죽음의 키스 (死の接吻)

고사카이 후보쿠 (小酒井 不木) (1926)

일본어 원문



 その年の暑さは格別であった。ある者は六十年来の暑さだといい、ある者は六百年来の暑さだと言った。でも、誰も六万年来の暑さだとは言わなかった。中央気象台の報告によると、ある日の最高温度は華氏(かし)百二十度であった。摂氏(せっし)でなくて幸福である。「中央気象台の天気予報は決して信用出来ぬが、寒暖計の度数ぐらいは信用してもよいだろう」と、信天翁(あほうどり)の生殖器を研究して居る貧乏な某大学教授が皮肉を言ったという事である。

 東京市民は、耳かくしの女もくるめて、だいぶ閉口したらしかった。熱射病に罹(かか)って死ぬものが日に三十人を越した。一日に四十人ぐらい人口が減じたとて大日本帝国はびくともせぬが、人々は頗(すこぶ)る気味を悪がった。何しろ、雨が少しも降らなかったので、水道が一番先に小咳(こぜき)をしかけた。日本人は一時的の設備しかしない流儀であって、こういう例外な暑い時節を考慮のうちに入れないで水道が設計されたのであるから、それは当然のことであった。そこで水が非常に貴重なものとなった。それは然(しか)し、某大新聞が生水宣伝をしたためばかりではなかった。氷の値が鰻上りに上った。N製氷会社の社長は、喜びのあまり脳溢血を起して即死した。然し製氷会社社長が死んだぐらいで、暑さは減じなかった。

 人間は例外の現象に遭遇すると、何かそれが不吉なことの起る前兆ででもあるかのように考えるのが常である。だから、今年のこの暑さに就(つい)て、論語しか知らない某実業家は、生殖腺ホルモンの注射を受けながら、「日本人の長夜(ちょうや)の夢を覚醒させるために、天が警告を発したのだ」という、少しも意味をなさぬことを新聞記者に物語り、自分は自動車で毎晩妾(めかけ)の家を訪ねて、短夜の夢を貪った。由井正雪が生きて居たならば、品川沖へ海軍飛行機で乗り出し、八木節でもうたって雨乞をするかも知れぬが、今時の人間は、なるべく楽をして金を儲けたいという輩(やから)ばかりで、他人のためになるようなことはつとめて避けようとする殊勝な心を持って居るから、誰も雨乞いなどに手出しをするものがなかった。従って雨は依然として降らず、人間の血液は甚(はなは)だ濃厚粘稠(ねんちゅう)になり、喧嘩や殺人の数が激増した。犯罪を無くするには人間の血液をうすめればよいという一大原則が、某法医学者によって発見された。兎(と)に角(かく)、人々は無闇に苛々するのであった。

 その時、突如として、上海(シャンハイ)に猛烈な毒性を有するコレラが発生したという報知が伝わった。コレラの報知は郭松齢(かくしょうれい)の死の報知とはちがい、内務省の役人を刺戟して、船舶検疫を厳重にすべき命令が各地へ発せられたが、医学が進めば、黴菌だって進化する筈であるから、コレラ菌も、近頃はよほどすばしこくなって検疫官の眼を眩まし、易々として長崎に上陸し、忽(たちま)ち由緒ある市中に拡がった。長崎に上陸しさえすれば、日本全国に拡がるのは、コレラ菌にとって訳のないことである。で、支那人の死ぬのに何の痛痒を感じなかった日本人も、はげしく恐怖し始めた。然し黴菌の方では人間を少しも恐怖しなかった。各府県の防疫官たちは、自分の県内へさえ侵入しなければ、ほかの県へはいくら侵入してもかまわぬという奇抜な心懸けで防疫に従事し、ことに横浜と神戸は、直接上海(シャンハイ)から黴菌が運ばれて来るので、ある防疫官は、夫人が産気づいて居る時に出張命令を受けて、生れる子を見届けないで走り出した。

 が、防疫官たちのあらゆる努力も効を奏しないで、コレラは遂(つい)に大東京に入(い)りこんだのである。いつもならば京橋あたりへ、薪炭(しんたん)を積んで来る船頭の女房が最初に罹るのであるのに、今度の流行の魁(さきがけ)となったのは、浅草六区のK館に居るTという活動弁士であった。ハロルド・ロイドの「防疫官」と題する喜劇を説明して居るとき嘔吐(おうと)を催おしたのであるが、真正のコレラであると決定した頃には、ぎっしりつまって居た観客は東京市中に散らばって、防疫の責任を持つ当局の人々は蒼くなったけれども、もはや後の祭であった。

 疫病は破竹の勢で東京の各所に拡がった。毒性が極めて強かったためであろう、一回や二回の予防注射は何の効も奏せず、人々は極度に恐怖した。五十人以上の職工を有する工場は例外なく患者を出して一時閉鎖するのやむなきに至った。暑さは依然として減退しなかったので、飲んではならぬという氷を[#「氷を」はママ]敢て飲むものが多く、さような連中はみごとにころりころりと死んで行った。皮肉なことには医師がだいぶ罹った。平素それ等の医師から高い薬価を請求されて居る肺病患者は、自分自身の病苦を忘れて痛快がった。やがて死ぬべき運命にあるものは、知った人の死をきくと頗(すこぶ)る痛快がるものである。

 どこの病院も伝染病院を兼ねさせられ忽ち満員になってしまった。焼場が閉口し、墓場が窮屈を感じた。葬式はどの街にも見られた。日本橋の袂(たもと)に立って、橋を渡る棺桶の数を数える数奇者(すきしゃ)はなかったが、仕事に離れて、財布の中の銭を勘定する労働者は無数であった。

 恐怖は大東京の隅々まで襲った。あるものは恐怖のために、生きようとする努力を痲痺せしめて自殺した。あるものは同じく恐怖のために発狂して妻子を殺した。又、精神の比較的健全な者も、種々の幻覚に悩んだ。たといそれが白昼であっても、白く塵(ちり)にまみれた街路樹の蔭に、首を吊って死んで居る人間の姿を幻視した。況(いわ)んや、上野や浅草の梵鐘(ぼんしょう)が力なく響き渡って、梟(ふくろ)の鳴き声と共に夜の帷(とばり)が降りると、人々は天空に横わる銀河にさえ一種の恐怖を感じ、さっと輝いてまた忽ち消える流星に胸を冷すのであった。なまぬるく静かに動く風の肌ざわりは、死に神の呼吸かと思われた。

 けれども、さすがに近代人である。疫病が「猖獗(しょうけつ)」という文字で形容された時代ならば、当然「家々の戸はかたくさしこめられ、街頭には人影もなく」と書かるべきであるのに、その実、それとは正反対に、人々は身辺にせまる危険を冒して外出し、街は頗る雑沓した。夜になると外気の温度が幾分か下降し、蒸されるような家の中に居たたまらぬという理由もその一つであったが、主なる理由は近代人の絶望的な、宿命論的な心の発現であった。恐怖をにくみながら、恐怖に近づかずに居(お)られないという心は近代人の特徴である。彼等は釣り出されるようにして外出した。然し、外出はするものの彼等の心は彼等を包む夜よりも遥かに暗かった。平素彼等の武器として使用されて居る自然科学も、彼等の心を少しも晴れやかにしなかった。従って彼等は明日にも知れぬ命を思って、せめて、アルコホルによって一時の苦悶を消そうとした。だから、バアやレストオランが常になく繁昌した。彼等は歌った。然し彼等の唄は道行く人の心を寒からしめた。その昔ロンドンでペストが大流行をしたとき、棺桶屋に集った葬式の人夫や薬剤師たちが商売繁昌を祝ってうたう唄にも似て物凄い響を伝えた。

 人々を襲った共通な不安は、却って彼等の個々の苦悩を拡大した。疫病の恐怖は借金の重荷を軽減してはくれなかった。また各人の持つ公憤や私憤を除いてはくれなかった。しかのみならず公憤や私憤は疫病恐怖のために一層強められるのであった。従って暑さのために激増した犯罪はコレラ流行以後、急加速度をもって増加するのであった。



 本篇の主人公雉本静也(きじもとしずや)が、失恋のために自殺を決心し、又忽ちそれを翻(ひるが)えして、却って殺人を行うに至ったのも、こういう雰囲気の然らしめたところである。

 静也は、東京市内のM大学の政治科を卒業し、高等下宿の一室に巣喰いながら、国元から仕送りを受けて、一日中を、なすこともなくごろごろして暮して居るという、近代に特有な頽廃人(たいはいじん)であった。アメリカには美爪術(メニキュア)を行(や)って日を送る頽廃人が多いが、彼も、髪をときつけることと、洋服を着ることに一日の大半を費した。彼は何か纏(まと)まった職業に従事すると、三日目から顱頂骨(ろちょうこつ)の辺がずきりずきりと痛み出すので一週間と続かなかった。彼はいつも、頭というものが、彼自身よりも賢いことを知って、感心するのであった。又、彼は何をやってもすぐ倦(あ)いてしまった。時には強烈な酒や煙草を飲み耽(ふけ)ったり、或は活動写真に、或は麻雀(マージャン)に、或はクロス・ワード・パズルに乃至は又、センセーショナルな探偵小説に力を入れても見たが、いずれも長続きがしなかった。彼はこの厭(あ)き性(しょう)を自分ながら不審に思った。そうして、恐らく自分の持って生れた臆病な性質が、その原因になって居るだろうと考えるのであった。

 近代の頽廃人には二種類ある。第一の種類に属するものは、極めて大胆で、死体に湧く青蠅(あおばえ)のように物事にしつっこい。第二の種類に属するものは、極めて臆病で、糊(のり)の足らぬ切手のように執着に乏しい。静也はいう迄もなく、この第二の種類に属する頽廃人であった。かれはバアやカフェーの女と話すときにすら、一種の羞恥を感じた。だから彼は今まで一度も恋というものを経験しなかった。彼にとっては、恋することは一種の冒険であった。心の中では冒険してみたくてならなかったけれども、彼の臆病心が邪魔をした。それに彼の痩せた身体が、冒険には適して居(お)らなかった。

 ところが、運命は彼に恋する機会を与えたのである。即ち、彼は生れて初めての恋を経験するに至ったのである。然し皮肉なことは、彼の恋した女は、彼の友人の妻君であった。それは皮肉であると同時に、彼にとって不幸なことであった。彼にとって不幸であるばかりでなく、その友人にとっても不幸なことであった。実に、彼の友人は、それがため、何の罪もなくて彼のために殺さるべき運命に導かれたといってもよいからである。古来、妻が美しかったために、不慮の死を招いた良人(おっと)は少くなかったが、静也の友人佐々木京助(ささききょうすけ)のように、何にも知らずに死んで行ったのは珍らしい例であるといわねばならない。

 佐々木京助の妻敏子(としこ)は所謂(いわゆる)新らしい女即ち新時代の女性であった。新時代の女性の通性として、彼女は男性的の性格を多分に具え、理性が比較的発達して居た。彼女の容貌は美しく、態度がきびきびして居た。そうした彼女の性格が女性的分子の多い静也を引きつけるのは当然であった。静也は京助を訪ねる毎に、敏子の方へぐんぐん引きつけられて行った。

 京助は彼と同級生で、今年の春敏子と結婚し、郊外の文化住宅に住(すま)って居た。彼は別にこれという特徴のない平凡人であった。平凡人の常として、彼はふとって、鼻の下に鰌髭(どじょうひげ)を貯えて居た。然しその平凡人であるところが新時代の女性には気に入るらしい。実際また、京助のような平凡人でなくては、新時代の女性に奉仕することは困難である。その証拠に、ある天才音楽家は新らしい女を妻として、帝国劇場のオーケストラで指揮をして居る最中に俄然(がぜん)卒倒した。招かれた医師は、患者のポケットに、一回一錠と書かれた薬剤の瓶を発見して、その卒倒の原因を確めることが出来た。又、ある代議士は、議会で八百万円事件というのに関聯(かんれん)して査問に附せられた。彼は衆議院の壇上で、「嘘八百万円とはこのことだ」と、苦しい洒落を言って、その夜インフルエンザに罹った。いずれにしても新らしい女を妻とするには、身命を投出す覚悟がなくてはならない。

 京助が、果してそういう覚悟を持って居たかどうかはわからぬが、彼の体力と金力とは敏子を満足させることが出来たと見え、二人の仲は至ってよかった。然し敏子は、持ちまえの、コケッチッシュな性質をもって、良人(おっと)の友人を待遇したから、静也はいつの間にか、妙な心を起すに至ったのである。といって静也はその妙な心を、どう処置してよいかわからなかった。静也が若し臆病でなかったならば、或はあっさり敏子に打あけることが出来たかも知れない。然し、臆病な人間の常として、結果を予想して、色々と思い迷うものであるから、静也は打ちあけたあげくの怖ろしい結果を思うと、どうしても口の先へ出すことが出来なかった。だから、一人で胸を焦(こが)して居るより外はなかったのである。

 とはいえ、段々恋が膨脹して来ると、遂には破裂しなければならぬことになる。静也は、どういう風に破裂させたものであろうかと頻(しき)りに考えたけれども、もとより名案は浮ばなかった。いっそ、思い切った手紙でも書いたならばと考えたけれど、字はまずいし、文章は下手であるし、その上手紙というものは、時として後世にまでも残るものであるから、それによって、永遠に嘲笑(ちょうしょう)の的になるのは厭であった。阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)が、たった一つ和歌を作っただけであるのに、その一つを、疝気(せんき)持ちの定家(さだいえ)に引奪(ひったく)られ、後世「かるた」というものとなって、顔の黄ろい女学生の口にかかって永久に恥をさらして居る。又、手紙故に、「珍品」という綽名(あだな)を貰って腎臓炎を起した一国の宰相もある。そう考えると、静也は手紙を書くのが恐ろしくてならなかった。

 静也が恋の重荷に苦しんで居るとき、突如として、コレラが帝都を襲ったのである。すると不思議なことに、臆病な静也は急に大胆になった。そうして、敏子の前に恋を告白しようと決心したのである。恋とコレラとの関係については、まだ科学的な研究は行われて居ないようであるが、若し研究したい人があるならば、静也は、誠に適当な研究材料であるといってよい。

 大東京に恐怖の色が漂って居たある日、静也は京助が会社へ行って居る留守に敏子をたずねた。そうして静也は、演説に馴れない人が、拍手に迎えられて登壇するときのように、ボーッとした気持になって、生れて初めて恋の苦しみを味わったこと、言わなければとても堪えられぬので思い切って告白するということなどを、敏子に向って語ったのである。その日はやはり非常に暑くて、暑いための汗と、恥かしさの汗とで、静也は多量の水分を失い、告白の最後には声が嗄(しわが)れてしまって、まるで、死にともない老婆が、阿弥陀如来の前で、念仏を唱えて居るような心細い声になった。

 敏子は臣下(しんか)の哀願をきいて居るクイーンのような態度で、静也の告白をきいて居たが、静也が語り終って手巾(ハンカチ)で頸筋を拭うと、手にもって居た団扇(うちわ)で静也をふわりと一度あおって、甲高い声を出した。

「ホホホホホ、何をいってるの、馬鹿らしい。ホホホホホ」



 落下傘を持たずに、三千尺(じゃく)の高空から突き落された飛行士のような思いをした雉本静也は、その夜、下宿に帰ってから、自殺しようと決心した。犯罪学者は、自殺の原因に暑気を数えるけれども、静也は暑いから自殺するのではなく、失恋したから自殺することにしたのである。尤(もっと)も、彼に自殺を決心せしめた動機には、やはりコレラを数えないわけにはいかない。人がどしどし死ぬときに、何か悲惨な目に出逢うと、気の弱い人間は自殺をしたがるものである。

 さて、静也は自殺を決心したものの、どういう手段によって自殺したらばよいかということに甚だ迷ったのである。そうして自殺した後、何だか自殺したといわれるのが恥かしいような気持にもなった。出来るならば、自殺しても自殺したとは思われぬような方法を用いたいとも思った。そう考えて居るうち、以前、ある薬局の二階に下宿して居たときに手に入れた亜砒酸(あひさん)を思い出した。亜砒酸をのめば皮膚が美しくなるということを何処(どこ)かで聞いて来て、薬局の人に話して貰い受けたものである。その後いつの間にか、亜砒酸をのむことをやめたが、その残りがまだ罎(びん)の中に入れられて、机の抽斗(ひきだし)の奥に貯えられてあったのである。すべて人間は、一旦毒薬を手に入れると、それが危険なものであればある程手離すことを惜しがるものであって、従って色々の悲劇発生のもとになる。静也も別に深い意味があって亜砒酸を貯えて居たわけではないが。それが、今、どうやら役に立ちそうになって来た。

