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  1. 2018.04.30 직소 - 일본어
  2. 2018.04.30 직소 - 한국어

직소(駆込み訴え:かけこみうったえ)

다자이 오사무(太宰 治) (1940)

일본어 원문


 申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷(ひど)い。酷い。はい。厭(いや)な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。

 はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇(かたき)です。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所(いどころ)を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。あの人は、私の師です。主です。けれども私と同じ年です。三十四であります。私は、あの人よりたった二月(ふたつき)おそく生れただけなのです。たいした違いが無い筈だ。人と人との間に、そんなにひどい差別は無い筈だ。それなのに私はきょう迄(まで)あの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。どんなに嘲弄(ちょうろう)されて来たことか。ああ、もう、いやだ。堪えられるところ迄は、堪えて来たのだ。怒る時に怒らなければ、人間の甲斐がありません。私は今まであの人を、どんなにこっそり庇(かば)ってあげたか。誰も、ご存じ無いのです。あの人ご自身だって、それに気がついていないのだ。いや、あの人は知っているのだ。ちゃんと知っています。知っているからこそ、尚更あの人は私を意地悪く軽蔑(けいべつ)するのだ。あの人は傲慢(ごうまん)だ。私から大きに世話を受けているので、それがご自身に口惜(くや)しいのだ。あの人は、阿呆なくらいに自惚(うぬぼ)れ屋だ。私などから世話を受けている、ということを、何かご自身の、ひどい引目(ひけめ)ででもあるかのように思い込んでいなさるのです。あの人は、なんでもご自身で出来るかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。ばかな話だ。世の中はそんなものじゃ無いんだ。この世に暮して行くからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだし、そうして歩一歩、苦労して人を抑えてゆくより他に仕様がないのだ。あの人に一体、何が出来ましょう。なんにも出来やしないのです。私から見れば青二才だ。私がもし居らなかったらあの人は、もう、とうの昔、あの無能でとんまの弟子たちと、どこかの野原でのたれ死(じに)していたに違いない。「狐には穴あり、鳥には塒(ねぐら)、されども人の子には枕するところ無し」それ、それ、それだ。ちゃんと白状していやがるのだ。ペテロに何が出来ますか。ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマス、痴(こけ)の集り、ぞろぞろあの人について歩いて、脊筋が寒くなるような、甘ったるいお世辞を申し、天国だなんて馬鹿げたことを夢中で信じて熱狂し、その天国が近づいたなら、あいつらみんな右大臣、左大臣にでもなるつもりなのか、馬鹿な奴らだ。その日のパンにも困っていて、私がやりくりしてあげないことには、みんな飢え死してしまうだけじゃないのか。私はあの人に説教させ、群集からこっそり賽銭(さいせん)を巻き上げ、また、村の物持ちから供物を取り立て、宿舎の世話から日常衣食の購求まで、煩をいとわず、してあげていたのに、あの人はもとより弟子の馬鹿どもまで、私に一言のお礼も言わない。お礼を言わぬどころか、あの人は、私のこんな隠れた日々の苦労をも知らぬ振りして、いつでも大変な贅沢(ぜいたく)を言い、五つのパンと魚が二つ在るきりの時でさえ、目前の大群集みなに食物を与えよ、などと無理難題を言いつけなさって、私は陰で実に苦しいやり繰りをして、どうやら、その命じられた食いものを、まあ、買い調えることが出来るのです。謂(い)わば、私はあの人の奇蹟の手伝いを、危い手品の助手を、これまで幾度となく勤めて来たのだ。私はこう見えても、決して吝嗇(りんしょく)の男じゃ無い。それどころか私は、よっぽど高い趣味家なのです。私はあの人を、美しい人だと思っている。私から見れば、子供のように慾が無く、私が日々のパンを得るために、お金をせっせと貯(た)めたっても、すぐにそれを一厘残さず、むだな事に使わせてしまって。けれども私は、それを恨みに思いません。あの人は美しい人なのだ。私は、もともと貧しい商人ではありますが、それでも精神家というものを理解していると思っています。だから、あの人が、私の辛苦して貯めて置いた粒々の小金を、どんなに馬鹿らしくむだ使いしても、私は、なんとも思いません。思いませんけれども、それならば、たまには私にも、優しい言葉の一つ位は掛けてくれてもよさそうなのに、あの人は、いつでも私に意地悪くしむけるのです。一度、あの人が、春の海辺をぶらぶら歩きながら、ふと、私の名を呼び、「おまえにも、お世話になるね。おまえの寂しさは、わかっている。けれども、そんなにいつも不機嫌な顔をしていては、いけない。寂しいときに、寂しそうな面容(おももち)をするのは、それは偽善者のすることなのだ。寂しさを人にわかって貰おうとして、ことさらに顔色を変えて見せているだけなのだ。まことに神を信じているならば、おまえは、寂しい時でも素知らぬ振りして顔を綺麗に洗い、頭に膏(あぶら)を塗り、微笑(ほほえ)んでいなさるがよい。わからないかね。寂しさを、人にわかって貰わなくても、どこか眼に見えないところにいるお前の誠の父だけが、わかっていて下さったなら、それでよいではないか。そうではないかね。寂しさは、誰にだって在るのだよ」そうおっしゃってくれて、私はそれを聞いてなぜだか声出して泣きたくなり、いいえ、私は天の父にわかって戴かなくても、また世間の者に知られなくても、ただ、あなたお一人さえ、おわかりになっていて下さったら、それでもう、よいのです。私はあなたを愛しています。ほかの弟子たちが、どんなに深くあなたを愛していたって、それとは較べものにならないほどに愛しています。誰よりも愛しています。ペテロやヤコブたちは、ただ、あなたについて歩いて、何かいいこともあるかと、そればかりを考えているのです。けれども、私だけは知っています。あなたについて歩いたって、なんの得するところも無いということを知っています。それでいながら、私はあなたから離れることが出来ません。どうしたのでしょう。あなたが此の世にいなくなったら、私もすぐに死にます。生きていることが出来ません。私には、いつでも一人でこっそり考えていることが在るんです。それはあなたが、くだらない弟子たち全部から離れて、また天の父の御教えとやらを説かれることもお止(よ)しになり、つつましい民のひとりとして、お母のマリヤ様と、私と、それだけで静かな一生を、永く暮して行くことであります。私の村には、まだ私の小さい家が残って在ります。年老いた父も母も居ります。ずいぶん広い桃畠(ももばたけ)もあります。春、いまごろは、桃の花が咲いて見事であります。一生、安楽にお暮しできます。私がいつでもお傍について、御奉公申し上げたく思います。よい奥さまをおもらいなさいまし。そう私が言ったら、あの人は、薄くお笑いになり、「ペテロやシモンは漁人(すなどり)だ。美しい桃の畠も無い。ヤコブもヨハネも赤貧の漁人だ。あのひとたちには、そんな、一生を安楽に暮せるような土地が、どこにも無いのだ」と低く独りごとのように呟(つぶや)いて、また海辺を静かに歩きつづけたのでしたが、後にもさきにも、あの人と、しんみりお話できたのは、そのとき一度だけで、あとは、決して私に打ち解けて下さったことが無かった。私はあの人を愛している。あの人が死ねば、私も一緒に死ぬのだ。あの人は、誰のものでもない。私のものだ。あの人を他人に手渡すくらいなら、手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる。父を捨て、母を捨て、生れた土地を捨てて、私はきょう迄、あの人について歩いて来たのだ。私は天国を信じない。神も信じない。あの人の復活も信じない。なんであの人が、イスラエルの王なものか。馬鹿な弟子どもは、あの人を神の御子だと信じていて、そうして神の国の福音とかいうものを、あの人から伝え聞いては、浅間しくも、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)している。今にがっかりするのが、私にはわかっています。