳房の下に見つかり、よく見ると、その吹出物のまわりにも、ぱらぱら小さい赤い吹出物が霧を噴きかけられたように一面に散点していて、けれども、そのときは、痒(かゆ)くもなんともありませんでした。憎い気がして、お風呂で、お乳の下をタオルできゅっきゅっと皮のすりむけるほど、こすりました。それが、いけなかったようでした。家へ帰って鏡台のまえに坐り、胸をひろげて、鏡に写してみると、気味わるうございました。銭湯から私の家まで、歩いて五分もかかりませぬし、ちょっとその間に、お乳の下から腹にかけて手のひら二つぶんのひろさでもって、真赤に熟れて苺(いちご)みたいになっているので、私は地獄絵を見たような気がして、すっとあたりが暗くなりました。そのときから、私は、いままでの私でなくなりました。自分を、人のような気がしなくなりました。気が遠くなる、というのは、こんな状態を言うのでしょうか。私は永いこと、ぼんやり坐って居りました。暗灰色の入道雲が、もくもく私のぐるりを取り囲んでいて、私は、いままでの世間から遠く離れて、物の音さえ私には幽(かす)かにしか聞えない、うっとうしい、地の底の時々刻々が、そのときから、はじまったのでした。しばらく、鏡の中の裸身を見つめているうちに、ぽつり、ぽつり、雨の降りはじめのように、あちら、こちらに、赤い小粒があらわれて、頸(くび)のまわり、胸から、腹から、背中のほうにまで、まわっている様子なので、合せ鏡して背中を写してみると、白い背中のスロオプに赤い霰(あられ)をちらしたように一ぱい吹き出ていましたので、私は、顔を覆ってしまいました。

「こんなものが、できて。」私は、あの人に見せました。六月のはじめのことで、ございます。あの人は、半袖のワイシャツに、短いパンツはいて、もう今日の仕事も、一とおりすんだ様子で、仕事机のまえにぼんやり坐って煙草を吸っていましたが、立って来て、私にあちこち向かせて、眉をひそめ、つくづく見て、ところどころ指で押してみて、

「痒くないか。」と聞きました。私は、痒くない、と答えました。ちっとも、なんとも無いのです。あの人は、首をかしげて、それから私を縁側の、かっと西日の当る箇所に立たせ、裸身の私をくるくる廻して、なおも念入りに調べていました。あの人は、私のからだのことに就いては、いつでも、細かすぎるほど気をつけてくれます。ずいぶん無口で、けれども、しんは、いつでも私を大事にします。私は、ちゃんと、それを知っていますから、こうして縁側の明るみに出されて、恥ずかしいはだかの姿を、西に向け東に向け、さんざ、いじくり廻されても、かえって神様に祈るような静かな落ちついた気持になり、どんなに安心のことか。私は、立ったまま軽く眼をつぶっていて、こうして死ぬまで、眼を開きたくない気持でございました。

「わからねえなあ。ジンマシンなら、痒い筈だが。まさか、ハシカじゃなかろう。」

 私は、あわれに笑いました。着物を着直しながら、

「糠(ぬか)に、かぶれたのじゃないかしら。私、銭湯へ行くたんびに、胸や頸を、とてもきつく、きゅっきゅっこすったから。」

 それかも知れない。それだろう、ということになり、あの人は薬屋に行き、チュウブにはいった白いべとべとした薬を買って来て、それを、だまって私のからだに、指で、すり込むようにして塗ってくれました。すっと、からだが涼しく、少し気持も軽くなり、

「うつらないものかしら。」

「気にしちゃいけねえ。」

 そうは、おっしゃるけれども、あの人の悲しい気持が、それは、私を悲しがってくれる気持にちがいないのだけれど、その気持が、あの人の指先から、私の腐った胸に、つらく響いて、ああ早くなおりたいと、しんから思いました。

 あの人は、かねがね私の醜い容貌を、とても細心にかばってくれて、私の顔の数々の可笑(おか)しい欠点、――冗談にも、おっしゃるようなことは無く、ほんとうに露ほども、私の顔を笑わず、それこそ日本晴れのように澄んで、余念ない様子をなさって、

「いい顔だと思うよ。おれは、好きだ。」

 そんなことさえ、ぷつんとおっしゃることがあって、私は、どぎまぎして困ってしまうこともあるのです。私どもの結婚いたしましたのは、ついことしの三月でございます。結婚、という言葉さえ、私には、ずいぶんキザで、浮わついて、とても平気で口に言い出し兼ねるほど、私どもの場合は、弱く貧しく、てれくさいものでございました。だいいち、私は、もう二十八でございますもの。こんな、おたふくゆえ、縁遠くて、それに二十四、五までには、私にだって、二つ、三つ、そんな話もあったのですが、まとまりかけては、こわれ、まとまりかけては、こわれて、それは私の家だって、何もお金持というわけでは無し、母ひとり、それに私と妹と、三人ぐらしの、女ばかりの弱い家庭でございますし、とても、いい縁談なぞは、望まれませぬ。それは慾の深い夢でございましょう。二十五になって、私は覚悟をいたしました。一生、結婚できなくとも、母を助け、妹を育て、それだけを生き甲斐(がい)として、妹は、私と七つちがいの、ことし二十一になりますけれど、きりょうも良し、だんだんわがままも無くなり、いい子になりかけて来ましたから、この妹に立派な養子を迎えて、そうして私は、私としての自活の道をたてよう。それまでは、家に在って、家計、交際、すべて私が引き受けて、この家を守ろう。そう覚悟をきめますと、それまで内心、うじゃうじゃ悩んでいたもの、すべてが消散して、苦しさも、わびしさも、遠くへ去って、私は、家の仕事のかたわら、洋裁の稽古にはげみ、少しずつご近所の子供さんの洋服の注文なぞも引き受けてみるようになって、将来の自活のあてもつきかけて来たころ、いまの、あの人の話があったのでございます。お話を持って来て下さったお方が、謂(い)わば亡父の恩人とでもいうような義理あるお方でございましたから、むげに断ることもできず、また、お話を承ってみると、先方は、小学校を出たきりで、親も兄弟もなく、その私の亡父の恩人が、拾い上げて小さい時からめんどう見てやっていたのだそうで、もちろん先方には財産などある筈はなく、三十五歳、少し腕のよい図案工であって、月収は二百円もそれ以上もはいる月があるそうですが、また、なんにもはいらぬ月もあって、平均して、七、八十円。それに向うは、初婚ではなく、好きな女のひとと、六年も一緒に暮して、おととし何かわけがあって別れてしまい、そののちは、自分は小学校を出たきりで学歴も無し、財産もなし、としもとっていることだし、ちゃんとした結婚なぞとても望めないから、いっそ一生めとらず、のんきに暮そうと、やもめぐらしをして居る由にて、それを、亡父の恩人が、なだめ、それでは世間から変人あつかいされて、よくないから、早くお嫁を貰いなさい、少し心あたりもあるから、と言って、私どものほうに、内々お話の様子なされて、そのときは私も母と顔を見合せ、困ってしまいました。一つとして、よいところのない縁談でございますもの。いくら私が、売れのこりの、おたふくだって、あやまち一つ犯したことはなし、もう、そんな人とでも無ければ、結婚できなくなっているのかしらと、さいしょは腹立しく、それから無性に侘(わ)びしくなりました。お断りするより他、ないのでございますが、何せお話を持って来られた方が、亡父の恩人で義理あるお人ですし、母も私も、ことを荒立てないようにお断りしなければ、と弱気に愚図愚図いたして居りますうちに、ふと私は、あの人が可哀想になってしまいました。きっと、やさしい人にちがいない。私だって、女学校を出たきりで、特別になんの学問もありゃしない。たいへんな持参金があるわけでもない。父が死んだし、弱い家庭だ。それに、ごらんのとおりの、おたふくで、いい加減おばあさんですし、こちらこそ、なんのいいところも無い。似合いの夫婦かも知れない。どうせ、私は不仕合せなのだ。断って、亡父の恩人と気まずくなるよりはと、だんだん気持が傾いて、それにお恥ずかしいことには、少しは頬のほてる浮いた気持もございました。おまえ、ほんとにいいのかねえ、とやはり心配顔の母には、それ以上、話もせず、私から直接、その亡父の恩人に、はっきりした返事をしてしまいました。

 結婚して、私は幸福でございました。いいえ。いや、やっぱり、幸福、と言わなければなりませぬ。罰があたります。私は、大切にいたわられました。あの人は、何かと気が弱く、それに、せんの女に捨てられたような工合らしく、そのゆえに、一層おどおどしている様子で、ずいぶん歯がゆいほど、すべてに自信がなく、痩(や)せて小さく、お顔も貧相でございます。お仕事は、熱心にいたします。私が、はっと思ったことは、あの人の図案を、ちらと見て、それが見覚えのある図案だったことでございます。なんという奇縁でしょう。あの人に伺ってみて、そのことをたしかめ、私は、そのときはじめて、あの人に恋をしたみたいに、胸がときめきいたしました。あの銀座の有名な化粧品店の、蔓(つる)バラ模様の商標は、あの人が考案したもので、それだけでは無く、あの化粧品店から売り出されている香水、石鹸(せっけん)、おしろいなどのレッテル意匠、それから新聞の広告も、ほとんど、あの人の図案だったのでございます。十年もまえから、あの店の専属のようになって、異色ある蔓バラ模様のレッテル、ポスタア、新聞広告など、ほとんどおひとりで、お画きになっていたのだそうで、いまでは、あの蔓バラ模様は、外国の人さえ覚えていて、あの店の名前を知らなくても、蔓バラを典雅に絡(から)み合せた特徴ある図案は、どなただって一度は見て、そうして、記憶しているほどでございますものね。私なども、女学校のころから、もう、あの蔓バラ模様を知っていたような気がいたします。私は、奇妙に、あの図案にひかれて、女学校を出てからも、お化粧品は、全部あの化粧品店のものを使って、謂わば、まあ、フアンでございました。けれども私は、いちどだって、あの蔓バラ模様の考案者については、思ってみたことなかった。ずいぶん、うっかり者のようでございますが、けれども、それは私だけでなく、世間のひと皆、新聞の美しい広告を見ても、その図案工を思い尋ねることなど無いでしょう。図案工なんて、ほんとうに縁の下の力持ちみたいなものですのね。私だって、あの人のお嫁さんになって、しばらく経って、それからはじめて気がついたほどでございますもの。それを知ったときには、私は、うれしく、

「あたし、女学校のころからこの模様だいすきだったわ。あなたがお画きになっていたのねえ。うれしいわ。あたし、幸福ね。十年もまえから、あなたと遠くむすばれていたのよ。こちらへ来ることに、きまっていたのね。」と少しはしゃいで見せましたら、あの人は顔を赤くして、