 静也は机の抽斗をあけて、亜砒酸の小さな罎を取り出した。そうして白い粉末をながめたとき彼の全身の筋肉はほんの一時的ではあるが硬直したように思われた。彼はその時、こんなことで果して自分は自殺し得(う)るだろうかと思った。彼はまた亜砒酸をのむと、どんな死に方をするかを知らなかった。あんまり苦しくては困ると思った。又なるべくなら、死後、自殺したように思われぬものであってほしいとも思った。そこで、彼は図書館へ行って、一応亜砒酸の作用を調べて見ようと決心した。

 上野の図書館は、コレラ流行時に拘(かか)わらず、意外に賑って居た。死神が横行するとき、読書慾の起るのは古来の定則である。彼は毒物のことを書いた書物を請求したが、驚いたことに日本語で書かれた医書は悉(ことごと)く貸し出されて居た。「やっぱり、みんな生命が惜しいからであろう」と、考えると、彼は、生命を捨てるために医書を読みに来た自分を顧みて苦笑せざるを得なかった。仕方がないので彼は英語の薬理学の書を借りて、貧弱な語学の力で、亜砒酸の条を辛うじて読んだ。

 すると意外にも、亜砒酸の症状は、コレラの症状に極めてよく似て居ると書かれてあった。彼はこれを読んだとき、すばらしい発見でもしたかのように喜んだ。何となれば、亜砒酸をのんで自殺したならば、こういうコレラ流行の時節には、必ずコレラと間違えられるにちがいなく、従って自殺しても自殺だとは思われないからである。医師というものは誤診するために、神様がこの世に遣されたものであるらしいから、亜砒酸で死ねば必ずコレラで死んだと間違えられる。こう思うと、静也は試みに、亜砒酸をのんで自殺し、医学そのものを愚弄してやりたいような気にもなった。

 ところが段々読んで行くうちに、亜砒酸は激烈なる疝痛(せんつう)を起すものであると知って、少しく心が暗くなって来た。コレラと亜砒酸中毒との区別は主としてこの疝痛の有無によってなされると書かれてあったので、いっそコレラに罹ろうかとも思って見たが、コレラで死んではあまりに平凡な気がしてならなかった。といって激烈な疝痛に悩むのも厭になった。疝痛に悩むのが厭になったばかりでなく、自殺することさえ厭になりかけて来た。

 で、彼は図書館を出て、公園を歩いた。白い土埃が二寸(すん)も三寸(ずん)もたまって居て、暑さは呼吸困難を起させるくらいはげしかった。彼は木蔭のベンチに腰を下して、さて、これからどうしたものであろうかと考えて居るとき、ふと、面白い考えが浮んだ。

「自分が死ぬよりも、誰かに代って死んで貰った方が、はるかに楽である」

 と、彼は考えたのである。いかにもそれは愉快な考えであった。そう考えると彼はもう自殺するのがすっかり厭になった。自殺しようとした自分の心がおかしくなって来た。そうして急に人を殺して見たくなった。ことに愉快なことは、今、亜砒酸を用いて毒殺を行(や)ったならば、医師は前述の理由で、コレラと診断し、毫(ごう)も他殺の疑を抱かないに違いない。自分で死んで医学を愚弄するよりも、自分が生きて居て医学を愚弄した方がどれだけ愉快であるかも知れない……。こう考えると静也は、うれしさにその辺を駈けまわって見たいような気がした。

 彼は下宿に帰ってから、然らば一たい誰を殺そうかと考えた。すると、彼の目の前に下宿の主婦(おかみ)のあぶらぎった顔が浮んだ。彼は自分が痩せて居たために、ふとった人間を見ると癪(しゃく)にさわった。そこで彼は下宿屋の主婦(おかみ)を槍玉にあげようかと思ったが、あんな人間を殺しても、なんだか物足りないような気がした。

 段々考えて居るうちに、彼は突然、友人の佐々木京助を殺してはどうかと思った。彼は、京助のふとって居ることがいつも気に喰わなかったが、ことに、京助の顔は、この世に居ない方がいいというようなタイプであったから、京助を犠牲にすることが一ばん当を得て居るように思われた。尤(もっと)も、敏子に対する腹癒(はらい)せの感情も手伝った。綺麗さっぱりとはねつけられた返礼としては正に屈竟(くっきょう)の手段であらねばならぬ。

 こう決心すると、彼は非常に自分の命が惜しくなって来た。殺人者は普通の人間よりも一層生に執着するものだという誰かの言葉がはじめて理解し得られたように思った。殺人を計画するだけでさえ生に対する執着がむらむらと起るのであるから、殺人を行(や)ったあげくにはどんなに猛烈に命が惜しくなるだろうかと彼は考えるのであった。良心の苛責(かしゃく)などというものも、要するところは、生の執着に過ぎぬかも知れない。こうも、彼は考えるのであった。

 然し、殺人を行うのは、自殺を行うとちがって、それほど容易ではない。どうして京助を毒殺すべきであろうか。これには流石(さすが)に頭をなやまさざるを得なかった。然し、彼は京助の性格を考えるに至って、その問題を容易に解決した。京助は平凡人である。だから、平凡人を殺すにふさわしい平凡な方法を用うればそれでよい。と、彼は考えたのである。

 先ず、会社へ行って京助を連れ出し、二人で西洋料理屋にはいり、ビーフステーキを食べる。京助は肉に焼塩をかけて食う癖があるから、その焼塩の中に亜砒酸をまぜて置けばそれでよい訳である。予(あらかじ)め、料理店で使用するような焼塩の罎を買って、焼塩と亜砒酸とをまぜて入れて置き、それを持参して、いざ食卓に就くというときに、料理店の罎とすり替える。……何と簡単に人間一匹が片附くことだろう。

 普通の時ならば、亜砒酸中毒はすぐに発見される。然し時節が時節であるから、決して発見される虞(おそれ)はあるまい。彼は医師の腕に信頼した。平素人殺しをする医師諸君は、こういう時でなければ人助けをする機会がない。して見れば自分は医師にとっての恩人となることが出来る。何という愉快なことであろう。などと考えて、彼は殺人者が殺人を決行する前に陥る陶醉状態にはいるのであった。



 殺人を決意してから十日の後、亜砒酸をまぜた焼塩の罎をポケットに入れた静也は、京助の会社をたずねて、京助を何の苦もなく連れ出すことが出来た。静也は、若しや敏子が例の一件を京助に話しては居ないかと心配したけれども京助に逢って見ると、そんな様子は少しもなかった。又静也が、一しょに西洋料理を食べようと言い出した時にも、何の疑惑も抱かなかった。平凡人の特徴は物事に不審を起さぬことである。実際また彼は、物事に不審を抱くほど痩せた身体の持主ではなかった。だから殺されるとは知らずに、平気で静也について来たのである。

 静也はもとより行きつけのレストオランへは行かなかった。知った家で人殺しをするということは、あまり気持がよくないだろうと思ったからである。京助はもとよりこれに就(つい)ても不審を抱かなかった。そうして雪白(せっぱく)の布(きれ)のかかって居るテーブルに着いて、ビーフステーキを食べた。京助が手を洗いに行った間に静也がすり替えて置いた焼塩の罎を、京助は極めて自然にとりあげて牛肉の上に、而(しか)も大量にふりかけた。そうしていかにも美味しそうに食べた。二片三片食べたとき、京助は腹の痛そうな顔をして眉をしかめたので、静也ははっと思ったが、然しその後は何ともなく、食事は無事に済んだ。食事が済むと二人は早速勘定を払って立ち上った。その時、静也は京助に気附かれずに、再び、もとの罎とすり替えた。ところが、戸外へ出ると程なく、京助は前こごみになって立ちどまり苦痛の表情をしたので、静也は、京助にすすめて、其処(そこ)に立たせ、街角へ走ってタクシーをよび、京助を家に帰らせたのである。

 京助と別れて下宿に戻った静也は、可なり興奮し、そうして、意外に疲労して居ることを感じた。レストオランで京助の一挙一動を緊張してながめて居たときは、全身の筋肉がぶるぶる顫えた。そうして心臓が不規則に搏(う)ち出したような気がした。今、下宿へかえってからでも、なお胸の動悸は去らなかった。で、彼は畳の上へぐったりとして寝ころんだが、それと同時に一種の不安が彼を襲った。

 果して医師がコレラと診断するであろうか。

 ここまでは自分の手で首尾よく事を運んで来たが、これ以上は他人の手を待たねばならない。万が一にも、医師が誤って、正しい診断を下したならば、それこそ、あまり呑気にしては居(お)られない。と考えると、何だかじっとしては居(お)られぬ気持になり、つと立ち上って畳の上をあちらこちら歩いたが、今更、何の施すべき手段はなかった。

 いくら暑い夜(よ)でも、今までは一晩も眠れぬことはなかったのに、その晩は妙に暑さが気になって、暁方に至るまで眠られなかった。然し、彼が眼をあいた時には、夏の日がかんかん照って居た。彼は朝飯をすますなり、飛び出すようにして郊外の京助の家の附近にやって来た。果して京助の家は、貼紙をして閉されてあった。近所で聞いて見ると京助は昨夜コレラを発して死に、奥さんと女中は隔離されたということであった。然し敏子と女中とが何処(どこ)に居るかを誰も知るものがなかった。

 静也はほっとした。自分の医師に対する信頼が裏切られなかったことを知って、甚だ、くすぐったい気がした。そうして、世の中が案外住みよいものであることを悟って、生に対する執着が一層深められて行った。深められて行くと同時に敏子に対する恋が頭を擡(もた)げ始めた。彼は敏子に急に逢いたくなった。逢ってもう一度、彼女の反省を乞おうと思った。彼は死んだ京助に対しては少しの同情をも感じなかった。そうして京助が死んだ以上、敏子も、この前のような、呆気ない態度には出るまいと思い、一日も早く敏子に逢いたいと思った。

 けれど敏子の行方(ゆくさき)は誰も知らなかった。あんまり深入りしてたずねるのも気がひけたので、彼は敏子が帰るまで毎日訪ねて来て様子を見ることにした。

 五日過ぎ、七日過ぎても敏子の家は閉されたままになって居た。逢えぬと思うと益々逢いたくなった。漸(ようや)く二週間目に、彼は敏子が帰って来て居ることを知ったが、日中、何となく恐ろしいような気がしたので、夜になるのを待ちかねて、久し振りに、馴染の深い玄関のベルのボタンを心臓の動悸を高めながら押すのであった。



「まあ、雉本さん、よく来てくれました。きっと来て下さるだろうと思って待って居たのよ」

 と、敏子は自分で玄関まで出迎えて、嬉しそうな顔をして言った。彼女は幾分頬がこけて居たが、そのため却って美しさを増した。

 静也は、眼を泣きはらした顔を想像して居たのであるから、彼女のこの言葉に頗(すこぶ)る面喰って、何といってよいかに迷った。

「今晩、女中は居(お)りませんの、ゆっくり遊んでいらしてもよいでしょう、御上りなさい」

 こう言って彼女は、あかるく電灯に照された応接室へ、静也を引摺るようにして案内した。静也は籐椅子に腰を下し、手巾(ハンカチ)で汗をふいてから、

「時に……」

 と、いいかけると、彼女はそれを遮って言った。

「御くやみを述べて下さるのでしょう。有難いですわ。でも、人間の運命というものはわからぬものですね、佐々木はあの夜、あなたと一しょにレストオランへ行って、同じものを食べながら、あなただけは、このように無事なのですもの……」

 敏子が静也の顔を見つめたので、静也はあわてて、まぶしそうに眼たたきをした。敏子は更に言葉を続けた。

「佐々木はあの夜(よ)家に帰るなり、はげしい吐瀉(としゃ)を始めて三時間たたぬうちに死にましたわ。まるで夢のようねえ」

「本当にそうです」と静也ははじめて口をきくことが出来た。「あのあくる日、気になったものですから、こちらを御訪ねすると、佐々木君が死んだときいてびっくりしました。御見舞しようと思ってもあなたの行先がわからず、あれから毎日こちらへ来て見たのです。二週間とは随分長い隔離ですねえ」

「そうよ、わたし病院で予防注射を受けて居ましたの。あなたは注射をなすって?」

「いいえ、一回や二回の注射では駄目だということで、面倒ですからやめました」

 敏子はそれをきくと、何思ったか、急にその眼を輝かせた。

「一回や二回ではきかなくても、十回もやれば、黴菌をのみ込んだって大丈夫だそうだわ。わたし、毎日一回宛(ずつ)十回ほど注射して貰ったのよ。あなただって、佐々木のように死にたくはないでしょう?」

「佐々木君が死んだときいてから、急に死にたくなくなりました」

 こう言って静也は意味あり気な眼付をして敏子をながめた。

「それじゃ、その以前は死にたかったの?」

 静也はどうした訳か、急に顔がほてり出したので、伏目になって黙って居た。

「ね、仰(おっ)しゃいよ」

 静也は太息(ためいき)をついた。

「実は、この前御目にかかってから、自殺しようと思いました」

「どうして?」

「失望して」

「何を?」

「何をってわかってるじゃありませんか」

 こう言って彼は、小学生徒が先生の顔を見上げる時のようにおずおず敏子をながめた。二人の視線がぶつかった。敏子はうつむいて、黙って手巾(ハンカチ)で口を掩(おお)った。

「どうしたのですか。佐々木君が死んで悲しいのですか?」

 敏子が顔をあげてじろりと静也をながめた。その眼は一種の熱情に輝いて居た。

「わたし、恥かしくなったわ」こういって又も俯向いて、声を低くして言った。「この前、あなたにあんな心にもないことを言ったので……」

 静也ははっとした。

「そ、それでは敏子さんは……」

「佐々木に済まないけれど……」

 静也は熱病に罹ったような思いをして、ふらふらと立ち上って敏子の椅子に近よった。

「敏子さん、本当ですか?」と言って彼は彼女の肩に手をかけた。ふくよかな触感が、彼の全身の神経をぴりりと揺ぶった。

「あなた、電灯を消して下さい」と敏子は恥かしそうに言った。

 静也は応接室の入口に備え附けてあるスイッチのところへよろよろ歩いて行って、パチンと捻った。

 闇が二人を包んだ。

 それから……接吻の音。



 恋を語るには暗い方がよい。これは誰でも知って居ることである。

 あけ放たれた窓から、なまぬるい空気が動いて来る。二人は暑かった。

 接吻の後……男は辛抱がなかった。

 女は四時間待って下さいといった。

 四時間! 何故?