おのれを高うする者は卑(ひく)うせられ、おのれを卑うする者は高うせられると、あの人は約束なさったが、世の中、そんなに甘くいってたまるものか。あの人は嘘つきだ。言うこと言うこと、一から十まで出鱈目(でたらめ)だ。私はてんで信じていない。けれども私は、あの人の美しさだけは信じている。あんな美しい人はこの世に無い。私はあの人の美しさを、純粋に愛している。それだけだ。私は、なんの報酬も考えていない。あの人について歩いて、やがて天国が近づき、その時こそは、あっぱれ右大臣、左大臣になってやろうなどと、そんなさもしい根性は持っていない。私は、ただ、あの人から離れたくないのだ。ただ、あの人の傍にいて、あの人の声を聞き、あの人の姿を眺めて居ればそれでよいのだ。そうして、出来ればあの人に説教などを止してもらい、私とたった二人きりで一生永く生きていてもらいたいのだ。あああ、そうなったら! 私はどんなに仕合せだろう。私は今の、此の、現世の喜びだけを信じる。次の世の審判など、私は少しも怖れていない。あの人は、私の此の無報酬の、純粋の愛情を、どうして受け取って下さらぬのか。ああ、あの人を殺して下さい。旦那さま。私はあの人の居所を知って居ります。御案内申し上げます。あの人は私を賤(いや)しめ、憎悪して居ります。私は、きらわれて居ります。私はあの人や、弟子たちのパンのお世話を申し、日日の飢渇から救ってあげているのに、どうして私を、あんなに意地悪く軽蔑するのでしょう。お聞き下さい。六日まえのことでした。あの人はベタニヤのシモンの家で食事をなさっていたとき、あの村のマルタ奴(め)の妹のマリヤが、ナルドの香油を一ぱい満たして在る石膏(せっこう)の壺をかかえて饗宴の室にこっそり這入(はい)って来て、だしぬけに、その油をあの人の頭にざぶと注いで御足まで濡らしてしまって、それでも、その失礼を詫(わ)びるどころか、落ちついてしゃがみ、マリヤ自身の髪の毛で、あの人の濡れた両足をていねいに拭ってあげて、香油の匂いが室に立ちこもり、まことに異様な風景でありましたので、私は、なんだか無性に腹が立って来て、失礼なことをするな! と、その妹娘に怒鳴ってやりました。これ、このようにお着物が濡れてしまったではないか、それに、こんな高価な油をぶちまけてしまって、もったいないと思わないか、なんというお前は馬鹿な奴だ。これだけの油だったら、三百デナリもするではないか、この油を売って、三百デナリ儲(もう)けて、その金をば貧乏人に施してやったら、どんなに貧乏人が喜ぶか知れない。無駄なことをしては困るね、と私は、さんざ叱ってやりました。すると、あの人は、私のほうを屹(き)っと見て、「この女を叱ってはいけない。この女のひとは、大変いいことをしてくれたのだ。貧しい人にお金を施すのは、おまえたちには、これからあとあと、いくらでも出来ることではないか。私には、もう施しが出来なくなっているのだ。そのわけは言うまい。この女のひとだけは知っている。この女が私のからだに香油を注いだのは、私の葬いの備えをしてくれたのだ。おまえたちも覚えて置くがよい。全世界、どこの土地でも、私の短い一生を言い伝えられる処には、必ず、この女の今日の仕草も記念として語り伝えられるであろう」そう言い結んだ時に、あの人の青白い頬は幾分、上気して赤くなっていました。私は、あの人の言葉を信じません。れいに依って大袈裟(おおげさ)なお芝居であると思い、平気で聞き流すことが出来ましたが、それよりも、その時、あの人の声に、また、あの人の瞳の色に、いままで嘗(か)つて無かった程の異様なものが感じられ、私は瞬時戸惑いして、更にあの人の幽(かす)かに赤らんだ頬と、うすく涙に潤んでいる瞳とを、つくづく見直し、はッと思い当ることがありました。ああ、いまわしい、口に出すさえ無念至極のことであります。あの人は、こんな貧しい百姓女に恋、では無いが、まさか、そんな事は絶対に無いのですが、でも、危い、それに似たあやしい感情を抱いたのではないか? あの人ともあろうものが。あんな無智な百姓女ふぜいに、そよとでも特殊な愛を感じたとあれば、それは、なんという失態。取りかえしの出来ぬ大醜聞。私は、ひとの恥辱となるような感情を嗅(か)ぎわけるのが、生れつき巧みな男であります。自分でもそれを下品な嗅覚(きゅうかく)だと思い、いやでありますが、ちらと一目見ただけで、人の弱点を、あやまたず見届けてしまう鋭敏の才能を持って居ります。あの人が、たとえ微弱にでも、あの無学の百姓女に、特別の感情を動かしたということは、やっぱり間違いありません。私の眼には狂いが無い筈だ。たしかにそうだ。ああ、我慢ならない。堪忍ならない。私は、あの人も、こんな体(てい)たらくでは、もはや駄目だと思いました。醜態の極だと思いました。あの人はこれまで、どんなに女に好かれても、いつでも美しく、水のように静かであった。いささかも取り乱すことが無かったのだ。ヤキがまわった。だらしが無え。あの人だってまだ若いのだし、それは無理もないと言えるかも知れぬけれど、そんなら私だって同じ年だ。しかも、あの人より二月(ふたつき)おそく生れているのだ。若さに変りは無い筈だ。それでも私は堪えている。あの人ひとりに心を捧げ、これ迄どんな女にも心を動かしたことは無いのだ。マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く澄んだ大きい眼が、いつも夢みるように、うっとり遠くを眺めていて、あの村では皆、不思議がっているほどの気高い娘でありました。私だって思っていたのだ。町へ出たとき、何か白絹でも、こっそり買って来てやろうと思っていたのだ。ああ、もう、わからなくなりました。私は何を言っているのだ。そうだ、私は口惜しいのです。なんのわけだか、わからない。地団駄踏むほど無念なのです。あの人が若いなら、私だって若い。私は才能ある、家も畠もある立派な青年です。それでも私は、あの人のために私の特権全部を捨てて来たのです。だまされた。あの人は、嘘つきだ。旦那さま。あの人は、私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が、私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。私の言うことは、みんな出鱈目だ。一言も信じないで下さい。わからなくなりました。ごめん下さいまし。ついつい根も葉も無いことを申しました。そんな浅墓な事実なぞ、みじんも無いのです。醜いことを口走りました。だけれども、私は、口惜しいのです。胸を掻きむしりたいほど、口惜しかったのです。なんのわけだか、わかりませぬ。ああ、ジェラシィというのは、なんてやりきれない悪徳だ。私がこんなに、命を捨てるほどの思いであの人を慕い、きょうまでつき随(したが)って来たのに、私には一つの優しい言葉も下さらず、かえってあんな賤しい百姓女の身の上を、御頬を染めて迄かばっておやりなさった。ああ、やっぱり、あの人はだらしない。ヤキがまわった。もう、あの人には見込みがない。凡夫だ。ただの人だ。死んだって惜しくはない。そう思ったら私は、ふいと恐ろしいことを考えるようになりました。悪魔に魅(み)こまれたのかも知れませぬ。そのとき以来、あの人を、いっそ私の手で殺してあげようと思いました。いずれは殺されるお方にちがいない。またあの人だって、無理に自分を殺させるように仕向けているみたいな様子が、ちらちら見える。私の手で殺してあげる。他人の手で殺させたくはない。あの人を殺して私も死ぬ。旦那さま、泣いたりしてお恥ずかしゅう思います。はい、もう泣きませぬ。はい、はい。落ちついて申し上げます。そのあくる日、私たちは愈愈(いよいよ)あこがれのエルサレムに向い、出発いたしました。大群集、老いも若きも、あの人のあとにつき従い、やがて、エルサレムの宮が間近になったころ、あの人は、一匹の老いぼれた驢馬(ろば)を道ばたで見つけて、微笑してそれに打ち乗り、これこそは、「シオンの娘よ、懼(おそ)るな、視よ、なんじの王は驢馬(ろば)の子に乗りて来り給う」と予言されてある通りの形なのだと、弟子たちに晴れがましい顔をして教えましたが、私ひとりは、なんだか浮かぬ気持でありました。なんという、あわれな姿であったでしょう。待ちに待った過越(すぎこし)の祭、エルサレム宮に乗り込む、これが、あのダビデの御子の姿であったのか。あの人の一生の念願とした晴れの姿は、この老いぼれた驢馬に跨(またが)り、とぼとぼ進むあわれな景観であったのか。私には、もはや、憐憫(れんびん)以外のものは感じられなくなりました。実に悲惨な、愚かしい茶番狂言を見ているような気がして、ああ、もう、この人も落目だ。一日生き延びれば、生き延びただけ、あさはかな醜態をさらすだけだ。花は、しぼまぬうちこそ、花である。美しい間に、剪(き)らなければならぬ。あの人を、一ばん愛しているのは私だ。どのように人から憎まれてもいい。一日も早くあの人を殺してあげなければならぬと、私は、いよいよ此のつらい決心を固めるだけでありました。