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  1. 2018.04.30 축견담 - 일본어
  2. 2018.04.30 축견담 - 한국어

축견담(畜犬談 :ちくけんだん)

다자이 오사무(太宰 治) (1939)

일본어 원문


 私は、犬については自信がある。いつの日か、かならず喰(く)いつかれるであろうという自信である。私は、きっと噛(か)まれるにちがいない。自信があるのである。よくぞ、きょうまで喰いつかれもせず無事に過してきたものだと不思議な気さえしているのである。諸君、犬は猛獣である。馬を斃(たお)し、たまさかには獅子(しし)と戦ってさえこれを征服するとかいうではないか。さもありなんと私はひとり淋しく首肯(しゅこう)しているのだ。あの犬の、鋭い牙(きば)を見るがよい。ただものではない。いまは、あのように街路で無心のふうを装い、とるに足らぬもののごとくみずから卑下して、芥箱(ごみばこ)を覗(のぞ)きまわったりなどしてみせているが、もともと馬を斃すほどの猛獣である。いつなんどき、怒り狂い、その本性を暴露するか、わかったものではない。犬はかならず鎖に固くしばりつけておくべきである。少しの油断もあってはならぬ。世の多くの飼い主は、みずから恐ろしき猛獣を養い、これに日々わずかの残飯(ざんぱん)を与えているという理由だけにて、まったくこの猛獣に心をゆるし、エスやエスやなど、気楽に呼んで、さながら家族の一員のごとく身辺に近づかしめ、三歳のわが愛子をして、その猛獣の耳をぐいと引っぱらせて大笑いしている図にいたっては、戦慄(せんりつ)、眼を蓋(おお)わざるを得ないのである。不意に、わんといって喰いついたら、どうする気だろう。気をつけなければならぬ。飼い主でさえ、噛みつかれぬとは保証できがたい猛獣を、(飼い主だから、絶対に喰いつかれぬということは愚かな気のいい迷信にすぎない。あの恐ろしい牙のある以上、かならず噛む。けっして噛まないということは、科学的に証明できるはずはないのである)その猛獣を、放し飼いにして、往来をうろうろ徘徊(はいかい)させておくとは、どんなものであろうか。昨年の晩秋、私の友人が、ついにこれの被害を受けた。いたましい犠牲者である。友人の話によると、友人は何もせず横丁を懐手(ふところで)してぶらぶら歩いていると、犬が道路上にちゃんと坐っていた。友人は、やはり何もせず、その犬の傍を通った。犬はその時、いやな横目を使ったという。何事もなく通りすぎた、とたん、わんといって右の脚(あし)に喰いついたという。災難である。一瞬のことである。友人は、呆然自失(ぼうぜんじしつ)したという。ややあって、くやし涙が沸いて出た。さもありなん、と私は、やはり淋しく首肯している。そうなってしまったら、ほんとうに、どうしようも、ないではないか。友人は、痛む脚をひきずって病院へ行き手当を受けた。それから二十一日間、病院へ通ったのである。三週間である。脚の傷がなおっても、体内に恐水病といういまわしい病気の毒が、あるいは注入されてあるかもしれぬという懸念(けねん)から、その防毒の注射をしてもらわなければならぬのである。飼い主に談判するなど、その友人の弱気をもってしては、とてもできぬことである。じっと堪(こら)えて、おのれの不運に溜息(ためいき)ついているだけなのである。しかも、注射代などけっして安いものではなく、そのような余分の貯(たくわ)えは失礼ながら友人にあるはずもなく、いずれは苦しい算段をしたにちがいないので、とにかくこれは、ひどい災難である。大災難である。また、うっかり注射でも怠(おこた)ろうものなら、恐水病といって、発熱悩乱の苦しみあって、果ては貌(かお)が犬に似てきて、四つ這(ば)いになり、ただわんわんと吠ゆるばかりだという、そんな凄惨(せいさん)な病気になるかもしれないということなのである。注射を受けながらの、友人の憂慮、不安は、どんなだったろう。友人は苦労人で、ちゃんとできた人であるから、醜くとり乱すこともなく、三七、二十一日病院に通い、注射を受けて、いまは元気に立ち働いているが、もしこれが私だったら、その犬、生かしておかないだろう。私は、人の三倍も四倍も復讐心(ふくしゅうしん)の強い男なのであるから、また、そうなると人の五倍も六倍も残忍性を発揮してしまう男なのであるから、たちどころにその犬の頭蓋骨(ずがいこつ)を、めちゃめちゃに粉砕(ふんさい)し、眼玉をくり抜き、ぐしゃぐしゃに噛んで、べっと吐き捨て、それでも足りずに近所近辺の飼い犬ことごとく毒殺してしまうであろう。こちらが何もせぬのに、突然わんといって噛みつくとはなんという無礼、狂暴の仕草(しぐさ)であろう。いかに畜生といえども許しがたい。畜生ふびんのゆえをもって、人はこれを甘やかしているからいけないのだ。容赦(ようしゃ)なく酷刑(こっけい)に処すべきである。昨秋、友人の遭難を聞いて、私の畜犬に対する日ごろの憎悪は、その極点に達した。青い焔(ほのお)が燃え上るほどの、思いつめたる憎悪である。

 ことしの正月、山梨県、甲府(こうふ)のまちはずれに八畳、三畳、一畳という草庵(そうあん)を借り、こっそり隠れるように住みこみ、下手な小説あくせく書きすすめていたのであるが、この甲府のまち、どこへ行っても犬がいる。おびただしいのである。往来に、あるいは佇(たたず)み、あるいはながながと寝そべり、あるいは疾駆(しっく)し、あるいは牙を光らせて吠えたて、ちょっとした空地でもあるとかならずそこは野犬の巣のごとく、組んずほぐれつ格闘の稽古にふけり、夜など無人の街路を風のごとく、野盗のごとくぞろぞろ大群をなして縦横に駈け廻っている。甲府の家ごと、家ごと、少くとも二匹くらいずつ養っているのではないかと思われるほどに、おびただしい数である。山梨県は、もともと甲斐(かい)犬の産地として知られているようであるが、街頭で見かける犬の姿は、けっしてそんな純血種のものではない。赤いムク犬が最も多い。採るところなきあさはかな駄犬ばかりである。もとより私は畜犬に対しては含むところがあり、また友人の遭難以来いっそう嫌悪(けんお)の念を増し、警戒おさおさ怠るものではなかったのであるが、こんなに犬がうようよいて、どこの横丁にでも跳梁(ちょうりょう)し、あるいはとぐろを巻いて悠然と寝ているのでは、とても用心しきれるものでなかった。私はじつに苦心をした。できることなら、すね当(あて)、こて当、かぶとをかぶって街を歩きたく思ったのである。けれども、そのような姿は、いかにも異様であり、風紀上からいっても、けっして許されるものではないのだから、私は別の手段をとらなければならぬ。私は、まじめに、真剣に、対策を考えた。私はまず犬の心理を研究した。人間については、私もいささか心得があり、たまには的確に、あやまたず指定できたことなどもあったのであるが、犬の心理は、なかなかむずかしい。人の言葉が、犬と人との感情交流にどれだけ役立つものか、それが第一の難問である。言葉が役に立たぬとすれば、お互いの素振り、表情を読み取るよりほかにない。しっぽの動きなどは、重大である。けれども、この、しっぽの動きも、注意して見ているとなかなかに複雑で、容易に読みきれるものではない。私は、ほとんど絶望した。そうして、はなはだ拙劣(せつれつ)な、無能きわまる一法を案出した。あわれな窮余の一策である。私は、とにかく、犬に出逢うと、満面に微笑を湛(たた)えて、いささかも害心のないことを示すことにした。夜は、その微笑が見えないかもしれないから、無邪気に童謡を口ずさみ、やさしい人間であることを知らせようと努めた。これらは、多少、効果があったような気がする。犬は私には、いまだ飛びかかってこない。けれどもあくまで油断は禁物である。犬の傍を通る時は、どんなに恐ろしくても、絶対に走ってはならぬ。にこにこ卑しい追従笑(ついしょうわら)いを浮べて、無心そうに首を振り、ゆっくり、ゆっくり、内心、背中に毛虫が十匹這(は)っているような窒息(ちっそく)せんばかりの悪寒(おかん)にやられながらも、ゆっくりゆっくり通るのである。つくづく自身の卑屈がいやになる。泣きたいほどの自己嫌悪を覚えるのであるが、これを行わないと、たちまち噛みつかれるような気がして、私は、あらゆる犬にあわれな挨拶を試みる。髪をあまりに長く伸ばしていると、あるいはウロンの者として吠えられるかもしれないから、あれほどいやだった床屋へも精出してゆくことにした。ステッキなど持って歩くと、犬のほうで威嚇(いかく)の武器と勘(かん)ちがいして、反抗心を起すようなことがあってはならぬから、ステッキは永遠に廃棄(はいき)することにした。犬の心理を計りかねて、ただ行き当りばったり、むやみやたらに御機嫌とっているうちに、ここに意外の現象が現われた。私は、犬に好かれてしまったのである。尾を振って、ぞろぞろ後についてくる。私は、じだんだ踏んだ。じつに皮肉である。かねがね私の、こころよからず思い、また最近にいたっては憎悪の極点にまで達している、その当の畜犬に好かれるくらいならば、いっそ私は駱駝(らくだ)に慕われたいほどである。どんな悪女にでも、好かれて気持の悪いはずはない、というのはそれは浅薄(せんぱく)の想定である。プライドが、虫が、どうしてもそれを許容できない場合がある。堪忍(かんにん)ならぬのである。私は、犬をきらいなのである。早くからその狂暴の猛獣性を看破し、こころよからず思っているのである。たかだか日に一度や二度の残飯の投与にあずからんがために、友を売り、妻を離別し、おのれの身ひとつ、家の軒下に横たえ、忠義顔して、かつての友に吠え、兄弟、父母をも、けろりと忘却し、ただひたすらに飼主の顔色を伺い、阿諛(あゆ)追従(ついしょう)てんとして恥じず、ぶたれても、きゃんといい尻尾(しっぽ)まいて閉口してみせて、家人を笑わせ、その精神の卑劣、醜怪、犬畜生とはよくもいった。日に十里を楽々と走破しうる健脚を有し、獅子をも斃(たお)す白光鋭利の牙(きば)を持ちながら、懶惰(らんだ)無頼(ぶらい)の腐りはてたいやしい根性をはばからず発揮し、一片の矜持(きょうじ)なく、てもなく人間界に屈服し、隷属(れいぞく)し、同族互いに敵視して、顔つきあわせると吠えあい、噛みあい、もって人間の御機嫌をとり結ぼうと努めている。雀を見よ。何ひとつ武器を持たぬ繊弱の小禽(しょうきん)ながら、自由を確保し、人間界とはまったく別個の小社会を営み、同類相親しみ、欣然(きんぜん)日々の貧しい生活を歌い楽しんでいるではないか。思えば、思うほど、犬は不潔だ。犬はいやだ。なんだか自分に似ているところさえあるような気がして、いよいよ、いやだ。たまらないのである。その犬が、私を特に好んで、尾を振って親愛の情を表明してくるに及んでは、狼狽(ろうばい)とも、無念とも、なんとも、いいようがない。あまりに犬の猛獣性を畏敬し、買いかぶり節度もなく媚笑(びしょう)を撒(ま)きちらして歩いたゆえ、犬は、かえって知己を得たものと誤解し、私を組みしやすしとみてとって、このような情ない結果に立ちいたったのであろうが、何事によらず、ものには節度が大切である。私は、いまだに、どうも、節度を知らぬ。