 その四時間は静也にとって、「永久」に思われた。

 然し、その長い四時間も過ぎた。夏の夜は更けた。

 すると男は暗黒の中で奇妙な声を出した。それは全くその場にふさわしからぬものであった。

「アッ!」

 嘔吐(おうと)の声。

「うーん」

 嘔吐の声。

「ホ、ホ、ホ、ホ、ホ」女の甲高い声が暗の中に響き渡った。「よくも、よくも、あなたは佐々木を毒殺しましたね? 卑怯(ひきょう)もの! わからぬと思ったのは大間ちがい、佐々木は予防注射を何回も受けたのよ……」

「あーっ」と腹の底をしぼるような声。

 嘔吐の声。

「だから、わたしはすぐ覚ったわ。けれど、佐々木は毒殺されたとは知らないで死んだのよ。死ぬ人の心を乱してはいけないと思って、わたしも御医者さんが誤診したのを幸いに黙って居たわ。だから、佐々木は予防注射をしてもきかなかったのだと思って死んで行ったわ……」

 嘔吐の声。

「それに、わたしは、あなたを警察の手に渡したくなかったのよ。警察の手に渡れば、死刑になるやらならぬやらわからぬでしょう。わたしは、一日も早く自分で復讐しようと思ったのよ、だから、昨日まで予防注射をしてもらって生きた黴菌を嘗(な)めても病気にかからぬ迄になったのよ。先刻、あなたが電灯を消しに行った間に、病院から黙って持って来た試験管の、生きた黴菌を口に入れたのよ。それから接吻でしょう。わかって?」

 嘔吐の声。唸(うめ)く声。

「なかなか苦しそうですねえ。苦しみなさい。今年のは毒性が強いから、四時間で発病すると医者が言ったのよ。『四時間』の意味がわかったでしょう? ね、これからあなたは、苦しみ抜いて死ぬのよ。電灯をつけましょうか。どうしてどうして、おお、見るも厭だ。あなたが死んでしまってから警察へ届けるのよ。たとい死体を解剖されたって、他殺だとは決してわからぬわよ、ホ、ホ、ホ、ホ、ホ」

 嘔吐の声。唸く声。

 死を語るにも暗い方がよい。これも……誰でも知って居ることかも知れない。


'고사카이 후보쿠 > 죽음의 키스' 카테고리의 다른 글

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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)

육종 (肉腫)

고사카이 후보쿠 (小酒井 不木) (1926)

일본어 원문


「残念ながら、今となっては手遅れだ。もう、どうにも手のつけようが無い」

 私は、肌脱ぎにさせた男の右の肩に出来た、小児の頭ほどの悪性腫瘍(しゅよう)をながめて言った。

「それはもう覚悟の上です」と、床几(しょうぎ)に腰かけた男は、細い、然(しか)し、底力のある声で答えた。「半年前に先生の仰(おう)せに従って思い切って右手を取り外して貰えば、生命は助かったでしょうが、私のような労働者が右手を失うということは、生命を取られるも同然ですから、何とかして治る工夫はないものかと、大師(だいし)様に願をかけたり、祖師(そし)様の御利益にすがったり、方々の温泉を経(へ)めぐったりしましたが、できものはずんずん大きくなるばかりでした。もういけません。もう助かろうとは思いません……」

 傍に立って居た妻君の眼から、涙がぽたぽたと診察室のリノリウムの上に落ちた。真夏の午後のなまぬるい空気が、鳴きしきる蝉の声と共に明け放った窓から流れこんで来た。私は男の背後に立って、褐色の皮膚に蔽(おお)われた肋骨の動きと共に、ともすれば人間の顔のように見える肉腫の、ところどころ噴火口のように赤くただれた塊(かたまり)の動くのを見て、何といって慰めてよいか、その言葉に窮してしまった。

 患者は私の方を振り向こうともせず、俯向きになって言葉を続けた。

「それについて先生、どうか私の一生の御願いをきいて下さいませんか」

「どんな願いかね? 僕で出来ることなら何でもしてあげよう」と、答えて、私は患者の前の椅子に腰を下した。

 患者の呼吸は急にせわしくなった。

「きいて下さいますか。有難いです」と、御辞儀をして「お願いというのは他ではありません、このできものを取って頂きたいのです」こういって彼は初めて顔をあげた。

 私はこの意外な言葉をきいて、思わず彼の顔を凝視した。

 まだ三十を越したばかりの年齢(とし)であるのに、その頬には六十あまりの老翁(ろうおう)に見るような皺が寄り、その落ち窪んだ眼には、私の返答を待つ不安の色が漂って居た。

「だって……」

「いえ、御不審は尤(もっと)もです。私は治りたいと思って、このできものを取って頂くのではありません。私の右の肩に陣取って、半年の間、夜昼私をひどい責め苦にあわせた、にくい畜生に、何とかして復讐がしてやりたいのです。先生の手で、この畜生を、私の身体から切離して頂くだけでも満足です。けれど、出来るなら、自分の手で、思う存分、切りさいなんでやりたいのです。その願いさえ叶えて下さったら、私は安心して死んで行きます。ね、先生、どうぞ御願いします、私の一生の御願いです」

 患者は手を合せて私を拝んだ。辛うじて動かすことの出来た右の手は、左の手の半分ほどに痩せ細って居た。私は患者の衰弱しきった身体を見て、手術どころか、麻酔にも堪え得ないだろうと思った。で、私は思い切って言った。

「かねて話したとおりに、これは肩胛骨(けんこうこつ)から出た肉腫で、肩の骨は勿論、右の手全体切り離さねばならぬ大手術だからねえ。こんなに衰弱して居て、手術最中に若(も)しものことがあるといけない」

 患者は暫らく眼をつぶって考えて居たが、やがて細君の方を見て言った。

「お豊、お前も覚悟しとるだろう。たとい手術中に死んでも、この畜生が切り離されたところをお前が見てくれりゃ、俺は本望だ。なあ、お前からも先生によく御願いしてくれ」

 細君は啜(すす)り泣きを始めた。彼女は手拭で涙を拭き拭き、ただ私に向って御辞儀するだけであった。私は暫らくの間、どう返答してよいかに迷った。治癒の見込のない患者を手術するのは医師としての良心に背くけれど、人間として考えて見れば、この際、潔く患者の願いをきいてやるのが当然ではあるまいか。たといそのままにして置いたところが、一月とは持つまいと思われる容体である。若し、患者が手術に堪えて、怖しい腫物の切り離された姿を見ることが出来たならば、たしかに患者の心は救われるにちがいない。

「よろしい。望みどおり手術をしてあげよう」

 と、私ははっきりした声で言い放った。


       二


「気がついたかね? よかった、よかった。手術は無事に済んだよ。安心したまえ」

 翌日の午前に行われた手術の後、患者が麻酔から醒めたときいて、直(ただ)ちに病室を見舞った私は、白布の中からあらわれた渋紙色の顔に向って慰めるように言った。寝台(ベッド)を取り囲んで細君も看護婦も不安げに彼の顔をのぞきこんだ。

「有難う御座いました」

 と、患者は、まだかすかにクロロホルムのにおいをさせ乍(なが)ら答えた。

「静にして居たまえ」

 看護婦に必要な注意を与えた後、こういって私が立ち去ろうとすると、

「先生!」

 と患者が呼んだ。この声には力がこもって居て、今、麻酔から覚めたばかりの人の声とは思えなかった。私はその場にたたずんだ。

「御願いですから、できものを見せて下さい」

 私はびっくりした。患者の元気に驚くよりも、患者の執念に驚いたのである。

「あとで、ゆっくり見せてあげるよ。今はじっとして居なくてはいけない」

「どうか、今すぐ見せて下さい」こういって彼はその頭をむくりと上げた。私は両手を伸して制しながら、

「動いてはいかん。急に動くと気絶する」

「ですから、気絶せぬ先に見せて下さい」といって彼は再び頭を枕につけた。

 私は一種の圧迫を感じた。腫物(しゅもつ)の切り離された姿を見たいという慾望を満足させるために、施してならぬ手術を敢(あえ)てした私が、どうして彼の今のこの要求を拒むことが出来よう。私は看護婦に向って、先刻切り取った、彼の右の手を持って来るように命じた。

 やがて、看護婦は、ガーゼで覆われた、長径二尺(しゃく)ばかりの、楕円形の琺瑯(ほうろう)鉄器製の盆を捧げてはいって来た。それを見た患者は、

「おいお豊、起してくれ」

 と言った。

「いけない。いけない」

 私は大声で制したけれども、彼は駄々をこねる小児のように、どうしても起してくれと言ってきかなかった。起きることはたしかに危険である。危険であると知りながらも、私は彼の言葉に従わざるを得なかった。で、私は、右肩(うけん)から左の腋下(わきした)にかけて、胸部一面に繃帯をした軽い身体の背部に手を差し入れ、脳貧血を起させぬよう、極めて注意深く、寝台(ベッド)の上に起してやった。患者は気が張りつめて居たせいか案外平気であったが、でもその額の上には汗がにじみ出た。

 私は看護婦に彼の身を支えて居るよう命じ、それから、患者の両脚を蔽った白布の上に、琺瑯鉄器製の盆をそっと載せ、ガーゼの覆いを取り除けた。五本の指、掌(たなごころ)、前膊(ぜんはく)、上膊(じょうはく)、肩胛骨、その肩胛骨から発した肉腫が頭となって、全体が恰(あだか)も一種の生物の死体ででもあるかのように、血に塗(まみ)れて横たわって居た。患者の顔には、無力にされた仇敵(きゅうてき)を見るときのような満足な表情が浮び、二三度その咽喉仏(のどぼとけ)が上下した。彼の眼は、二の腕以下の存在には気づかぬものの如く、ひたすらに肉腫の表面にのみ注がれた。

 凡(およ)そ三分ばかり彼は黙って見つめて居たが、急にその呼吸がはげしくなり出した。ヨードホルムのにおいが室内に漂った。

「先生!」と彼は声を顫(ふる)わせて叫んだ。「手術に御使いになった小刀を貸して下さい」

「え?」と私はびっくりした。

「どうするの?」と細君も、心配そうに彼の顔をのぞき込んでたずねた。

「どうしてもいいんだ。先生、早く!」

 私は機械的に彼の命令に従った。二分の後私は、手術室から取って来た銀色のメスを盆の上に置いた。

 すると彼は、つと、その左手をのばして、肉腫を鷲づかみにした。彼の眼は鷲のように輝いた。

「うむ、冷たい。死んでるな!」

 こういい放って彼は細君の方を向いた。

「お豊? この繃帯を取って、俺の右の手を出してくれ!」

 この思いもよらぬ言葉に私はぎょっとした。はげしい戦慄が全身の神経を揺ぶった。

「まあ、お前さん……」と、細君。

 それから怖ろしい沈黙の十秒間! その十秒間に患者は、自分の右手が切り離されて眼の前にあることをはっきり意識したらしかった。

「ウフ、ウフ……」

 うめきとも笑いとも咳嗽(せき)ともわからぬ声を発したかと思うと、彼は突然その唇を紫色に変え、がくりとして看護婦の腕にもたれかかった。その時、彼の左手は身体と共に後方に引かれたが、左手の指が肉腫の組織に深くくい込んで居たため、切り離された右手は、盆をはなれて白布の上に引っ張り出された。

 そうして、五秒の後、断末魔の痙攣が起った時には、その右手も共に白布の上で躍って、あたり一面に血の斑点を振りまいた。

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안락사 (安死術:안사술)

고사카이 후보쿠 (小酒井 不木) (1926)

일본어 원문


 御話の本筋にはいる前に、安死術とは何を意味するかということを一寸申し上げて置こうと思います。といっても、別にむずかしい意味がある訳ではなく、読んで字の如く「安らかに死なせる法」というに過ぎないのでありまして、英語の Euthanasia(ユータネシア) の、いわば訳語であります。「安らかに死なせる法」とは、申すまでもなく、とても助からぬ病気ならば、死に際に病人を無暗(むやみ)に苦しませないで、注射なり、服薬なり、或はその他の方法を講じて、出来るだけ苦痛を少なくし、安楽に死なせることをいうのであります。何でもユータネシアはローマ時代には盛んに行われたものだそうで、トーマス・モーアの「ユートピア」の中にも安死術によって人を死なせることが書かれてあるそうであります。日本に於て安死術について考えた人が古来あったかどうかを私は知りませんが、必要に迫られて安死術を行った医師は決して少なくはなかっただろうと思います。

 さて、私はT医科大学を卒業して二年間、内科教室でB先生の指導を受け、それから郷里なる美濃の山奥のH村で開業することに致しました。元来、都会の空気をあまり好まない私は、是非東京で開業せよという友人たちの勧告を斥けて、気楽な山村生活を始めたのですが、辺鄙(へんぴ)な地方に学士は珍しいというので、かなりに繁昌し、十里も隔った土地から、わざわざ診察を受けに来るものさえあり、私も毎日二里や三里ずつは、馬に乗って往診するのでありました。

 内科の教室に居ました時分から、私は沢山の患者の臨終に出逢って、安死術ということをしみじみ考えたのであります。決して助からぬ運命を持った患者の死に際に、カンフルを始めその他の強心剤を与えて、弱りつつある心臓を無理に興奮せしめ、患者の苦痛を徒(いたず)らに長びかすということは果して当を得た処置ということが出来るであろうか。癌腫(がんしゅ)の患者などの臨終には、むしろモルヒネの大量でも与えて、苦痛を完全に除き、眠るが如く死なせた方が、どれ程、患者に取って功徳になるか知れないではあるまいか。と、考えるのが常でありました。実際、急性腹膜炎などの患者の苦しみ方は、到底見るに堪えぬほど悲惨なものであります。寝台の上を七転八倒して、悲鳴をあげつつもがく有様を見ては、心を鬼にしなければ、強心剤を与えることは出来ません。又、脳膜炎に罹(かか)って意識を失い、疼痛だけを激烈に感ずるらしい患者などは、万が一にすらも恢復する見込は無いのですから、一刻も早く安らかに死なせてやるのが、人道上正しいのでありますまいか。

 そもそも人間が死を怖れる有力な原因は、死ぬときの苦しみ、かの所謂(いわゆる)「断末魔の苦しみ」を怖れるからだろうと私は思います。死際(しにぎわ)の、口にも出せぬ恐しい苦痛が無かったならば、人間はそれ程に死を怖れないだろうと思います。大抵の老人は、口癖に、死ぬ時は卒中か何かで、苦しまずにポッキリ死んで行きたいと申します。死が追々近づいてくるにつれ、死のことを考えるのは当然のことですが、死のことを考えるとき、最も始めに心に浮ぶのは安く死にたいという慾望に外なりません。オーガスタス大帝も、「ユータネシア、ユータネシア」と叫んだそうですが、もしお互に自分が不治の病にかかって、臨終にはげしい苦痛が来たとしたら、恐らくその苦痛を逃れるために死を選ぶにちがいないだろうと思います。まったく、私の経験に徴して見ましても、そういう例には度々遭遇したのであります。多くの場合、家族の人たちが、患者の苦しむのを見るに見かねて、どうせ助からぬ命でしたら、あのように苦しませないで、早くらくに死なせてやって下さいませんかと頼むのですが、時には、患者自身が、早く死なせて下さいと、手を合せて頼むような場合がありました。

 しかし、現今の医師たるものは、法律によって、如何なる場合にも、患者を死なせる手段を講じてはならぬことになっております。即ち、もし安死術を故意に施したならば、相当の刑罰を受けなければなりません。ですから、医師は誰しも、たとい、無闇に苦痛を増すに過ぎないということがわかっていても、とにかく、カンフル注射を試みて、十分間なり二十分間なり余計に生きさせようと努めるのであります。従って、「臨終といえばカンフル注射」というようにいわば無意識的に試みて、患者の苦痛などを問題にしないのが、現今の医師の通弊なのであります。しかし、これは医師が悪いのではなく、むしろ法律が悪いといった方が至当であるかも知れません。こういうと、中には、カンフル注射を試みて奇蹟的に恢復する例もあるから、絶望だと思ってもカンフル注射を試みるのが医師たるものの義務ではないかと反対せらるる方があるかも知れません。しかしながら、それは病気によります。急性肺炎などの場合にはカンフルが奇蹟的に奏効することがありますが、悪性腫瘍にはその種の奇蹟は起りません。しかも悪性腫瘍に限って、苦痛は甚烈なのであります。で、真実にその苦痛を察したならば、到底、不関焉(かんせずえん)の態度を取り得ない筈であります。欧米各国では、医学上の研究に用いられる実験動物が無暗(むやみ)に苦痛を受けるのは見るに忍びないというので、所謂(いわゆる)生体解剖反対運動が盛んに行われているぐらいでありまして、ことに英国では、事情の許す限り、動物に施す手術は、麻酔状態で行わねばならぬことになっているそうですが、動物の苦痛ですらこのように問題になるくらいですから、いわんや人間の苦痛に就て、ことに医師たるものが、甚深の注意を払わねばならぬのは、当然のことであります。元来、医術は病苦即ち病気の時の苦痛を除くのが、その目的の一つでありますから、安死術はすべからく、医師によって研究せられ、実施さるべきものである。と私は考えたのであります。

 けれども、内科教室に厄介になっている間、私は一度も安死術を施そうとはしませんでした。法律にそむく行為を敢てして、もし見つかった場合に、私一人ならばとにかく、B先生はじめ、教室全体に迷惑をかけては相済まんと思ったからであります。それ故、不本意ながらも、他の人々の行うとおりに、心を鬼にしながら、多くの患者に無意味な苦痛を与えたのであります。そうして、かようなことが度重なるにつれ、一日も早く都会を去って、自分の良心の命ずるままに、自由に活動の出来る身になりたいものだと思うようになりました。ことに郷里には、母が一人、私の帰るのを寂しく待っていてくれましたので、二年と定(き)めた月日が随分待遠しく感ぜられました。