「ふざけちゃいけねえ。職人仕事じゃねえか、よ。」と、しんから恥ずかしそうに、眼をパチパチさせて、それから、フンと力なく笑って、悲しそうな顔をなさいました。

 いつもあの人は、自分を卑下して、私がなんとも思っていないのに、学歴のことや、それから二度目だってことや、貧相のことなど、とても気にして、こだわっていらっしゃる様子で、それならば、私みたいなおたふくは、一体どうしたらいいのでしょう。夫婦そろって自信がなく、はらはらして、お互いの顔が、謂わば羞皺(はじしわ)で一ぱいで、あの人は、たまには、私にうんと甘えてもらいたい様子なのですが、私だって、二十八のおばあちゃんですし、それに、こんなおたふくなので、その上、あの人の自信のない卑下していらっしゃる様子を見ては、こちらにも、それが伝染しちゃって、よけいにぎくしゃくして来て、どうしても無邪気に可愛く甘えることができず、心は慕っているのに、逆にかえって私は、まじめに、冷い返事などしてしまって、すると、あの人は、気むずかしく、私には、そのお気持がわかっているだけに、尚(なお)のこと、どぎまぎして、すっかり他人行儀になってしまいます。あの人にも、また、私の自信のなさが、よくおわかりの様で、ときどき、やぶから棒に、私の顔、また、着物の柄など、とても不器用にほめることがあって、私には、あの人のいたわりがわかっているので、ちっとも嬉しいことはなく、胸が、一ぱいになって、せつなく、泣きたくなります。あの人は、いい人です。せんの女のひとのことなど、ほんとうに、これぼっちも匂わしたことがございません。おかげさまで、私は、いつも、そのことは忘れています。この家だって、私たち結婚してから新しく借りたのですし、あの人は、そのまえは、赤坂のアパアトにひとりぐらししていたのでございますが、きっと、わるい記憶を残したくないというお心もあり、また、私への優しい気兼ねもあったのでございましょう、以前の世帯(しょたい)道具一切合切、売り払い、お仕事の道具だけ持って、この築地(つきじ)の家へ引越して、それから、私にも僅かばかり母からもらったお金がございましたし、二人で少しずつ世帯の道具を買い集めたようなわけで、ふとんも箪笥(たんす)も、私が本郷の実家から持って来たのでございますし、せんの女のひとの影は、ちらとも映らず、あの人が、私以外の女のひとと六年も一緒にいらっしゃったなど、とても今では、信じられなくなりました。ほんとうに、あの人の不要の卑下さえなかったら、そうして私を、もっと乱暴に、怒鳴ったり、もみくちゃにして下さったなら、私も、無邪気に歌をうたって、どんなにでもあの人に甘えることができるように思われるのですが、きっと明るい家になれるのでございますが、二人そろって、醜いという自覚で、ぎくしゃくして、――私はともかく、あの人が、なんで卑下することがございましょう。小学校を出たきりと言っても、教養の点では大学出の学士と、ちっとも変るところございませぬ。レコオドだって、ずいぶん趣味のいいのを集めていらっしゃるし、私がいちども名前を聞いたことさえない外国の新しい小説家の作品を、仕事のあいまあいまに、熱心に読んでいらっしゃるし、それに、あの、世界的な蔓バラの図案。また、ご自身の貧乏を、ときどき自嘲(じちょう)なさいますけれど、このごろは仕事も多く、百円、二百円と、まとまった大金がはいって来て、せんだっても、伊豆の温泉につれていっていただいたほどなのに、それでもあの人は、ふとんや箪笥や、その他の家財道具を、私の母に買ってもらったことを、いまでも気にしていて、そんなに気にされると、私は、かえって恥ずかしく、なんだか悪いことをしたように思われて、みんな安物ばかりなのに、と泣きたいほど侘びしく、同情や憐憫(れんびん)で結婚するのは、間違いで、私は、やっぱりひとりでいたほうがよかったのじゃないかしら、と恐ろしいことを考えた夜もございました。もっと強いものを求めるいまわしい不貞が頭をもたげることさえあって、私は悪者でございます。結婚して、はじめて青春の美しさを、それを灰色に過してしまったくやしさが、舌を噛(か)みたいほど、痛烈に感じられ、いまのうち何かでもって埋め合せしたく、あの人とふたりで、ひっそり夕食をいただきながら、侘びしさ堪えがたくなって、お箸(はし)と茶碗持ったまま、泣きべそかいてしまったこともございます。何もかも私の慾でございましょう。こんなおたふくの癖に青春なんて、とんでもない。いい笑いものになるだけのことでございます。私は、いまのままで、これだけでもう、身にあまる仕合せなのです。そう思わなければいけません。ついつい、わがままも出て、それだから、こんどのように、こんな気味わるい吹出物に見舞われるのです。薬を塗ってもらったせいか、吹出物も、それ以上はひろがらず、明日は、なおるかも知れぬと、神様にこっそり祈って、その夜は、早めに休ませていただきました。

 寝ながら、しみじみ考えて、なんだか不思議になりました。私は、どんな病気でも、おそれませぬが、皮膚病だけは、とても、とても、いけないのです。どのような苦労をしても、どのような貧乏をしても、皮膚病にだけは、なりたくないと思っていたものでございます。脚が片方なくっても、腕が片方なくっても、皮膚病なんかになるよりは、どれくらいましかわからない。女学校で、生理の時間にいろいろの皮膚病の病原菌を教わり、私は全身むず痒く、その虫やバクテリヤの写真の載っている教科書のペエジを、矢庭に引き破ってしまいたく思いました。そうして先生の無神経が、のろわしく、いいえ先生だって、平気で教えているのでは無い。職務ゆえ、懸命にこらえて、当りまえの風を装って教えているのだ、それにちがいないと思えば、なおのこと、先生のその厚顔無恥が、あさましく、私は身悶(みもだ)えいたしました。その生理のお時間がすんでから、私はお友達と議論をしてしまいました。痛さと、くすぐったさと、痒さと、三つのうちで、どれが一ばん苦しいか。そんな論題が出て、私は断然、痒さが最もおそろしいと主張いたしました。だって、そうでしょう? 痛さも、くすぐったさも、おのずから知覚の限度があると思います。ぶたれて、切られて、または、くすぐられても、その苦しさが極限に達したとき、人は、きっと気を失うにちがいない。気を失ったら夢幻境です。昇天でございます。苦しさから、きれいにのがれる事ができるのです。死んだって、かまわないじゃないですか。けれども痒さは、波のうねりのようで、もりあがっては崩れ、もりあがっては崩れ、果しなく鈍く蛇動(だどう)し、蠢動(しゅんどう)するばかりで、苦しさが、ぎりぎり結着の頂点まで突き上げてしまう様なことは決してないので、気を失うこともできず、もちろん痒さで死ぬなんてことも無いでしょうし、永久になまぬるく、悶えていなければならぬのです。これは、なんといっても、痒さにまさる苦しみはございますまい。私がもし昔のお白州(しらす)で拷問かけられても、切られたり、ぶたれたり、また、くすぐられたり、そんなことでは白状しない。そのうち、きっと気を失って、二、三度つづけられたら、私は死んでしまうだろう。白状なんて、するものか、私は志士のいどころを一命かけて、守って見せる。けれども、蚤(のみ)か、しらみ、或いは疥癬(かいせん)の虫など、竹筒に一ぱい持って来て、さあこれを、お前の背中にぶち撒(ま)けてやるぞ、と言われたら、私は身の毛もよだつ思いで、わなわなふるえ、申し上げます、お助け下さい、と烈女も台無し、両手合せて哀願するつもりでございます。考えるさえ、飛び上るほど、いやなことです。私が、その休憩時間、お友達にそう言ってやりましたら、お友達も、みんな素直に共鳴して下さいました。いちど先生に連れられて、クラス全部で、上野の科学博物館へ行ったことがございますけれど、たしか三階の標本室で、私は、きゃっと悲鳴を挙げ、くやしく、わんわん泣いてしまいました。皮膚に寄生する虫の標本が、蟹(かに)くらいの大きさに模型されて、ずらりと棚に並んで、飾られてあって、ばか! と大声で叫んで棍棒(こんぼう)もって滅茶苦茶に粉砕したい気持でございました。それから三日も、私は寝ぐるしく、なんだか痒く、ごはんもおいしくございませんでした。私は、菊の花さえきらいなのです。小さい花弁がうじゃうじゃして、まるで何かみたい。樹木の幹の、でこぼこしているのを見ても、ぞっとして全身むず痒くなります。筋子なぞを、平気でたべる人の気が知れない。牡蠣(かき)の貝殻。かぼちゃの皮。砂利道。虫食った葉。とさか。胡麻(ごま)。絞り染。蛸(たこ)の脚。茶殻。蝦(えび)。蜂(はち)の巣。苺(いちご)。蟻(あり)。蓮の実。蠅(はえ)。うろこ。みんな、きらい。ふり仮名も、きらい。小さい仮名は、虱(しらみ)みたい。グミの実、桑の実、どっちもきらい。お月さまの拡大写真を見て、吐きそうになったことがあります。刺繍(ししゅう)でも、図柄に依っては、とても我慢できなくなるものがあります。そんなに皮膚のやまいを嫌っているので、自然と用心深く、いままで、ほとんど吹出物の経験なぞ無かったのです。そうして結婚して、毎日お風呂へ行って、からだをきゅっきゅっと糠でこすって、きっと、こすり過ぎたのでございましょう。こんなに、吹出物してしまって、くやしく、うらめしく思います。私は、いったいどんな悪いことをしたというのでしょう。神さまだって、あんまりだ。私の一ばん嫌いな、嫌いなものをことさらにくださって、ほかに病気が無いわけじゃなし、まるで金の小さな的をすぽんと射当てたように、まさしく私の最も恐怖している穴へ落ち込ませて、私は、しみじみ不思議に存じました。