 早春のこと。夕食の少しまえに、私はすぐ近くの四十九聯隊の練兵場へ散歩に出て、二、三の犬が私のあとについてきて、いまにも踵(かかと)をがぶりとやられはせぬかと生きた気もせず、けれども毎度のことであり、観念して無心平生を装い、ぱっと脱兎(だっと)のごとく逃げたい衝動を懸命に抑え、抑え、ぶらりぶらり歩いた。犬は私についてきながら、みちみちお互いに喧嘩などはじめて、私は、わざと振りかえって見もせず、知らぬふりして歩いているのだが、内心、じつに閉口であった。ピストルでもあったなら、躊躇(ちゅうちょ)せずドカンドカンと射殺してしまいたい気持であった。犬は、私にそのような、外面如菩薩(げめんにょぼさつ)、内心如夜叉(ないしんにょやしゃ)的の奸佞(かんねい)の害心があるとも知らず、どこまでもついてくる。練兵場をぐるりと一廻りして、私はやはり犬に慕われながら帰途についた。家へ帰りつくまでには、背後の犬もどこかへ雲散霧消(うんさんむしょう)しているのが、これまでの、しきたりであったのだが、その日に限って、ひどく執拗(しつよう)で馴(な)れ馴れしいのが一匹いた。真黒の、見るかげもない小犬である。ずいぶん小さい。胴の長さ五寸の感じである。けれども、小さいからといって油断はできない。歯は、すでにちゃんと生えそろっているはずである。噛まれたら病院に三、七、二十一日間通わなければならぬ。それにこのような幼少なものには常識がないから、したがって気まぐれである。いっそう用心をしなければならぬ。小犬は後になり、さきになり、私の顔を振り仰ぎ、よたよた走って、とうとう私の家の玄関まで、ついてきた。

「おい。へんなものが、ついてきたよ」

「おや、可愛い」

「可愛いもんか。追っ払ってくれ、手荒くすると喰いつくぜ、お菓子でもやって」

 れいの軟弱外交である。小犬は、たちまち私の内心畏怖の情を見抜き、それにつけこみ、ずうずうしくもそれから、ずるずる私の家に住みこんでしまった。そうしてこの犬は、三月、四月、五月、六、七、八、そろそろ秋風吹きはじめてきた現在にいたるまで、私の家にいるのである。私は、この犬には、幾度泣かされたかわからない。どうにも始末ができないのである。私はしかたなく、この犬を、ポチなどと呼んでいるのであるが、半年もともに住んでいながら、いまだに私は、このポチを、一家のものとは思えない。他人の気がするのである。しっくりゆかない。不和である。お互い心理の読みあいに火花を散らして戦っている。そうしてお互い、どうしても釈然(しゃくぜん)と笑いあうことができないのである。

 はじめこの家にやってきたころは、まだ子供で、地べたの蟻(あり)を不審そうに観察したり、蝦蟇(がま)を恐れて悲鳴を挙げたり、その様には私も思わず失笑することがあって、憎いやつであるが、これも神様の御心によってこの家へ迷いこんでくることになったのかもしれぬと、縁の下に寝床を作ってやったし、食い物も乳幼児むきに軟らかく煮て与えてやったし、蚤取粉(のみとりこ)などからだに振りかけてやったものだ。けれども、ひとつき経つと、もういけない。そろそろ駄犬の本領を発揮してきた。いやしい。もともと、この犬は練兵場の隅に捨てられてあったものにちがいない。私のあの散歩の帰途、私にまつわりつくようにしてついてきて、その時は、見るかげもなく痩(や)せこけて、毛も抜けていてお尻の部分は、ほとんど全部禿(は)げていた。私だからこそ、これに菓子を与え、おかゆを作り、荒い言葉一つかけるではなし、腫(は)れものにさわるように鄭重(ていちょう)にもてなしてあげたのだ。ほかの人だったら、足蹴(あしげ)にして追い散らしてしまったにちがいない。私のそんな親切なもてなしも、内実は、犬に対する愛情からではなく、犬に対する先天的な憎悪と恐怖から発した老獪(ろうかい)な駈け引きにすぎないのであるが、けれども私のおかげで、このポチは、毛並もととのい、どうやら一人まえの男の犬に成長することを得たのではないか。私は恩を売る気はもうとうないけれども、少しは私たちにも何か楽しみを与えてくれてもよさそうに思われるのであるが、やはり捨犬はだめなものである。大めし食って、食後の運動のつもりであろうか、下駄をおもちゃにして無残に噛み破り、庭に干してある洗濯物を要(い)らぬ世話して引きずりおろし、泥まみれにする。