 いよいよ、郷里の山奥に帰って開業するなり、私は多くの患者に向って、ひそかに安死術を試みました。殆どすべての場合に私はモルヒネの大量を用いましたが、先刻まで非常に苦しみ喘いでいた患者は、注射によって、程なく、すやすやと眠り、そのまま所謂大往生を遂げるのでありました。勿論、私は家族の人々に向って、患者の恢復の絶望である旨を告げ、でも、出来得る限り、苦痛を少なくして、一刻でも余計に生かす方法を講ずるのであるといって、モルヒネを注射したのでありますが、患者がいかにも、安楽な表情をして眠ったまま死んで行く姿を見ると、家族の人々は口を揃えて、患者の臨終が楽であったのは、せめてもの慰めになると言うのでありました。妙なもので、そうしたことが度重なると、「あの先生にかかると、誠に楽な往生が出来る」という評判が立ち、却って玄関が賑かになると云う有様になって参りました。西洋の諺(ことわざ)に「藪医は殺し、名医は死なせる」とありますが、なるほど安らかに死なせさえすれば名医にはなれるものだと、つくづく感じたことであります。これは実に皮肉な現象でありまして、病人を生かしてこそ名医であるべきだのに、死なせて名医となっては、甚だ擽(くすぐ)ったい感じが致しますが、この辺が世間の心理の測り知るべからざる所だろうと悟りました。

 さて、そういう評判が立って見ると、決して患者を苦しませてはならぬと思うものですから、一層しばしば安死術を行うことになりました。しかし、私自身の家族のものにも、安死術を行うことは絶対に秘密にしておりましたので、何の支障もなく、凡(およ)そ九年ばかり無事に暮して来ましたが、とうとうある日、ある事件のために、安死術を行うべきであるという私の主義が破られたばかりか、医業すらも廃(や)めてしまうようなことになりました。何? 私の安死術が発見された為にですって? いいえ、そうではありません。まあ、しまいまで、ゆっくり聞いて下さい。

 その事件を述べる前に、一応、私の家族について申し上げなければなりません。郷里で開業すると同時に私は同じ村の遠縁に当る家から妻を迎え、翌年義夫(よしお)という男児を挙げましたが、不幸にして妻は、義夫を生んでから一年ほど後に、腸窒扶斯(チブス)に罹(かか)って死にました。え? その時にも安死術を行ったのですって? いいえ、腸窒扶斯の重いのでして、意識が溷濁(こんだく)しておりましたから妻は何の苦痛もなく死んで行きました。妻の死後、母が代って義夫を育ててくれましたので、私は後妻を迎えないで暮しましたが、義夫が七歳になった春、老母は卒中で斃れ、その後間もなく、私は不自由を感じて、人に勧められるままに郷里に近いO市から後妻を迎えたのであります。自分の子を褒めるのも変ですが、義夫は非常に怜悧な性質でしたから、継母の手にかけて、彼の心に暗い陰影を生ぜしめてはならぬと、心配致しましたが、幸に後妻は義夫を心から可愛がり、義夫も真実の母の如く慕いましたので、凡そ一年間というものは、私たちは非常に楽しい平和な月日を送ったのであります。私たち三人の外には、看護婦と女中と、馬の守(もり)をする下男とが住んでおりましたが、いずれも気立のよい人間ばかりで、一家には、いわばあかるい太陽(ひ)が照り輝いておりました。

 ところが、そのあかるい家庭に、急にいたましい風雨が襲って来たのであります。それは何であるかと申しますと、妻即ち後妻の性質ががらりと変ったことであります。彼女は先ず非常に嫉妬深くなりました。私が看護婦や女中と、少しでも長話しをしていると、私を始め彼女たちに向って、露骨に当り散らすのでありました。次に、義夫に対して、非常につらく当るようになりました。少しの過失に対しても、はげしい雷を落しました。私は、多分、妊娠のために生じた一時的の心情の変化だろうと思い、そのうちには平静に帰る時期もあるにちがいないと、出来得る限り我慢しておりましたが、妻のヒステリックな行動は日毎に募り、遂には義夫に向って、「お前見たような横着(おうちゃく)な児は死んでしまうがよい」とさえ言うようになりました。しかし、義夫は非常に従順でありまして、はたで見ていてもいじらしい程、母親の機嫌を取りました。女中や下男が義夫に同情して、義夫をかばうようにしますと、それがまた却って妻の怒りを買い、後には、大した理由もなく義夫を打擲(ちょうちゃく)するようになりました。私も困ったことが出来たと思い色々考えて見ましたが、恐らく分娩までの辛抱だろうと思って、義夫に向って、それとなく言い含め、お母さんが、どんな無理を言っても、必ず「堪忍して下さい」とあやまるように命じましたので、義夫は、私の言い附けをよく守って、子供心にも、かなりの気苦労をするのでありました。幸いにその頃、義夫は小学校へ通うようになりましたので、妻と離れている時間が出来、義夫にとってはむしろ好都合でありました。

 学校は私の家から五町ほど隔ったところにありますが、途中に十丈ほどの険阻な断崖(がけ)がありますから、入学して一ヶ月ほどは女中のお清(せい)に送り迎えさせましたが、後には義夫一人で往復するようになりました。私が夕方、往診から帰ると、馬蹄の音をきいて、義夫は嬉しそうに門(かど)まで出迎えてくれます。その無邪気な顔を見るにつけても、妻の無情を思い比べて悲しい気持にならずにはおられませんでした。

 ある日のことです。それは梅雨(つゆ)時の、陰鬱な曇り日でありました。「どんよりと曇れる空を見て居しに人を殺したくなりにけるかな」と啄木の歌ったような、いやに重くるしい気分を誘う日でして、山々に垂れかかった厚い黒雲が、悪魔の吐き出した毒気かと思はれ、一種の不気味さが空気一ぱいに漂っておりました。その日も私は、かなり遠くまで往診して午後五時頃非常に疲れて帰って来ると、いつも門まで迎えに出る義夫の姿が見えませんので、どうしたのかと不審に思いながらも、下男が昨日から、母親の病気見舞のために実家へ行って留守だったので、自分で馬を廐(うまや)につなぎ、それから家の中にはいると妻は走り出て来て、ぷんぷん怒って言いました。

「あなた、義夫は横着じゃありませんか、遊びに行ったきり、まだ帰りませんよ」

「どうしたのだろう、学校に用事でも出来たのでないかしら」

 学校に用事のある訳はないと知りながらも、なるべく、妻を怒らすまいと、土間に立ったまま私はやさしく申しました。

「そんなことがあるものですか。わたしの顔を見ともないから、わざと遅く帰るつもりなんですよ」

 めったに遊びに行くことのない子でしたから、私の内心は言うに言われぬ不安を覚えましたが、妻の機嫌を損じては悪いと思いましたから、「お清にでも、その辺へ見にやってくれないか」と申しました。

「お清は加藤と使いに出て居(お)りませんよ」と、にべもない返事です。加藤というのは看護婦の名です。

 その時、門の方に、大勢の人声がしましたので、私は怖しい予感のために、はっと立ちすくみながら、思わず妻と顔を見合せました。妻の眼は火のように輝きました。

「先生、坊ちゃんが……」

 戸外に走り出るなり、私の顔を見て、村の男が叫びました。泥にまみれた学校服の義夫が、戸板に載せられて、四五人の村人に運ばれて来たのです。

「……可哀相に、崖の下へ落ちていたんですよ。まだ息はあるようだから、早く手当を……」

 それから私がどういう行動を取ったかは、今、はっきり思い出すことが出来ません。とにかく、数分の後、義夫は診察室の一隅にあるベッドの上に仰向きに寝かされ、枕頭(まくらもと)に私と妻とが立って創口(きずぐち)を検査しました。村人の帰った後のこととて、あたりは森(しん)として、カチカチという時計の音が胸を抉(えぐ)るように響き渡りました。義夫は俯向(うつむ)きに崖下の岩にぶつかったと見え、右胸前部の肋骨が三四本折れ、拳を二つ重ねた程の大さの、血に塗れた凹みが出来ておりました。義夫は眼をかたくつぶったまま、極めて浅い呼吸を続けておりました。脈搏は殆ど触れかねるくらいでしたが、でも、聴診すると、心臓は明かに鼓動を繰返しておりました。

 私は、機械のように立ち上り、中央のガラス製のテーブルの上に置かれた、強心剤即ちカンフルの罎と注射器とを取り上げました。「あなた、何をなさる? 義夫を苦しめるつもり?」と妻は声顫わせて私を遮りました。

 恐らく私はその時一寸躊躇したことでしょう。又恐らく私の理性は、平素、安死術を主張しながら我子の苦痛に対しては同情しないのかと、私の耳許で囁いたことでしょう。しかし、いずれにしても、私の十年来の主義はその瞬間に微塵に砕かれました。人間には、理性による行為の外に反射的の行為があります。今、その反射的行為は、理窟を考えている余裕をさえ私に与えませんでした。

 私は妻を押し退けて、義夫の腕に三筒注射しました。妻は頻(しき)りに何とか言っていた様子でしたがその言葉は少しも私の耳にはいりませんでした。見る見るうちに、義夫の唇の色は紫から紅(あか)に移り変って行きました。「しめたッ」と私は心の中で叫びました。第四筒を注射すると、義夫はぱっちり眼をあきました。

「義夫、わかるか?」と、私はのぞき込んでたずねました。

 彼は軽くうなずきました。私の眼からはらはらと涙がこぼれました。すると義夫は口をもがもが動かしかけました。多分何か言おうとするのです。

 突然、妻はその右の手をのばして、あたかも窒息させようと思うかのように、義夫の口と鼻とを蔽いながら強く押しつけました。

「何をするッ 」と、私は力任せに妻の肩をつかんで後ろへ引き退けると、その拍子に妻はどたりと尻餅をつき、ガラス製のテーブルを引っくりかえしました。硝子(ガラス)の割れるはげしい雑音は、義夫をも驚かしたらしく、彼は軽く唸りながら、物を言いかけました。私は、世の中のあらゆることを忘れ、全精神を集注して、彼の口許を見つめました。

「……お母さん……堪忍して下さい。……お母さんに突き落されたとき……僕、すぐ、死ねばよかった……」

 がんと脳天を斧で打たれた程の激動を私は覚えました。あたりが急に暗くなり、気が遠くなりました。しかし、私は義夫の口から出る臨終の血の泡をかすかに見ました。そうして、背後(うしろ)で発せられた妻の発狂した声をかすかに聞きました。

「オホホホホ、だから、強心剤などつかってはいけないというのに……オホホホホ」

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메두사의 머리(メューサの首)

고사카이 후보쿠 (小酒井 不木) (1926)

일본어 원문


 T医科大学の四年級の夏休みに、わたしは卒業試験のため友人の町田(まちだ)と二人で伊豆山(いずさん)のS旅館に出かけました。六月末のことで避暑客もまだそんなに沢山はいませんでしたから、勉強するには至極適当であったけれども、勉強とは名ばかりで、わたしたちは大いに遊んでしまいました。

 あるいは東洋一と称せられる千人風呂(ぶろ)を二人で独占して泳いだり、あるいは三大湯滝に打たれたり、あるいは軽便鉄道の見える部屋で玉突きに興じたり、あるいは石ころばかりの海岸を伝い歩いて砂のないことを嘆いたり、あるいは部屋の中から初島(はつしま)を眺めてぼんやりしていたり、あるいは烏賊(いか)ばかり食わされて下痢を起こしたり、ときには沢山の石の階段を登って伊豆山神社に参拝したり、またときには熱海(あたみ)まで、月のいい夜道を歩いたりして、またたく間に数日を過ごしました。

 かれこれするうち、わたしたちは玉突き場で一人の若い女と親しくなりました。彼女は東京のYという富豪の一人息子が高度の神経衰弱にかかって、このS旅館に静養しているのに付き添っている看護婦でありました。息子は居間に籠(こも)り勝ちでありましたが、彼女はいたって快活で、もう三カ月も滞在していることとて、旅館の中をわがもの顔にはしゃぎまわり、のちにはわたしたちの部屋へも遠慮なく入ってきて長い間とりとめのない世間話をしていきました。

 彼女はトランプが大好きでしたから、わたしたちはたびたびゲームを行い、負けた者には顔なり身体(からだ)なりへ墨を塗ることにしました。で、たいていしまいには三人とも、世にも不思議な顔をしてお湯の中へ飛び込みました。のちにはわたしたちは彼女の身体へ蛇や蛙(かえる)のような気味の悪いものを書いたり、またはおかめの面などを書いて悪ふざけをしました。けれども、客があまり沢山いませんでしたから、わたしたちは互いに身体じゅういっぱいに落書きをされて平気でお湯へやって行きました。ひとたび湯滝に打たれると、念入りな落書きもみごとに洗い去られてしまいました。

 ある日の午後、わたしたち三人が例のごとく身体じゅうを面妖(めんよう)な墨絵に包まれて、笑い興じながらお湯にやって行きますと、一人の五十ばかりの白髪童顔の紳士が千人風呂に入っていました。いつもたいていの客はわたしたちの姿を見てかならずにっこりするのでありますが、その紳士はこうした悪戯(いたずら)を好まないとみえて、看護婦の胸に描かれた蟹(かに)の絵を見るなり、ぎょっとしたような顔をしてわきを向きました。しかし看護婦はそれに気がつかなかったとみえ、相変わらず愉快にはしゃぎながら、湯滝の壷(つぼ)へ下りていきましたが、わたしと町田とはちょっと変な気持ちになり、互いに顔を見合わせて続いて下りていきました。

 それきりわたしたちは、紳士のことを忘れてしまいました。ところが夕食後、わたしたち二人が伊豆山神社の階段を登ろうとすると、件(くだん)の紳士が上から下りてくるところでした。紳士は千人風呂の中にいたとは打って変わった馴(な)れ馴れしい態度で話しかけ、

「あなたがたはもう長らくご滞在ですか?」

 と訊(たず)ねました。

「いえ、まだ十日ばかりにしかなりません、あなたは?」

 とわたしが言うと、

「今日の正午(ひる)に着いたばかりです」

 その時、海から急に冷たい風がどっと吹いてきて、ぽつりぽつりと大粒な雨が落ちはじめ、なんだかいまにも大雨がありそうでしたから、わたしたちは神社に登ることをやめ、紳士とともにあたふたS旅館に引き上げました。

「どうです、わたしの部屋へ来ませんか」

 と紳士が言ったので、わたしたちは遠慮なく海に面した紳士の部屋に押しかけました。その時、雨は飛沫(しぶき)を飛ばすほどの大降りとなり、初島のあたりにはもはや何物も見えなくなって、夜の色がにわかに濃くなっていきました。

 わたしたちは明け放した障子の敷居のところに胡坐(あぐら)をかいて、いろいろな世間話をしましたが、突然紳士は真面目(まじめ)な顔をして、

「今日、一緒に風呂へお入りになった女の人はお近づきなのですか」

 と訊ねました。

 わたしはその看護婦について知っているだけのことを話し、そうして、トランプに負けた者にああした悪戯書きをするのであると説明しました。

 すると紳士は笑うかと思いのほか、夜目にもはっきりわかる真面目顔になり、しばらくの間黙って考え込みました。

 わたしはなんとなく気まずい思いをして町田と顔を見合わせ、雨に叩(たた)かれている海の上に目を放ちました。とその時、紳士は突然、

「こんなことを言うと変に思いになるかもしれませんが、よしそれが冗談であるにしても、若い女の身体へ絵を描(か)くことは決してなさるものではありませんよ」

 と言いました。

 紳士の声がいかにも鹿爪(しかつめ)らしかったので、わたしたちは思わずその顔に見入りました。

「それはまたなぜですか」

 と、町田が訊ねました。

 紳士はまたもやしばらく黙っていましたが、ちょっと軽い溜息(ためいき)をついて、

「うっかりすると、意外な悲劇が起こらぬとも限らないからです」

 と言いました。

 わたしは少々薄気味の悪い思いをしました。その時、湿っぽい風が吹いてきて、夏ながらぞっとするような感じを喚(よ)び起こしました。いったいこの紳士は何者であろう。なぜこんな気味の悪いことを言うのであろう。女の身体に絵を描くことがなぜ意外な悲劇を起こすのであろう。と、これらの疑問が浮かぶと同時に、わたしの心の中には一種の好奇心がむらむらと起こってきました。この紳士はきっと何か違った経験をしたことがあるに違いない。女の身体に絵を描いたことが何か意外な悲劇を起こしたに違いない。こう思うと、わたしはその事情が訊(き)いてみたくてなりませんでした。町田もちょうどわたしと同じような心持ちになったとみえて、