 翌る朝、薄明のうちにもう起きて、そっと鏡台に向って、ああと、うめいてしまいました。私は、お化けでございます。これは、私の姿じゃない。からだじゅう、トマトがつぶれたみたいで、頸にも胸にも、おなかにも、ぶつぶつ醜怪を極めて豆粒ほども大きい吹出物が、まるで全身に角が生えたように、きのこが生えたように、すきまなく、一面に噴き出て、ふふふふ笑いたくなりました。そろそろ、両脚のほうにまで、ひろがっているのでございます。鬼。悪魔。私は、人ではございませぬ。このまま死なせて下さい。泣いては、いけない。こんな醜怪なからだになって、めそめそ泣きべそ掻いたって、ちっとも可愛くないばかりか、いよいよ熟柿がぐしゃと潰(つぶ)れたみたいに滑稽で、あさましく、手もつけられぬ悲惨の光景になってしまう。泣いては、いけない。隠してしまおう。あの人は、まだ知らない。見せたくない。もともと醜い私が、こんな腐った肌になってしまって、もうもう私は、取り柄がない。屑(くず)だ。はきだめだ。もう、こうなっては、あの人だって、私を慰める言葉が無いでしょう。慰められるなんて、いやだ。こんなからだを、まだいたわるならば、私は、あの人を軽蔑(けいべつ)してあげる。いやだ。私は、このままおわかれしたい。いたわっちゃ、いけない。私を、見ちゃいけない。私の傍にいてもいけない。ああ、もっと、もっと広い家が欲しい。一生遠くはなれた部屋で暮したい。結婚しなければ、よかった。二十八まで、生きていなければよかったのだ。十九の冬に、肺炎になったとき、あのとき、なおらずに死ねばよかったのだ。あのとき死んでいたら、いまこんな苦しい、みっともない、ぶざまの憂目を見なくてすんだのだ。私は、ぎゅっと堅く眼をつぶったまま、身動きもせず坐って、呼吸だけが荒く、そのうちになんだか心までも鬼になってしまう気配が感じられて、世界が、シンと静まって、たしかにきのうまでの私で無くなりました。私は、もそもそ、けものみたいに立ち上り着物を着ました。着物は、ありがたいものだと、つくづく思いました。どんなおそろしい胴体でも、こうして、ちゃんと隠してしまえるのですものね。元気を出して、物干場へあがってお日様を険しく見つめ、思わず、深い溜息(ためいき)をいたしました。ラジオ体操の号令が聞えてまいります。私は、ひとりで侘びしく体操はじめて、イッチ、ニッ、と小さい声出して、元気をよそってみましたが、ふっとたまらなく自分がいじらしくなって来て、とてもつづけて体操できず泣き出しそうになって、それに、いま急激にからだを動かしたせいか、頸と腋下(わきした)の淋巴腺(りんぱせん)が鈍く痛み出して、そっと触ってみると、いずれも固く腫れていて、それを知ったときには、私、立って居られなく、崩れるようにぺたりと坐ってしまいました。私は醜いから、いままでこんなにつつましく、日蔭を選んで、忍んで忍んで生きて来たのに、どうして私をいじめるのです、と誰にともなく焼き焦げるほどの大きい怒りが、むらむら湧(わ)いて、そのとき、うしろで、

「やあ、こんなところにいたのか。しょげちゃいけねえ。」とあの人の優しく呟(つぶや)く声がして、「どうなんだ。少しは、よくなったか?」

 よくなったと答えるつもりだったのに、私の肩に軽く載せたあの人の右手を、そっとはずして、立ち上り、

「うちへかえる。」そんな言葉が出てしまって、自分で自分がわからなくなって、もう、何をするか、何を言うか、責任持てず、自分も宇宙も、みんな信じられなくなりました。

「ちょっと見せなよ。」あの人の当惑したみたいな、こもった声が、遠くからのように聞えて、

「いや。」と私は身を引き、「こんなところに、グリグリができてえ。」と腋の下に両手を当てそのまま、私は手放しで、ぐしゃと泣いて、たまらずああんと声が出て、みっともない二十八のおたふくが、甘えて泣いても、なんのいじらしさが在ろう、醜悪の限りとわかっていても、涙がどんどん沸いて出て、それによだれも出てしまって、私はちっともいいところが無い。

「よし。泣くな! お医者へ連れていってやる。」あの人の声が、いままで聞いたことのないほど、強くきっぱり響きました。

 その日は、あの人もお仕事を休んで、新聞の広告しらべて、私もせんに一、二度、名だけは聞いたことのある有名な皮膚科専門のお医者に見てもらうことにきめて、私は、よそ行きの着物に着換えながら、

「からだを、みんな見せなければいけないかしら」

「そうよ。」あの人は、とても上品に微笑(ほほえ)んで答えました。「お医者を、男と思っちゃいけねえ。」

 私は顔を赤くしました。ほんのりとうれしく思いました。

 外へ出ると、陽の光がまぶしく、私は自身を一匹の醜い毛虫のように思いました。この病気のなおるまで世の中を真暗闇の深夜にして置きたく思いました。

「電車は、いや。」私は、結婚してはじめてそんな贅沢(ぜいたく)なわがまま言いました。もう吹出物が手の甲にまでひろがって来ていて、いつか私は、こんな恐ろしい手をした女のひとを電車の中で見たことがあって、それからは、電車の吊革(つりかわ)につかまるのさえ不潔で、うつりはせぬかと気味わるく思っていたのですが、いまは私が、そのいつかの女のひとの手と同じ工合になってしまって、「身の不運」という俗な言葉が、このときほど骨身に徹したことはございませぬ。

「わかってるさ。」あの人は、明るい顔してそう答え、私を、自動車に乗せて下さいました。築地から、日本橋、高島屋裏の病院まで、ほんのちょっとでございましたが、その間、私は葬儀車に乗っている気持でございました。眼だけが、まだ生きていて、巷(ちまた)の初夏のよそおいを、ぼんやり眺めて、路行く女のひと、男のひと、誰も私のように吹出物していないのが不思議でなりませんでした。

 病院に着いて、あの人と一緒に待合室へはいってみたら、ここはまた世の中と、まるっきりちがった風景で、ずっとまえ築地の小劇場で見た「どん底」という芝居の舞台面を、ふいと思い出しました。外は深緑で、あんなに、まばゆいほど明るかったのに、ここは、どうしたのか、陽の光が在っても薄暗く、ひやと冷い湿気があって、酸(す)いにおいが、ぷんと鼻をついて、盲人どもが、うなだれて、うようよいる。盲人ではないけれども、どこか、片輪の感じで、老爺老婆の多いのには驚きました。私は、入口にちかい、ベンチの端に腰をおろして、死んだように、うなだれ、眼をつぶりました。ふと、この大勢の患者の中で、私が一ばん重い皮膚病なのかも知れない、ということに気がつき、びっくりして眼をひらき、顔をあげて、患者ひとりひとりを盗み見いたしましたが、やはり、私ほど、あらわに吹出物している人は、ひとりもございませんでした。皮膚科と、もうひとつ、とても平気で言えないような、いやな名前の病気と、そのふたつの専門医だったことを、私は病院の玄関の看板で、はじめて知ったのですが、それでは、あそこに腰かけている若い綺麗な映画俳優みたいな男のひと、どこにも吹出物など無い様子だし、皮膚科ではなく、そのもうひとつのほうの病気なのかも知れない、と思えば、もう皆、この待合室に、うなだれて腰かけている亡者たち皆、そのほうの病気のような気がして来て、

「あなた、少し散歩していらっしゃい。ここは、うっとうしい。」

「まだ、なかなからしいな。」あの人は、手持ぶさたげに、私の傍に立ちつくしていたのでした。

「ええ。私の番になるのは、おひるごろらしいわ。ここは、きたない。あなたが、いらっしゃっちゃ、いけない。」自分でも、おや、と思ったほど、いかめしい声が出て、あの人も、それを素直に受け取ってくれた様子で、ゆっくりと首肯(うなず)き、

「おめえも、一緒に出ないか?」

「いいえ。あたしは、いいの。」私は、微笑んで、「あたしは、ここにいるのが、一ばん楽なの。」

 そうしてあの人を待合室から押し出して、私は、少し落ちつき、またベンチに腰をおろし酸っぱいように眼をつぶりました。はたから見ると、私は、きっとキザに気取って、おろかしい瞑想(めいそう)にふけっているばあちゃん女史に見えるでしょうが、でも、私、こうしているのが一ばん、らくなんですもの。死んだふり。そんな言葉、思い出して、可笑(おか)しゅうございました。けれども、だんだん私は、心配になってまいりました。誰にも、秘密が在る。そんな、いやな言葉を耳元に囁(ささや)かれたような気がして、わくわくしてまいりました。ひょっとしたら、この吹出物も――と考え、一時に総毛立つ思いで、あの人の優しさ、自信の無さも、そんなところから起って来ているのではないのかしら、まさか。私は、そのときはじめて、可笑しなことでございますが、そのときはじめて、あの人にとっては、私が最初で無かったのだ、ということに実感を以て思い当り、いても立っても居られなくなりました。だまされた! 結婚詐欺。唐突にそんなひどい言葉も思い出され、あの人を追いかけて行って、ぶってやりたく思いました。ばかですわね。はじめから、それが承知であの人のところへまいりましたのに、いま急に、あの人が、最初でないこと、たまらぬ程にくやしく、うらめしく、とりかえしつかない感じで、あの人の、まえの女のひとのことも、急に色濃く、胸にせまって来て、ほんとうにはじめて、私はその女のひとを恐ろしく、憎く思い、これまで一度だって、そのひとのこと思ってもみたことない私の呑気(のんき)さ加減が、涙の沸いて出た程に残念でございました。くるしく、これが、あの嫉妬(しっと)というものなのでしょうか。もし、そうだとしたなら、嫉妬というものは、なんという救いのない狂乱、それも肉体だけの狂乱。一点美しいところもない醜怪きわめたものか。世の中には、まだまだ私の知らない、いやな地獄があったのですね。私は、生きてゆくのが、いやになりました。自分が、あさましく、あわてて膝の上の風呂敷包をほどき、小説本を取り出し、でたらめにペエジをひらき、かまわずそこから読みはじめました。ボヴァリイ夫人。エンマの苦しい生涯が、いつも私をなぐさめて下さいます。エンマの、こうして落ちて行く路が、私には一ばん女らしく自然のもののように思われてなりません。水が低きについて流れるように、からだのだるくなるような素直さを感じます。女って、こんなものです。言えない秘密を持って居ります。だって、それは女の「生れつき」ですもの。泥沼を、きっと一つずつ持って居ります。それは、はっきり言えるのです。だって、女には、一日一日が全部ですもの。男とちがう。死後も考えない。思索も、無い。一刻一刻の、美しさの完成だけを願って居ります。生活を、生活の感触を、溺愛(できあい)いたします。女が、お茶碗や、きれいな柄の着物を愛するのは、それだけが、ほんとうの生き甲斐だからでございます。刻々の動きが、それがそのまま生きていることの目的なのです。他に、何が要りましょう。高いリアリズムが、女のこの不埒(ふらち)と浮遊を、しっかり抑えて、かしゃくなくあばいて呉(く)れたなら、私たち自身も、からだがきまって、どのくらい楽か知れないとも思われるのですが、女のこの底知れぬ「悪魔」には、誰も触らず、見ないふりをして、それだから、いろんな悲劇が起るのです。高い、深いリアリズムだけが、私たちをほんとうに救ってくれるのかも知れませぬ。女の心は、いつわらずに言えば、結婚の翌日だって、他の男のひとのことを平気で考えることができるのでございますもの。人の心は、決して油断がなりませぬ。男女七歳にして、という古い教えが、突然おそろしい現実感として、私の胸をついて、はっと思いました。日本の倫理というものは、ほとんど腕力的に写実なのだと、目まいのするほど驚きました。なんでもみんな知られているのだ。むかしから、ちゃんと泥沼が、明確にえぐられて在るのだと、そう思ったら、かえって心が少しすがすがしく、爽(さわ)やかに安心して、こんな醜い吹出物だらけのからだになっても、やっぱり何かと色気の多いおばあちゃん、と余裕を持って自身を憫笑(びんしょう)したい気持も起り、再び本を読みつつけました。いま、ロドルフが、更にそっとエンマに身をすり寄せ、甘い言葉を口早に囁いているところなのですが、私は、読みながら、全然別な奇妙なことを考えて、思わずにやりと笑ってしまいました。エンマが、このとき吹出物していたら、どうだったろう、とへんな空想が湧(わ)いて出て、いや、これは重大なイデエだぞ、と私は真面目になりました。エンマは、きっとロドルフの誘惑を拒絶したにちがいない。そうして、エンマの生涯は、まるっきり違ったものになってしまった。それにちがいない。あくまでも、拒絶したにちがいない。だって、そうするより他に、仕様ないんだもの。こんなからだでは。そうして、これは喜劇ではなく、女の生涯は、そのときの髪のかたち、着物の柄、眠むたさ、または些細(ささい)のからだの調子などで、どしどし決定されてしまうので、あんまり眠むたいばかりに、背中のうるさい子供をひねり殺した子守女さえ在ったし、ことに、こんな吹出物は、どんなに女の運命を逆転させ、ロマンスを歪曲(わいきょく)させるか判りませぬ。いよいよ結婚式というその前夜、こんな吹出物が、思いがけなく、ぷつんと出て、おやおやと思うまもなく胸に四肢に、ひろがってしまったら、どうでしょう。私は、有りそうなことだと思います。吹出物だけは、ほんとうに、ふだんの用心で防ぐことができない、何かしら天意に依るもののように思われます。天の悪意を感じます。五年ぶりに帰朝する御主人をお迎えにいそいそ横浜の埠頭(ふとう)、胸おどらせて待っているうちにみるみる顔のだいじなところに紫色の腫物(はれもの)があらわれ、いじくっているうちに、もはや、そのよろこびの若夫人も、ふためと見られぬお岩さま。そのような悲劇もあり得る。男は、吹出物など平気らしゅうございますが、女は、肌だけで生きて居るのでございますもの。否定する女のひとは、嘘つきだ。フロベエルなど、私はよく存じませぬが、なかなか細密の写実家の様子で、シャルルがエンマの肩にキスしようとすると、(よして! 着物に皺が、――)と言って拒否するところございますが、あんな細かく行きとどいた眼を持ちながら、なぜ、女の肌の病気のくるしみに就いては、書いて下さらなかったのでしょうか。男の人にはとてもわからぬ苦しみなのでしょうか。それとも、フロベエルほどのお人なら、ちゃんと見抜いて、けれどもそれは汚ならしく、とてもロマンスにならぬ故、知らぬふりして敬遠しているのでございましょうか。でも、敬遠なんて、ずるい、ずるい。結婚のまえの夜、または、なつかしくてならぬ人と五年ぶりに逢う直前などに、思わぬ醜怪の吹出物に見舞われたら、私ならば死ぬる。家出して、堕落してやる。自殺する。女は、一瞬間一瞬間の、せめて美しさのよろこびだけで生きているのだもの。明日は、どうなっても、――そっとドアが開いて、あの人が栗鼠(りす)に似た小さい顔を出して、まだか? と眼でたずねたので、私は、蓮っ葉にちょっちょっと手招きして、