「こういう冗談はしないでおくれ。じつに、困るのだ。誰が君に、こんなことをしてくれとたのみましたか?」

と、私は、内に針を含んだ言葉を、精いっぱい優しく、いや味をきかせて言ってやることもあるのだが、犬は、きょろりと眼を動かし、いや味を言い聞かせている当の私にじゃれかかる。なんという甘ったれた精神であろう。私はこの犬の鉄面皮(てつめんぴ)には、ひそかに呆(あき)れ、これを軽蔑さえしたのである。長ずるに及んで、いよいよこの犬の無能が暴露された。だいいち、形がよくない。幼少のころには、も少し形の均斉もとれていて、あるいは優れた血が雑(まじ)っているのかもしれぬと思わせるところあったのであるが、それは真赤ないつわりであった。胴だけが、にょきにょき長く伸びて、手足がいちじるしく短い。亀のようである。見られたものでなかった。そのような醜い形をして、私が外出すればかならず影のごとくちゃんと私につき従い、少年少女までが、やあ、へんてこな犬じゃと指さして笑うこともあり、多少見栄坊(みえぼう)の私は、いくらすまして歩いても、なんにもならなくなるのである。いっそ他人のふりをしようと早足に歩いてみても、ポチは私の傍を離れず、私の顔を振り仰ぎ振り仰ぎ、あとになり、さきになり、からみつくようにしてついてくるのだから、どうしたって二人は他人のようには見えまい。気心の合った主従としか見えまい。おかげで私は外出のたびごとに、ずいぶん暗い憂欝な気持にさせられた。いい修行になったのである。ただ、そうして、ついて歩いていたころは、まだよかった。そのうちにいよいよ隠してあった猛獣の本性を暴露してきた。喧嘩格闘を好むようになったのである。私のお伴をして、まちを歩いて行きあう犬、行きあう犬、すべてに挨拶して通るのである。つまりかたっぱしから喧嘩して通るのである。ポチは足も短く、若年でありながら、喧嘩は相当強いようである。空地の犬の巣に踏みこんで、一時に五匹の犬を相手に戦ったときはさすがに危く見えたが、それでも巧みに身をかわして難を避けた。非常な自信をもって、どんな犬にでも飛びかかってゆく。たまには勢負(いきおいま)けして、吠えながらじりじり退却することもある。声が悲鳴に近くなり、真黒い顔が蒼(あお)黒くなってくる。いちど小牛のようなシェパアドに飛びかかっていって、あのときは、私が蒼くなった。はたして、ひとたまりもなかった。前足でころころポチをおもちゃにして、本気につきあってくれなかったのでポチも命が助かった。犬は、いちどあんなひどいめに逢うと、大へん意気地がなくなるものらしい。ポチは、それからは眼に見えて、喧嘩を避けるようになった。それに私は、喧嘩を好まず、否、好まぬどころではない、往来で野獣の組打ちを放置し許容しているなどは、文明国の恥辱と信じているので、かの耳を聾(ろう)せんばかりのけんけんごうごう、きゃんきゃんの犬の野蛮(やばん)のわめき声には、殺してもなおあき足らない憤怒と憎悪を感じているのである。私はポチを愛してはいない。恐れ、憎んでこそいるが、みじんも愛しては、いない。死んでくれたらいいと思っている。私にのこのこついてきて、何かそれが飼われているものの義務とでも思っているのか、途で逢う犬、逢う犬、かならず凄惨(せいさん)に吠えあって、主人としての私は、そのときどんなに恐怖にわななき震えていることか。自動車呼びとめて、それに乗ってドアをばたんと閉じ、一目散に逃げ去りたい気持なのである。犬同士の組打ちで終るべきものなら、まだしも、もし敵の犬が血迷って、ポチの主人の私に飛びかかってくるようなことがあったら、どうする。ないとは言わせぬ。血に飢えたる猛獣である。何をするか、わかったものでない。私はむごたらしく噛み裂かれ、三、七、二十一日間病院に通わなければならぬ。犬の喧嘩は、地獄である。私は、機会あるごとにポチに言い聞かせた。

「喧嘩しては、いけないよ。喧嘩するなら、僕からはるか離れたところで、してもらいたい。僕は、おまえを好いてはいないんだ」

 少し、ポチにもわかるらしいのである。そう言われると多少しょげる。いよいよ私は犬を、薄気味わるいものに思った。その私の繰り返し繰り返し言った忠告が効を奏したのか、あるいは、かのシェパアドとの一戦にぶざまな惨敗(ざんぱい)を喫(きっ)したせいか、ポチは、卑屈なほど柔弱(にゅうじゃく)な態度をとりはじめた。私といっしょに路を歩いて、他の犬がポチに吠えかけると、ポチは、

「ああ、いやだ、いやだ。野蛮ですねえ」

 と言わんばかり、ひたすら私の気に入られようと上品ぶって、ぶるっと胴震いさせたり、相手の犬を、しかたのないやつだね、とさもさも憐れむように流し目で見て、そうして、私の顔色を伺い、へっへっへっと卑しい追従(ついしょう)笑いするかのごとく、その様子のいやらしいったらなかった。

「一つも、いいところないじゃないか、こいつは。ひとの顔色ばかり伺っていやがる」

「あなたが、あまり、へんにかまうからですよ」家内は、はじめからポチに無関心であった。洗濯物など汚されたときはぶつぶつ言うが、あとはけろりとして、ポチポチと呼んで、めしを食わせたりなどしている。「性格が破産しちゃったんじゃないかしら」と笑っている。

「飼い主に、似てきたというわけかね」私は、いよいよ、にがにがしく思った。

 七月にはいって、異変が起った。私たちは、やっと、東京の三鷹村(みたかむら)に、建築最中の小さい家を見つけることができて、それの完成ししだい、一か月二十四円で貸してもらえるように、家主と契約の証書交して、そろそろ移転の仕度をはじめた。家ができ上ると、家主から速達で通知が来ることになっていたのである。ポチは、もちろん、捨ててゆかれることになっていたのである。

「連れていったって、いいのに」家内は、やはりポチをあまり問題にしていない。どちらでもいいのである。

「だめだ。僕は、可愛いから養っているんじゃないんだよ。犬に復讐されるのが、こわいから、しかたなくそっとしておいてやっているのだ。わからんかね」

「でも、ちょっとポチが見えなくなると、ポチはどこへ行ったろう、どこへ行ったろう、と大騒ぎじゃないの」

「いなくなると、いっそう薄気味が悪いからさ、僕に隠れて、ひそかに同志を糾合(きゅうごう)しているのかもわからない。あいつは、僕に軽蔑されていることを知っているんだ。復讐心が強いそうだからなあ、犬は」

 いまこそ絶好の機会であると思っていた。この犬をこのまま忘れたふりして、ここへ置いて、さっさと汽車に乗って東京へ行ってしまえば、まさか犬も、笹子峠(ささごとうげ)を越えて三鷹村まで追いかけてくることはなかろう。私たちは、ポチを捨てたのではない。まったくうっかりして連れてゆくことを忘れたのである。罪にはならない。またポチに恨まれる筋合もない。復讐されるわけはない。

「だいじょうぶだろうね。置いていっても、飢え死するようなことはないだろうね。死霊の祟(たた)りということもあるからね」

「もともと、捨犬だったんですもの」家内も、少し不安になった様子である。

「そうだね。飢え死することはないだろう。なんとか、うまくやってゆくだろう。あんな犬、東京へ連れていったんじゃ、僕は友人に対して恥ずかしいんだ。胴が長すぎる。みっともないねえ」

 ポチは、やはり置いてゆかれることに、確定した。すると、ここに異変が起った。ポチが、皮膚病にやられちゃった。これが、またひどいのである。さすがに形容をはばかるが、惨状(さんじょう)、眼をそむけしむるものがあったのである。おりからの炎熱とともに、ただならぬ悪臭を放つようになった。こんどは家内が、まいってしまった。

「ご近所にわるいわ。殺してください」女は、こうなると男よりも冷酷で、度胸がいい。

「殺すのか」私は、ぎょっとした。「もう少しの我慢じゃないか」

 私たちは、三鷹の家主からの速達を一心に待っていた。七月末には、できるでしょうという家主の言葉であったのだが、七月もそろそろおしまいになりかけて、きょうか明日かと、引越しの荷物もまとめてしまって待機していたのであったが、なかなか、通知が来ないのである。問いあわせの手紙を出したりなどしている時に、ポチの皮膚病がはじまったのである。見れば、見るほど、酸鼻(さんび)の極である。ポチも、いまはさすがに、おのれの醜い姿を恥じている様子で、とかく暗闇の場所を好むようになり、たまに玄関の日当りのいい敷石の上で、ぐったり寝そべっていることがあっても、私が、それを見つけて、

「わあ、ひでえなあ」と罵倒(ばとう)すると、いそいで立ち上って首を垂れ、閉口したようにこそこそ縁の下にもぐりこんでしまうのである。

 それでも私が外出するときには、どこからともなく足音忍ばせて出てきて、私についてこようとする。こんな化け物みたいなものに、ついてこられて、たまるものか、とその都度、私は、だまってポチを見つめてやる。あざけりの笑いを口角にまざまざと浮べて、なんぼでも、ポチを見つめてやる。これは大へんききめがあった。ポチは、おのれの醜い姿にハッと思い当る様子で、首を垂れ、しおしおどこかへ姿を隠す。

「とっても、我慢ができないの。私まで、むず痒(がゆ)くなって」家内は、ときどき私に相談する。「なるべく見ないように努めているんだけれど、いちど見ちゃったら、もうだめね。夢の中にまで出てくるんだもの」

「まあ、もうすこしの我慢だ」がまんするよりほかはないと思った。たとえ病んでいるとはいっても、相手は一種の猛獣である。下手に触ったら噛みつかれる。「明日にでも、三鷹から、返事が来るだろう、引越してしまったら、それっきりじゃないか」