「意外な悲劇というのは、どんなことですか?」

 と訊ねました。

 すると紳士は、

「いや、こんな妙なことを言い出して、定めしあなたがたに変な思いをさせたことでしょう。実はわたし自身の経験から申し上げたのでして、言い出した以上、一通りわたしの経験を申し上げることにしましょう」

 と言って、次のような話を語りはじめました。その時、あたりはもうすっかり闇(やみ)に包まれていましたが、紳士は灯(あかり)を点(つ)けようともしませんでした。

 わたしはいまでこそなにもやらないで、こうしてぶらぶらしておりますが、実はあなたがたの先輩なのですよ。明治××年にT医科大学を卒業して産婦人科の教室に半年あまり厄介になり、両親の希望によって、すこぶる未熟な腕を持ちながら日本橋のK町に病院を建てて診察に従事しました。わたしも学生時代には、あなたがたのようによく温泉宿へ出かけては勉強したもので、やはり卒業試験前の夏休みは、ある温泉で暮らしたのでした。わたしもずいぶん茶目っけの多いすこぶる楽天的な人間でしたが、開業すると間もなく両親に死なれたのと、ある入院患者について奇怪な経験をしてから医業なるものに厭(いや)けが差し、さいわい自分一人の生活には困らぬだけの資産がありましたので、開業後半年にして病院を閉鎖し、家内も迎えず、ずっと独身でぶらぶら暮らしてきたのです。元来、人間として遊んでいるほど大きな罪悪はありませんが、とても二度と医者をやる勇気が出ないものですから、こうして勝手次第に諸々方々を飛びまわって、山川に親しむよりほかはありません。

 さて、お語はわたしの開業当時に戻ります。ある日、わたしの病院へ二十七、八の、大きな腹を抱えた患者が診察を受けに来ました。わたしは彼女を見るなり、どこかで以前に見たことのある女だと思いました。そうして、彼女のひどくやつれた、凄(すご)いほど美しい顔を眺めて、なんとなくぞっとするような感じを起こしました。彼女は自分のお腹(なか)が大きくなったので診察を受けに来たのですが、診察してみるとそれは妊娠ではなく、明らかに肝臓硬変症、すなわち俗に言う“ちょうまん”で、お腹の大きいのは腹水のためであり、黄疸(おうだん)は目につきませんでしたが、腹壁には“メデューサの首”の症候がはっきり現れておりました。あなたがたはもうお学びになったことですから、説明するまでもありませんが、メデューサとはいうまでもなくギリシャ神話の中のゴーゴンの伝説に出てくる怪物で、その髪の毛が蛇からできているそうです。肝臓硬変症の場合には、肝臓の血管の圧迫される関係上代償的に腹壁の静脈が怒張して、皮膚を透かして蛇がうねっているように見え、その静脈が臍(へそ)のところを中心として四方にうねり出る有様は、メデューサの頭をてっぺんから見るように思われ、メデューサの首と名づけられているのであります。え? なに? 講義のときにそんな説明は聞かなかったのですって? では、わたしの考えが間違っておりますかな  まあ、どうでもよろしい。とにかく、肝臓硬変にもとづく腹水に悩む患者の腹壁をよくご覧なさい。ギリシャの神話を読んだことのある者なら、たしかに患者の腹の中に、メデューサの首が宿っているのではないかと思いますから。

 さて、肝臓硬変症はなかなか治りにくいものです。腹水を取り去ることによって患者は一時軽快しますが、すぐまた水が溜(た)まってきて、結局はだんだん重って死んでしまいます。しかし、血管が圧迫されるために水が溜まるのですから、血液の流通をよくするために、手術によって腹内の血管と腹壁の血管とを結びつければ、患者の生命を長引かすことができるということでした。え? それをタルマ氏の手術といいますって? さあ、わたしのときにはそんな名があったかどうかよく記憶しませんが、もしそのタルマという人が発見した以前にわたしたちがそういう手術のあることを教わったとすると、それを数えた△△教授は実に偉い学者だと言わねばなりません。いずれにしても、たといその手術を行ったとしても、もとより完全に肝臓硬変の患者を救うことは困難ですから、わたしはその女を診察して思わずも顔を曇らせずにはおられませんでした。

 すると彼女は、わたしの心配そうな顔を見て、

「先生、妊娠でしょう?」

 と訊ねました。わたしはこれを聞いて、思わずも、

「いえ、違います」

 とはっきり答えました。

 彼女はしばらくの間、じっとわたしの顔を眺めておりましたが、

「先生、本当のことをおっしゃってください」

 と、窪(くぼ)んだ目を据えて申しました。

「本当です。妊娠ではありません」

 わたしはこう答えながらも、もし彼女が妊娠であってくれたなら、どんなにか心が楽だろうと思わずにはおられませんでした。そうして、わたしはその時彼女に肝臓硬変症だと告げる勇気がどうしても出ませんでした。わたしが内心大いに煩悶(はんもん)しているところを見て、やがて彼女は言いました。

「先生、どうかよくわたしのお腹を眺めてください。先生には、わたしのお腹の中に宿っている恐ろしい怪物の頭が見えないのでございますか」

「え?」

 と、わたしは全身に冷水を浴びせかけられたような気がして問い返しました。彼女は“メデューサの首”に気がついているのだ。こう思うと、わたしはなんだか痛いところへ触れられたような思いになりました。

「先生」

 と、彼女は診察用ベッドに相も変わらず仰向(あおむ)きになったまま、わたしの顔を孔(あな)の空くほど見つめて申しました。

「わたしのお腹の中にはたしかに恐ろしい怪物が宿っております。先生は、ギリシャ神話の中に出てくるメデューサの首の話をご承知でしょう。わたしのお腹の中にはメデューサの首が宿っているのですね。先生、よくご覧なすってください。メデューサの髪の毛の蛇が、わたしの皮膚の下でうねうね動いているのが見えましょう。どうです、動いているではありませんか」

 わたしはこれを聞いて、とんでもない患者が訪ねてきたことを悲しみました。彼女はたしかに発狂しているのだ。病気の苦しさのために精神に異常を来したのだ。と、考えながらも、彼女の言葉に少しも発狂者らしいところがないのを不審に思いました。恐らくヒステリーの強いのであろう。そうして、お腹の皮下の血管の有様と、お腹の大きくなったのを見て、メデューサの首を妊娠したものと思い込んだのであろうと考えました。しかし、彼女がメデューサの首だと認めているのは、彼女が肝臓硬変症であることを説明するに都合よく、なおまた彼女の妄想を打ち消すにも役立つから、いっそこの場で彼女の病気の真相を告げたほうが、メデューサの首を妊娠したなどという妄想に悩むよりも幸福であろうと思って、わたしは肝臓硬変症によって起こる症状を詳しく説明して聞かせました。

 ところが、わたしのこの説明はわたしの予期したのとまったく正反対の結果をもたらしました。すなわち彼女は、わたしの言葉を聞くなり、

「そーれご覧なさい。先生にも、わたしのお腹に宿っているのがメデューサの首であることがわかっているではありませんか。わたしがメデューサの首を孕(はら)んでいるということをわたしに言いたくないので、勝手にそんな病気の名前を拵(こしら)えて、わたしをごまかそうとなさるのでしょう。どうか先生、本当のことをおっしゃってください」

 彼女はまったく真面目でした。わたしはむしろ呆(あき)れるよりも気の毒になってきました。いったい、どうして彼女はそうした頑固な妄想を得たのであろうか。素人として自分の腹壁の血管を見ただけで、はたしてメデューサの首だと連想し得るものであろうか。いやいや、これには必ず何か深い理由(わけ)があるに違いない。彼女のこの妄想を除くには、まずその原因を知らねばならない。こう考えてわたしは、

「いったい、あなたはなぜメデューサの首を妊娠したのだと信ずるのですか。人間がそんな怪物を孕むということは絶対にあり得ないではありませぬか」

 と訊ねました。

 これを聞くと彼女は悲しそうな表情をしました。

「ああ、先生はちっとも、わたしに同情してくださらない。昔、中国の何とかいう女は鉄の柱によりかかって鉄の玉を妊娠して産み落としたというではありませぬか。わたしにも、メデューサの首を妊娠するだけの立派な理由があるのです」

「それはどういう理由ですか」

「では先生、一通りわたしの身の上話をしますから聞いてください。わたしはもと奇術師の△△一座に雇われていた女優でした。わたしの孤児であるということが、そうした運命にわたしを導いたのですが、ほかの人たちと違って身持ちがよかったために少しばかりのお金を貯(た)めることができました。ああいう社会へ入ると、とかく堕落しやすいのですが、わたしには生まれつきの妙な癖があって今日まで処女を保つことができたのです。その妙な癖というのは、さあ、なんといってよいのでしょう。先生はむろん、ギリシャ神話の中のナーシッサスの伝説をご承知でしょう。ナーシッサスが双子の妹を失って、悲しみのあまりある日泉を覗(のぞ)くと自分の姿が映り、それを妹だと思って懐かしんだというあの悲しい話を。わたしはちょうどナーシッサスが自分の身体に愛着の念を起こしたように、われとわが身体に愛着の念を起こすのでした。わたしの朋輩(ほうばい)たちが、恋だの男だのと騒いでいるのに、わたし一人は自分自身を恋人として男を近づけるのをかえって恐ろしく思いました。男を近づけて、その男のためにわたし自身の恋人、すなわち自分の身体を奪われることが惜しかったからです。わたしはいつも一人きりになると、鏡の前に坐(すわ)ってじっと、その奥にあるわたしの身体を見つめました。肩のあたりから、胸へかけての柔らかい曲線がいうにいえぬほど懐かしみを覚えさせて、思わずも鏡に接吻(せっぷん)するのが常でした。といって、わたしは肉体的・生理的に不具なところはありませんが、異性に対しては何の感じも起きませんでした。わたしの美貌(びぼう)――自分で言うのは変ですけれど――を慕って、わたしに近づいてくる男はかなりに沢山ありましたけれど、わたしはただ冷笑をもって迎えるばかりでした。手を握らせることさえわたしは許しませんでした。たまたま他人の身体がわたしの身体に偶然触れるようなことがあっても、わたしは自分の身体に対して、激しい嫉妬(しっと)を感じました。わたしは自分の容色を誇りました。しかし、それはただ自分の心を満足させるためでありまして、わたしは自分自身のためにわたしの容色が永遠に衰えないことを祈ったのであります。

 ところが、いまから一年ばかり前に、わたしは神経衰弱にかかって一座を引退し、×××温泉にまいりました。それはちょうど夏のことでしたが、山中のこととていたって涼しく、わたしの宿は避暑客で賑わっておりました。一月ばかり滞在するうちに、すっかり神経衰弱はよくなり、わたしの身体には肉がついてきましていっそう美しくなり、したがって毎日鏡の前で過ごす時間がかなりに長くなりました。いま申し上げたような理由で、他人に顔を合わすのがなんとなく厭であったので、特別室の湯に入るほかは部屋の中へ引っ込み勝ちにしておりましたが、そうすると他人の好奇心を刺戟(しげき)するとみえて、わたしを見たがる人が滞在客の中にもかなりに沢山ありました。

 部屋の中に引っ込み勝ちにしていた関係上、わたしは盛んに読書をしました。なかにもわたしはギリシャ神話を好みました。ところがある暑い日の午後、湯に入って紅茶を飲み、例のごとく神話の書物を開いてちょうどゴーゴンの伝説を読んでいますと、常になくしきりに眠けを催し、書物を開いたまま眠りました。すると、わたしは恐ろしい夢を見たのであります。夢の中でわたしがパーシュース(ペルセウス=ギリシャ神話の英雄)となってメデューサの首を切り落とすと、その恐ろしい首がわたしのお腹へ飛び込みました。はっと思ってわたしが跳ね起きますと、なんだか頭が重くて、時計を見ると三時間も寝たことがわかりましたので、びっくりして鏡に向かって髪を梳(と)きつけ、例のごとく裸になりますと、その時わたしは思わずもひやっという叫び声を上げました。わたしのお腹の上いっぱいに、メデューサの首がありありと現れているではありませんか。わたしは夢の中のことを思い、この不思議な現象を見て、生まれて初めての大きな驚きを感じました。わたしは一時気が遠くなるように覚えましたが、よくよくお腹を見ると、メデューサの首は墨で描かれたものでありまして、手に唾(つば)をつけてその上を擦(こす)るとよく消えましたから、わたしはさっそく手拭(てぬぐい)に湯を浸(し)ませてお腹の上に描かれたメデューサの首を拭い取ってしまいました。

 それからわたしが冷静になって考えますと、たしかにだれかが催眠剤によってわたしを眠らせ、メデューサの首の悪戯書きをしたに違いないと思いました。わたしは悪戯そのものよりも、他人がわたしの肉体に触れたということにいっそう腹が立ちました。それと同時にわたしは、メデューサの首がわたしの身体の中に飛び込んだという夢が正夢に思えて、身震いを禁ずることができませんでした。

 わたしは悪戯をした人間を憎みましたけれど、事を荒立てて穿鑿(せんさく)することを好みませんでした。で、わたしはそうそうその宿を引き払って東京に帰りましたが、メデューサの首がわたしの身体に飛び込んだという夢と、墨の線でお腹いっぱいに描かれたメデューサの首の印象とが、いつまでも消えないばかりか、日を経てますますそれがはっきりわたしの心に浮かびました。うねうねとした線で表された蛇の姿が、鏡を見るたびごとにお腹の上に幻覚として現れ、のちには鏡を見ることさえ恐ろしくなってきました。

 東京へ帰った当座はなんともありませんでしたが、二月ほど過ぎると身体に異常を覚えました。だんだん身体が痩(や)せていくような気がして息切れがはげしく、月経が止まりました。月経が止まると同時に、わたしのお腹が少しく膨らんできたように思われました。わたしはもしやメデューサの首を夢通りに妊娠したのではないかと思って、心配が日に日に増していきましたが、とうとうわたしの心配が現実となって現れました。

 ある日わたしが鏡に向かって膨らんだお腹をよく見ますと、皮膚の下にかすかに蛇のうねりが見えるではありませんか。いよいよメデューサの首がお腹に宿ったのだ! こう思うとわたしは気が違うかと思うほどびっくりしました。それからというもの、来る日も来る日も、わたしがいかに苦しい思いをしたかは先生にもお察しがつくだろうと思います。わたしはだんだん痩せました。肩から胸へかけての美しい曲線は見苦しく変化しました。メデューサの首のために、わたしの恋人すなわちわたしの身体が破壊されるかと思うと、どうにも我慢ができなくなって、ついにこうして先生のもとにお伺いしたわけでございます。先生、これでもまだ、先生はわたしがメデューサの首を孕んだのではないとおっしゃいますか」

 わたしはこの話を聞いて、なんと答えてよいか迷いました。わたしはもはや彼女に反抗する勇気がなくなってしまいました。

「それについて、先生にお願いがあるのです」

 と、彼女はいっそう力を込めて語りつづけました。

「わたしは今日までどうにか辛抱してきましたが、もうこれ以上メデューサの首のために、わたしの肉体の破壊されるのを許すことができなくなりました。ですからわたしの腹を断ち割って、メデューサの首を取り出していただきたいと思います。ね、先生、どうか気の毒だと思いになったら、わたしの願いを聞いてください」

 わたしはぎくりとしました。この恐ろしい難題にぶつかってわたしははげしい狼狽(ろうばい)を感じました。わたしはむしろこの場から逃げ出してしまおうかと思ったくらいでした。すると、わたしの狼狽を見て取った彼女は、