群集は、刻一刻とその数を増し、あの人の通る道々に、赤、青、黄、色とりどりの彼等の着物をほうり投げ、あるいは棕櫚(しゅろ)の枝を伐(き)って、その行く道に敷きつめてあげて、歓呼にどよめき迎えるのでした。かつ前にゆき、あとに従い、右から、左から、まつわりつくようにして果ては大浪の如く、驢馬とあの人をゆさぶり、ゆさぶり、「ダビデの子にホサナ、讃(ほ)むべきかな、主の御名によりて来る者、いと高き処にて、ホサナ」と熱狂して口々に歌うのでした。ペテロやヨハネやバルトロマイ、そのほか全部の弟子共は、ばかなやつ、すでに天国を目のまえに見たかのように、まるで凱旋(がいせん)の将軍につき従っているかのように、有頂天の歓喜で互いに抱き合い、涙に濡れた接吻を交し、一徹者のペテロなど、ヨハネを抱きかかえたまま、わあわあ大声で嬉し泣きに泣き崩れていました。その有様を見ているうちに、さすがに私も、この弟子たちと一緒に艱難(かんなん)を冒して布教に歩いて来た、その忍苦困窮の日々を思い出し、不覚にも、目がしらが熱くなって来ました。かくしてあの人は宮に入り、驢馬から降りて、何思ったか、縄を拾い之(これ)を振りまわし、宮の境内の、両替する者の台やら、鳩売る者の腰掛けやらを打ち倒し、また、売り物に出ている牛、羊をも、その縄の鞭(むち)でもって全部、宮から追い出して、境内にいる大勢の商人たちに向い、「おまえたち、みな出て失せろ、私の父の家を、商いの家にしてはならぬ」と甲高(かんだか)い声で怒鳴るのでした。あの優しいお方が、こんな酔っぱらいのような、つまらぬ乱暴を働くとは、どうしても少し気がふれているとしか、私には思われませんでした。傍の人もみな驚いて、これはどうしたことですか、とあの人に訊ねると、あの人の息せき切って答えるには、「おまえたち、この宮をこわしてしまえ、私は三日の間に、また建て直してあげるから」ということだったので、さすが愚直の弟子たちも、あまりに無鉄砲なその言葉には、信じかねて、ぽかんとしてしまいました。けれども私は知っていました。所詮(しょせん)はあの人の、幼い強がりにちがいない。あの人の信仰とやらでもって、万事成らざるは無しという気概のほどを、人々に見せたかったのに違いないのです。それにしても、縄の鞭を振りあげて、無力な商人を追い廻したりなんかして、なんて、まあ、けちな強がりなんでしょう。あなたに出来る精一ぱいの反抗は、たったそれだけなのですか、鳩売りの腰掛けを蹴散(けち)らすだけのことなのですか、と私は憫笑(びんしょう)しておたずねしてみたいとさえ思いました。もはやこの人は駄目なのです。破れかぶれなのです。自重自愛を忘れてしまった。自分の力では、この上もう何も出来ぬということを此の頃そろそろ知り始めた様子ゆえ、あまりボロの出ぬうちに、わざと祭司長に捕えられ、この世からおさらばしたくなって来たのでありましょう。私は、それを思った時、はっきりあの人を諦(あきら)めることが出来ました。そうして、あんな気取り屋の坊ちゃんを、これまで一途(いちず)に愛して来た私自身の愚かさをも、容易に笑うことが出来ました。やがてあの人は宮に集る大群の民を前にして、これまで述べた言葉のうちで一ばんひどい、無礼傲慢(ごうまん)の暴言を、滅茶苦茶に、わめき散らしてしまったのです。左様、たしかに、やけくそです。私はその姿を薄汚くさえ思いました。殺されたがって、うずうずしていやがる。「禍害(わざわい)なるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは酒杯(さかずき)と皿との外を潔くす、然れども内は貪慾(どんよく)と放縦とにて満つるなり。禍害なるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども、内は死人の骨とさまざまの穢(けがれ)とに満つ。斯(かく)のごとく汝らも外は正しく見ゆれども、内は偽善と不法とにて満つるなり。蛇よ、蝮(まむし)の裔(すえ)よ、なんじら争(いか)で、ゲヘナの刑罰を避け得んや。ああエルサレム、エルサレム、予言者たちを殺し、遣(つかわ)されたる人々を石にて撃つ者よ、牝鶏(めんどり)のその雛(ひな)を翼の下に集むるごとく、我なんじの子らを集めんと為(せ)しこと幾度ぞや、然(さ)れど、汝らは好まざりき」馬鹿なことです。噴飯ものだ。口真似するのさえ、いまわしい。たいへんな事を言う奴だ。あの人は、狂ったのです。まだそのほかに、饑饉(ききん)があるの、地震が起るの、星は空より堕(お)ち、月は光を放たず、地に満つ人の死骸(しがい)のまわりに、それをついばむ鷲(わし)が集るの、人はそのとき哀哭(なげき)、切歯(はがみ)することがあろうだの、実に、とんでも無い暴言を口から出まかせに言い放ったのです。なんという思慮のないことを、言うのでしょう。思い上りも甚しい。ばかだ。身のほど知らぬ。いい気なものだ。もはや、あの人の罪は、まぬかれぬ。必ず十字架。それにきまった。

 祭司長や民の長老たちが、大祭司カヤパの中庭にこっそり集って、あの人を殺すことを決議したとか、私はそれを、きのう町の物売りから聞きました。もし群集の目前であの人を捕えたならば、あるいは群集が暴動を起すかも知れないから、あの人と弟子たちとだけの居るところを見つけて役所に知らせてくれた者には銀三十を与えるということをも、耳にしました。もはや猶予の時ではない。あの人は、どうせ死ぬのだ。ほかの人の手で、下役たちに引き渡すよりは、私が、それを為(な)そう。きょうまで私の、あの人に捧げた一すじなる愛情の、これが最後の挨拶だ。私の義務です。私があの人を売ってやる。つらい立場だ。誰がこの私のひたむきの愛の行為を、正当に理解してくれることか。いや、誰に理解されなくてもいいのだ。私の愛は純粋の愛だ。人に理解してもらう為の愛では無い。そんなさもしい愛では無いのだ。私は永遠に、人の憎しみを買うだろう。けれども、この純粋の愛の貪慾のまえには、どんな刑罰も、どんな地獄の業火も問題でない。私は私の生き方を生き抜く。身震いするほどに固く決意しました。私は、ひそかによき折を、うかがっていたのであります。いよいよ、お祭りの当日になりました。私たち師弟十三人は丘の上の古い料理屋の、薄暗い二階座敷を借りてお祭りの宴会を開くことにいたしました。みんな食卓に着いて、いざお祭りの夕餐(ゆうげ)を始めようとしたとき、あの人は、つと立ち上り、黙って上衣を脱いだので、私たちは一体なにをお始めなさるのだろうと不審に思って見ているうちに、あの人は卓の上の水甕(みずがめ)を手にとり、その水甕の水を、部屋の隅に在った小さい盥(たらい)に注ぎ入れ、それから純白の手巾をご自身の腰にまとい、盥の水で弟子たちの足を順々に洗って下さったのであります。弟子たちには、その理由がわからず、度を失って、うろうろするばかりでありましたけれど、私には何やら、あの人の秘めた思いがわかるような気持でありました。あの人は、寂しいのだ。極度に気が弱って、いまは、無智な頑迷の弟子たちにさえ縋(すが)りつきたい気持になっているのにちがいない。可哀想に。あの人は自分の逃れ難い運命を知っていたのだ。その有様を見ているうちに、私は、突然、強力な嗚咽(おえつ)が喉(のど)につき上げて来るのを覚えた。矢庭にあの人を抱きしめ、共に泣きたく思いました。おう可哀想に、あなたを罪してなるものか。あなたは、いつでも優しかった。あなたは、いつでも正しかった。あなたは、いつでも貧しい者の味方だった。そうしてあなたは、いつでも光るばかりに美しかった。あなたは、まさしく神の御子だ。私はそれを知っています。おゆるし下さい。私はあなたを売ろうとして此の二、三日、機会をねらっていたのです。もう今はいやだ。あなたを売るなんて、なんという私は無法なことを考えていたのでしょう。御安心なさいまし。もう今からは、五百の役人、千の兵隊が来たとても、あなたのおからだに指一本ふれさせることは無い。あなたは、いま、つけねらわれているのです。危い。いますぐ、ここから逃げましょう。ペテロも来い、ヤコブも来い、ヨハネも来い、みんな来い。われらの優しい主を護り、一生永く暮して行こう、と心の底からの愛の言葉が、口に出しては言えなかったけれど、胸に沸きかえって居りました。きょうまで感じたことの無かった一種崇高な霊感に打たれ、熱いお詫びの涙が気持よく頬を伝って流れて、やがてあの人は私の足をも静かに、ていねいに洗って下され、腰にまとって在った手巾で柔かく拭いて、ああ、そのときの感触は。そうだ、私はあのとき、天国を見たのかも知れない。私の次には、ピリポの足を、その次にはアンデレの足を、そうして、次に、ペテロの足を洗って下さる順番になったのですが、ペテロは、あのように愚かな正直者でありますから、不審の気持を隠して置くことが出来ず、主よ、あなたはどうして私の足などお洗いになるのです。と多少不満げに口を尖(とが)らして尋ねました。あの人は、「ああ、私のすることは、おまえには、わかるまい。