 三鷹の家主から返事が来た。読んで、がっかりした。雨が降りつづいて壁が乾かず、また人手も不足で完成までには、もう十日くらいかかる見こみ、というのであった。うんざりした。ポチから逃(のが)れるためだけでも、早く、引越してしまいたかったのだ。私は、へんな焦躁感で、仕事も手につかず、雑誌を読んだり、酒を呑んだりした。ポチの皮膚病は一日一日ひどくなっていって、私の皮膚も、なんだか、しきりに痒くなってきた。深夜、戸外でポチが、ばたばたばた痒さに身悶えしている物音に、幾度ぞっとさせられたかわからない。たまらない気がした。いっそひと思いにと、狂暴な発作に駆(か)られることも、しばしばあった。家主からは、さらに二十日待て、と手紙が来て、私のごちゃごちゃの忿懣(ふんまん)が、たちまち手近のポチに結びついて、こいつあるがために、このように諸事円滑(えんかつ)にすすまないのだ、と何もかも悪いことは皆、ポチのせいみたいに考えられ、奇妙にポチを呪咀(じゅそ)し、ある夜、私の寝巻に犬の蚤(のみ)が伝播(でんぱ)されてあることを発見するに及んで、ついにそれまで堪えに堪えてきた怒りが爆発し、私はひそかに重大の決意をした。

 殺そうと思ったのである。相手は恐るべき猛獣である。常の私だったら、こんな乱暴な決意は、逆立ちしたってなしえなかったところのものなのであったが、盆地特有の酷暑(こくしょ)で、少しへんになっていた矢先であったし、また、毎日、何もせず、ただぽかんと家主からの速達を待っていて、死ぬほど退屈な日々を送って、むしゃくしゃいらいら、おまけに不眠も手伝って発狂状態であったのだから、たまらない。その犬の蚤を発見した夜、ただちに家内をして牛肉の大片を買いに走らせ、私は、薬屋に行きある種の薬品を少量、買い求めた。これで用意はできた。家内は少なからず興奮していた。私たち鬼夫婦は、その夜、鳩首(きゅうしゅ)して小声で相談した。

 翌(あく)る朝、四時に私は起きた。目覚時計を掛けておいたのであるが、それの鳴りださぬうちに、眼が覚めてしまった。しらじらと明けていた。肌寒いほどであった。私は竹の皮包をさげて外へ出た。

「おしまいまで見ていないですぐお帰りになるといいわ」家内は玄関の式台に立って見送り、落ち着いていた。

「心得ている。ポチ、来い!」

 ポチは尾を振って縁の下から出てきた。

「来い、来い!」私は、さっさと歩きだした。きょうは、あんな、意地悪くポチの姿を見つめるようなことはしないので、ポチも自身の醜さを忘れて、いそいそ私についてきた。霧が深い。まちはひっそり眠っている。私は、練兵場へいそいだ。途中、おそろしく大きい赤毛の犬が、ポチに向って猛烈に吠えたてた。ポチは、れいによって上品ぶった態度を示し、何を騒いでいるのかね、とでも言いたげな蔑視(べっし)をちらとその赤毛の犬にくれただけで、さっさとその面前を通過した。赤毛は、卑劣(ひれつ)である。無法にもポチの背後から、風のごとく襲いかかり、ポチの寒しげな睾丸(こうがん)をねらった。ポチは、咄嗟(とっさ)にくるりと向きなおったが、ちょっと躊躇(ちゅうちょ)し、私の顔色をそっと伺った。

「やれ!」私は大声で命令した。「赤毛は卑怯だ! 思う存分やれ!」

 ゆるしが出たのでポチは、ぶるんと一つ大きく胴震いして、弾丸のごとく赤犬のふところに飛びこんだ。たちまち、けんけんごうごう、二匹は一つの手毬(てまり)みたいになって、格闘した。赤毛は、ポチの倍ほども大きい図体(ずうたい)をしていたが、だめであった。ほどなく、きゃんきゃん悲鳴を挙げて敗退した。おまけにポチの皮膚病までうつされたかもわからない。ばかなやつだ。

 喧嘩が終って、私は、ほっとした。文字どおり手に汗して眺めていたのである。一時は二匹の犬の格闘に巻きこまれて、私もともに死ぬるような気さえしていた。おれは噛み殺されたっていいんだ。ポチよ、思う存分、喧嘩をしろ! と異様に力んでいたのであった。ポチは、逃げてゆく赤毛を少し追いかけ、立ちどまって、私の顔色をちらと伺い、きゅうにしょげて、首を垂れすごすご私のほうへ引返してきた。

「よし! 強いぞ」ほめてやって私は歩きだし、橋をかたかた渡って、ここはもう練兵場である。

 むかしポチは、この練兵場に捨てられた。だからいま、また、この練兵場へ帰ってきたのだ。おまえのふるさとで死ぬがよい。

 私は立ちどまり、ぼとりと牛肉の大片を私の足もとへ落として、

「ポチ、食え」私はポチを見たくなかった。ぼんやりそこに立ったまま、「ポチ、食え」足もとで、ぺちゃぺちゃ食べている音がする。一分たたぬうちに死ぬはずだ。

 私は猫背(ねこぜ)になって、のろのろ歩いた。霧が深い。ほんのちかくの山が、ぼんやり黒く見えるだけだ。南アルプス連峰も、富士山も、何も見えない。朝露で、下駄がびしょぬれである。私はいっそうひどい猫背になって、のろのろ帰途についた。橋を渡り、中学校のまえまで来て、振り向くとポチが、ちゃんといた。面目なげに、首を垂れ、私の視線をそっとそらした。

 私も、もう大人である。いたずらな感傷はなかった。すぐ事態を察知した。薬品が効かなかったのだ。うなずいて、もうすでに私は、白紙還元である。家へ帰って、

「だめだよ。薬が効かないのだ。ゆるしてやろうよ。あいつには、罪がなかったんだぜ。芸術家は、もともと弱い者の味方だったはずなんだ」私は、途中で考えてきたことをそのまま言ってみた。「弱者の友なんだ。芸術家にとって、これが出発で、また最高の目的なんだ。こんな単純なこと、僕は忘れていた。僕だけじゃない。みんなが、忘れているんだ。僕は、ポチを東京へ連れてゆこうと思うよ。友がもしポチの恰好(かっこう)を笑ったら、ぶん殴(なぐ)ってやる。卵あるかい?」

「ええ」家内は、浮かぬ顔をしていた。

「ポチにやれ、二つあるなら、二つやれ。おまえも我慢しろ。皮膚病なんてのは、すぐなおるよ」

「ええ」家内は、やはり浮かぬ顔をしていた。


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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)

축견담(畜犬談)

다자이 오사무(太宰 治) (1939)