「あのね、」下品に調子づいた甲高い声だったので私は肩をすくめ、こんどは出来るだけ声を低くして、「あのね、明日は、どうなったっていい、と思い込んだとき女の、一ばん女らしさが出ていると、そう思わない?」

「なんだって?」あの人が、まごついているので私は笑いました。

「言いかたが下手なの、わからないわね。もういいの。あたし、こんなところに、しばらく坐っているうちに、なんだか、また、人が変っちゃったらしいの。こんな、どん底にいると、いけないらしいの。あたし、弱いから、周囲の空気に、すぐ影響されて、馴れてしまうのね。あたし、下品になっちゃったわ。ぐんぐん心が、くだらなく、堕落して、まるで、もう」と言いかけて、ぎゅっと口を噤(つぐ)んでしまいました。プロステチウト、そう言おうと思っていたのでございます。女が永遠に口に出して言ってはいけない言葉。そうして一度は、必ず、それの思いに悩まされる言葉。まるっきり誇を失ったとき、女は、必ずそれを思う。私は、こんな吹出物して、心まで鬼になってしまっているのだな、と実状が薄ぼんやり判って来て、私が今まで、おたふく、おたふくと言って、すべてに自信が無い態(てい)を装っていたが、けれども、やはり自分の皮膚だけを、それだけは、こっそり、いとおしみ、それが唯一のプライドだったのだということを、いま知らされ、私の自負していた謙譲だの、つつましさだの、忍従だのも、案外あてにならない贋物(にせもの)で、内実は私も知覚、感触の一喜一憂だけで、めくらのように生きていたあわれな女だったのだと気附いて、知覚、感触が、どんなに鋭敏だっても、それは動物的なものなのだ、ちっとも叡智(えいち)と関係ない。全く、愚鈍な白痴でしか無いのだ、とはっきり自身を知りました。

 私は、間違っていたのでございます。私は、これでも自身の知覚のデリケエトを、なんだか高尚のことに思って、それを頭のよさと思いちがいして、こっそり自身をいたわっていたところ、なかったか。私は、結局は、おろかな、頭のわるい女ですのね。

「いろんなことを考えたのよ。あたし、ばかだわ。あたし、しんから狂っていたの。」

「むりがねえよ。わかるさ。」あの人は、ほんとうに、わかってるみたいに、賢こそうな笑顔で答えて、「おい、おれたちの番だぜ。」

 看護婦に招かれて、診察室へはいり、帯をほどいてひと思いに肌ぬぎになり、ちらと自分の乳房を見て、私は、石榴(ざくろ)を見ちゃった。眼のまえに坐っているお医者よりも、うしろに立っている看護婦さんに見られるのが、幾そう倍も辛うございました。お医者は、やっぱり人の感じがしないものだと思いました。顔の印象さえ、私には、はっきりいたしませぬ。お医者のほうでも、私を人の扱いせず、あちこちひねくって、

「中毒ですよ。何か、わるいものを食べたのでしょう。」平気な声で、そう言いました。

「なおりましょうか。」

 あの人が、たずねて呉れて、

「なおります。」

 私は、ぼんやり、ちがう部屋にいるような気持で、聞いていたのでございます。

「ひとりで、めそめそ泣いていやがるので、見ちゃ居れねえのです。」

「すぐ、なおりますよ。注射しましょう。」

 お医者は、立ち上りました。

「単純な、ものなのですか?」とあの人。

「そうですとも。」

 注射してもらって、私たちは病院を出ました。

「もう手のほうは、なおっちゃった。」

 私は、なんども陽の光に両手をかざして、眺めました。

「うれしいか?」

 そう言われて私は、恥ずかしく思いました。

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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)

피부와 마음(皮膚と心)

다자이 오사무(太宰 治) (1939)

번역 : 홍성필


 작은 콩알만한 두드러기가 왼쪽 유방 아래에 있어, 자세히 보자 그 두드러기 주변에도 조금씩 작은 두드러기들이 마치 이슬이라도 뿌려진 것처럼 퍼져있어서, 하지만 그 때까지는 가렵지도 아무렇지도 않았습니다. 보기가 싫어 목욕탕에서 젖 밑을 타월로 세게, 가죽이 벗겨질 정도로 비볐습니다. 그게 잘못된 것 같습니다. 집으로 돌아가와서 화장대 앞에 앉아 가슴을 피고 거울에 비쳐보았더니 징그러웠습니다. 목욕탕에서 제 집까지 걸어서 5분도 안 걸리며, 그 새에 가슴 밑에서 배에 걸쳐 손바닥 두 개 정도의 넓이로 새빨갛게 여문 딸기처럼 생겨있어, 저는 지옥을 보는 듯하여 제 주변이 점점 캄캄해졌습니다. 그때부터 저는 지금까지의 저와는 달라졌습니다. 제가 사람이 아닌 것처럼 느껴졌습니다. 정신이 멍해진다는 건 이런 걸 말하는 걸까요. 저는 오랫동안 멍하니 앉아있었습니다. 짙은 회색빛 먹구름이 점점 제 주변을 둘러싸고는 지금까지의 세상에서부터 멀리 떨어져, 모든 소리까지 제게는 작게 밖에 안 들리는, 답답한, 막막한 시간이 그 때부터 시작된 것입니다. 잠시 거울 속에 비친 제 알몸을 바라보고 있자 드문드문 비가 내리기 시작했을 때처럼 여기저기에 빨간 두드러기가 나타나더니, 목둘레서부터 가슴, 배, 등에까지 번져있는 듯하여, 화장대 거울을 돌려 등을 비춰보자 하얀 등허리의 경사 위에 붉은 우박이 내린 것처럼 퍼져있어, 저는 두 손으로 얼굴을 가리고 말았습니다.


 "이런 게, 생겼거든요." 저는 그 분에게 보였습니다. 6월 초였습니다. 그 분은 반팔 와이셔츠에 반바지 차림으로, 벌써 오늘 일은 어느 정도 끝낸 듯하여, 작업용 책상 앞에 멍하니 앉아 담배를 피우고 있었습니다만, 이리로 걸어와서는 저를 돌려 앉혀놓고는 미간을 좁혀가며 조심스럽게 보면서 여기저기를 눌러보더니,


 "가렵지는 않아?" 라고 물었습니다. 저는 가렵지 않다고 대답했습니다. 전혀 아무렇지도 않았습니다. 그 분은 고개를 기울이며, 그리고는 저를 햇빛이 비치는 툇마루에 세워놓고, 알몸인 저를 빙글빙글 돌리며 계속 조심스럽게 살펴보고 있었습니다. 그 분은 제 몸에 대해서 지나칠 정도로 세심하게 신경을 씁니다. 무척이나 무뚝뚝하지만 진심으로 항상 저를 아껴줍니다. 저는 그 점을 잘 알고 있기에, 이렇게 밝은 대낮에 툇마루에서 알몸을 내놓고 이쪽 저쪽 돌아보라고 해도 오히려 하느님께 기도하는 듯, 조용하고 차분해져서 얼마나 안심했는지 모릅니다. 저는 선 채로 살짝 눈을 감고는, 이대로 죽을 때까지 눈을 뜨기 싫었습니다.


 "모르겠네. 두드러기라면 가렵겠지만, 설마 홍역은 아니겠지?"