あとで、思い当ることもあるだろう」と穏かに言いさとし、ペテロの足もとにしゃがんだのだが、ペテロは尚も頑強にそれを拒んで、いいえ、いけません。永遠に私の足などお洗いになってはなりませぬ。もったいない、とその足をひっこめて言い張りました。すると、あの人は少し声を張り上げて、「私がもし、おまえの足を洗わないなら、おまえと私とは、もう何の関係も無いことになるのだ」と随分、思い切った強いことを言いましたので、ペテロは大あわてにあわて、ああ、ごめんなさい、それならば、私の足だけでなく、手も頭も思う存分に洗って下さい、と平身低頭して頼みいりましたので、私は思わず噴き出してしまい、ほかの弟子たちも、そっと微笑(ほほえ)み、なんだか部屋が明るくなったようでした。あの人も少し笑いながら、「ペテロよ、足だけ洗えば、もうそれで、おまえの全身は潔(きよ)いのだ、ああ、おまえだけでなく、ヤコブも、ヨハネも、みんな汚れの無い、潔いからだになったのだ。けれども」と言いかけてすっと腰を伸ばし、瞬時、苦痛に耐えかねるような、とても悲しい眼つきをなされ、すぐにその眼をぎゅっと固くつぶり、つぶったままで言いました。「みんなが潔ければいいのだが」はッと思った。やられた! 私のことを言っているのだ。私があの人を売ろうとたくらんでいた寸刻以前までの暗い気持を見抜いていたのだ。けれども、その時は、ちがっていたのだ。断然、私は、ちがっていたのだ! 私は潔くなっていたのだ。私の心は変っていたのだ。ああ、あの人はそれを知らない。それを知らない。ちがう! ちがいます、と喉まで出かかった絶叫を、私の弱い卑屈な心が、唾(つば)を呑みこむように、呑みくだしてしまった。言えない。何も言えない。あの人からそう言われてみれば、私はやはり潔くなっていないのかも知れないと気弱く肯定する僻(ひが)んだ気持が頭をもたげ、とみるみるその卑屈の反省が、醜く、黒くふくれあがり、私の五臓六腑(ろっぷ)を駈けめぐって、逆にむらむら憤怒(ふんぬ)の念が炎を挙げて噴出したのだ。ええっ、だめだ。私は、だめだ。あの人に心の底から、きらわれている。売ろう。売ろう。あの人を、殺そう。そうして私も共に死ぬのだ、と前からの決意に再び眼覚め、私はいまは完全に、復讐(ふくしゅう)の鬼になりました。あの人は、私の内心の、ふたたび三たび、どんでん返して変化した大動乱には、お気づきなさることの無かった様子で、やがて上衣をまとい服装を正し、ゆったりと席に坐り、実に蒼(あお)ざめた顔をして、「私がおまえたちの足を洗ってやったわけを知っているか。おまえたちは私を主と称(たた)え、また師と称えているようだが、それは間違いないことだ。私はおまえたちの主、または師なのに、それでもなお、おまえたちの足を洗ってやったのだから、おまえたちもこれからは互いに仲好く足を洗い合ってやるように心がけなければなるまい。私は、おまえたちと、いつ迄(まで)も一緒にいることが出来ないかも知れぬから、いま、この機会に、おまえたちに模範を示してやったのだ。私のやったとおりに、おまえたちも行うように心がけなければならぬ。師は必ず弟子より優れたものなのだから、よく私の言うことを聞いて忘れぬようになさい」ひどく物憂そうな口調で言って、音無しく食事を始め、ふっと、「おまえたちのうちの、一人が、私を売る」と顔を伏せ、呻(うめ)くような、歔欷(きょき)なさるような苦しげの声で言い出したので、弟子たちすべて、のけぞらんばかりに驚き、一斉に席を蹴って立ち、あの人のまわりに集っておのおの、主よ、私のことですか、主よ、それは私のことですかと、罵(ののし)り騒ぎ、あの人は死ぬる人のように幽かに首を振り、「私がいま、その人に一つまみのパンを与えます。その人は、ずいぶん不仕合せな男なのです。ほんとうに、その人は、生れて来なかったほうが、よかった」と意外にはっきりした語調で言って、一つまみのパンをとり腕をのばし、あやまたず私の口にひたと押し当てました。私も、もうすでに度胸がついていたのだ。恥じるよりは憎んだ。あの人の今更ながらの意地悪さを憎んだ。このように弟子たち皆の前で公然と私を辱かしめるのが、あの人の之(これ)までの仕来りなのだ。火と水と。永遠に解け合う事の無い宿命が、私とあいつとの間に在るのだ。犬か猫に与えるように、一つまみのパン屑を私の口に押し入れて、それがあいつのせめてもの腹いせだったのか。ははん。ばかな奴だ。旦那さま、あいつは私に、おまえの為(な)すことを速かに為せと言いました。私はすぐに料亭から走り出て、夕闇の道をひた走りに走り、ただいまここに参りました。そうして急ぎ、このとおり訴え申し上げました。さあ、あの人を罰して下さい。どうとも勝手に、罰して下さい。捕えて、棒で殴って素裸にして殺すがよい。もう、もう私は我慢ならない。あれは、いやな奴です。ひどい人だ。私を今まで、あんなにいじめた。はははは、ちきしょうめ。あの人はいま、ケデロンの小川の彼方、ゲッセマネの園にいます。もうはや、あの二階座敷の夕餐もすみ、弟子たちと共にゲッセマネの園に行き、いまごろは、きっと天へお祈りを捧げている時刻です。弟子たちのほかには誰も居りません。今なら難なくあの人を捕えることが出来ます。ああ、小鳥が啼(な)いて、うるさい。今夜はどうしてこんなに夜鳥の声が耳につくのでしょう。私がここへ駈け込む途中の森でも、小鳥がピイチク啼いて居りました。夜に囀(さえず)る小鳥は、めずらしい。私は子供のような好奇心でもって、その小鳥の正体を一目(ひとめ)見たいと思いました。立ちどまって首をかしげ、樹々の梢(こずえ)をすかして見ました。ああ、私はつまらないことを言っています。ごめん下さい。旦那さま、お仕度は出来ましたか。ああ楽しい。いい気持。今夜は私にとっても最後の夜だ。旦那さま、旦那さま、今夜これから私とあの人と立派に肩を接して立ち並ぶ光景を、よく見て置いて下さいまし。私は今夜あの人と、ちゃんと肩を並べて立ってみせます。あの人を怖(おそ)れることは無いんだ。卑下することは無いんだ。私はあの人と同じ年だ。同じ、すぐれた若いものだ。ああ、小鳥の声が、うるさい。耳についてうるさい。どうして、こんなに小鳥が騒ぎまわっているのだろう。ピイチクピイチク、何を騒いでいるのでしょう。おや、そのお金は? 私に下さるのですか、あの、私に、三十銀。なる程、はははは。いや、お断り申しましょう。殴られぬうちに、その金ひっこめたらいいでしょう。金が欲しくて訴え出たのでは無いんだ。ひっこめろ! いいえ、ごめんなさい、いただきましょう。そうだ、私は商人だったのだ。金銭ゆえに、私は優美なあの人から、いつも軽蔑されて来たのだっけ。いただきましょう。私は所詮、商人だ。いやしめられている金銭で、あの人に見事、復讐(ふくしゅう)してやるのだ。これが私に、一ばんふさわしい復讐の手段だ。ざまあみろ! 銀三十で、あいつは売られる。私は、ちっとも泣いてやしない。私は、あの人を愛していない。はじめから、みじんも愛していなかった。はい、旦那さま。私は嘘ばかり申し上げました。私は、金が欲しさにあの人について歩いていたのです。おお、それにちがい無い。あの人が、ちっとも私に儲けさせてくれないと今夜見極めがついたから、そこは商人、素速く寝返りを打ったのだ。金。世の中は金だけだ。銀三十、なんと素晴らしい。いただきましょう。私は、けちな商人です。欲しくてならぬ。はい、有難う存じます。はい、はい。申しおくれました。私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオテのユダ。



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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)

직소(駆込み訴え)

다자이 오사무(太宰 治) (1940)

번역 : 홍성필


 말씀드리겠습니다. 나으리. 그 사람은, 너무합니다. 너무합니다. 예. 못된 놈입니다. 나쁜 사람입니다. 아아, 참을 수가 없습니다. 도저히 살려둘 수가 없습니다.