「先生、先生はたぶん、わたしのような妙な癖を持った者が、平気で他人に身を任せて手術を受けることを不審に思いになるでしょう。けれども、自分の容色の美を保つためならば、わたしはあらゆることを忍びます。メデューサの首を取り出してしまえば、わたしの容色を取り返すことができます。その喜びを思えばどんな犠牲でも払うのです。ね、先生、潔く手術を引き受けてください」

 わたしはなんとなく一種の威圧を感じました。とその時、わたしにある考えが電光のように閃(ひらめ)きました。そうだ、この女の腹水を去らせ、血液の循環をよくしさえすれば、それでメデューサの首も取れることになるのではないか。いっそ潔く手術を引き受けて肝臓硬変症に対する手術を行ってやろう。こう思うと、わたしは肩の荷を下ろしたような気持ちになりました。だが、この衰弱した身体がはたして手術に堪えるであろうか。

「よろしい。手術はしてあげましょう。しかし、あなたはたいへん衰弱しておいでになりますから、はたして手術に堪えることができるか、それが心配です」

「手術してもらって死ぬのなら本望です」

 と、彼女は言下に答えました。

「手術してもらわねば、しまいにはメデューサの首にこの身体を奪(と)られてしまうのですから、一日も早く、わたしのいわば恋敵ともいうべき怪物を取り除いてしまいたいのです」

「よくわかりました。それでは明日手術しましょう」

 と、わたしは答えました。

 翌日の午前に、わたしは手術を行うことに決心しました。わたしはその場合きっぱり引き受けたものの、とうてい彼女の容体では麻酔と出血には堪え得ないだろうと思って不安の念に駆られました。で、その晩はいろいろなことを考えて充分熟睡することができませんでした。

 いよいよ当日が来ました。わたしが手術前に彼女を訪ねますと、彼女は昨日とは打って変わった力のない声をして言いました。

「先生、弱い人間だとお笑いになるかもしれませんが、もし手術で死ぬようなことがあるといけませんから、わたしの死後のことをお願いしておきたいと思います。わたしの少しばかりのお金の処分は先生にお任せしますが、わたしの死骸(しがい)についてはわたしの申し上げるとおり処置していただきたいと思います。わたしがもし助かりましたならば、取り出していただいたメデューサの首を自分で焼いて眺めたいと思いますが、もし死んだ場合には、わたしの身体とともに焼いて、その燃えてなくなる姿をわたしに代わって先生に眺めていただきたいと思います」

 これを聞いて、わたしは言うに言えぬ恐怖を覚えました。もし手術が無事に済んで、麻酔から醒(さ)めたのちメデューサの首を見せてくれと言われたらどうしようかと考えました。いっそ彼女が手術中に死んでくれたほうが……というような考えさえ起こってきました。

「それに先生、実を言うと、わたしはまだもう一つ心に願っていることがあるのです。それは温泉宿でわたしのお腹に悪戯書きをした人間を捜し出し、思う存分復讐(ふくしゅう)してやりたいということです。しかし、それがだれであるかはもとよりわかりません。が、もしわたしが死にましたら、きっと復讐ができると思うのです。魂はどんなむずかしいことでもするということですから」

 わたしはそれを聞くと、ひょろひょろと倒れるかと思うほどの恐怖を感じました。なんという戦慄(せんりつ)すべき女の一念であろう。

「復讐といって、どんなことをするのですか」

 と、わたしが思わずも訊ね返しました。

「魂だけになったら、その人間に一生涯しがみついてやるのです」

 わたしはなんだか息苦しくなってきたので、

「よろしい、万事あなたの希望通りにします。しかし、死ぬというようなことは決してないと思います」

 こう言ってわたしは、彼女の病室を出て手術の準備をいたしました。

 ところが、わたしの予想は悲しくも裏切られ、彼女の心臓は麻酔にさえ堪え得ないで、手術を始めて五分経(た)たぬうちに死んでしまいました。こう言ってしまうとすこぶる簡単ですけれど、わたしがその間にいかに狼狽し、苦悶し、悲痛な思いをしたかは、あなたがたのお察しに任せておきます。

 かくて、彼女は自分の妄想の犠牲となって死んでいきました。もっとも、どうせ長くは生きることのできぬ身体でしたから、あえて、わたしが殺したとは言えませぬけれど、わたしにはどうしても、彼女の死に責任があるような気がしてなりませんでした。

 わたしは彼女の冷たくなった死骸を眺めて、彼女が生前に言った恐ろしい言葉を思い出してぎょっとしました。彼女ははたして、魂となって彼女のお腹にメデューサの首を描いた人間にしがみついているのであろうか。

 わたしはそれから、彼女の希望通りに××火葬場へ彼女の死骸を運んで、焼いてもらうことにしました。

 いよいよ彼女が煉瓦造(れんがづく)りの狭い一室に入れられて焼かれはじめたとき、わたしは恐ろしくはありましたけれど、約束通り彼女の焼ける姿を眺めることにしました。いやわたしは、なんとなく眺めずにはいられないような衝動に駆られたのです。

 いまから思えば、わたしはそれを見ないほうがよかったのです。といって、別に超自然的な出来事が起こったわけではありません。それはきわめて平凡な、当たり前のことでしたが、わたしのいやが上にも昂奮(こうふん)せしめられた心は、彼女の焼ける姿に恐ろしい妄覚を起こしたのです。

 彼女は身体じゅう一面に紅(あか)い焔(ほのお)に舐(な)められておりました。ところが、その焔の一つ一つが紅い蛇に見えたのです。いわば彼女の全体の燃えている姿が、一個の大きなメデューサの首に見えたのです。そうして幾筋とも知れぬ焔の蛇が、わたしが鉄窓から覗いたときにいっせいにわたしのはうにのめりかかってくるように思いました。

 あっと思ったが最後、わたしはその場に卒倒してしまいました。

 お話というのはこれだけですけれど、最後にぜひお耳に入れておかねばならぬ大切なことがあります。もはやお察しになったかもしれませんが、実は彼女のお腹ヘメデューサの首の悪戯書きをしたのは、かく申すわたし自身だったのです。わたしは卒業試験準備をするために、×××温泉へ行って彼女と同じ宿に泊まり合わせました。彼女は不思議な女として宿の人たちの評判となっていました。わたしは好奇心に駆られて彼女の様子をうかがっているうちに、彼女が一種の変態性欲、すなわちナルシシズムを持っていることを発見しました。そこで持ち前の悪戯気を起こして、彼女の肉体に墨絵を描いて驚かしてやろうと決心し、機会を狙(ねら)っていました。で、ある日、彼女が湯へ行ったあとでそっと彼女の部屋へ入って、紅茶の土瓶の中へ催眠剤を入れておくと、はたして彼女は紅茶を飲み、間もなく眠りました。そこでわたしは、硯箱(すずりばこ)を持って彼女に近寄り、何を描こうかと思ってふと傍らを見ると、ギリシャ神話の本が開いたままになり、メデューサの首の絵が出ておりましたので、これ究竟(くっきょう)と、それを描いてそっと忍び出たのであります。あくる日彼女が宿を去りましたので、さては自分の悪戯のためかと少しは気になりましたが、そのまま忘れておりました。ところが偶然にも、開業してからただいまお話ししたように彼女の訪問を受け、そうしてあの恐ろしい経験をしたのであります。すべてが偶然の集合でありながら、わたしはなんとなく彼女の死に関係があるように思い、焼場で卒倒してから一時頭がぼんやりしましたので、とうとう医業を廃することになりました。これというのも彼女の執念のせいかもしれません。ことによると、彼女の魂がいまもなおわたしの身体にしがみついているかもしれません。

 だからわたしは、若い女の身体に落書きをすると、意外な悲劇が起こらないとも限らぬと申し上げたのです。

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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)

연애곡선(恋愛曲線)

고사카이 후보쿠(小酒井不木)(1926)

일본어 원문


 親愛なるA君!

 君の一代の盛典(せいてん)を祝するために、僕は今、僕の心からなる記念品として、「恋愛曲線」なるものを送ろうとして居る。かような贈り物は、結婚の際は勿論のこと、その他は如何なる場合に於ても、日本は愚(おろ)か、支那でも、西洋でも、否(いな)、世界開闢(かいびゃく)以来、未(いま)だ曾(かつ)て何人(なんぴと)によっても試みられなかったであろうと、僕は大(おおい)に得意を感ぜざるを得ない。貧乏な一介の医学者たる僕が、たとい己(おの)れの全財産を傾けて買った品であっても、百万長者の長男たる君には、決して満足を与え得ないだろうと信じた僕は、熟考に熟考を重ねた結果、この恋愛曲線を思いつき、これならば十二分に君の心を動かすことが出来るだろうと予想して、この手紙を書きながらも、僕は、生れてから始めて経験するほどの、胸の高鳴りを覚えつゝあるのだ。君が結婚しようとする雪江さんは、僕もまんざら知らぬ仲ではないから、君たちの永遠の幸福を祈ってやまぬ僕は、こゝに君に向って恭(うや/\)しく恋愛曲線を捧げ、以て微意を表したいと思うのである。君は、僕のような武骨一点張りの科学者が、恋愛などという文字を使用することにすら、滑稽を覚えるかも知れぬが、然(しか)し僕は君の考えて居るほど「冷血」ではなく、多少の温かい血は流れて居るつもりだ。流れて居ればこそ、君の結婚に対して無関心では居られなくなり、頭脳を搾って、縁起のよかるべき名をもった、この贈り物を考え出したのである。

 明日に迫った君の結婚に、今夜差迫って手紙を書くということは甚だ礼を欠いているかも知れないが、恋愛曲線の製造が今夜でなくては行い得ないものだから、気を揉みながらも、やっと明日の朝、君の手許に届けることになってしまった。定(さだ)めし君は、多忙を極めて居るであろうが、然し僕は、君がどんなに多忙な中でも、僕のこの手紙を終りまで読んでくれるであろうと堅く信じて居る。だから僕は、御迷惑序(ついで)に、恋愛曲線の何ものであるかということを十分説明して置きたいと思うのだ。一口に言えば、恋愛の極致を曲線として表現したものであるが、開闢以来誰にも試みられなかったであろう贈り物の由来を物語って置かぬということは、君も物足らなかろうし、僕も頗(すこぶ)る心残りがするから煩雑ながら、我慢して読んでくれたまえ。

 この恋愛曲線の由来を最も明暸に理解して貰うためには、先ず一通り、君の結婚に対する僕の心持を述べて置かねばならぬ。君を最後に見てから約半ヶ年、その間、絶えて音沙汰をしなかった僕が、突然、君に、世にも珍しいこの贈物をするに就ては、何か深い理由(わけ)があるだろうと、早くも君は察するであろう。いや、聡明な君は、一歩進んで、その理由が何であるかをも或は知り抜いて居るであろう。

 君の所謂(いわゆる)「冷たい血しか流れて居らぬ」僕が恋の敗北者であるということを、君は百も承知の筈である。だから、僕に対して恋の勝利者である君は、僕の贈り物が、一面に於て如何に悲しい思い出をもって充(みた)されて居るかをも十分認めてくれるであろう。尤も君は多くの女に失恋させた経験こそあれ自身には失恋の痛苦を味わったことがなかろうから、或は同情心を起してくれぬかもしれない。全く君は女に対して不思議な力を持った男である。君の眼から見たら、たった一人の女を奪われて、失恋の淵に沈む僕のような男の存在はむしろ奇怪に思われるであろう。然し、何と思われたってかまわない。僕はやっぱり君のその不思議な力がうらやましくてならぬ。殊(こと)に君の金力に至っては、羨ましいのを通り越してうらめしい。その金力の前に、先ず雪江さんの両親が額(ぬか)ずき、ついで雪江さんも額ずくことを余儀なくされたのだ。……いや、こういう言葉を使うのは如何にも僕が君に対して恐しい敵意を持って居るかのように見えるかもしれぬが、僕は元来意志の弱い人間で、人に敵意を持てないのだ。若し真に敵意を持って居るならば、こうした贈り物はしない筈である。君に対して頗(すこぶ)る礼を失するかも知れぬが、現になお雪江さんに対して、強い愛着の念を持って居る僕が、雪江さんの良人となる君に、どうして敵意を挟(さしはさ)むことが出来よう。僕は、この手紙を書き乍(なが)らもやはり君たち二人の真の幸福について考えつゝあるのだ。

 半ヶ年前に、失恋の痛手を負った僕は、その後世間の交渉を絶って、研究室に閉じこもり、ひたすら生理学的研究に従事した。それからというものは、研究そのものが僕の生命であり、又恋人であった。時には、雨の日の前に古い肋膜炎の跡が痛み出すように、心の古傷も疼(うず)き出すことがあったが、何事も過去のことゝ諦めて、研究に邁進し、やっと近頃悲しい記憶を下積にすることが出来、君たちの結婚の日取までうっかり忘れるところであったが、先日はからずも、ある人から、君が愈(いよい)よ明日結婚するという手紙を貰い、それがため、下積みにされた記憶が、非常な勢(いきおい)で浮(うか)み上り、遂に今回の贈り物を計画するに至ったのである。

 君は実業家であるから、科学者なるものがどんな生活を営み、どんなことを考え、どんな研究を行って居るかということを恐らくは知るまいと思う。外見上では、科学者の生活はいかにも冷たいものであり、又その研究事項はいかにも殺風景極まるものであるが、真の科学者は常に人類同胞を念頭に置き、人類に対する至上の愛を以て活動しつゝあるのであって、従って、真の科学者には――似而非(えせ)科学者はいざ知らず……恐らく、誰よりも温かい血が流れて居るべき筈である。実際誰よりも温い血が流れて居なくては真の科学者たることは出来ないのだ。

 さて僕が、失恋の痛苦を味ってから選んだ研究題目は何であるかというに、君よ、笑うなかれ、心臓の生理学的研究だ。然し僕は、ブロークン・ハートに因(ちな)んで、この題目を選んだ訳では決して無い。それほどの茶気は僕には無いのだ。破れた心臓の修理を行うために、先ず心臓の研究に取りかゝったと言えば頗(すこぶ)る小説的であるが、僕はたゞ、学生時代から心臓の機能に非常に興味を持って居たから、好きな題目を選んだのに過ぎない。ところがこの偶然選んだ研究題目がはからずも役に立って、君の一生に最も目出度かるべき儀式に、恋愛曲線を贈り得るに至ったのである。

 恋愛曲線! これから愈(いよい)よ恋愛曲線の説明に移ろうと思うが、その前に一言、心臓が普通どんな方法で研究されて居るかを述べて置かねばならない。心臓の機能を完全に知るためには、心臓を体外へ切り出して検査するのが最もよい方法である。心臓は、たといこれを体外へ切り出しても、適当な条件を与うれば、平気で搏動を続けるものだ。単に下等な動物の心臓ばかりでなく、一般温血動物から人間に至るまで、その心臓は身体を離れても独立に、拡張、収縮の二運動を繰り返すのだ。心臓を切り出せばその個体は死ぬ、個体は死んでも心臓は動き続ける! 何と不思議な現象ではないか。試みに今、君の心臓を取り出して搏(う)たせて見たら、どんな状態(ありさま)だろうか、又、試みに今、雪江さんの心臓を切り出して搏たせて見たら、どんな状態だろうか。更に君の心臓と雪江さんの心臓とを並べ搏たせたならば、どんな現象が見らるゝだろうか。君! 手足や胴体を具(そな)えた人間には兎角(とかく)偽りが多いが心臓は文字通り赤裸々だから、誰(たれ)憚(はゞか)らぬ搏ち方をするにちがいない、結婚を目の前に控えた君たちの心臓を思って、このような愚にもつかぬ想像をめぐらせながら、僕は今、この手紙を書きつゝあるのだ。

 思わずも記述がわき道へはいったが、動物は勿論人間の心臓も、その個体が死んだ後でさえ、これを切り出して適当な条件の下に置けば再び動き出すものだ。クリアブコという人は、死後二十時間を経た人間の死体から、心臓を切り出して、これを動かして見たところが約一時間、たしかに動き続けたということだ。人間が死んでも、心臓だけが、二十時間も余計に生きて居るということは見様(みよう)によって、如何に心臓が生に対する執着の強いものだかということを知るに足ろう。むかしの人が恋愛のシムボルとしてハートを選んだのも、偶然でないような気がする。だから、考え様によっては、心臓にこそ、人生のあらゆる神秘が蔵せられて居るといってよいかも知れない。かくて、人生の神秘を探ろうと思った僕が、心臓を研究の対象としたのも、故無きに非ずと言えるだろう。