번역 : 홍성필


 나는 개에 대해서는 자신이 있다. 언젠가는 반드시 물릴 것이라는 자신이다. 나는 분명 물릴 것임이 틀림 없다. 자신이 있는 것이다. 오늘날까지 잘도 물리지도 않고 지내왔다는 사실이 신기하기까지 하다. 여러분. 개는 맹수다. 말을 넘어뜨리고 가끔은 사자와 싸워 이를 정복한다고 하지 않는가. 충분히 있을 수 있다며 나는 외로이 수긍하고 있다. 그 개의 날카로운 이빨을 보라. 예사롭지 않다. 지금은 저렇게 길가에서 아무런 생각이 없는 것처럼 행세하고 있어, 한 낯 볼 품 없는 듯이 스스로를 비하하여, 쓰레기더미를 뒤지곤 하고 있으나 본래는 말을 넘어뜨릴 정도의 맹수다. 언제 어느 때에 광분하여 그 본성을 드러낼지 아무도 모른다. 개는 반드시 쇠사슬에 묶어두어야 한다. 잠시의 방심도 금물이다. 세상의 많은 개 주인들은 스스로 끔찍한 맹수를 기르며, 이들에게 매일 약간의 찬밥을 주고 있다는 이유만으로 완전히 이 맹수에게 마음을 열어 에스야, 에스야, 편하게 이름을 부르면서, 마치 가족의 일원처럼 곁에 가까이 두어, 세 살배기 사랑스런 자신의 아이한테 그 맹수의 귀를 힘껏 접아 당기게 하여 웃고들 있는 모습을 보면 소름이 끼치며 눈을 가리지 않을 수 없다. 불시에 ‘멍’ 하고 물리지 않는다고 보장할 수 없는 맹수를, (주인이니까 절대 물리지 않는다는 말은 미신에 지나지 않는다. 그 끔찍한 이빨이 있는 이상, 반드시 문다. 절대 물지 않는다고 과학적으로 증명할 수는 없을 것이다) 그 맹수를 풀어놓아 길거리를 여기저기 돌아다니게끔 해 놓는 일을 어떻게 보아야 할 것인가. 작년 늦가을, 내 친구가 결국 이 피해를 보았다. 딱하기 그지 없는 희생자다. 친구 말에 의하면, 친구는 아무 짓도 안하고 거리를 천천히 걷고 있자, 개가 도로변에 가만히 앉아 있었다. 친구는 역시 아무 짓도 안하고 그 개 곁을 지나갔다. 개는 그 때 자신을 기분 나쁘게 흘겨봤다고 한다. 아무 일도 없이 지나간 그 순간, ‘멍’ 하고 오른발을 물었다고 한다. 재난이다. 순식간에 일어난 일이다. 친구는 망연자실했다고 한다. 잠시 후 너무 억울해 눈물이 나왔다. 충분히 있을 수 있는 일이라며 역시 외로이 수긍하고 있다. 일이 그렇게 되면 정말 어쩔 방법도 없지 않는가. 친구는 아파오는 다리를 끌고 병원에 가서 치료를 받았다. 그리고 21일간 병원에 다녔던 것이다. 3주일이란 말이다. 다리 상처가 치료되어도 몸 안에 공수병(恐水病)이라는 끔찍한 독이 혹은 들어갔을지도 모른다는 우려 때문에 그 예방주사도 맞아야 했다. 개 주인에게 따진다는 건, 그 마음 약한 친구에게는 도저히 할 수 없는 일이다. 가만히 참고 스스로의 불운을 탓하며 한숨만 쉬고 있을 뿐인 것이다. 더구나 주사값도 결코 싸지 않아, 그런 금전적인 여유는, 죄송한 말이지만 그 친구에게 있을 리가 없고, 아마도 여러 어려운 선택을 했음이 분명하기에, 아무튼 이는 매우 큰 재난이다. 대재난인 것이다. 또한 깜빡 주사라도 게을리 하면 공수병이라 하여 고열이 발생하고 끝내는 얼굴이 개처럼 변하여 네 발을 짚고 그저 ‘멍멍’하고 짖게 된다고 하니, 그런 처참한 병에 걸릴지도 모른다는 것이다. 주사를 맞으면서 그 친구의 걱정, 불안은 오죽했을까. 친구는 고생도 많이 하고 착실한 사람이기에 추잡하게 흥분하지도 않고 삼 칠이 21일 동안 병원에 다니고 주사를 맞고는, 지금은 건강하게 일하고 있으나, 만약 이게 나였다면 그 개, 살려두진 않았으리라. 나는 남들보다 세 배, 네 배나 복수심이 강하기 때문에, 또한 그런 일이 발생하면 남들보다 다섯 배, 여섯 배나 잔인성을 발휘하고 마는 인간이므로, 순식간에 그 개의 두개골을 엉망진창으로 박살내고 눈깔을 뽑아내어 질겅질겅 씹은 후 ‘퉤’ 하고 뱉고서, 그것도 모자라 주변 집에서 기르는 강아지를 남김없이 독살하고 말았을 것이다. 이 쪽이 아무 짓도 안 했는데, 갑자기 ‘멍’ 하고 물어뜯다니 무슨 이런 무례하고도 광폭한 짓거리란 말인가. 아무리 짐승이라고는 하나 용서할 수 없다. 짐승인 주제에 사람들이 너무 관대하게 받아주니까 문제가 생기는 것이다. 가차없이 혹형에 처해야 마땅하다. 작년 가을 친구의 사고소식을 듣고, 나의 개에 대한 평소의 증오는 극에 달했다. 푸른빛 불길이 타오르는 처절한 증오다.


 올해 정월, 야마나시(山梨) 현 코후(甲府) 변두리에 다다미 8조, 3조, 1조의 초가집 하나를 빌려 조용히 숨어들듯 살기 시작하여, 되지도 않는 소설을 열심히 쓰고 있었는데, 이 코후라는 도시. 어딜 가나 개가 있다. 그 수가 많은 것이다. 돌아다니거나 혹은 가만히 있거나, 아니면 길게 누워있거나, 아니면 뛰어다니거나, 아니면 이빨을 번쩍이며 짖기도 하고, 조그마한 공터라도 있으면 그 곳은 들개들의 소굴과도 같아, 서로 뒤엉켜서 격투연습을 하고 있고, 밤에는 아무도 없는 거리를 바람과도 같이, 도둑과도 같이 무리를 지어 종횡하며 뛰어다닌다. 코후의 집집마다 적어도 두 마리 정도씩은 키우고 있지 않을까 싶을 정도로 많은 수였다. 야마나시 현은 본래 카이(甲斐) 견의 산지로서 알려져 있는 듯하나 거리에서 보는 개들의 모습은 절대 그런 순종들이 아니다. 빨간 들개가 가장 많다. 좋은 곳이라곤 하나도 없는 똥개 뿐이다. 본래부터 나는 개에 대한 감정이 있어, 또한 친구의 사고 이후 한층 그 혐오감이 더하여 경계를 강화하고 있었으나, 이렇게 개가 우글우글 대고, 어느 골목에서나 함부로 날뛰며, 혹은 떼를 지어 뻗어 자고 있으니, 도저히 조심할 수가 없는 노릇이었다. 나는 실로 고민했다. 가능하다면 검도에서 쓰이는 갑옷이라도 입고 거리를 다니고 싶을 정도였다. 그러나 그와 같은 모습은 매우 기이하여 풍기상으로 보아도 절대 용납될 수 없었기에 나는 다른 수단을 강구해야만 했다. 나는 진지하고 심각하게 대책을 생각했다. 나는 우선 개의 심리를 연구했다. 사람에 대해서는 어느 정도 배운 것이 있어, 가끔은 정확하게 대충 짚어낼 때도 있었으나, 개의 심리는 상당히 어렵다. 사람의 언어가 개와 사람과의 감정교류에 얼마나 도움이 될 것인지가 첫째 관문이다. 말이 쓸모 없다면 서로의 몸짓, 표정을 파악할 수밖에 없다. 꼬리 동작은 중요하다. 하지만 이 꼬리의 움직임도 주의 깊게 보면 상당히 복잡하여 쉽게 파악할 수 있는 것이 아니다. 나는 거의 절망했다. 그리하여 지극히 졸렬하고 무능하기 짝이 없는 한 가지 방법을 생각해냈다. 딱하기 짝이 없는 궁여지책인 셈이다. 나는 무조건 개를 만나면 만면에 미소를 지어, 눈곱만큼도 해할 마음이 없다는 것을 보여주기로 했다. 밤에는 그 미소가 안보일 수도 있으니 천진난만하게 동요를 부르며 착한 사람이라는 사실을 알리려고 노력했다. 이러한 일들은 다소 효과가 있는 것처럼 보였다. 개들은 나에게 지금까지 달려들지 않는다. 그러나 역시 방심은 금물이다. 개 곁을 지날 때에는 아무리 두려워도 절대 뛰면 안 된다. 방긋방긋 저질스러운 웃음을 띄우고, 아무런 생각이 없다는 듯 고개를 저으며 천천히, 천천히, 속으로는 등줄기에 송충이 열 마리가 기어 다니는 듯한 질식할 정도의 오한이 느껴지더라도 천천히, 천천히 지나는 것이다. 생각할수록 자신의 비굴함이 싫어진다. 울고 싶을 정도로 자기혐오를 느끼지만, 이렇게 하지 않으면 금방이라도 물릴 것만 같아, 나는 모든 개를 향해 딱하기 짝이 없는 인사를 시도한다. 머리카락이 너무 길면, 어쩌면 수상하게 보여 짖을지도 모르므로 그토록 싫어했던 이발소에도 열심히 다니기로 했다. 지팡이를 짚고 다니면 개 쪽에서 위협적인 무기라고 착각하여 반항심을 일으키면 안되니까 영원히 폐기하기로 했다. 개의 심리를 가늠할 수 없어, 그저 닥치는 대로 전후 분간 없이 비위를 맞추면서 다니고 있자, 여기에 의외의 현상이 나타났다. 나는 개들한테 호감을 받아 버린 것이다. 꼬리를 치며 어슬렁어슬렁 뒤를 따라오는 것이다. 나는 미칠 지경이었다. 정말로 어이없는 일이다. 예전부터 나는 마음속으로 싫어하고, 또한 최근에 들어서는 증오심이 극에 달한, 그 당사자인 개로부터 호감을 받을 바에야, 아예 낙타에게 사랑을 받고 싶을 정도다. 어떤 악녀에게라도 호감을 받아 기분이 나쁘지는 않다는 것은 모르는 소리다. 자존심이, 내 마음이 도저히 이를 용납할 수 없을 때가 있다. 참을 수가 없는 것이다. 그저 하루에 한 번이나 두 번, 찬밥을 얻어먹기 위해 친구를 팔고, 마누라와 헤어지고, 자기만 혼자 지붕 밑에 앉아서, 충신이라도 된 것처럼 과거의 친구를 향해 짖어대고, 형제, 부모도 망각한 채, 오로지 그저 주인의 눈치를 살피며 아부를 해대도 창피한 줄도 모르고, 얻어 맞아도 ‘깨갱’ 하며 꼬리를 내린 채 입을 다물어 집안 사람을 웃기는, 그 정신상태의 비열함, 추접함, 개 자식이란 잘도 말 했다. 하루에 10리를 수월하게 주파하는 건장한 다리를 가지고, 사자도 넘어뜨리는, 예리하고 번쩍이는 이빨을 가지면서도 나태하고 썩어빠진 근성을 거침없이 발휘하여, 한 조각의 긍지도 없고, 미련 없이 인간세계에 굴복하여 예속되고 동족끼리 서로를 적시하며 얼굴을 맞대면 서로 짖어대고, 물어대며, 이로써 인간들의 호감을 받으려 애를 쓴다. 참새를 보라. 무엇 하나 무기도 갖지 않는 연약한 작은 동물이면서도, 자유를 확보하여 인간세계와는 전혀 다른 별개의 작은 사회를 꾸려서 서로 친하고 흔연히 하루하루의 가난한 생활을 노래 부르며 즐기지 않고 있는가. 생각하면 생각할수록 개는 불결하다. 개는 싫다. 왠지 자신과 닮은 구석조차 있는 것 같아 더욱 싫다. 참을 수가 없는 것이다. 그 개들이 나에게 호감을 가져 꼬리 치며 친밀감을 나타내오는 데에 이르러서는 황당하다고도 당황스럽다고도 무어라 표현할 길이 없다. 너무나도 개들의 맹수적인 성질을 두려워하였기에, 절제 없이 미소를 뿌리고 다녔기에 개들은 오히려 만만한 상대를 만났다고 오해하여, 나를 친한 친구로 생각해서 이처럼 딱한 결과를 초래한 것이겠으나, 매사에 모든 일에는 절제가 중요하다. 난 지금까지 아무래도 절제를 모른다.