 예, 예. 차분히 말씀드리겠습니다. 그 사람을 살려두어서는 안됩니다. 이 세상의 원수입니다. 예, 모든 것을 전부 말씀드리겠습니다. 저는 그 사람이 있는 곳을 알고 있습니다. 지금 당장 안내해드리겠습니다. 산산조각을 내어 죽여주십시오. 그 사람은 제 스승입니다. 주인입니다. 하지만 저와 동갑입니다. 서른 넷입니다. 저는 그 사람보다 불과 두 달 늦게 태어났을 뿐입니다. 대단한 차이는 없을 것입니다. 사람과 사람 사이에 그런 큰 차별은 없을 것입니다. 그런데도 저를 얼마나 짓궂게 부려먹었는지요, 얼마나 조롱 당했는지요. 아아, 이젠 족합니다. 참을 만큼 참아왔습니다. 화를 낼 때에 화를 낼 수 없다면 살아가는 보람도 없습니다. 저는 지금까지 그 사람을 얼마나 남모르게 감싸왔는지 모릅니다. 아니, 그 사람은 알고 있습니다. 분명 모든 것을 알고 있습니다. 그렇기에 더욱 그 사람은 저를 짓궂게 경멸하는 것입니다. 그 사람은 오만합니다. 제게 신세를 많이 졌기에, 그게 스스로 느끼기에 안타까운 것입니다. 그 사람은 멍청할 정도로 자아도취가 심합니다. 저 같은 사람에게 신세를 지고 있다는 사실을, 무슨, 자신의 큰 단점인 것처럼 생각하고 계십니다. 그 사람은 모든지 스스로 할 수 있는 것처럼 보이고 싶어 안달입니다. 어리석은 말입니다. 세상은 그런 게 아닙니다. 이 세상에서 살아가기 위해서는 아무래도 누군가에게 굽실굽실해야만 하며, 그렇게 해서 한 걸음 한 걸음 고생해가며 사람을 억누를 수밖에 없는 것입니다. 그 사람에게 대체 무슨 일을 할 수 있을까요. 아무 것도 할 수 없습니다. 제 눈에는 새파란 애송이에 불과합니다. 제가 만약 없었다면 그 사람은 벌써 이미 예전에 그 무능하고 멍청한 제자들과 어딘가에서 굶어죽었음이 분명합니다. "여우도 굴이 있고 공중의 새도 거처가 있으되 오직 인자는 머리 둘 곳이 없다." 그래요. 그것 보세요. 제대로 말하고 있습니다. 베드로가 뭘 할 수 있겠습니까? 야고보, 요한, 안드레, 도마, 얼간이들이 모여 어슬렁어슬렁 그 사람을 따라 다니며, 소름끼치는 달콤한 아부나 떨면서 천국이 어쨌다는 둥 바보 같은 걸 정말로 믿으며 열광하여, 그 천국이 가까이 왔다면 저놈들은 모두 우의정이나 좌의정이라도 되려는 건지. 멍청한 놈들입니다. 그 날도 역시 빵도 없어 어쩔 줄을 몰라할 때, 제가 그 사람에게 설교를 시키고는 군중으로부터 몰래 헌금을 받아내어, 또한 동네 부자한테서 물건들을 걷어들여가며 묵을 곳까지 마련해주고 먹을 것과 입을 것까지 빈틈없이 준비해줬더니, 그 사람은 고사하고 멍청한 제자들마저도 고맙다는 말 한마디 없습니다. 고맙다고 말하기는커녕 그 사람은 저의 이처럼 나날이 계속되는 고생을 모르는 척하고 언제나 말도 안 되는 주문을 하여, 다섯 개의 빵과 물고기가 두 마리밖에 없을 때조차도 눈앞에 있는 군중들에게 음식을 나눠주라는 둥의 억지를 부려, 간신히 사올 수가 있었던 것입니다. 말하자면 저는 그 사람이 하는 기적을 도와주는, 위험한 마술의 조수를 지금까지 몇 번이고 해왔습니다. 저는 이래봬도 절대 인색한 놈이 아닙니다. 아니, 오히려 저는 대단한 호사가입니다. 저는 그 사람을 아름다운 사람이라고 생각합니다. 제가 보기에는 어린아이처럼 욕심이 없고, 제가 하루하루 빵을 얻기 위해 돈을 열심히 모아도, 곧 그것들을 한 푼도 안 남기고 헛되게 써버리고 말이죠. 하지만 저는 그것을 억울하게 생각하지 않습니다. 그 사람은 아름다운 사람인 것입니다. 저는 본래 가난한 상인이었으나 그래도 '정신적인 인물'이라는 것을 이해하고 있는 사람입니다. 그래서 그 사람이 제가 고생해가며 모아놓은 자그마한 돈들을 아무리 어이없이 낭비해도 저는 아무렇지도 않습니다. 아무렇지도 않습니다만, 그렇다면 제게 가끔 부드러운 말 한마디를 건네주어도 될 듯싶은데도, 그 사람은 항상 짓궂게 굽니다. 한 번, 그 사람이 봄날에 해변을 걸으며 문득 제 이름을 부르고는 "네게도 신세를 많이 진다. 너의 쓸쓸함은 나도 알고 있다. 하지만 항상 성난 표정을 짓고 있으면 안 된다. 쓸쓸할 때에 쓸쓸한 표정을 짓는 일은 위선자나 하는 일이다. 쓸쓸함을 사람들이 알아보도록 더욱 어두운 안색을 하고 있을 뿐이다. 진실로 하나님을 믿는다면 너는 쓸쓸할 때에도 아무렇지도 않은 표정을 지으며 깨끗하게 씻고 머리에 기름을 바르고는 미소를 지어야 한다. 모르겠는가. 쓸쓸함을 사람들이 알아주지 않더라도 어딘가 보이지 않는 곳에 있는 네 진실된 아버지만이 알아주시면 그것으로 족하지 않느냐. 안 그런가? 쓸쓸함은 누구에게나 있다." 라고 말씀해 주셔서, 저는 소리를 내어 엉엉 울어버리고 싶어, 아뇨, 저는 하늘에 계신 아버지가 알아주시지 않더라도 단지 당신 한 사람만이 알아주신다면 그것으로 충분합니다. 저는 당신을 사랑합니다. 다른 제자들이 아무리 깊이 당신을 사랑한다 하더라도 그것과는 비교도 안될 정도로 사랑합니다. 누구보다도 사랑합니다. 베드로나 야고보 같은 이들은 그저 당신을 따라 다니며 무언가 좋은 일이라도 있을까 하고, 그런 것만 생각합니다. 그러나 저만은 알고 있습니다. 당신을 따라다녀 봤자 전혀 얻는 것도 없다는 사실을 알고 있습니다. 그럼에도 불구하고 저는 당신 곁을 떠날 수가 없습니다. 어떻게 된 일일까요. 당신이 이 세상에서 사라지면 저도 곧바로 죽겠습니다. 살아갈 수가 없습니다. 제게는 항상 혼자서 생각하고 있는 것이 있습니다. 그것은 당신이 멍청한 모든 제자들 곁을 떠나, 또한 하늘에 계신 아버지의 말씀 같은 것을 가르치지 않으며, 소박한 백성의 하나로서 어머님이신 마리아님과 저, 이 셋이서 조용히 한 평생을 오랫동안 살아가는 일입니다. 제 마을에는 아직 제 작은 집이 남아있습니다. 나이든 아버지와 어머니도 계십니다. 매우 넓은 복숭아밭도 있습니다. 봄, 지금쯤은 복숭아꽃이 펴서 경치가 훌륭합니다. 평생 편히 살아가실 수 있습니다. 제가 항상 곁에 있으면서 모시고자 합니다. 좋은 부인을 맞이하십시오. 제가 그렇게 말씀드리자 그 사람은 살며시 웃으시며, "베드로나 시몬은 어부다. 아름다운 복숭아밭도 없다. 야고보도 요한도 가난한 어부다. 그들에게는 그런, 평생을 안락하게 지낼만한 땅이, 어디에도 없다." 라고 낮은 목소리로 혼잣말처럼 중얼거리고는, 다시 해변을 조용히 걸어가는 것이었습니다만, 전에도 후에도 그 사람과 편안히 말을 나눌 수 있었던 건 그 때 한 번 뿐이며, 그 이후에는 절대 제게 마음을 열었던 적이 없었습니다. 저는 그 사람을 사랑합니다. 그 사람이 죽으면 저도 함께 죽을 것입니다. 그 사람은 누구의 것도 아닙니다. 제 것입니다. 그 사람을 다른 사람에게 건네주어야 한다면, 건네주기 전에 제가 그 사람을 죽여드리겠습니다. 아버지를 버리고 어머니를 버리고, 태어난 땅을 버리고 저는 오늘까지 그 사람을 따라 걸어왔습니다. 저는 천국을 믿지 않습니다. 하나님도 믿지 않습니다. 그 사람의 부활도 믿지 않습니다. 왜 그 사람이 이스라엘의 왕이란 말입니까. 멍청한 제자들은 그 사람을 하나님의 아들이라 믿고, 그리고 하나님 나라의 복음이라는 것을 그 사람으로부터 전해듣고는 흔희작약(欣喜雀躍)하고 있습니다. 머지않아 실망할 것이라는 사실을 저는 알고 있습니다. 자기를 높이는 자는 낮아지고 자기를 낮추는 자는 높아지리라고 그 사람은 약속했으나 이 세상은 결코 그렇게 호락호락한 것이 아닙니다. 그 사람은 거짓말쟁이입니다. 말하는 것, 하나부터 열까지 엉터리입니다. 저는 전혀 믿지 않습니다. 하지만 저는 그 사람의 아름다움만은 믿고 있습니다. 그토록 아름다운 사람은 이 세상에 없습니다. 그 사람의 아름다움을 순수하게 사랑하고 있습니다. 그 뿐입니다. 저는 아무런 보수도 바라지 않습니다. 그 사람을 따라 걸으며, 천국이 가까웠고, 그 때 가서는 훌륭히 우의정이나 좌의정이 되고자 하는 생각도, 그런 천박한 욕심도 없습니다. 저는 그저 그 사람 곁을 떠나고 싶지 않은 것뿐입니다. 그저 그 사람 곁에 있어, 그 사람의 목소리를 듣고 그 사람의 모습을 바라보고 있으면 그것으로 좋습니다. 그리고는 가능하다면 그 사람이 설교하는 것을 멈추고 저와 단둘이서 평생 오랫동안 살아가기를 원하는 것입니다. 아아아, 그렇게만 된다면! 저는 얼마나 행복할까요. 저는 지금 이 현세의 기쁨만을 믿습니다. 다음 세상의 심판 같은 것을 저는 조금도 두려워하지 않습니다. 그 사람은 저의 이 대가를 바라지 않는, 순수한 애정을 왜 받아주시지 않는지요. 아아, 그 사람을 죽여주십시오. 나으리. 저는 그 사람이 있는 곳을 알고 있습니다. 안내해드리지요. 그 사람은 저를 능욕하고 증오하고 있습니다. 저는 미움을 받고 있습니다. 