 저는 쓴웃음을 지었습니다. 옷을 입으면서,


 "겨 때문에 헐어서 그렇게 된 게 아닐까요? 제가 목욕탕에 갈 때마다 가슴이나 목을 세게 문질러서요."


 그럴지도 모르겠다. 그래서겠지, 라는 결론을 내리고 그 분은 약방에 가서 튜브에 든, 하얗고 끈적끈적한 약을 사와, 그것을 말없이 제 몸에 손가락으로 문지르듯이 발라주었습니다. 박하처럼 몸이 시원해지고, 마음도 조금 가벼워져서,


 "옮지는 않을까요?"


 "신경 쓰지 마."


 그렇게 말씀은 하시지만 그 분의 슬픈 마음이, 그건 분명 저를 슬퍼해 주는 마음이지만, 그 마음이 그 분의 손끝으로부터 제 썩은 가슴으로 마음 아프게 울려 퍼져, 아아, 빨리 낫고 싶다고 진심으로 생각했습니다.


 그 분은 예전부터 제 추한 외모를 매우 세심하게 감싸주어, 제 얼굴의 몇몇 이상한 결점 -- 농담으로 말씀하는 일도 없이, 정말 조금도 제 얼굴을 놀리지도 않고, 그야말로 화창하게 게인 하늘처럼,


 "괜찮은 얼굴이라고 생각해. 나는 좋아."


 그런 말까지 문득 하실 때가 있어, 저는 어쩔 줄을 몰라합니다. 저희들이 결혼한 건 불과 올해 3월이었습니다. 결혼, 이라는 말조차 제게는 매우 과분하고 가슴이 설레어서 도저히 태연하게 입 밖으로 낼 수 없을 만큼, 저희 경우는 나약하고 가난하고 쑥스러운 것이었습니다. 첫째로 저는 벌써 스물 여덟이었거든요. 이렇게 얼굴이 퉁퉁 부었기에 결혼과는 인연이 없고, 더구나 스물 네다섯까지는 제게도 두세 번 정도 그런 말도 오갔으나, 잘 되다가도 안됐다가, 잘 나가다가도 안되어서, 더구나 저희 집도 부자인 것도 아니며, 어머니와 저, 그리고 누이동생으로, 여자 셋만 있는 나약한 가정이라 도저히 좋은 선은 바라지도 못합니다. 그건 지나친 욕심이지요. 스물다섯이 되어 저는 각오를 했습니다. 평생 결혼할 수 없더라도 어머니를 돕고 누이동생을 키워가며, 그것만을 보람으로 여기고, 동생은 저와 일곱 살 차이가 나서 올해 스물 하나입니다만, 기량도 좋고 점점 얌전해지고 해서 좋은 아이로 커가고 있으므로, 이 누이동생에게 훌륭한 양자를 데리고 와, 그리고 저는 자립의 길을 택하자. 그럴 때까지는 집에 있어, 가계, 교제, 모두 제가 도맡아 이 집을 지키자. 그렇게 각오를 하자 그 때까지 내심 이런저런 골치를 썩히고 있던 것들이 모두 사라지고, 괴로움도 쓸쓸함도 먼 곳으로 떠나버려, 저는 집안 일을 해가면서 바느질 연습도 게을리 하지 않았기에 조금씩 이웃 아이들의 옷 주문을 받게 되었으며, 자립의 길이 보일 무렵, 지금의 그 분 이야기가 나왔습니다. 혼담을 가지고 오신 분이 타계한 부친의 은인 같은 분이셨으므로 다짜고짜 거절할 수도 없었고, 또한 말씀을 듣고 보니 상대방은 소학교를 나왔을 뿐, 부모도 형제도 없고, 그 어르신께서 직접 어렸을 때부터 키워오셨다고 하셨으며, 물론 그 쪽에 재산이 있을 리 없고, 서른 다섯, 조금 수완이 좋은 도안사(圖案師)였으며 월수입은 200엔에서 그 이상 벌 때도 있지만, 반면 전혀 벌지 못하는 달도 있어 평균 7,80엔. 더구나 그 쪽은 초혼이 아니라 좋아하는 여성과 6년이나 함께 지내다가, 재작년에 무슨 이유가 있어 헤어지고서 그 다음부터는, 자신은 소학교만 나왔을 뿐, 학력도 없고 재산도 없으며 나이도 먹었기에 제대로 된 결혼은 할 수 없으므로 아예 평생 혼자서 편하게 살겠다고 했는데, 그것을 그 어르신께서 타일러, 그렇게 되면 남들이 이상한 사람 취급하여 좋지 않으니 어서 색시를 얻어라, 짚이는 곳이 있으니, 라고 하여 저희 쪽에 조용히 말씀을 하셔서, 그 때는 정말 저도 어머니도 얼굴 마주보며 난처해 했습니다. 어디 한 구석이라도 좋은 점이 없는 혼담이잖아요. 아무리 제가 팔다 남은 넙적한 얼굴이라고 해도 그렇지, 잘못 하나도 범하지 않았으며, 이제 그런 사람이 아니면 결혼할 수 없나 하고 처음에는 매우 화도 나고 속도 상했습니다. 거절할 수밖에 없는 일이었으나, 무엇보다도 혼담을 가지고 오신 분이 돌아가신 아버님의 은인이시며, 어머니도 저도 조용히 거절해야 한다며 조심스럽게 우물주물 하고 있는 사이에 문득 저는 그 사람이 불쌍하다는 생각이 들고 말았습니다. 분명 착한 사람입니다. 저도 여학교를 나왔을 뿐 딱히 학력이 있는 것도 아니며, 그렇다고 대단한 지참금이 있는 것도 아닙니다. 아버님도 안 계신 나약한 가정이며, 더구나 보시다시피 넙적한 얼굴을 가진 아줌마가 다 되었으니, 이 쪽 또한 좋은 점이라곤 없습니다. 어울리는 부부일지도 모르겠더군요. 어차피 저는 불행합니다. 거절하여 돌아가신 아버님의 은인과의 사이가 불편해지기 보다는……점점 기분이 기울어져, 그리고 창피한 일이지만 조금은 상기된 마음도 있었습니다. 넌 정말 괜찮냐며 역시 걱정스러워하시는 어머니께는 더 이상 말씀 드리지도 않고, 제가 직접 그 돌아가신 아버님의 은인께 알겠다고 말했습니다.


 결혼하고 저는 행복했습니다. 아뇨. 아니, 역시 행복이라고 말해야만 하겠지요. 벌 받습니다. 그 분께서는 저를 매우 아껴주셨습니다. 그 분은 매사에 소심하고, 또한 전에 만났던 여자분으로부터 버림을 받은 듯, 때문에 한층 조심스러워 했으며 지나칠 정도로 모든 면에 자신감이 없고, 몸집은 작고 말랐으며 얼굴도 빈상입니다. 일은 열심히 하십니다. 제가 깜짝 놀란 건 그 분의 도안을 살짝 보았는데, 그것이 눈에 익는 도안이었던 것입니다. 이 얼마나 신기한 인연일까요. 그 분에게 물어보고 확인한 후, 저는 그 때야 비로소 그 분을 사랑한 것처럼 가슴이 뛰었습니다. 긴자(銀座)의 유명한 화장품 가게에 있는, 덩굴장미모양을 한 상표는 그 분이 고안한 것으로서, 그것 만이 아니라 그 화장품 가게에서 팔고 있는 향수, 비누, 분가루의 상표 디자인, 그리고 신문 광고도 거의가 그 분의 도안이었던 것입니다. 10년도 전부터 그 가게의 전속처럼 되어 있어서 특색 있는 덩굴장미무늬를 한 상표, 포스터, 신문광고 등 대부분을 혼자서 그리고 계셨으며, 지금까지 그 덩굴장미무늬는 외국인조차 기억하고 있었고, 그 가게 이름은 모르더라도 장미가 서로 얽힌 특징 있는 도안은 누구나 한 번은 보았으며, 그리고 기억할 정도잖아요. 저도 여학교 시절부터 벌써 그 덩굴장미무늬를 알고 있었던 것 같습니다. 저는 묘하게도 그 도안에 끌려 여학교를 나온 후에도 화장품은 모두 그 화장품 가게의 것을 써왔으며, 말하자면 팬이었습니다. 하지만 저는 한 번도 그 장미무늬를 생각해 낸 사람에 대해서는 궁금해하지 않았습니다. 너무 바보 같을지는 모르지만, 그러나 저뿐만이 아니라 세상 사람 모두, 신문의 아름다운 광고를 보고 그 도안을 그린 사람을 생각하진 않겠지요. 그런 것을 그리는 분들은 정말 보이지 않는 일꾼 아니겠어요? 저도 그 분의 부인이 되고 얼마가 지나고서야 처음으로 알았잖아요. 그 사실을 알았을 때는, 저는 너무 기쁜 나머지,


 “제가 여학교 시절부터 이 무늬를 정말 좋아했어요. 당신이 그린 거였군요. 정말 기뻐요. 전 행복하네요. 10년이나 이전부터 당신과 멀리서 연결되어 있었던 거예요. 이리로 오게끔 되어 있었던 거예요.” 라고 조금 흥분해 보였더니 그 분은 빨간 얼굴을 하고서는,


 “장난 치지 말라구. 하는 일이 이건데, 뭘.” 이라며 무척이나 부끄러운 듯 눈을 깜빡 거리며, 그리고 흥 하고 힘없이 웃고서 슬픈 표정을 지었습니다.