 이른 봄 무렵. 저녁 조금 전에 나는 근처에 있는 49연대 연병장으로 산책을 나가자, 두 세 마리의 개들이 내 뒤를 따라와, 난 당장에라도 뒤꿈치를 물리지나 않을까 하여 정신 없이, 그러나 매번 있는 일이기에 포기하고 아무런 생각도 없는 척하여, 순식간에 토끼처럼 도망치고 싶은 충동을 애써 누르고 또 누르며 천천히 걸었다. 개는 나를 따라오면서 군데군데에서 서로 싸움을 시작하고, 나는 일부러 돌아보지도 않고 모르는 척 걷고 있으나 속으로는 정말 속이 상했다. 권총이라도 있으면 주저 없이 ‘탕탕’ 하고 사살해버리고 싶은 심정이었다. 개들은 나의 그와 같은 외면여보살 (外面如菩薩), 내면여야차(內面如夜叉) 적인 간교한 속셈이 있다는 사실도 모른 채 어디까지나 따라온다. 연병장을 한 바퀴 빙 돌고, 나는 역시 개의 호감을 받으며 집으로 향했다. 집에 도착할 때까지 등뒤의 개들도 어딘가로 사라지는 것이 지금까지의 관례였으나, 그날 따라서 매우 집요하고 건방진 것이 한 마리 있었다. 시커멓고 볼품없는 강아지다. 매우 작다. 몸통 길이가 15센티 정도로 보인다. 그러나 작다고 해서 방심할 수는 없다. 이빨은 이미 모두 갖춰져 있음이 분명하다. 물리면 병원에 삼, 칠이 21일간 다녀야만 한다. 더구나 이처럼 어린 것에는 상식이 없으므로, 따라서 변덕스럽다. 더욱 조심해야만 한다. 강아지는 앞서거니 뒤서거니 내 얼굴을 올려보며 비틀비틀 걸어와서는, 결국 내 집 현관 앞까지 따라왔다.


 “이봐, 이상한 게 따라왔어.”


 “어머 귀엽다.”


 “귀엽긴. 어서 쫓아버려. 거칠게 하면 물린다. 과자라도 주면서.”


 내가 하던 연약외교(軟弱外交)다. 강아지는 금새 내 마음속 공포심을 간파하여, 그것을 노리고 뻔뻔하게도 그로부터 질질 끌어 내 집에 눌러 앉고 말았다. 그리하여 그 개는 3월, 4월, 5월, 6, 7, 8, 서서히 가을바람이 불어오기 시작한 현재에 이르기까지 내 집에 있는 것이다. 이 개는 나를 몇 번이나 울렸는지 모른다 .어떻게 해도 처치곤란이다. 나는 하는 수 없이 이 개를 ‘포치’라고 부르고는 있으나, 반년이나 함께 살고 있는데도 여전히 나에게는 이 포치가 한 가족처럼 느껴지지 않는다. 남처럼 보인다. 사이가 안 좋다. 말하자면 불화다. 서로 심리를 읽어내려고 불꽃 튀는 싸움을 벌이고 있다. 그리하여 서로가 어떻게 해도 사이가 좋아지지 않는 것이다.


 처음에 이 집에 왔을 무렵은 아직 어려서 땅바닥에 있는 개미를 이상한 듯 관찰하거나, 두꺼비를 보고 무서워서 비명을 지르곤 하여, 그런 모습을 볼 때는 나도 모르게 웃음이 나왔을 때도 있어, 미운 녀석이지만 그래도 하늘의 뜻에 의해 이 집에 들어오게 됐는지도 모른다며, 마루 밑에 잠자리도 만들어주었고, 먹을 것도 유아용으로 부드럽게 쪄서 주었으며, 벼룩약도 몸에 뿌려주기도 했었다. 그러나 한 달이 지나자 이제 안 되겠다. 서서히 똥개의 본 모습을 드러내기 시작했다. 비열하다. 본래 개는 연병장 구석에 버려져 있었음이 분명하다. 내가 산책할 때 내게 바싹 붙어서 따라왔을 때는 볼품없이 말라 있었으며, 털도 빠져서 엉덩이 부분에는 거의 전부 대머리였다. 나였기에 과자도 주고 죽도 끓여주었으며, 거친 말 한 마디 하지 않고, 마치 상처라도 만지듯 조심스럽게 다루어준 것이다. 다른 사람이었더라면 틀림없이 발길로 걷어차셔 쫓아 보냈을 것이다. 그런 내 친절한 대우도 사실은 개에 대한 애정이 아닌, 개에 대한 선천적인 증오와 공포심에서 비롯된 교활한 거래에 불과했으나, 하지만 내 덕분에 이 포치는 털도 많이 나고 비교적 어엿한 수컷 개로 성장할 수 있지 않았는가. 나는 내 공로를 내세우고 싶은 생각은 전혀 없으나, 조금은 우리들에게 무언가 즐거움을 줄만도 하지 않을까 하는데, 역시 버려진 강아지는 안 된다. 먹기만 많이 먹고, 식후의 운동으로 여기는지 신발을 장난감 삼아 무참하게 물어 뜯으며, 마당에 널어놓은 세탁물을 부탁하지도 않았는데 끌어내려 흙 범벅을 만들어놓는다.


 “이런 장난은 하지 말아요. 매우 곤란하거든. 누가 당신한테 이런 짓을 해달라고 부탁했습니까?”