저는 그 사람이나 제자들의 빵을 마련하고 하루하루 굶주림으로부터 건져내고 있는데도 왜 저를 그토록 짓궂게 경멸하는지요. 들어주십시오. 엿새전 일이었습니다. 그 사람이 베다니에 있는 시몬 집에서 식사를 하고 계실 때, 그 마을에 사는 마르다 녀석의 누이동생인 마리아가 나드 향유를 가득 채운 석고로 된 통을 그 사람 머리 위에 확 퍼부어 발까지 적시고는, 그래놓고서도 사과하기는커녕 차분히 앉고서 마리아 자신의 머리카락으로 그 사람의 젖은 두 발을 정성껏 닦아주었으며, 향유의 냄새가 집안에 가득 차고 매우 기이한 분위기였기에 저는 왠지 매우 화가 나서, 실례되는 짓을 하지 말아라! 하고 그 계집에게 소리쳤습니다. 이걸 보게, 이처럼 옷이 젖어버리지 않았느냐, 더구나 이렇게 비싼 기름을 퍼붓다니 아깝다고 생각하지 않느냐, 어쩌면 너는 그리도 어리석은가. 이 정도의 기름이라면 삼 백 데나리온이나 하지 않겠느냐, 이 기름을 삼 백 데나리온에 팔아, 그 돈으로 하여금 가난한 자들에게 주었더라면 얼마나 기뻐했는지 모른다. 아까운 짓을 하면 곤란해, 라며 저는 한참 혼을 내주었습니다. 그러자 그 사람은 저를 노려보며 "이 여자를 괴롭게 하지 말라. 이 여자는 내게 매우 좋은 일을 한 것이다. 가난한 자들에게 돈을 주는 일은, 너희들은 지금부터 얼마든지 할 수 있는 일이 아니냐. 내게는 더 이상 대접을 할 수 없게 되리라. 그 이유는 말하지 않겠다. 이 여자만은 알고 있다. 이 여자가 내 몸에 이 향유를 부은 것은 내 장사 지낼 준비를 위함이다. 너희들도 잘 기억해두어라. 전세계 어느 곳에서나 나의 짧은 일생을 전할 곳에서는 반드시 이 여자가 오늘 행한 일도 기념하여 전해지리라." 라고 말을 맺었을 때에 그 사람의 창백한 볼은 어느 정도 상기되어 붉어져 있었습니다. 저는 그 사람의 말을 믿지 않습니다. 여느 때와 같은 과장된 연극이라 생각하고 태연하게 흘러들을 수 있었으나, 그것보다도 그 때 그 사람의 목소리에, 다시, 그 사람의 눈빛에 지금까지 없었던 기이한 것이 느껴져, 저는 순간 당황하여, 나아가 그 사람의 살며시 붉어진 볼과 약간 눈물이 고인 눈을 잠시 보고는 문득 알아차린 것이 있었습니다. 아아, 말도 안됩니다, 입에 담는 것조차 안타까울 따름입니다. 그 사람은, 이런 가난한 시골여자에게 사랑, 은 아니지만, 설마 그런 일은 절대 없습니다만, 하지만 위험한, 그것과 닮은 이상한 감정을 가진 것이 아닐까. 그처럼 위대한 사람이, 한 낯 무지한 시골여자에게 한순간이라도 특수한 사랑을 느꼈다면, 그건 일대 실수이자 돌이킬 수 없는 큰 추문. 저는 사람의 치욕적인 감정을 선천적으로 잘 알아차립니다. 스스로 생각하기에도 그런 점을 저질적인 후각이라고 여겨져 싫어합니다만, 한 번 슬쩍 보기만 해도 사람의 약점을 남김없이 가려내고 마는 예민한 재능을 가지고 있습니다. 그 사람은 아무리 약간이라도 그 배우지 못한 시골여자에게 특별한 감정을 느꼈다는 일은 역시 틀림없습니다. 제 눈이 잘못 봤을 리가 없습니다. 분명 그렇습니다. 아아, 참을 수가 없습니다. 견딜 수가 없습니다. 저는 그 사람도 이런 꼴을 보이기 시작하면 이제 끝장이라고 생각했습니다. 추태의 극치라고 여겨졌습니다. 그 사람은 지금까지 아무리 여성들이 사모해도 항상 아름답고 물처럼 고요했습니다. 조금도 흐트러지지 않았습니다. 하지만 이제 끝입니다. 갈 데까지 간 것 같았습니다. 그 사람도 아직 젊은 나이이며, 그 정도는 이상한 일이 아니라고 말할지는 모르지만, 그렇다면 저도 동갑입니다. 더구나 그 사람보다 두 달 늦게 태어났습니다. 젊음에 차이는 없을 것입니다. 그래도 저는 인내하고 있습니다. 그 사람 하나만 바라보고 이토록 어느 여자에게도 마음이 동한 적은 없습니다. 마르다의 동생 마리아는 언니 마르다가 몸집이 좋고 소처럼 크며 성격도 거칠고 성급할 줄밖에 모르는, 전혀 장점이라고는 찾아볼 수 없는 시골여자인데 반해, 그녀는 전혀 달라 몸집도 가냘프고 피부는 투명할 정도로 창백하여 손발도 통통하며 작고, 마치 호수처럼 깊고 맑은 큰 눈이, 항상 꿈꾸듯 멍하니 멀리를 바라보는 듯하며, 마을에서는 모두가 이상하게 느낄 정도로 품위 있는 여자였습니다. 저도 생각했습니다. 읍내에 나갔을 때 흰 비단이라도 몰래 사와 주려고 했습니다. 아아, 이제 더 이상 저도 알 수 없습니다. 저는 대체 무슨 말을 하고 있는지요. 그렇습니다. 저는 안타까운 겁니다. 왜인지는 잘 모르겠습니다. 발을 동동 구를 정도로 안타깝기 짝이 없습니다. 그 사람이 젊다면 저도 젊습니다. 저는 재능도 있으며 집도, 밭도 있는 훌륭한 청년입니다. 그래도 저는 그 사람을 위해 제 특권을 모두 버려왔습니다. 속았습니다. 그 사람은 거짓말쟁이입니다. 나으리. 그 사람은 제 여자를 빼앗아갔습니다. 아니, 아닙니다! 그 여자가 저로부터 그 사람을 빼앗은 것입니다. 아아, 그것도 아닙니다. 제가 드리는 말씀은 모두 엉터리입니다. 한 마디도 믿지 말아 주십시오. 모르겠습니다. 죄송합니다. 저도 모르게 터무니없는 말씀을 드렸습니다. 그런 경박스러운 사실 같은 건 전혀 없습니다. 추한 말씀을 드렸습니다. 그렇지만 저는 안타깝습니다. 가슴을 쥐어뜯고 싶을 정도로 안타까웠단 말씀입니다. 왜인지는 모르겠습니다. 아아, 질투란 어쩌면 이토록 괴롭고도 사악한 감정일까요. 제가 이토록 목숨을 버릴 정도로 그 사람을 사모하고, 오늘까지 모셔왔는데도 제게는 단 한마디 부드러운 말씀을 건네주지도 않은 채, 오히려 저런 미천한 시골여자에 대해 얼굴을 상기시켜가며 감싸주고 말입니다. 아아, 역시 그 사람은 무기력합니다. 갈 데까지 갔습니다. 이제 그 사람한테는 가망이 없습니다. 평범한 사람입니다. 그냥 사람일뿐입니다. 죽어도 아쉬울 건 없습니다. 그런 생각을 하자 문득 끔찍한 일을 생각하게 되었습니다. 악마가 씌었는지도 모릅니다. 그 때 이후로 그 사람을 아예 제 손으로 죽여버리려는 생각이 들었습니다. 언젠가는 죽임을 당할 분이 틀림없습니다. 또한 그 사람도 억지로 자신이 죽임을 당하려는 것처럼 종종 보일 때도 있습니다. 제 손으로 죽입니다. 다른 사람의 손으로 죽임을 당하게 하기 싫습니다. 그 사람을 죽이고 저도 죽습니다. 나으리, 눈물을 보여 대단히 송구스럽습니다. 예, 이제 울지 않겠습니다. 예, 예. 차분히 말씀드리겠습니다. 그 다음 날, 저희들은 드디어 꿈에도 그리던 예루살렘을 향해 출발했습니다. 대군중, 노소를 불문하고 모두가 그 사람을 따랐으며, 이윽고 예루살렘 성이 가까워지자 그 사람은 한 마리 늙은 당나귀를 길가에서 발견하고는 미소를 지으며 그것을 타고서, 이는 바로 "시온 딸이여, 두려워 말라. 보라 네 왕이 나귀새끼를 타고 온다"라는 예언 대로라며 밝은 표정으로 가르쳤으나, 저는 혼자 우울한 표정을 짓고 있었습니다. 어쩌면 그리도 딱한 몰골입니까. 기다리고 기다린 유월절에 예루살렘으로 입성하는, 이것이 그 다윗 자손의 모습이었는가. 그 사람이 평생동안 염원했던 모습이란, 이 늙은 나귀를 타고 터벅터벅 걸어가는 딱한 모습이었는가. 제게는 더 이상 연민 외에 아무 것도 느낄 수 없었습니다. 실로 비참한, 멍청한 삼류연극이라도 보고 있는 듯하여, 아아, 이제 이 사람도 다 살았다. 하루를 살면 하루를 산만큼 경박한 추태를 보일 뿐이다. 꽃은 지기 전이라야 꽃이다. 아름다울 때 잘라야만 한다. 그 사람을 가장 사랑하고 있는 건 나다. 아무리 사람들로부터 미움을 받아도 좋다. 하루라도 빨리 그 사람을 죽여야만 한다며, 저는 드디어 이처럼 가슴아픈 결심을 굳힐 따름이었습니다. 군중은 시시각각 그 수가 늘어나고, 그 사람이 지나가는 길 위에 빨강, 파랑, 노랑, 가지각색으로 그들의 옷을 던졌으며, 어떤 이는 종려가지를 가져와 그 가는 길에 깔고는 환호를 지르며 맞이하는 것이었습니다. 