 항상 그 분은 자신을 비하시키고, 저는 아무렇지도 않은데도 학력이나, 그리고 두 번째라는 점이나, 빈상이라는 점이나, 너무 신경을 쓰는 듯하여, 그렇다면 저처럼 못생긴 사람은 대체 어떻게 하면 좋을까요. 부부가 함께 자신감 없이 불안해하고 서로의 얼굴이 말하자면 잔주름에 가득 차, 그 분은 가끔 제가 마음껏 애교를 부려주었으면 하는 듯 하지만, 저도 스물 여덟이나 먹은 아줌마이고, 더구나 이렇게 얼굴도 못생겼는데, 거기에다 그 분이 자신감 없이 자신을 비하하고 있는 모습을 보고 있노라면 저한테까지 전염이 되어 더욱 어색해지고 어떻게 해도 마음 놓고 애교를 떨 수도 없어, 마음은 그렇지 않은데도 오히려 제가 심각하고 냉정하게 대답하곤 하면, 그러면 그 분은 더욱 조심스러워지고, 제게는 그 마음을 알고 있기에 더욱 당혹스러워져 마치 남남처럼 서로의 관계가 불편해지고 맙니다. 그 분에게도 또한 자신감 없는 저를 잘 알고 계신 듯, 가끔 뜬금없이 제 얼굴이나 옷 무늬 등을 너무 무뚝뚝하게 칭찬할 때가 있는데, 제게는 그 분의 마음을 알고 있기에 전혀 기쁘지도 않고, 가슴이 벅차올라 너무나도 괴로워 울고 싶어 집니다. 그 분은 좋은 사람입니다. 이전의 여성에 대해서는 정말 조금도 풍긴 적이 없습니다. 덕분에 저는 항상 그 일을 잊고 지냅니다. 이 집도 저희가 결혼하고 새로 마련한 집이며, 그 분은, 이전에는 아카사카(赤坂)에 있는 아파트에서 혼자 지내고 계셨는데, 분명 나쁜 기억을 남기고 싶지 않아서, 그리고 또한 저에 대한 배려도 있었겠지요. 이전에 가지고 계셨던 살림살이 모두를 팔아 치우고 작업도구만을 가지고 이 츠키지(築地)로 이사 와서부터, 제게도 적지만 어머니로부터 받은 돈이 있었으며, 둘이서 조금씩 살림살이를 사 모았기에, 이불도 옷장도 제가 고향 친정에서 가지고 온 것들이었으므로, 이전 여성의 흔적은 전혀 없어, 그 분이 저 외의 여성과 6년이나 함께 지냈었다는 일이 지금으로서는 도저히 믿어지지 않게 되었습니다. 정말로 그 분의 불필요한 자기비하만 없었더라면, 그리고 저한테 더 난폭하게 소리 치고 그랬었다면 저도 아무런 생각 없이 노래도 부르고, 얼마든지 애교를 부릴 수 있을 거라는 생각이 들었으나, 분명 밝은 가정이 될 수 있으리라 여겨졌으나, 둘 모두 자신이 못 생겼다는 생각에 매사에 조심스러워 - 저는 그렇다고 해도 그 분은 왜 자신을 비하할 이유가 있을까요. 소학교만 나왔다고 해도 교양 면으로는 대학출신 학사들과 전혀 다를 바가 없습니다. 레코드도 꽤 괜찮은 것들을 가지고 있었으며, 제가 한 번도 들은 적이 없는 새로운 외국 소설가의 작품을 일하면서 틈틈이 읽고 있었으며, 더구나 그 세계적인 덩굴장미 도안. 한편 자신의 궁핍함을 종종 자조하시지만, 요즘은 일거리도 많아 100엔, 200엔 정도 목돈이 들어와, 얼마 전에는 이즈(伊豆) 온천도 데려가 주셨을 정도인데도, 그럼에도 그 분은 이불이나 옷장, 기타 가재도구를 제 어머니로부터 받았다는 점을 지금까지 신경 쓰고 있는 것 같아, 그렇게 신경 쓰면 저는 오히려 창피하고, 괜히 잘못한 것 같아서, 모두 싸구려뿐인데 울고 싶을 정도로 슬퍼져서, 동정심이나 연민으로 결혼한다는 것은 잘못이며, 저는 역시 혼자 사는 편이 낫지 않았나 하는, 끔찍한 생각을 했던 밤도 있었습니다. 더욱 많은 것을 바라는 부정한 마음이 고개를 들 때도 있었기에, 저는 나쁜 사람입니다. 결혼하고 처음으로 청춘의 아름다움을 잿빛으로 지내버렸던 안타까움이 혀를 깨물고 싶어질 정도로 강렬하게 느껴져, 더 늦기 전에 무엇인가로 보상 받고 싶은 심정이 들어, 그 분과 둘이서 조용히 저녁을 먹으며, 자신이 너무도 비참하여 젓가락과 밥공기를 든 채로 울상을 진 적도 있습니다. 모든 것이 제 욕심이겠지요. 이런 못생긴 얼굴 주제에 청춘이라니 천만에요. 남들이 들으면 웃습니다. 저는 지금 이대로, 이것 만으로 분에 넘칠 정도로 행복합니다. 그렇게 생각해야 합니다. 저도 모르게 제 멋대로 생각해서, 그래서 이번처럼 이렇게 징그러운 것이 나는 것입니다. 약을 발라 주어서인지 그 이상은 퍼지지 않고, 내일은 나을지도 모른다며 하느님께 조용히 기도하고, 그날 밤은 일찍 잠에 들었습니다.


 자면서 가만히 생각해 보니 왠지 이상했습니다. 저는 어떤 병이라도 두려워하지는 않습니다만, 피부병만은 정말 정말 싫습니다. 어떤 고생을 해도 얼마나 가난하게 산다고 해도 피부병만은 걸리고 싶지 않았습니다. 다리가 한 쪽 없어져도, 팔이 한 쪽 없어져도 피부병에 걸리는 것보다는 얼마나 나은지 모릅니다. 여학교 시절 생물시간에 여러 피부병의 병원균에 대해서 배웠을 때도, 온몸이 근질거려 그 벌레나 박테리아의 사진이 실려있는 교과서 페이지를 마구 찢어버리고 싶었습니다. 또한 선생님의 우둔함이 저주스러워, 아니요, 선생님도 태연하게 가르치고 계신 건 아닙니다. 직업이니까 열심히 참으며 태연한 척 하시며 가르치고 계신 것이다, 분명 그렇다고 생각하면 더욱 그 선생님의 후안무치함이 가증스러워 저는 몸부림을 쳤습니다. 그 생물시간이 끝나고 저는 친구들과 이야기를 나누었습니다. 아픔과 간지럼과, 가려움 중 무엇이 가장 고통스러운 것일까. 그런 화제가 나와서 저는 단연코 가려움이 가장 두렵다고 주장했습니다. 왜냐하면 그렇잖아요? 통증도 간지럼도 어느 정도 한도가 있다고 생각합니다. 누구에게 맞아서, 잘려서, 설혹 간지럼을 당한다 해도 그 고통이 극에 달하면 사람은 분명 의식을 잃고 말 것입니다. 의식을 잃으면 무아지경입니다. 승천이지요. 고통으로부터 깨끗하게 빠져나갈 수 있는 것입니다.


 죽어도 상관없지 않습니까. 하지만 가려움은 파도의 넘실거림과도 같아서 고조되었다가 무너지고, 또 고조되었다가 무너지곤 하여 끝없이 둔탁하게 움직여 준동할 뿐, 고통이 아슬아슬하게 극도의 정점까지 치고 오르는 일은 절대 없으므로 의식을 잃을 수도 없고, 물론 가려움 때문에 죽는다는 일도 없을 테니 영원히 꾸준하게 참고 있어야만 합니다. 이것은 누가 뭐래도 가려움보다 더한 고통은 없을 것입니다. 제가 만약 옛날 관하에서 고문을 당한다 해도 잘리거나 때리거나, 간지럼을 당한다 해도 그 정도로는 자백하지 않습니다. 그러다가 분명 의식을 잃어 두 세 번 당하면 저는 죽어버리겠지요. 자백 같은 건 절대 안 할 거예요. 제 고집을 이 한 목숨 걸고서 지켜볼 것입니다. 하지만 벼룩이나 이, 또는 옴균 같은 벌레를 대나무통 하나 가득 가지고 와서는 자, 이것을 네 등에 확 뿌린다고 하면 저는 머리카락이 거꾸로 서는 듯한 심정으로 벌벌 떨면서, 말씀 드리겠습니다, 살려주세요, 라고 열녀 흉내도 잠시, 두 손을 모아 애원하고 말 것입니다. 생각하는 것조차 몸서리가 칩니다. 제가 휴식시간에 친구들에게 그런 말을 하자 친구들도 솔직하게 공감해주었습니다. 한 번 선생님을 따라 저희 반 전체가 우에노(上野)에 있는 과학박물관에 간 적이 있는데, 아마도 3층 표본실에서 저는 꺄악 하고 비명을 지르고는 너무나 화가 나서 엉엉 울고 말았습니다. 피부에 기생하는 벌레 표본을 게만한 크기로 모형을 만들어 즐벼시 놓여 있어, 힘껏 소리치고는 곤봉으로 엉망진창으로 박살내고 싶은 심정이었습니다. 그로부터 사흘 동안 저는 잠도 잘 수 없었으며, 왠지 가렵고 밥도 맛이 없었습니다. 저는 국화꽃도 싫어합니다. 작은 꽃잎이 우글우글 대어 마치 무엇 같습니다. 나무 줄기를 볼 때도 울퉁불퉁한 모습이 소름 끼치고 온몸이 근질거립니다. 연어알 같은 것을 아무렇지도 않게 먹는 사람들을 이해할 수 없습니다. 굴 껍질, 호박 껍질, 자갈길, 벌레 먹은 잎사귀, 닭 벼슬, 깨소금, 홀치기 처리한 염색물, 문어다리, 녹차잎 껍질, 새우, 벌집, 딸기, 개미, 연근, 파리, 비늘, 모두 싫습니다. 적혀 있는 이름조차도 싫어요, 작은 글씨는 이 같습니다. 보리수 나무열매, 뽕나무 열매도 둘 다 싫습니다. 달님의 확대사진을 보고 토할 것 같았던 일도 있습니다. 자수도 도안에 따라서는 도저히 참을 수 없는 것도 있습니다. 그토록 피부에 대한 병을 혐오하고 있기에 자연히 조심스러워져서 지금까지 거의 여드름 같은 것은 난 적이 없었습니다. 그리하여 결혼하고 매일 목욕탕에 가서 몸을 박박 겨로 밀고서, 아마도 너무 밀었던 탓이었겠지요. 이렇게 피부에 무언가가 나서, 너무나 속상하고 저주스러웠습니다. 제가 도대체 무슨 나쁜 짓을 했다는 걸까요. 하느님도 너무하십니다. 제가 너무너무 싫어하는 것을 골라 주고서는, 다른 병들이 없는 것도 아닌데 마치 작은 표적의 가운데를 정확하게 쏙 맞추듯, 그야말로 제가 가장 두려워하고 있는 함정에 빠뜨리고서는, 저는 정말 이상하게 생각했습니다.