 라고, 나는 가시 있는 말을 가능한 한 부드럽게, 비꼬아서 들리도록 말해줄 때도 있으나, 개는 아무렇지도 않게 눈을 움직이고는 비꼬고 있는 당사자인 나에게 장난치며 달려든다. 이 무슨 가소로운 정신상태인가. 나는 내심 이 개의 철면피와도 같은 성질에 질려, 이를 경멸하기도 했다. 시간이 지나자 드디어 이 개의 무능함이 드러났다. 우선 모양새가 안 좋다. 어렸을 때는 그나마 균형도 잡혀있어, 어쩌면 훌륭한 피가 섞여있을지도 모른다고도 생각했으나, 이는 새빨간 거짓이었다. 몸뚱이만 쭈욱쭉 자라나고 손발이 지극히 짧다. 거북이 같다. 도저히 봐줄 수가 없었다. 그처럼 흉한 모습인데 내가 외출할 때면 반드시 그림자처럼 나를 따라 나서고, 소년소녀들까지 “야, 이상하게 생긴 개다” 라고 손가락질을 해가면서 웃을 때도 있어, 다소 멋을 중요시하는 나는 아무리 의젓하게 걸어도 도루묵이 된다. 아예 남인 척하고 빨리 걸어보아도 포치는 내 곁을 떠나지 않고, 내 얼굴을 올려보고 또 되돌아보며 앞서거니 뒤서거니, 나와 뒤엉키듯 따라오므로, 어떻게 해도 둘은 남처럼 보이진 않으리라. 마음이 맞은 주종관계로 밖에 보이지 않을 것이다. 덕분에 나는 외출할 때마다 매우 어둡고 우울했다. 좋은 수행(修行)이 된 셈이다. 다만 그렇게 따라다니기만 했을 때는 그래도 괜찮았다. 조금 지나자 드디어 숨기고 있던 맹수의 본성을 드러내기 시작했다. 싸움과 격투를 즐기기 시작하게 된 것이다. 나를 따라 거리를 다니며 만나는 개, 마주치는 개마다 모두에게 인사를 하고 지나간다. 즉, 예외 없이 싸움질을 하고 지나가는 것이다. 포치는 다리도 짧고 어리면서도 상당히 잘 싸우는 듯했다. 공터에 있는 개들의 소굴로 쳐들어가서 한 번에 다섯 마리의 개와 싸웠을 때에는 과연 위태로워 보였으나, 그래도 재빠르게 몸을 놀려 큰 일은 없었다. 대단한 자신감을 가지고 어떤 개한테나 달려든다. 간혹 기 싸움에 져서 짖어대며 천천히 퇴각할 때도 있다. 목소리가 비명에 가까워지고 시커먼 얼굴이 검푸르게 질린다. 한 번은 송아지만한 셰퍼드에게 달려들어, 그 때는 내가 파랗게 질렸다. 역시 상대가 되지 않았다. 앞발로 대충 포치를 장난감처럼 다루어 제대로 상대를 해주지 않았기에 포치도 목숨을 건졌다. 개는 한 번 그런 일을 겪으면 매우 기력이 약해지는 것 같다. 포치는 그때 이후 눈에 띄게 싸움을 피하게 되었다. 나 또한 싸움을 싫어하여, 아니, 싫어하는 정도가 아니다. 길거리에서 야수들의 싸움을 방치하여 용납하고 있다는 사실은 문명국으로서의 수치라고 믿고 있기에, 귀청을 울일 정도로 난리법석을 치는 개들의 야만적인 소란에는, 저 놈들을 죽여도 모자라다는 분노와 증오를 느끼고 있는 것이다. 나는 포치를 사랑하지 않는다. 두려워하고 증오하고 있으나 사랑에 대해서는 조금도 없다. 죽어주었으면 좋겠다고 생각한다. 나를 줄레줄레 따라와서는, 무언가 그것이 길려지고 있는 자의 의무로 생각하는지 길거리에서 만나는 개마다 반드시 마구 짖어대는데, 주인으로서의 나는 그 때 얼마나 공포에 떨고 있는가. 자동차를 불러 세워, 그것을 타고 문을 쾅 닫고는 줄행랑을 치고 싶은 심정이다. 개끼리의 싸움으로 끝난다면 다행이지만, 만약 상대 개가 눈이 돌아가 포치의 주인인 나한테 달려든다면 어쩔 텐가. 없다고는 아무도 말 못할 것이다. 피에 굶주린 맹수다. 무슨 짓을 할지 아무도 모른다. 나는 끔찍하게 물어 찢겨, 삼 칠이 21일간 병원신세를 져야만 한다. 개들의 싸움은 지옥이다. 나는 기회가 있을 때마다 포치에게 타일렀다.


 “싸움을 해서는 안 돼요. 싸움을 하려면 나한테서 멀리 떨어져서 해줘요. 난 너를 전혀 좋아하지 않거든.”


 조금 포치도 알아 듣는 듯했다. 그런 말들 들으면 다소 기운이 빠진다. 점점 나는 개를 징그럽게 생각했다. 나의 그 되풀이했던 충고가 효력이 있었는지, 아니면 그 셰퍼드와의 일전에서 참혹하게 패배했기 때문인지, 포치는 비굴할 정도로 연약한 태도를 취하기 시작했다. 나와 함께 길을 걷다가 다른 개가 포치한테 짖어대면,


 “아휴, 정말 짜증납니다. 야만스럽죠?”


 라고 말하듯 묵묵히 내 마음에 들려고 고상한 척을 하며, 몸을 한 번 떨고는 상대의 개에게 ‘딱한 녀석’이라는 듯 사뭇 가여운 눈길을 보내며, 그리고 내 눈치를 보고는 헷헷헷헷 하고 아부 섞인 웃음을 짓는, 그 행동들은 그야말로 가관이었다.


 “하나도 좋은 점이 없잖아. 이 녀석은 사람 눈치만 보고 앉았어.”


 “당신이 너무 필요 이상으로 신경 쓰니까 그래요.” 집사람은 처음부터 포치한테 무관심이었다. 세탁물이 더럽혀졌을 때는 중얼중얼대지만, 금방 아무렇지도 않은 듯, 포치, 포치, 부르면서 밥을 먹이곤 한다. “성격이 파탄 난 것 아닌가요?” 라며 웃고 있다.


 “주인을 닮아왔다는 소린가?” 난 더욱 불쾌해졌다.


 7월에 들어서 이변이 일어났다. 우리는 겨우 동경 미타카(三鷹)에 건축중인 작은 집을 발견하여, 그 집이 완성되는 대로 한 달에 24엔으로 빌릴 수 있도록 집주인과 계약증서를 교환하고는 조금씩 이사준비를 시작했다. 집이 완공되면 집주인으로부터 속달우편으로 연락이 오기로 되어있는 것이다. 포치는 물론 버리고 가기로 되어 있었다.


 “데리고 가도 되는데.” 집사람은 역시 포치를 그리 문제삼지 않고 있다. 어떻게 되도 상관 없는 것이다.


 “안돼. 난 귀여워서 기르고 있는 게 아니야. 개한테 복수를 당하는 것이 무섭기 때문에 할 수 없이 가만히 놔두고 있는 거라구. 그걸 모르겠나?”


 “하지만 잠시라도 포치가 안 보이면, 포치가 어디 있냐, 어디 있냐, 하면서 난리잖아요.”


 “안 보이면 어쩐지 더 불안해지기 때문이지. 숨어서 나 몰래 동지들을 규합하고 있을지도 모른다구. 저 녀석은 내가 자기를 경멸하고 있다는 사실을 알고 있어. 복수심이 강하다잖아, 개들은.”


 지금이 바로 절호의 기회라고 생각했다. 이 개를 이대로 잊어버린 척하고 여기에 두고 재빨리 기차를 타고 동경에 가버리면, 설마 개도 사사고(笹子) 고개를 넘어 미타카까지 따라오진 않겠지. 우리들은 포치를 버린 게 아니다. 정말 깜빡 하고 데리고 가는 것을 잊은 것이다. 죄는 되지 않는다. 또한 포치도 원망하진 않겠지. 복수 당할 염려는 없다.


 “괜찮겠지? 두고 가도 굶어 죽거나 하진 않겠지? 죽은 귀신의 저주라는 것도 있다고 하니까.”


 “원래 버려진 개였잖아요.” 집사람도 조금 불안해진 모습이다.


 “그렇지. 굶어 죽는 일은 없겠지. 어떻게든 잘 해 나가겠지. 저런 개를 동경까지 데리고 가면 나는 친구들한테 창피하거든. 몸이 너무 길어. 흉하잖아.”


 포치는 역시 두고 가는 쪽으로 결정됐다. 그러자 여기에 이변이 일어났다. 포치가 피부병에 걸리고 말았다. 이게 또한 매우 심하다. 도저히 말로 표현할 수 없을 정도로 비참하고 눈 뜨고 못 봐줄 지경에 이르렀던 것이다. 얼마 전부터 열이 나기 시작하더니 예사롭지 못한 악취까지 뿜어내기 시작했다. 이번에는 집사람이 손을 들었다.


 “이웃 분들한테 미안해요. 죽여주세요.” 여자는 이렇게 되면 남자보다 냉혹하고 배짱이 좋다.


 “죽이라구?” 나는 놀랐다. “조금만 참으면 되잖아.”


 우리들은 미타카의 집주인으로부터 보내올 속달우편을 간절히 기다리고 있었다. 7월 말에는 완성될 것이라는 집주인의 말이 있었으나 7월도 서서히 끝나가고 있었기에, 오늘 내일 하며 이삿짐도 싸놓고 대기하고 있었지만 좀처럼 통지가 오질 않았다.


 문의편지를 보내곤 하고 있을 무렵에 포치의 피부병이 시작된 것이다. 보면 볼수록 참혹함의 극치다. 포치도 지금은 과연 자신의 추한 모습을 부끄러워하는 듯하여, 가급적 어두운 곳을 좋아하게 되어, 간혹 현관 쪽 양지바른 바닥 위에서 축 늘어져 자고 있을 때에도, 내가 그런 모습을 보고는,


 “우와, 정말 끔찍하네.” 라고 매도하면 서둘러 일어나 고개를 숙이고 속상한 듯 조용히 마루 밑으로 기어들어갔다.