앞에서 가고 뒤에서 따르며 좌우로부터 휘어 감듯이 몰려오더니, 나아가서는 파도처럼 나귀와 그 사람을 붙잡고 흔들며 "호산나 다윗의 자손이여, 찬송하리로다, 주의 이름으로 오시는 이여 가장 높은 곳에서 호산나" 하고 열광하며 노래하는 것이었습니다. 베드로나 요한, 바돌로매, 그밖에 다른 제자들은 멍청하게도 이미 천국을 눈앞에서 보는 것처럼, 마치 개선하는 장군 곁을 따르는 것처럼 기뻐 날뛰고 환호성을 지르며 서로 껴안으면서 눈물 젖은 입맞춤을 하고, 고지식한 베드로는 요한을 끌어안으며 큰 소리로 엉엉 울어대는 판입니다. 그런 모습을 보고 있었더니 저도 그 제자들과 함께 여러 난관을 뚫고 포교를 위해 걸어온, 고난의 세월이 머리에 떠올라 저도 모르게 눈시울이 뜨거워졌습니다. 그리하여 그 사람은 성전으로 들어가 당나귀에서 내리고는 무슨 생각을 했는지, 끈을 줍고서 그것을 휘두르며 성전에서 돈 바꾸는 자들의 상과 비둘기파는 자들의 의자를 둘러엎고, 소와 양한테도 그 끈으로 만든 채찍을 들고서 전부 성전에서 쫓아내고는 성전 안에 있는 많은 상인에게 말하기를 "모두 썩 나가라. 내 아버지의 집으로 장사하는 집을 만들지 말라"며 큰 소리로 외치는 것이었습니다. 그 온화한 분이 이처럼 술주정뱅이처럼 부질없이 난리를 피운다는 것은 아무리 생각해도 정신이 나갔다고 밖에는 생각되지 않았습니다. 곁에 있는 사람들도 모두 놀라 어떻게 된 일인지 그에게 묻자, 그는 거친 숨을 내쉬며 "너희들, 이 성전을 헐어버려라. 내가 사흘 안에 다시 세워주리라"고 하기에, 과연 우직한 제자들도 너무나도 어이없는 말을 듣고서 믿어지지 않는 표정으로 멍하니 서 있었습니다. 하지만 저는 알고 있었습니다. 어차피 그 사람의 유치한 허세임이 분명하다. 그 사람의 신앙으로써 안 되는 일이 없다는 것을 사람들에게 보여주고 싶었음이 분명합니다. 그래도 그렇지, 끈으로 된 채찍을 휘두르며 힘없는 상인들을 쫓아내다니, 참으로 딱한 허세입니다. 기껏 해서 당신이 할 수 있는 저항이란 이 정도뿐입니까. 비둘기파는 이의 의자를 걷어찰 정도입니까, 하며 저는 비웃으며 물어보려고까지 했습니다. 이미 이 사람은 안됩니다. 자포자기인 상태입니다. 자중자애(自重自愛)를 잊어버렸습니다. 자신의 힘으로는 더 이상 아무 것도 할 수 없다는 사실을 서서히 깨우치기 시작한 듯하여, 더 이상 체면이 깎이기 전에 일부러 제사장에게 잡혀 이 세상과 작별을 고하고 싶었겠지요. 저는 그것을 떠올렸을 때 분명 그 사람을 포기할 수 있었습니다. 또한 그런 허영심에 가득 찬 도련님을 지금까지 일편단심 사랑해온 저의 어리석음도 쉽사리 웃어버릴 수가 있었습니다. 이윽고 그 사람은 성전에 모인 군중들을 앞에 두고 지금까지 했던 말 중 가장 심하고, 오만 무례한 폭언을 닥치는 대로 소리치는 것입니다. 그렇습니다. 분명 자포자기입니다. 저는 그 모습이 추잡하게까지 비쳐졌습니다. 죽고싶어 안달이다. "화 있을진저 외식(外飾)하는 서기관들과 바리새인들이여 잔과 대접의 겉은 깨끗이 하되 그 안에는 탐욕과 방탕으로 가득하게 하는도다. 화 있을진저 외식(外飾)하는 서기관들과 바리새인들이여 회칠한 무덤 같으니 겉으로는 아름답게 보이나 그 안에는 죽은 사람의 뼈와 모든 더러운 것이 가득하도다. 이와 같이 너희도 겉으로는 사람에게 옳게 보이되 안으로는 외식과 불법이 가득하도다. 뱀들아, 독사의 새끼들아. 너희가 어떻게 지옥의 판결을 피하겠느냐. 예루살렘아, 예루살렘아 선지자들을 죽이고 네게 파송된 자들을 돌로 치는 자여. 암탉이 그 새끼를 날개 아래 모음같이 내가 네 자녀를 모으려 한 일이 몇 번이냐. 그러나 너희가 원치 아니 하였도다." 어리석은 일입니다. 웃음을 참을 수가 없었습니다. 흉내내는 것조차 불결합니다. 큰일날 소리를 하는 놈이다. 그 사람은 돌았습니다. 또한 그 외에도 기근이 있다는 둥, 지진이 일어난다는 둥, 별들이 하늘에서 떨어지며 달이 빛을 내지 아니하고, 땅에는 사람의 시체가 넘치며 그것을 쪼아먹는 독수리가 모인다는 둥, 사람들은 그 때 통곡하며 이를 갊이 있으리라는 둥, 실로 터무니없는 폭언을 서슴지 않는 것입니다. 어쩌면 저렇게도 사려 깊지 않은 말들을 늘어놓는 것일까요. 잘난 척 하는 것도 한도가 있습니다. 자기 주제도 모르고 말입니다. 속 편한 소리를 합니다. 이미 그 사람의 죄는 피할 수 없습니다. 분명 십자가. 이제 확실합니다.


 제사장이나 장로들이 대제사장 가야바의 아문에 몰래 모여 그 사람을 죽이는 일에 대해 결의했다고 하더군요. 저는 그것을 어제 동네 장사꾼으로부터 들었습니다. 만약 군중의 눈앞에서 그 사람을 사로잡으면, 어쩌면 군중이 폭동을 일으킬 지도 모르므로 그 사람과 제자들만이 있는 곳을 발견하여 신고한 자에게는 은 삼십을 준다는 것을 들었습니다. 이제 시간이 없습니다. 그 사람은 어차피 죽습니다. 다른 사람들의 손에 의해 잡히기 전에 내가 하자. 오늘까지 저의, 그 사람에게 바친 일편단심의 애정에 대한 이것이 마지막 인사말입니다. 제 의무입니다. 내가 그 사람을 팔아버리자. 가슴아픈 처지입니다. 누가 제 꾸준한 사랑의 행위를 정당하게 이해해 줄까요. 아니, 아무도 이해해주지 않아도 상관없습니다. 제 사랑은 순수한 사랑입니다. 사람들이 이해해주기를 바라는 사랑이 아닙니다. 그런 천박한 사랑이 결코 아닙니다. 저는 영원히 그 사람으로부터 증오를 받겠지요. 하지만 이 순수한 사랑 앞에서는 어떠한 형벌도, 어떠한 지옥의 노여움도 문제되지 않습니다. 저는 저의 사는 방식대로 일관성 있게 살아가렵니다. 소름이 끼칠 정도로 굳게 결심했습니다. 저는 몰래 기회를 엿보고 있었습니다. 드디어 유월절 당일이었습니다. 저희들 스승과 제자 열 세 명은 동산 위 낡은 요릿집의 침침한 이층을 빌려 명절 연회를 열기로 하였습니다. 모두 식탁에 앉아 막 잔치를 시작하려던 참에 그 사람은 겉옷을 벗은 것입니다. 저희들은 대체 무엇을 하려는가 하고 지켜보고 있었더니, 그 사람은 탁상 위에 있던 물통을 들고서는, 그 물통 안에 든 물을 구석에 있던 작은 대야에 붓고서, 흰 수건을 가져다가 자신의 허리에 두르고 대야의 물로 제자들의 다리를 차례차례 씻어주셨던 것입니다. 제자들에게는 그 이유를 알 수 없어 넋을 잃고는 우왕좌왕할 뿐이었으나, 제게는 왠지 그 사람의 숨겨진 마음을 알 수 있을 듯했습니다. 그 사람은 쓸쓸했던 것입니다. 극도로 마음이 쇠약해져서 이제는 완고하고 무지한 제자들에게까지 의지하고 싶은 심정이었음이 분명합니다. 불쌍하게도 그 사람은 자신의 피할 수 없는 운명을 알고 있었던 것입니다. 그 모습을 보고 있노라니 저는 갑자기 강력한 오열이 목구멍을 뚫고 올라오는 것을 느꼈습니다. 갑자기 그를 끌어안고 함께 울고 싶어졌습니다. 아아, 불쌍하게도, 당신이 죄를 지은 건 하나도 없습니다. 당신은 항상 좋은 사람이었습니다. 당신은 항상 옳았습니다. 당신은 항상 가난한 자의 편이었습니다. 그리고 당신은 언제나 빛을 발할 정도로 아름다웠습니다. 당신은 분명 하나님의 아들입니다. 저는 그것을 알고 있습니다. 용서하십시오. 저는 당신을 팔려고 근래 이 삼일 동안 기회를 노리고 있었습니다. 이제 지금은 싫습니다. 당신을 팔다니, 저는 무슨 그런 당치도 않은 생각을 했었던지요. 안심해주세요. 이제 지금부터는 오 백의 관리, 천의 군대가 온다해도 당신의 몸에 손가락 하나 대지 못합니다. 놈들은 당신을 노리고 있습니다. 위험합니다. 지금 당장 여기서 도망칩시다. 베드로도 오라, 야고보도 오라, 요한도 오라, 모두 오라, 우리의 선한 주를 지키고 평생 오래도록 살자며, 마음속으로부터 사랑의 말이, 말로는 하지 못했으나 가슴속에 끓어올라왔습니다. 그날 그때까지 느껴보지 못했던 일종의 숭고한 영감에 감명을 받아 뜨거운 회개의 눈물이 은혜롭게 볼을 따라 흘러, 이윽고 그 사람은 제 발도 조용히 정성껏 씻어주고, 허리에 둘렀던 수건으로 부드럽게 닦아주어, 아아, 그 때의 촉감이란. 그렇습니다. 