 다음날 아침 해도 뜨기 전에 일어나 조심스럽게 거울을 앞에 두고서 ‘아아’ 하고 신음소리를 냈습니다. 저는 귀신입니다. 이건 제 모습이 아니에요. 온 몸이 뭉그러진 토마토처럼 머리에도 가슴에도, 배에까지도 두들두들 너무나도 추악하게 콩알만한 두드러기들이, 마치 온몸에 뿔인 난 것처럼, 버섯이 난 것처럼, 빈틈없이 빼곡하게 나 있어, 후후후후 웃고 싶어졌습니다. 서서히 두 발에까지도 퍼져가고 있었습니다. 도깨비, 악마. 저는 사람이 아닙니다. 이대로 죽게 해주세요. 울어서는 안됩니다. 이런 추악한 몰골이 되어 훌쩍훌쩍 울상을 지어봤자 전혀 귀엽지도 않을 뿐더러, 점점 연시가 찌그러진 것처럼, 웃기고 비참하여 손도 못 댈 정도로 끔찍해집니다. 울어서는, 안 돼. 숨겨버리자. 그 분은 아직 모른다. 보여주고 싶지 않다. 본래 못생긴 제가 이런 썩은 피부가 되었으니 이제는 정말 쓸모가 없어졌다. 쓰레기다. 폐품이다. 이제 이렇게 되면 그 분도 저를 위로할 말이 없겠지요. 위로 받는다니, 싫어요. 이런 몸을 아직도 가엾게 여긴다면 저는 그 분을 경멸해 줄 것입니다. 싫어요. 저는 이대로 헤어지고 싶어요. 불쌍하게 보지 마세요. 저를 보면 안돼요. 제 곁에 계셔도 안됩니다. 아아, 더 넓은 집이 갖고 싶어요. 평생 멀리 떨어진 방에서 살고 싶습니다. 결혼하지 말았어야 했는데. 스물 여덟 살까지 살고 말았어야 했는데. 열 아홉 겨울, 폐렴에 걸렸을 때, 그 때 낫지 않고 죽었어야 했었는데. 그 때 죽었더라면 지금 이토록 괴롭고 흉하고 처참한 꼴을 당하지 않았을 텐데. 저는 눈을 굳게 감고 움직이지도 않은 채 앉아서는, 호흡만이 거칠어져 그러는 중에 왠지 마음까지 사악해지는 것 같아, 온 세계가 정적에 휩싸여, 분명 어제까지의 저와는 아니게 되었습니다. 저는 주섬주섬 짐승처럼 일어나 옷을 입었습니다. 옷을 너무도 고마운 것이라고 새삼 느꼈습니다. 아무리 끔찍한 몽둥이라도 이렇게 숨길 수 있잖아요. 힘을 내어 마당으로 나가서는 햇님을 험한 눈빛으로 바라보고 저도 모르게 깊은 한숨을 쉬었습니다. 라디오체조 구령이 들려옵니다. 저는 혼자 쓸쓸하게 체조를 “하나, 둘” 하고 작은 목소리로 힘을 내어보려고 했으나 문득 참을 수 없을 만큼 저 자신이 비참해지는 것 같아 도저히 체조를 계속할 수 없어 울음이 터질 것 같아, 더구나 지금 갑자기 몸을 움직여서인지 턱과 겨드랑이에 있는 임파선이 둔탁하게 아파오는 것 같아 살짝 만져보니 모두 딱딱하게 부어있어, 그 사실을 알았을 때 저는 더 이상 서 있을 수가 없어 땅바닥에 주저앉고 말았습니다.  저는 못생겼기에 지금까지 이렇게 얌전하게 음지를 골라 참고 견디며 살아왔는데, 왜 저를 이토록 괴롭히나요, 하고 누구에게랄 것도 없이 검게 타오르는 큰 분노가 끌어올라, 그 때 뒤 켠에서,


 “아아, 여기 있었군. 힘을 내라구.” 라고 그 분의 부드럽게 말씀하시는 목소리가 들리고는, 


 “어때? 조금 나아졌나?”


 나아졌다고 대답하려 했으나 제 어깨 위에 살며시 놓인 그 분의 오른손을 조심스럽게 제쳐놓고서 일어서자, “집에 갈 거예요.” 라는 말이 나와서, 저도 저 자신을 알 수 없게 되어, 이제 무엇을 하는지 무슨 말을 하는지 책임을 질 수 없어, 저도 우주 전제도 모두 믿을 수 없게 되었습니다. “이리 보여봐” 그 분의 당황하여 잠긴 듯한 목소리가 저 멀리서 나오는 것처럼 들려와,


 “싫어요.” 라고 저는 몸을 피하고 “이런 데에 두드러기가 나서.” 라고 겨드랑이 밑에 두 손을 댄 채로 저는 울상을 짓고는, 참을 수 없이 엉엉 소리를 내서, 스물 여덟의 못난이가 애교스럽게 운다고 해도 어디 예쁜 구석이 있을까요. 추악의 극치라고 알고는 있어도 눈물이 계속 넘쳐 흘러, 더구나 침까지 나와서, 저는 정말 좋은 구석이란 하나도 없습니다.


 “알았어. 울지 마! 병원에 데려가 줄게.” 그 분의 목소리가 지금까지 들어보지 못한, 강하고 단호하게 울렸습니다.


 그날 그 분은 일도 쉰 채 신문 광고를 찾아보시고는, 저도 예전에 한 두 번 이름만은 들어본 적이 있는 유명한 피부전문 병원에 가기로 하고, 저는 외출복으로 갈아입으면서, “몸을 다 보여야만 하나요.”


 “그럼.” 그 분은 매우 품위 있게 미소를 짓고는 대답했습니다. “의사를 남자로 생각하면 안 돼.”


 저는 얼굴이 빨개졌습니다. 조금 기뻤습니다.


 밖으로 나오자 햇빛이 눈이 부셔, 저는 자신이 한 마리의 징그러운 송충이처럼 느껴졌습니다. 이 병이 다 나을 때까지 이 세상을 캄캄하고 어둠에 휩싸인 암흑인 채로 남겨두고 싶었습니다.


 “전철은 싫어요.” 저는 결혼하고 처음으로 그런 사치스런 투정을 부렸습니다. 벌써 두드러기가 손등에까지 퍼져, 언젠가 저는 이런 끔찍한 손을 한 여자를 전철 안에서 본 적이 있어, 그 때부터는 전철에서 손잡이를 잡는 것 조차 불결하고 옮지나 않을까 걱정을 했었는데, 지금은 제가 예전의 그 여자 손처럼 똑같이 되었기에, ‘뜻밖의 재앙’이라는 속된 말이 이 때처럼 뼈에 사무친 적이 없습니다.


 “알고 있어.” 그 분은 밝은 표정으로 그렇게 대답하고는, 저를 자동차에 태워주었습니다. 츠키지에서 니온바시(日本橋), 타카시마야(高島屋) 뒤편에 있는 병원까지 불과 잠시 동안이었는데, 그 동안 저는 영구차에 타고 있는 심정이었습니다. 눈 만이 아직 살아 있어, 바깥세상의 초여름 분위기를 멍하니 바라보고, 거리를 지나는 여자들, 남자들, 누구도 저처럼 두드러기가 안 난 것이 너무도 이상하게 느껴졌습니다.


 병원에 도착하여 그 분과 함께 대합실에 들어가 보자, 이 곳은 또한 바깥세상과는 전혀 다른 광경이어서, 오래 전 츠키지의 소극장에서 본 ‘밑바닥’이라는 연극 무대장면을 문득 떠올렸습니다. 바깥은 깊어가는 초록빛으로 덮여있었는데, 그토록 눈부실 정도로 밝았었는데, 여기는 어쩐 일인지 햇빛이 있어도 침침했고, 쌀쌀한 차가운 습기가 있어 시큼한 냄새가 코를 찌르고, 맹인들이 고개를 숙인 채 우글대고 있습니다. 맹인은 아니지만 어딘지 모르게 몸이 불편한 것처럼 보이고, 노인들이 많은 것에는 놀랐습니다. 저는 입구 쪽에 가까운 의자 끝에 앉고서는 죽은 사람처럼 고개를 숙이고 눈을 감았습니다. 문득 이 많은 환자 중에서 내가 가장 심한 피부병인지도 모른다는 생각이 들어, 깜짝 놀라 눈을 뜨고 얼굴을 들고서는 환자 한 사람 한 사람을 훔쳐보았습니다만, 역시 저만큼 심하게 두드러기가 난 사람은 한 명도 없었습니다. 피부과와 또 하나, 도저히 입에 담을 수 없는 이름의 병과, 그 두 가지의 전문의라는 사실을, 저는 병원 현관에 걸린 간판을 보고 처음 알았는데, 그렇다면 저기에 앉아있는 젊고 영화배우처럼 생긴 남자분은, 어디에도 두드러기 같은 것은 없는 것처럼 보이고, 피부과가 아닌 그 다른 쪽의 병일지도 모른다고 생각하자, 여기 있는 모두가, 이곳 대합실에서 고개를 숙인 채 앉아 있는 망자(亡者)들 모두가 그 쪽 병이라는 생각이 들어,


 “당신, 잠시 산책이라도 하고 오세요. 여긴 너무 답답해요.”


 “아직 좀 기다려야 하나 보구만.” 그 분은 허전한 듯 제 옆에 서 있었던 것입니다.


 “네에. 제 차례는 점심 때쯤이라고 해요. 여긴 지저분해요. 당신이 계시면, 안 됩니다.” 저도 놀랄 만큼 강한 말투가 나와, 그 분도 제 말을 받아들여주신 듯 천천히 고개를 끄덕이고는,


 “너도 같이 안 갈래?”


 “아뇨. 저는 괜찮아요.” 저는 미소를 짓고, “저는 여기 있는 게 가장 편해요.”