 그래도 내가 외출할 때에는 어딘가에서 살금살금 나타나 나를 따라오려고 한다. 이런 괴물 같은 것을 따라다니게 할 수는 없는 노릇이었기에 그 때마다 나는 말없이 포치를 바라본다. 조소를 입가에 담으며 계속 포치를 바라본다. 이것은 상당히 효과가 있었다. 포치는 스스로의 추한 모습을 깨달은 듯 고개를 숙이고 힘없이 어딘가로 자취를 감춘다.


 “도저히 참을 수가 없어요. 저까지 근지러워져서.” 집사람은 가끔 내게 의논한다. “될 수 있는 대로 쳐다보지 않으려고 해도, 한 번 보고 나면 안 되더군요. 꿈에까지 나오는걸요.”


 “그래, 조금만 더 참으면 돼.” 참는 것 외에 도리가 없다고 생각했다. 아무리 병에 걸렸다고는 하나 상대는 일종의 맹수다. 섣불리 만지면 물리고 만다. “내일이라도 미타카에서 답장이 오겠지. 이사해버리면 그걸로 끝이잖아.”


 미타카의 집주인으로부터 답장이 왔다. 읽고는 실망했다. 비가 연이어 오는 바람에 벽이 마르지 않아, 또한 일손도 부족하여 완성까지는 열흘 정도 더 걸릴 것 같다는 내용이었다. 짜증이 났다. 포치로부터 도망치는 것만을 위해서라도 빨리 이사를 하고 싶었던 것이다. 나는 이상한 초초함 때문에 일도 손에 잡히지 않고 잡지를 읽거나 술을 마시곤 했다. 포치의 피부병은 나날이 심해져 내 피부도 왠지 매우 가려워졌다. 깊은 밤, 문밖에서 퍼덕퍼덕 가려움 때문에 몸부림을 치고 있는 소리에도 몇 번 소름이 끼쳤는지 모른다. 참을 수가 없었다. 이걸 그냥 한 번에, 하고 광폭한 발작에 걸린 적도 종종 있었다. 집주인으로부터 20일 더 기다리라는 편지가 와서, 나의 참을 수 없는 짜증은 금새 곁에 있는 포치를 향하게 되었고, 이 녀석이 있기 때문에 이처럼 매사가 원활하게 진행되지 않는다면서, 모든 나쁜 일들을 모두 포치 때문이라고 생각하게 되어, 포치를 저주하고, 어느 날 밤, 개 벼룩이 옮겨 다니고 있는 모습을 발견하기에 이르러서는, 드디어 그 때까지 억누르고 있었던 분노가 폭발하여 나는 남몰래 중대한 결심을 했다.


 죽이기로 한 것이다. 상대는 무서운 맹수다. 평소의 나였더라면 이런 난폭한 결심은 하늘이 무너져도 할 수 없었으나, 분지(盆地)지방 특유의 혹독한 더위로 조금 정신이 이상해지고 있었고, 또한 매일 아무 일도 하지 않고 그저 멍하니 집주인으로부터 오는 편지만을 기다리고 있었기에 죽도록 지루한 나날을 보내고 있어 온갖 짜증이 다 났으며, 더구나 불면증가까지 겹쳐 발광상태였으니 도저히 어떻게 할 도리가 없었다. 그 개 벼룩을 발견한 그날 밤, 즉시 집사람에게 소고기 큰 조각 하나를 사오라고 시킨 후, 나는 약방에 가서 모 종의 약품을 소량 구입했다. 이제 준비는 다 됐다. 집사람은 적지 않게 흥분하고 있었다. 우리 마귀부부는 그날 밤 머리를 맞대고 작은 소리로 의논했다.


 이튿날 아침 4시에 나는 일어났다. 자명종 시계를 맞춰놨으나 그것이 울리기도 전에 잠이 깨고 말았다. 날이 서서히 밝아왔다. 추위가 느껴질 정도였다. 나는 대나무가죽으로 만들어진 보따리를 가지고 밖으로 나왔다.


 “끝까지 보지 말고 금방 돌아오세요.” 현관 마루에서 배웅하는 집사람의 모습은 차분했다.


 “알고 있어. 포치, 따라 와!”


 포치는 꼬리를 흔들며 마루 밑에서 따라 나왔다.


 “이리 와, 이리 와!” 나는 재빨리 걷기 시작했다. 오늘은 그토록 짓궂게 포치를 바라보는 짓은 하지 않았기에 포치 자신도 스스로의 추한 모습을 잊고 서둘러 나를 따라 나섰다. 안개가 깊다. 동네는 조용히 잠을 자고 있다. 나는 연병장으로 서둘렀다. 도중 어마어마하게 크고 붉은 개가 포치를 향해 맹렬히 짖어댔다. 포치는 평소처럼 고상한 척을 하며, 무슨 소란인가, 라고 말하듯 차가운 눈빛을 슬쩍 그 붉은 개에게 주었을 뿐 서둘러 그 앞을 지나쳤다. 붉은 개는 비열했다. 비겁하게도 포치의 등뒤에서 바람처럼 덮치더니 포치의 추위에 움츠린 불알을 노렸다. 포치는 순간 휙 돌았으나 잠시 주저하며 내 눈치를 살폈다.


 “싸워!” 나는 큰 소리로 명령했다. “붉은 놈은 비겁하다. 마음껏 싸워라!”


 허락이 떨어졌기에 몸을 크게 한 번 부르르 떨고는 총알처럼 붉은 개한테 달려들었다. 순식간에 멍멍 짖어대며 두 마리는 하나의 공같이 되어 격투를 치렀다. 붉은 녀석은 포치의 두 배 정도나 큰 몸집을 가지고 있었으나 당해내지 못했다. 얼마 있자 깽깽 비명을 지르며 달아났다. 더구나 포치의 피부병까지 옮았을지도 모른다. 어리석은 녀석이다.


 싸움이 끝나고 나는 안심했다. 말 그대로 손에 땀을 쥐며 바라보고 있었던 것이다. 한 때는 두 마리의 개 싸움에 휘말려 나도 함께 죽는 듯한 느낌이 들기도 했다. 나는 물려 죽어도 좋아. 포치, 마음껏 싸워라! 라고 이상하게도 힘이 들어갔었다. 포치는 도망치는 붉은 개를 잠시 좇더니 멈춰 서서 내 눈치를 살짝 보고는 갑자기 시무룩해져 고개를 숙이고 터벅터벅 내게로 되돌아왔다.


 “잘 했어! 넌 정말 세다!” 칭찬하고 나서 나는 걷기 시작하여, 다리를 또닥또닥 건너자 벌써 연병장이다.


 지난날 포치는 이 연병장에 버려져 있었다. 그래서 지금 다시 이 연병장으로 돌아온 것이다. 너는 고향에서 죽도록 해라.


 나는 발걸음을 멈추고 툭 하고 소고기 한 조각을 내 발 밑으로 떨어뜨리고는,


 “포치, 먹어라.” 나는 포치를 보고 싶지 않았다. 멍하니 그 자리에 선 채로 “포치, 먹어라.” 발 밑에서 쩝쩝 먹는 소리가 들린다. 1분도 지나지 않아 죽을 것이다.


 나는 등을 구부리고 천천히 걸었다. 안개가 깊다. 불과 얼마 안 되는 거리에 있는 산이 희미하고 검게 보일 뿐이다. 미나미 알프스 연봉(連峰)도, 후지산도 아무 것도 안 보인다. 아침 안개로 게다도 축축하게 젖었다. 나는 한층 꼽추처럼 등을 굽히고 천천히 집으로 향했다. 다리를 건너 중학교 앞까지 와서 뒤를 돌아보자 분명 포치가 있었다. 면목없다는 듯 고개를 숙이고 내 시선을 피했다.


 나도 이제 어른이다. 장난칠 마음도 없었다. 바로 사태를 파악했다. 약이 듣지 않았던 것이다. 고개를 끄덕이며, 이미 나는 백지환원(白紙還元)이다. 집으로 돌아가서,


 “안되겠어. 약이 안 들었던 거야. 용서해주자구. 녀석한텐 잘못이 없어. 예술가는 원래 약자 편이었다구.” 나는 도중에 생각해왔던 말을 그대로 말해 보았다. “약자의 벗이야. 예술가에게 있어서 이것이 출발이고 또한 최고의 목적이거든. 이런 단순한 일을 난 잊고 있었어. 나뿐만이 아니야. 모두가 잊고 있어. 난 포치를 동경에까지 데려가려고 해. 친구들이 만약 포치의 생김새를 비웃으면 패버릴 거야. 계란 있나?”


 “네에.” 집사람의 표정은 밝지 않았다.


 “포치한테 줘. 두 개 있으면 두 개 줘. 당신도 참아. 피부병 같은 건 금방 나을 거야.”


 “네에.” 집사람의 표정은 여전히 밝지 않았다.

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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)