 恋愛曲線の由来を語るには、如何にして心臓を切り出し、如何なる方法で心臓を搏たせるかということをも一応述べて置かねばならぬ。君の多忙であるということは重々御察しするが、手紙を書きつつある僕も、この手紙を書き終ると共に恋愛曲線を製造しなければならぬから、可なり心が急(せ)くのだ。然し、僕は繰返して言うとおり、君に十分理解してほしく、出来るなら、君の心臓の表面に、この手紙の文句を刻みつけたいと思うほどだから、暫らく我慢して読んでくれたまえ。

 始め僕は蛙の心臓を切り出して研究したけれども、医学は言う迄もなく人間を対象とする学問であるから、なるべく人間に近い動物を選びたいと思い、後には主として、兎の心臓について研究を進めた。然し、蛙の心臓よりも、兎の心臓の方が、その取り扱い方は遙に複雑であるから、可なり熟練を要する仕事であり、はじめは助手を要するほどであったが、後には一人で何事も出来るようになった。先ず兎を、家兎(かと)固定器に仰向けにしばりつけてエーテル麻酔をかける。兎が十分麻酔した時機を見はからって、メスと鋏とを以て、胸壁の心臓部を出来るだけ広く切り取り、然る後心臓嚢を切り開くと、そこに、盛んに活動しつゝある心臓があらわれる。胸中深く秘(ひそ)められた心臓は、外気に晒(さら)されても、何喰わぬ顔して動き続けて居る。君! 全く心臓は曲物(くせもの)だよ。「ハートはままにされない」と誰かゞ言ったが、全くその通りだ。愈よ心臓があらわれると、今度はそれを切り取るのだが、そのまゝメスをあてゝは出血のために手術が出来なくなるから、大静脈、大動脈、肺静脈、肺動脈等の大血管を悉(こと/″\)く糸をもってしばり、然る後にメスを以てそれ等の大血管を切り離すのだ。

 切り出した心臓は、すぐさま、一旦摂氏三十七度内外に温めたロック氏液を盛った皿の中に入れるのだ。栗の実ほどの大きさをした兎の心臓は、さすがにぐったりして一時搏動を中止する。そこで、手早く、肺動脈と肺静脈の切り口をしばり、大動脈と大静脈の切り口にガラス管を結びつけ、更に取り出して特別に設けられた一尺立方ほどの箱の中の、適当な場所にガラス管を結びつけ、摂氏三十七度に温めたロック氏液を通ずると、心臓はみごとに搏ち出すのだ。このロック氏液というのは一プロセントの塩化(えんか)ナトリウム、〇・二プロセントの塩化カルシウム、〇・二プロセントの塩化カリウム、〇・一プロセントの重炭酸ナトリウムの水溶液であって、ほゞ血液中の塩類成分の量に一致して居るから、心臓は血液を送りこまれて居ると同じ状態になって、その搏動を続けるのだ。然し、たゞこの液を通ずるだけでは、心臓も遂には疲れて来る。いかに生に執着の強い心臓でも、外からエネルギーを仰がなければ、動き続けることは出来ない。卑近な言葉で言えば、食物が欠乏しては動けない。そこで通常この液の中へ、エネルギーの源(もと)即ち心臓の食物として、少量の血清アルブミンか又は葡萄糖を加えると、心臓は長い間搏動を続けるのである。一番よいのは、ロック氏液の代りに血液を通過せしめることであるが、通常の実験にはロック氏液だけで十分だ。なお心臓を自由に活動せしめるには酸素を必要とするから、通常ロック氏液に酸素を含ませて通過せしめるのだ。

 心臓を働かせる箱の中の空気の温度も、やはり摂氏三十七度内外にしてある。そうしてロック氏液は箱の上から流すようになって居り、心臓を通過した液は箱の下へ落ち去るようになって居る。箱の中で、心臓だけが働いて居る光景は、到底君には想像も及ばぬ程、厳粛な感じを与えるものだ。切出された心臓は立派な一個の生物だ。薔薇のような紅い地色に黄の小菊の花弁を散らしたような肉体を持つ魔性の生物は、渚に泳ぎ寄る水母(くらげ)のように、収縮と拡張の二運動を律動的に繰返すのだ。又、じっとその運動を眺めて居ると、心臓は恰(あたか)も自分の自由意志をもって動いて居るかのように思われる。ある時はその心臓に小さな目鼻が出来て、母体から切り離されたことを恨んで居るかのように見え、ある時は又浮世の空気に触れたことを喜ぶかのように見え、更にある時は、心臓だけを切り出して生物本来の心臓機能を研究しようとする科学者の愚を笑って居るかのようにも見える、然し、これはただ僕の幻覚に過ぎぬのであって、元来心臓は体内にあっても体外に切り出されても、その全力を尽して働くもので all or nothing(皆(かい)か然(しか)らずんば無(む))の法則が厳然として行われつゝあるのだ。即ち心臓は、一旦働らこうと決心したならば全力を尽して働くのだ。いわば心臓ほど忠実な働き工合をするのは、めったに見られないのだ。この点がまた、恋愛のシムボルたるに最も適して居ると僕は思う。即ち、どんな刺戟が来ても、刺戟の多寡によって搏ち方をちがえるということをせず、搏つならば全力を尽して搏ち、搏たぬ時は決して搏たぬという心臓の性質は、ちょうど金力やその他の外力にはびくともせぬ真の恋愛の性質に比較すべきであろうと思う。真に恋する同志には、たといどんな障碍物がその間に横(よこた)わって居(お)ろうとも、かのラジオの電波が通うように、その心臓の搏動の波は互に通い合うと思う。実際、君は知って居るかどうかは知らぬが、心臓は、動く度毎に電気を発生するもので、その電気を研究するために、電気心働計なるものが考案されて居る。そうしてこの電気心働計こそは僕の所謂恋愛曲線の製造元なのだ。

 だが、電気心働計の説明にうつる前に、以上の如く切り出した心臓の運動を、如何にして分析し研究するかということを語って置かねばならない。たゞ肉眼で観察したゞけでは、精確な比較研究をすることが出来ぬから、どうしてもその運動を適当に記録しなければならない。その運動を記録したものが即ち「曲線」なのだ。従って恋愛曲線なる語は、恋愛運動の記録ということを意味するのだ。君は、地震が地震計によって曲線として記録されることを聞いたであろう。今、煤(すゝ)を塗った紙を円筒に巻きつけて、それを規則的に廻転せしめ、運動する物体から突出した細い挺子(てこ)の先をその紙に触れしめると、その物体の運動するに従って、特殊な曲線が白くあらわれる。心臓の運動もこれと同じ方法によって煤紙に書かせることが出来るのであるけれど、僕は特に心臓の発生する電気に興味を持ったので、主として前記の電気心働計を使って、研究の歩を進めたのだ。

 すべて筋肉が運動する際には、必ず多少の電気が発生する。所謂動物電気なるものがこれであるが心臓も筋肉で出来た臓器であるから搏動ごとに電気が発生する訳だ。そうしてその電気の発生の有様を、曲線であらわそうとする器械が電気心働計なるものだ。この器械を最初に発明した人はオランダのアイントーウェンという人だ。曲線といっても、前に述べたような簡単なものではなく、その原理は聊(いさゝ)か複雑である。心臓から出る電気を一定の方法によって導き、それを蜘蛛の糸よりも細い、白金(プラチナ)で鍍金(めっき)した石英糸に通過せしめ、糸の両側に電磁石を置くと、糸を通過する電流の多寡によって、その糸が左右に振れるから、その糸をアーク燈で照すと、糸の影が左右に大きく振れ、それを細い隙間をとおして、写真用の感光紙に直接感ぜしめ、然る後現像すれば、心臓の電気の消長を示す曲線が、白くあらわれる訳である。感光紙は活動写真のフィルムのように巻きつけて具えられてあるから、二十分、三十分間の心臓運動の模様も、自由に連続的に曲線としてあらわすことが出来るのである。僕が君に送らんとする恋愛曲線も、この感光紙にあらわれた曲線に外ならない。

 さて、僕は先ず、僕の研究の準備として、切り出した心臓について、諸種の薬物の作用を研究したのだ。即ち、最初にロック氏液を心臓に通じて、常態の曲線を写真に撮り、然る後試験しようと思う薬品をロック氏液に混じて通じ、そのときに起る心臓の変化を曲線として撮影するのである。肉眼で見て居るだけでは、あまり変化がないようであるけれども、曲線を比較して見ると、明かな変化を認め、それによって、その薬物が心臓に如何なる風に作用したかを知ることが出来るのだ。ジギタリス剤、アトロピン、ムスカリン等の猛毒からアドレナリン、カンフル、カフェイン等の薬剤に至るまで心臓に作用する毒物薬物の殆どすべてにわたって、僕は一々の曲線を作り上げたのだ。然し、これだけのことは、別に新らしい研究ではなく、すでに多くの人によって試みられた所であって、要するに僕の本研究の対照試験に過ぎなかった。

 然らば僕の本研究は何物であるかというに、一口にいえば、各種の情緒と心臓機能との関係だ。即ち俗にいう喜怒哀楽の諸情が発現したとき、心臓はその電気発生の状態に如何なる変化を来すかということだ。誰しも経験するとおり、驚いた時や怒ったときには、心臓の鼓動が変化する。僕はそれを切り出した心臓について、所謂(いわゆる)客観的に観察したいと思ったのだ。恐怖の際に血中にアドレナリンが増加するという事実は既に他の学者の認めたところであるから、恐怖の際の血液を、切り出した心臓に通じたならば、アドレナリンを通じたときと、同じ変化が曲線の上にあらわれるべき筈だ。この事実から類推するときは、恐怖以外の他の諸情緒の際にも、血液に何等かの変化があるべき筈で、従って、動物に喜怒哀楽の諸情を起さしめ、その時の血液を、切り出した心臓に通じて、電気心働計によって曲線を撮ったならば、各種の情緒発現の際、血液中にどういう性質の物質があらわれるかを推定することが出来る訳である。

 然し、このような研究には、言う迄もなく幾多の困難が伴うものだ。理想的に言えば、心臓を切り出した同じ動物を怒らせたり、苦しませたりして、その血液を通じなくてはならぬが、それは出来ない相談だ。で、致し方がないから、甲の兎の心臓、乙の兎の種々の情緒発現時に於ける血液を採って、それを通じて研究することにした。次になお一層困難なことは、兎を怒らせたり、悲しませたりすることだ。兎は元来無表情に見える動物であるから、その顔付から、喜怒哀楽の情を認めることは出来ず、従って、怒らせたつもりでも兎は案外怒っても居らず、又楽しませたつもりでも、兎は案外楽しんで居らぬかも知れぬのには、はたと当惑せざるを得なかった。

 そこで、僕は兎の実験を中止して、犬について行(や)って見ることにした。即ち甲の犬の心臓を切り出して、然る後乙の犬を怒らせ又は楽しませて、その血液を採って通過せしめたのだ。それによって曲線を作ることは出来たけれど、やっぱり、理想的ではないのだ。というのは、折角犬を楽しませてもいざ血を採るとなると大いに怒(いか)るので、結局怒りの曲線に近いものが出来、それかといって犬を麻酔せしむれば、無情緒の曲線しか取れない訳で、たゞ憤怒(ふんぬ)の際、又は恐怖の際の曲線だけが比較的理想に近いものとなった訳である。

 こういう訳であるから、諸種の情緒発現の際の血液が心臓に及ぼす影響を理想的に曲線に描かしめるためには、人間について実験するより外はないのである。人間ならば、怒った時の血液、悲しい時の血液、嬉しい時の血液が比較的容易に採取し得られるからだ。さり乍(なが)ら、人間の実験で困ることは人間の心臓が容易に手に入(い)り難いことだ。死んだ人の心臓でも滅多(めった)に手に入り難いのであるから、況(いわ)んや生きた人の心臓をやだ。で、已(や)むを得ないから僕は兎の心臓で実験することにした。又、血液の点に就て言っても、誰も喜んで血液を提供してくれるものはないから、僕は自分自身の血液で実験することにした。即ち僕は、色々な小説を読んで或は悲しみ、或は憤(いきどお)り、或は嬉しい思いをして、その度毎に注射針(しん)をもって、左の腕の静脈から五瓦(グラム)ずつの血液を取って、実験をしたのだ。兎の場合でも犬の場合でもそうだが、すべて血液を採るときは、凝固を防ぐために、注射針の中へ、一定量の蓚酸(しゅうさん)ナトリームを入れて置くのだ。

 かくて得た曲線を研究して見ると、嬉しい時、悲しい時、苦しい時などによって、その曲線に明かに差異が認められた。恐怖の時の曲線は、やはりアドレナリンを流した時の曲線に類似し、快楽の時の曲線はモルヒネを流した時の曲線に類似して居たが、それはたゞ類似して居るというに過ぎないのであって、微細な点に至っては、それ/″\特殊な差異が認められるのであった。そうして、後に、僕は練習によって、どれが恐怖の曲線か、どれが愉快の曲線か、どれがアドレナリンの曲線か、どれがモルヒネの曲線かということを、曲線を見たゞけで区別することが出来るようになった。なお又、この曲線は兎の心臓を用いても、犬の心臓を用いても、又新たに羊の心臓を用いても、同じような変化を来すものであることを経験したのである。

 然し君、学問研究に従事するものは、誰しも研究上の欲が深くなるもので、兎と犬と羊とについて同じような結果が出たならば、それで満足すべきであるのに、僕は一歩進んで何とかして人間の心臓について実験を試みたいと思うようになったのだ。前に書いたとおり、人間の心臓は、死後二十時間を経ても、なお且つ搏動せしめることが出来るから、せめて死体の心臓でもよいから手に入れたいものだと、病理解剖の教室や、臨床科の教室の人に頼んで置いたのである。

 するとこゝに、運よくも、ある女の心臓を一個手に入れることが出来た。その女は十九歳の結核患者であった。彼女は、恋する男に捨てられて、絶望のあまり健康を害し、内科に入院して不帰の客となったのだが、生前彼女の口癖のように、「私の心臓にはきっと大きなひびが入って居ます。どうか、死んだら、くれ/″\も心臓を解剖して医学の参考にして下さい」と言ったそうだ。ちょうど僕の友人がその受持だったので、彼女の遺言に従って、僕がその心臓を貰ったのだ。

 いま迄、兎や犬や羊の心臓を切り出すことに馴れて居た僕も、たとい死体であるとはいえ、その女の蝋のように冷たく且(かつ)白い皮膚に手を触れてメスをあてた時は、一種異様の戦慄が、指先の神経から全身の神経に伝播(でんぱん)した。然し、薄い脂肪の層、いやに紅い筋肉層、肋骨と、順次に切り進んで胸廓(きょうかく)を開き、心嚢(しんのう)を破って心臓を出した時分には、僕はやはりいつもの冷静に立ち帰って居た。もとより彼女の心臓にひゞは入って居なかったけれども、心臓は著しく痩せて居た。これ迄、動物の生きた心臓のみを目撃して来た僕にとっては、はじめ、心臓らしい気さえ起らなかった。死後十五時間を経て居たが、異様にひやりとしたので、僕は切り出した心臓を手につかんだまゝ暫らくぼんやりした。はっと我に返って、暖かいロック氏液の中へ入れてよく洗い、次で箱の中へ装置して、ロック氏液を流すと、はじめ心臓は宛(あたか)も眠って居るかのようであったが、暫くしてぱくり/\と動き出し、間もなく、威勢よく搏ち出した。予期したことではあるが、僕にはその女が蘇生したように思われ、何ともいえぬ荘厳な感に打たれて、僕はいつの間にか実験ということを忘れて、その微妙な運動を見つめた。そうして、その心臓の持主について考えた。失恋! 何という悲しい運命であろう。僕はその時、人ごとならず思ったよ。僕も同じく失恋の苦しみを味う人間ではないか。嘗(かつ)てこの持主の生きて居た時分この心臓はいかにはげしく、又、いかに悲しく搏ったことであろう。その古い、苦しい記憶も、今はロック氏液によって洗い去られたと見え、何のこだわりもなく収縮、拡張の二運動を繰返して居る。恐らく彼女の失恋以後、一日として、この心臓は平静な搏ち方をしなかったであろう。搏て! 搏て! ロック氏液はいくらでもあるから、搏って、搏って搏ちつくすがよい。