 그리하여 그 분을 대합실에서 밀어내고 난 후 저는 조금 침착함을 되찾아 다시 자리에 앉고서 살짝 눈을 감았습니다. 곁에서 보면 저는 분명 멋 떨어지게 명상에 잠긴 할머니처럼 보이겠으나, 하지만 저는 이렇게 하고 있는 것이 가장 편하거든요. 죽은 척. 그런 말이 떠올라 웃겼습니다. 그러나 점점 저는 걱정되기 시작했습니다. 누구에게도 비밀은 있다. 그런 기분 나쁜 말을 들은 듯 가슴이 뛰어왔습니다. 어쩌면 이 두드러기도……라고 생각해 순식간에 머리카락이 곤두서는 듯한 심정으로, 그 분의 다정함, 자신감이 없는 모습도 그런 점에서 비롯되는 것이 아닐까, 설마. 저는 그 때 비로소, 이상한 일이겠으나, 그 때 비로소 그 분에게 있어서는 제가 처음이 아니었다는 사실이 실감나게 와 닿아서, 안절부절 할 수 없었습니다. 속았다! 결혼사기. 뜬금없이 그런 심한 말도 떠올라, 그 분을 좇아 가서 때려주고 싶었습니다. 참 바보 같죠. 처음부터 그것을 알고 그 분께로 갔는데, 지금 갑자기 처음이 아니라는 것이 참을 수 없을 정도로 야속하고 밉고, 돌이킬 수 없는 심정으로 그 분의 이전 여자에 대해서도 갑자기 가슴에 사무치도록 느껴져서, 정말 처음으로 저는 그 여자분이 너무 밉다는 생각이 들어서, 지금까지 단 한 번도 그 여자에 대해 생각지도 못했다는 자신의 한심함에 눈물이 흘러 넘쳤을 정도였습니다. 만약 그렇다면 질투란 이 얼마나 구제 불능한 광란, 그것도 육체뿐인 광란. 한 점 아름다운 구석도 없는 추악함의 극치. 이 세상에는 아직 제가 모르는 끔찍한 지옥이 있었던 거로군요. 저는 살아가는 것이 싫어졌습니다. 제가 가증스러워져 서둘러 무릎 위에 놓인 보자기를 풀고는 소설책을 꺼내어 아무데나 펼치고는 닥치는 대로 거기서부터 읽기 시작했습니다. 보봐리 부인. 엠마의 고통스러운 생애가 항상 저를 위로해줍니다. 엠마의 이처럼 타락해가는 길이 정말 제게는 가장 여성스럽고 자연스러운 것처럼 느껴집니다. 물이 낮은 곳으로 흐르듯 몸이 나른해 질 정도의 솔직함을 느낍니다. 여자란 이런 것입니다. 말할 수 없는 비밀을 가지고 있습니다. 왜냐하면 그건 여자의 ‘선천적인’ 성질인걸요. 시궁창을 분명 하나씩 가지고 있습니다. 그건 확실하게 말할 수 있습니다. 왜냐하면 여자에게는 하루하루가 전부인걸요. 남자와는 다릅니다. 죽은 다음의 일도 생각하지 않아요. 사색도 없습니다. 순간 순간의 아름다움의 완성만을 바라고 있습니다. 생활을, 생활의 촉감을 무척이나 사랑합니다. 여자가 밥공기나 예쁜 무늬의 옷을 사랑하는 것은 그것 만이 진실된 삶의 보람이기 때문입니다. 시시각각의 동작이, 그것 자체가 삶의 목적입니다. 달리 무엇이 더 필요할까요. 높은 리얼리즘이 여자의 이 괴씸함과 들뜬 가슴을 단단히 억눌러, 가차없이 파헤쳐준다면 저희들 스스로도 정신이 들어 얼마나 편할지 모른다고 여겨지지만, 여자의 깊은 곳에 자리잡은 ‘악마’를 누구도 만지지도 않고 못 본 척을 하여, 그러기에 여러 비극이 일어나는 것입니다. 높고도 깊은 리얼리즘만이 저희들을 정말로 구제해줄지도 모릅니다. 여자의 마음이란 솔직히 말해서 결혼한 다음 날이라도 다른 남자에 대해 아무렇지도 않게 생각할 수가 있거든요. 사람 마음은 절대 방심할 수 없습니다. 남녀 칠 세, 라는 옛 가르침이 갑자기 끔찍할 정도로 현실감 있게 제 가슴을 찔러 깜짝 놀랐습니다. 일본의 윤리라는 것은 정말 현실적이며 사실적이라고 현기증이 날 정도로 놀랐습니다. 모든 것을 전부 알고 있는 것입니다. 옛날부터 시궁창이 분명 파여 있다는 것을. 이런 생각을 하니 오히려 마음이 시원하고 상쾌해져 안심이 되고, 이렇게 두드러기투성이인 몸뚱이가 되어도 역시 어딘지 모르게 교태가 있는 할머니라며 여유를 갖고 저 스스로를 비웃고 싶은 심정이 들어, 또다시 책을 읽었습니다. 지금 로돌프가 더욱 살며시 엠마 곁에 다가가 감미로운 말을 재빨리 속삭이고 있는 장면인데, 저는 읽으면서 전혀 다른 일을 생각하여 저도 모르게 빙그레 웃고 말았습니다. 엠마가 이 때 두드러기가 났다면 어땠을까, 하고 이상한 공상이 떠올라, 아니, 이는 중요한 주제인 것 같아 저는 진지해졌습니다. 엠마는 분명 로돌프의 유혹을 거절했을 것입니다. 그리하여 엠파의 생애는 전혀 다르게 진행되었을 거예요. 분명 그렇습니다. 끝까지 거절했을 겁니다. 왜냐하면 그럴 수밖에 없잖아요. 이런 몸으로는, 그리고 이것은 희극이 아니고, 여자의 생애는 그 때의 머리 모양, 옷 무늬, 졸음, 또는 사사로운 몸 상태에 따라서 모두 결정되고 마는 것이기에, 너무 잠이 와서 등에 업은, 시끄럽게 구는 아이를 비틀어 죽여버린 보모도 있었으며, 더구나 이런 두드러기는 얼마나 여자의 운명을 역전시켜 로망스를 왜곡시키는지 모릅니다. 드디어 결혼식이라는 그 전날 밤, 이런 두드러기가 뜻밖에 생기고는, 이상하다고 여길 틈도 없이 가슴과 온몸에 퍼지면 어떻게 될까요. 저는 있을 수 있는 일이라고 생각합니다. 두드러기만은 정말 평소 아무리 조심한다고 해도 막을 수 없는, 무언가 하늘의 뜻에 의한 것일 겁니다. 하늘의 악의를 느끼게 합니다. 5년 만에 돌아오는 남편을 마중하러 요코하마(橫浜)에 있는 부두로 설레는 가슴을 안고 기다리고 있는 동안 순식간에 얼굴의 중요한 곳에 보랏빛 두드러기가 나타나자 만지작거리고 있는 동안에 이미 그 어여쁜 젊은 부인도 둘도 볼 수 없는 도깨비 형상. 그런 비극도 있을 수 있습니다. 남자에게 두드러기 같은 것은 아무렇지도 않지만, 여자는 피부만으로 살고 있거든요. 부정하는 여자는 거짓말쟁이에요. 


 플로베르의 경우, 저는 잘 모르지만 꽤 세밀한 사실주의 작가 같아서 샤를이 엠마의 어깨에 키스하려 하자 ‘하지 마세요. 옷에 주름이……’라고 하여 거절하는 장면이 있는데, 그토록 면밀한 눈을 가지고 있으면서 왜 여자의 피부병에 대한 고통에 관해서는 써주지 않았을까요. 남자들에게는 도저히 알 수 없는 고통일까요. 아니면 플로베르 정도 되는 분이라면 이미 알고 있었으나, 하지만 그것은 너무나도 지저분하여 도저히 로망스가 될 수 없기에 모르는 척하고 멀리한 것일까요. 그러나 멀리 하다니요. 너무해요. 너무해요. 결혼식 전날 밤, 또는 너무나도 그리운 사람과 5년 만에 만나기 직전 등, 뜻밖의 추악한 두드러기가 났다면, 저라면 죽습니다. 가출해서 타락해 버릴 거예요. 자살합니다. 여자는 순간순간의 아름다움에 대한 기쁨만으로 살고 있거든요. 내일은 어떻게 되더라도요. ……조심스럽게 그 분이 다람쥐를 닮은 작은 얼굴을 내밀고서 아직이냐고 눈짓으로 물었기에, 저는 이쪽으로 오라며 살며시 손짓을 하고는,


 “있잖아요.” 볼품없는 큰 소리였으므로 저는 어깨를 움츠리고, 이번에는 가급적 작은 목소리로, “있잖아요. 내일은 어떻게 되도 상관없다고 생각했을 때 여자는 가장 여자다워진다고 생각하지 않아요?”


 “뭐라구?” 그 분이 당황하는 모습을 보고 저는 웃었습니다.


 “말로 잘 못하겠어요. 모르겠어요. 이제 됐어요. 저는 이런 곳에 잠시 앉아 있는 동안에 왠지 다시 사람이 변한 것 같아요. 이런 밑바닥에 있으면 안될 것만 같아요. 저는 너무 약해서 주변 공기에 금방 영향을 받아 익숙해지나봐요. 전 볼품없어졌어요. 점점 마음이 부질없이 타락하고, 마치 벌써.” 라고 말하다가 굳게 입을 다물어 버렸습니다. 프로스티튜트. 그 말을 하려 했습니다. 여자가 영원히 입밖에 내서는 안될 말. 그리고 한 번은 반드시 그것 때문에 고민하게 되는 말. 모든 자존심을 잃었을 때, 여자는 반드시 그것을 떠올립니다. 저는 이런 두드러기가 나서, 마음까지 사악해졌나 하는 사실이 희미하게 느껴져, 제가 지금까지 못생겼다며 매사에 자신감이 없어 보이는 척을 했지만, 그래도 역시 자신의 피부만은, 이것만은 남몰래 사랑스럽게 여겨, 그것이 유일한 자존심이었다는 사실을 지금 알고, 제가 자부하고 있던 겸손이나 얌전함, 인내 같은 것도 의외로 믿을 수 없는 가짜이며, 사실은 저도 지각, 느낌의 일희일우(一喜一憂)만으로 맹인처럼 살아온 딱한 여자였다는 것을 알게 되어, 지각이나 느낌이 아무리 예민해도 그것은 동물적인 것이다, 전혀 현명함과는 상관 없다, 정말 우둔한 백치일 뿐이라고 저 스스로 명확하게 알았습니다.


 저는 잘못 알고 있었던 것입니다. 저는 그래도 스스로 느낌의 예민함이 왠지 고상하게 느껴져, 그것을 머리가 똑똑한 것으로 착각하여, 남몰래 위로하고 있었거든요. 저는 결국 어리석은, 머리가 나쁜 여자였더군요.


 “많은 것을 생각했어요. 전 바보예요. 전 정말 제 정신이 아니었던 것 같아요.”


 “그럴 만도 하지. 이해 해.” 그 분은 정말 이해한 것처럼, 현명해 보이는 웃는 얼굴로 대답하고는 “이봐, 우리 차례야.”


 간호사에게 불려 진찰실로 들어가 띠를 풀고는 한번에 알몸이 되어 슬쩍 자신의 유방을 보았더니, 저는 석류를 보고 말았습니다. 눈앞에 앉아 있는 의사보다도 뒤편에 서 있는 간호사에게 보이는 것이 몇 배나 더 괴로웠습니다. 의사는 역시 사람 같은 느낌이 안 든다고 생각했습니다. 얼굴의 인상조차 제게는 분명하지 않습니다. 의사도 저를 사람처럼 다루지 않고 여기저기를 돌려보더니,


 “중독이에요. 뭔가 나쁜 것을 드셨나 봅니다.” 태연한 목소리로 그렇게 말했습니다.


 “치료될까요?”


 그 분이 물어봐 주셔서,


 “물론입니다.”


 저는 멍하니, 다른 방에 있는 심정으로 듣고 있었습니다.


 “혼자서 질질 짜고 있는데, 도저히 봐 줄 수가 없습니다.”


 “금방 낫습니다. 주사를 놔두도록 하죠.”


 의사는 일어났습니다.


 “간단한 건가요?” 라고 그 분.


 “그럼요.”


 주사를 맞고 우리는 병원을 나왔습니다.


 “벌써 손 쪽은 다 나았어요.”


 저는 몇 번씩이나 햇빛에 두 손을 비추며 바라보았습니다.


 “그렇게 좋아?”


 그런 말을 듣고 저는 부끄러웠습니다.

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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)