저는 그 때 천국을 보았는지도 모릅니다. 저 다음에 빌립의 발을, 그 다음에 안드레의 발을, 그리고 다음에 베드로의 발을 씻어주는 차례였으나, 베드로는 그처럼 우직한 자였으므로 수상한 마음을 숨겨둘 수가 없어, 주여, 당신은 왜 제 발 같은 것을 씻으려 하십니까, 하고 다소 불만스럽게 입술을 내밀며 물었습니다. 그 사람은, "나의 하는 것을 네가 이제는 알지 못하나 이 후에는 알리라." 하고 은유적으로 말한 뒤에 베드로 발 밑에 앉았으나 베드로는 기꺼이 거절하며, 아뇨, 안됩니다. 영원히 제 발 같은 것을 씻으시면 안 됩니다. 너무도 황송합니다, 라며 그 발을 오므렸습니다. 그러자 그 사람은 조금 큰 목소리로 "내가 너를 씻기지 아니하면 네가 나와 상관이 없느니라." 하며, 매우 강하게 말씀을 하시기에, 베드로는 허둥지둥 대며 아아, 잘못했습니다, 그렇다면 제 발만이 아니라 손과 머리도 마음껏 씻어 주십시오, 하고 머리를 깊이 숙여가며 부탁을 드리기에 저도 모르게 웃음이 터져 나왔으며, 다른 제자들도 몰래 미소를 지어, 어딘지 모르게 방안이 밝아진 듯했습니다. 그 사람도 조금 웃으며 "베드로야, 발만 씻으면 이제 그것으로 네 온몸은 깨끗해졌다. 아아, 너뿐만이 아니라 야고보도 요한도 모두 흠 없는 깨끗한 몸이 된 것이다. 그러나," 라고 말을 하려다가 문득 허리를 피고 순간 고통을 참는 듯이, 매우 슬픈 눈을 하시고는, 곧 그 눈을 세게 감더니, 감은 채로 말했습니다. "모두가 깨끗하면 좋으련만." 저는 놀랐습니다. 당했다! 나에 대해 말하고 있는 것이다. 내가 그 사람을 팔려던, 불과 몇 분전까지의 어두운 마음을 꿰뚫어보고 있었던 것이다. 하지만, 그 때는 아니었습니다. 절대 나는 아니었어! 나는 깨끗했었습니다. 내 마음은 변해있었습니다. 아아, 그 사람은 그걸 모릅니다. 그걸 몰라! 아니! 아닙니다, 하고 목구멍까지 나오려던 절규를 저는 약하고 비굴한 마음이 침을 삼키듯 삼켜버렸습니다. 말할 수 없습니다. 아무런 말도 할 수 없습니다. 그 사람으로부터 그런 말을 들으니, 저는 역시 깨끗해지지 않았는지도 모른다는, 나약하게 긍정하는 마음이 고개를 들더니 점점 그 비굴한 반성이 추악하고 흑암처럼 부풀어올라 저의 오장육부를 휘몰아쳐, 반대로 점차 분노의 불길이 타오르기 시작한 것입니다. 에이, 안되겠다. 나는 안 된다. 그 사람에게 철저히 경멸 당하고 있다. 팔자. 팔자. 그 사람을 죽이자. 그리고 나도 함께 죽는 것이다, 하고 전부터 마음먹었던 결의가 다시금 눈을 뜨고는, 저는 지금 완전히 복수의 악귀가 되었습니다. 그 사람은 내 마음이 두 세 번이나 뒤집히며 변화한 대동란은 모르는 듯, 이윽고 윗도리를 입고 복장을 바로 하여 편안히 자리에 앉으시며 실로 창백한 얼굴로 "내가 너희에게 행한 것을 너희가 아느냐. 너희가 나를 주라 또는 선생이라 하니 너희 말이 옳다. 나는 너희들의 주 또는 선생임에도 너희 발을 씻겼으니 너희도 서로 사이좋게 발을 씻도록 해야 한다. 내가 너희들과 언제까지나 함께 있을 수가 없으므로 이번 기회에 본을 보인 것이다. 내가 너희에게 행한 것같이 너희도 행하여야 한다. 스승은 반드시 제자보다 크니 내가 하는 말을 잘 듣고 잊지 않도록 하라." 매우 우울한 듯한 말투로 소리 없이 식사를 시작하고, 문득 "너희들 중 한 명이 나를 판다."며 고개를 숙여 신음하는 듯하기도 흐느끼는 듯하기도 하듯이 괴로운 목소리로 말했기에 제자들 모두 크게 놀라 자리를 박차고 일어나 그 사람 주변에 모여 각각 주여, 저입니까, 주여, 그건 저를 말씀하십니까, 하고 난리를 치고, 그 사람은 죽는 사람처럼 슬며시 고개를 흔들고는 "내가 지금 그 사람에게 한 조각 빵을 주노라. 그 사람은 매우 불행한 사람이로다. 그 사람은 차라리 나지 아니하였더면 제게 좋을 뻔하였느니라." 하고 의외로 분명한 어투로 말한 다음 한 조각 빵을 들고 팔을 뻗은 후, 망설임 없이 제 입에 갖다댔습니다. 저는 이미 마음을 정한 상태였습니다. 수치스러워하기 보다는 증오했습니다. 이제 와서 하는 그의 행동을 증오했습니다. 이처럼 모든 제자들 앞에서 공연히 모욕을 주는 것이 그 사람이 하는 지금까지의 복수입니다. 불과 물이 영원히 함께 될 수 없는 숙명이 나와 저 놈 사이에 있는 것입니다. 개가 고양이에게 주듯 한 조각의 빵을 내 입에 갖다대고는, 그것은 그 놈이 할 수 있는 최대한의 복수였던가요. 흥. 어리석은 놈 같으니라구. 나으리, 녀석은 지금 제게, 네 하는 일을 속히 하라고 했습니다. 저는 곧바로 식당에서 뛰쳐나와 어둠 속을 그저 달리고는 지금 이곳에 왔습니다. 그리고 서둘러 이처럼 말씀드리고 있는 것입니다. 자, 그 사람을 벌하여주십시오. 어떻게 하든 마음대로 벌하여 주십시오. 잡아 몽둥이로 쳐서 벌거벗겨 죽이시죠. 이제, 이제 더 이상 저는 참을 수가 없습니다. 저건, 나쁜 놈입니다. 못된 사람입니다. 저를 지금까지 그토록 괴롭혔습니다. 하하하하, 젠장할. 그 사람은 지금 기드론 시내 끝 겟세마네 동산에 있습니다. 이제 그 이층에서 있는 만찬도 끝났으며 제자들과 함께 겟세마네 동산에 가서, 지금쯤은 분명 하늘에 기도를 드리고 있을 시간입니다. 제자들 외에는 아무도 없습니다. 지금 가시면 아무런 어려움 없이 그를 잡을 수 있습니다. 아아, 새들이 울어 시끄럽군요. 오늘밤은 왜 이토록 밤에 새들의 울음소리가 귀에 거슬리는지 모르겠습니다. 제가 이리로 달려오는 도중에도 숲 속에서 새들이 지저귀고 있었습니다. 밤에 지저귀는 새는 보기 드뭅니다. 저는 어린아이와도 같은 호기심을 가지고 그 새들의 정체를 한 번 보고 싶다고 생각했습니다. 멈추어 서서 고개를 기울이고는 나무들의 가지 사이를 보았습니다. 아아, 저는 지금 쓸데없는 소리를 하고 있습니다. 죄송합니다. 나으리, 준비는 되셨습니까. 아아, 즐겁습니다. 기분이 좋군요. 오늘밤은 제게 있어서도 마지막 밤입니다. 나으리, 나으리, 오늘밤 이제부터 저와 그 사람이 훌륭히 어깨를 나란히 선 광경을 잘 보아두십시오. 저는 오늘밤 보라는 듯이 어깨를 나란히 하고 서겠습니다. 그 사람을 두려워할 필요는 없습니다. 비하할 필요는 없습니다. 저는 그 사람과 동갑입니다. 같은, 훌륭한 젊은이입니다. 아아, 새 소리가 시끄럽군요. 너무도 귀에 거슬려 시끄럽습니다. 왜 이토록 새들이 소란을 피우는 것일까요. 지지배배, 지지배배. 무슨 소란을 떠는 것일까요. 아니, 그 돈은? 제게 주시는 건가요? 저, 제게 은 삼십. 그렇군요, 하하하하. 아니, 사양하겠습니다. 얻어맞기 전에 그 손을 치우십시오. 돈이 좋아 고소한 것이 아닙니다. 손 치워! 아니, 죄송합니다. 받겠습니다. 그렇습니다, 저는 상인이었습니다. 돈 때문에 저는 우아한 그 사람으로부터 항상 경멸을 당해왔었지요. 받겠습니다. 저는 어차피 상인입니다. 미움을 받고 있는 금전으로써 그 사람에게 훌륭히 복수를 하는 것입니다. 이것이 제게 가장 어울리는 복수의 수단입니다. 꼴 좋다! 은 삼십으로 녀석은 팔립니다. 저는 전혀 울지 않습니다. 저는 그 사람을 사랑하지 않습니다. 처음부터 조금도 사랑하지 않았습니다. 예, 나으리. 저는 거짓말만 말씀드렸습니다. 저는 돈이 갖고 싶어 그 사람을 따라다녔습니다. 오오, 분명 그렇습니다. 그 사람이 전혀 제게 돈을 벌게 해주지 않는다고 오늘 확신했기에 상인답게 재빨리 돌아선 것입니다. 돈. 세상은 돈뿐입니다. 은 삼십. 매우 훌륭합니다. 받겠습니다. 저는 그저 상인일 따름입니다. 갖고 싶어 어쩔 줄을 모릅니다. 예, 감사합니다. 예, 예. 늦었군요. 제 이름은 상인인 유다. 헷헤. 가룟 유다라고 합니다. 




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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)