 ふと、気がついて見ると、心臓は著しくその力を弱めた。無理もない。搏ちかけてから凡(およ)そ一時間を経て居たのだ。思わぬ空想に時を費して、情緒研究を忘れて居た僕は、科学者としての冷静を失ったことを恥じつゝ、折角貴重な材料を得ながら、これを無駄にするのは勿体ないと考えた。そうして、咄嗟(とっさ)の間に思いついたのが、失恋の情緒の研究だ。失恋をした人の心臓へ、失恋をした僕の血液を通じて曲線をとったならば、それこそ理想的な失恋曲線が得られるのではないか。

 僕は手早く、例によって、左の腕より血液を取り、それをこの心臓の中へ流しこんで、電気心働計を働かせた。だん/\弱って来た心臓は、僕の血液に触れるなり、急に勢(いきおい)を増して、凡(およ)そ三十回ほどはげしく搏動したが、又忽(たちま)ち力を弱めて、今度はぱったりやんでしまった。即ち、心臓は死んだのである。永久に死んだのである。でも、曲線だけは、鮮かに現像され、分析研究して見たところ、悲哀とも、苦痛とも、憤怒とも、恐怖とも、どれにも類しない。又、どれにも類して居るような性質を持って居た。

 さて、失恋曲線を作った僕は、失恋の反対の情緒たる恋愛曲線を得たいものだと思うに至った。蓋(けだ)し、飽(あ)くことを知らぬ科学者の欲望である。然し、嘗(かつ)ては恋愛を感じても、今は失恋をしか感じない僕が、どうして恋愛曲線を作ることが出来よう。これは及びもつかぬことである。こう考えて諦めようとすればする程、愈(いよい)よ作って見たくて仕様がなくなった。そうして、後にはこれが一種の強迫観念になってしまった。といって、君に対して甚(はなは)だ失礼な言葉ではあるが、君とはちがって雪江さん以外に、何人にも恋を感じなかった僕が、今更(いまさら)、誰に真実の恋を感ずることが出来よう。実際、僕は、真実の恋を雪江さん以外の人には感じ得ないのだ。して見れば、到底恋愛曲線は得られない訳だ。と思っても、やはり一旦強迫観念となったものは容易に去らない。で、致し方がないから、失恋を転じて恋愛となすべき方法はないものかと、僕は頻(しき)りに考(かんがえ)をめぐらしたよ。そうして、考えて、考えて、僕は一時発狂するかと思うほど考えたのである。

 ところが、はからずも、先日、ある人から、君と雪江さんとが、愈(いよい)よ結婚するという通知を受取ったのである。すると、恰(あたか)も焼け杭(ぐい)に火のついたように、失恋の悲しみは、僕の体内で猛然として燃え出した。いわば、僕は失恋の絶頂に達したのである。と、その時、僕はこの絶頂に達した失恋をそのまま応用して、恋愛曲線を書くことが出来るという信念を得たのである。

 君は数学で、マイナスとマイナスとを乗ずるとプラスになるということを習ったであろう。僕はこの原理を応用して、失恋を恋愛に変えようと思ったのだ。即ち、失恋の絶頂に達した僕の血液を、失恋の絶頂に達した女の心臓に通過せしめたならば、その時に描いた曲線こそは、恋愛の極致をあらわすものだと僕は考えたのだ。こういうと君は、失恋の絶頂に達した女を何処(どこ)から連れて来るかと訊ねるであろう。然し、その心配は無用である。何となれば、僕が以上の如き原理を考え出したのも、実は失恋の絶頂に達した女を見つけたが為であって、その女こそは、外ならぬ、君と雪江さんとの結婚を知らせて来た手紙の主なのである。

 君は定めし思い当ることがあるであろう。その手紙の主こそ、君の結婚によって、失恋の極致に達したのだ。君は多くの女を愛したことがあるから、女の気持も多少わかって居るだろうが、その女も僕が雪江さん一人を思って居るように、一人の男にしか真実の恋を感じないので、君たちの結婚によって失恋の絶頂に達したのだ。同じく君たちの結婚によって失恋を感じた僕とその女とが一つの曲線を作り上げたら、それこそ、前に述べた原理によって、まさしく恋愛曲線ではなかろうか。而(しか)も、その女は絶望のあまり死のうとして居るのだ。君よ、死にまさる強さが世にあろうか。僕はその女の決心をきいて僕の失恋の度のむしろ弱かったことを恥じた。僕はその女のために非常に勇気づけられた。そうして今夜その女に直接逢って、彼女の決心をきゝ、僕の胸中を述べると女は、喜んで死に就(つ)くから、是非、心臓を切り出して、僕の血液をとおし、出来た曲線を記念として君の許に送ってくれといってやまない。そこで僕も決心して、愈(いよい)よ恋愛曲線の製造に取かゝろうとしたのだ。

 君! 僕は今この手紙を、研究室の電気心働計の側に置かれた机の上で認(したゝ)めつゝあるのだ。まさか生理学研究室で、深夜恋愛曲線の製造が行われようと思うものはあるまいから、誰にも妨げられずに計画を遂行することが出来るのだ。夜は森閑として更けて行く。実験用に飼ってある犬が、庭の一隅で先刻(さっき)二声三声吠えた後は、冬近い夜の風が、研究室のガラス窓にかすかな音を立てゝ居るだけだ。僕に心臓を提供した女は、今、僕の足許に深い眠に陥って居る。先刻(さっき)、僕が恋愛曲線製造の順序と計画を語り終ると、彼女は喜び勇んで、多量のモルヒネを嚥(の)んだのだ。彼女は再び生き返らない。彼女がモルヒネを嚥(の)むなり、僕はロック氏液の加温を始め、電気心働計の用意を終り、それから、この手紙を書きにかゝったのだ。モルヒネを嚥(の)んでから、彼女はうれしそうに、僕の準備する姿を見て居たが、この手紙を書きにかゝる頃、遂に眠りに陥ちた。何という美しい死に方だろう。今彼女は軽い息をして居るが、もう二度と彼女の声を聞くことが出来ぬかと思うと、手紙書く手が頻(しき)りに顫える。僕は定めし、取りとめのないことを書いたであろうが、今それを読み返して居る暇がない。僕はこれから、彼女の心臓を切り出さねばならないから。


 四十分かゝった。やっと今彼女の心臓を切り出して箱の中に結びつけ、ロック氏液をとおしつゝあるのだ。手術の際、彼女の心臓はなお搏動を続けて居た。これは彼女の生前の希望に従ったのである。彼女は恋愛曲線を完全ならしめるために、心臓のまだ動いて居るときに切り出してくれと希望したのだ。メスを当てるとき、若しや彼女が、眼を覚しはしないかと思ったが、心臓を切り出されるまで、彼女は安らかな眠りを続けて居た。いまもまだ軽く息をして居るのではないかと思われる程だ。電燈の光に照された彼女の死の姿は、たゞ/\美しいというより外はない。

 心臓は今、さも/\快げに動いて居る。早く僕の血を通してくれといわんばかりに動いて居る。さあ、愈(いよい)よこれから、僕の血液を採る順序であるが、恋愛曲線を完成させたいのと彼女の悲壮な希望を満足させるために、僕も、未(いま)だ嘗(かつ)て試みなかった血液流通法を試みようと思うのだ。今までは注射針(しん)を以て左の腕の静脈から血を採って居たが、今回だけは、僕の左の橈骨(とうこつ)動脈にガラス管をさしこみ、その儘(まゝ)ゴム筒(かん)でつないで、僕の動脈から、僕の血液が直接彼女の心臓の中に流れこむようにしようと思うのだ。彼女が生きた心臓を提供してくれた厚意に対しこれだけのことをするのはあたりまえのことだ。なお又、恋愛曲線を完成するためにも必要なことだ。


 二十分かゝった。

 やっと、僕の動脈血を彼女の心臓の中に送りこむことが出来た。血液は威勢よく走り出るので、少しも凝固を起さず、実験は間然(かんぜん)するところが無い。心臓は勇ましく躍る。その躍る姿を眺めて居ると、左手に少しの痛みをも覚えない。左手の傷から少しずつ血が滲(にじ)む。その血を拭(ぬぐ)うためペンを措(お)いて、ガーゼで拭(ふ)かねばならぬ。おや、紙を血でよごした。許してくれ。彼女の心臓へ注(つ)ぎこまれる血は再び帰って来ない。僕の血液は刻一刻減って行く。頭脳がはっきりして来た。暫らく、ペンを休めて、彼女の心臓を観察し、懐旧の思(おもい)に耽(ふけ)ろう。


 十分間過ぎた。

 全身に汗が滲み出た。貧血の為だろう。さあ、これからスイッチを捻(ひね)ってアーク燈をつけ、感光紙を廻転せしめよう。僕は居ながらにしてスイッチの捻(ひね)れるように準備して置いたのだ。電燈がついて居ても曲線製造には差支(さしつか)えない。


 電気心働計が働いて居る。心働計の音以外に、耳に妙な音が聞える。これも貧血の為だ!

 曲線は今作られつゝある。君に捧ぐべき恋愛曲線が今作られつゝあるのだ。然し僕は、その曲線を現像することが出来ない。何となれば、僕はこのまゝ僕の全身の血液を注ぎ尽すつもりだから。血液が出尽したとき、僕がたおれると、アーク燈や、写真装置や、室内電燈スイッチが皆悉(こと/″\)く切れるようにしてあるから、間もなく二人の死体は闇に包まれるであろう。


 ペンを持つ手が甚(はなは)だしく顫える。眼の前(さき)が暗くなりかけた。で、僕は、最後の勇を揮(ふる)って、君に最後の一言を呈する。実はこの手紙を書く前に、教室主任と同僚にあてゝ手紙を書いたから、これが僕の最後の遺書となる訳だ。恋愛曲線は、明朝同僚の手で現像されて、君の許に送られるから、永久に保存してくれたまえ。

 君は最早(もはや)、僕に心臓を提供した女が何人であるかを推知して居るであろう。僕は今無限の喜びを感じて居る。自分で曲線を見ることこそ出来ぬが、真の恋愛曲線の出来つゝあることを僕はかたく信じて疑わない。僕の血が尽きたときは彼女の心臓は停止するのだ。これが恋愛の極致でなくて何であろう。

 ……おや、僕の血が少くなったと見え、彼女の心臓は今、まさに停止しようとして居る。君! 君との、愛なき金力結婚を厭い、彼女の真の恋人だった僕のところへ走って来た雪江さんの心臓は今、まさに停止しようとしている……

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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)

죽음의 키스 (死の接吻)

고사카이 후보쿠 (小酒井 不木) (1926)

번역 : 홍성필


1.

그 해 더위는 각별했다. 어떤 이는 60년만의 더위라고 했고, 또 어떤 이는 600년만의 더위라고 했다. 하지만 누구도 6만년만의 더위라고는 하지 않았다. 중앙기상대 보고에 의하면 어느 날 최고온도는 화씨 120도였다. 섭씨가 아니라 다행이다. “중앙기상대 일기예보는 절대 신용할 수 없으나 기온 정도는 믿을 수 있겠지.”라고 신천옹(信天翁:바보새) 생식기를 연구하고 있는 가난한 모 대학교수가 비꼬면서 말했다고 한다.

도쿄(東京) 시민은 치장한 여성들을 포함해서 큰 어려움을 겪은 것 같다. 열사병에 걸려 죽은 자가 하루에 30명을 넘었다. 하루에 40명 정도 인구가 줄었다고 해서 일본은 끄떡하지 않지만 사람들은 매우 두려워했다. 비가 전혀 내리지 않았기 때문에 수돗물이 무엇보다도 큰 문제였다. 일본인은 일시적인 대비책밖에 마련하지 않기에 이처럼 예외적인 더위를 고려하지 않고 수도가 설계되었으니 당연했다. 물이 많이 귀해졌다. 그러나 모 대형신문이 생수선전을 했기 때문만은 아니었다. 술값이 급상승했다. N얼음회사 사장은 너무 기쁜 나머지 뇌졸중을 일으켜서 즉사했다. 그러나 얼음회사 사장이 죽었다고 해서 더위는 식지 않았다.

인간은 예외적인 현상을 겪게 되면 그것이 무슨 불길한 일이 일어나는 징조라도 되는 것처럼 생각하는 습성이 있다. 그래서 논어밖에 모르는 모 실업가는 올해 더위에 대해서 생식선 호르몬 주소를 맞으며 “일본인들을 오랜 잠에서 깨우기 위해 하늘이 경고하는 것이다.”라고 무슨 뜻인지도 모르는 말을 신문에서 말하고, 본인은 자동차로 매일 밤 첩을 찾아다니며 달콤한 꿈을 탐닉했다. 유이 마사유키(由井 正雪)가 살아 있었다면 시나가와(品川) 해안까지 해군 비행기를 타고 나가서 민요라도 부르며 기우제(祈雨祭)를 지냈을지도 모른다. 하지만, 요즘 사람들은 가급적 편하게 돈을 벌려는 무리들뿐이기에 다른 사람을 위한 일이라고는 가급적 피하려는 이기적인 생각을 가지고 있으므로 누구 하나 기우제를 지내려는 이는 없었다. 따라서 비는 여전히 내리지 않았고 사람들 혈액도 매우 끈적끈적해져서 싸움이나 살인사건 수가 급증했다. 범죄를 없애기 위해서는 사람 혈액 농도를 떨어뜨리면 된다고 하는 대원칙이 모 법의학자에 의해 발표되었다. 아무튼 사람들은 이유 없이 무척이나 신경이 예민해졌다.

그 때 갑자기 상해(上海)에 맹렬한 독성을 갖는 콜레라가 발생했다는 속보가 전해졌다. 콜레라 소식은 곽송령(郭松齡:중국군인 - 역자 주) 사망소식과는 달리 내무성 관리들을 자극시켜 선박검역을 엄중하게 하도록 하는 명령이 시달되었으나, 의학이 발전하면 세균 또한 진화하는 법이기에 콜레라균도 요즘은 매우 민첩해져서 검역관의 눈을 피하고 유유히 나가사키(長崎)에 상륙하고는 순식간에 유서 깊은 시내에까지 퍼져나갔다. 나가사키에 상륙만 한다면 일본 전역으로 퍼지는 것은 손쉬운 일이었다. 그래서 중국인의 죽음에 대해 아무런 아픔도 느끼지 않았던 일본인도 극심한 공포에 떨기 시작했다. 하지만 세균 쪽에서는 인간을 조금도 두려워하지 않았다. 각 지방 방역관들은 자신이 살고 있는 지역만 지켜내면 다른 지역은 어떻게 되더라도 상관없다는 식의 기발한 마음가짐으로 방역에 종사하고, 특히 요코하마(橫浜)와 코베(神戶)에는 직접 상해에서부터 세균이 들어오기에, 어떤 방역관은 부인이 출산을 앞두고 진통을 앓고 있는 와중에 출장명령을 받고 태어나는 아기도 못 본채로 달려 나왔다.

그러나 방역관들의 수많은 노력에도 불구하고 콜레라는 마침내 도쿄 안으로 침입한 것이다. 평소라면 교바시(京橋) 부근에서 장작과 숯을 실어 오는 선장 부인이 먼저 걸리는데, 이번에 ‘유행에서 앞서 나가지’ 못한 이유는 아사쿠사(淺草) K 여관에 있는 T라는 변사(辯士) 때문이었다. 하롤드 로이드가 출연한 ‘방역관’이라는 제목의 희극을 설명하고 있을 때 구토를 일으켰는데, 콜레라라고 진단되었을 때에는 꽉 차 있던 관객들은 시내로 흩어지고 방역 책임을 맡은 당국 사람은 창백해졌지만 이미 때는 늦었다.

역병은 파죽지세로 도쿄 각처에 퍼져나갔다. 독성이 지극히 강했기 때문이었을 것이다. 예방주사 한두 번 정도로는 효과를 발휘하지 못했기에 사람들의 공포심은 극에 달했다. 50명 이상이 근무하는 공장은 예외 없이 환자가 나왔으며 부득이하게 일시폐쇄를 감수해야 했다. 더위는 여전히 물러가지 않았기에 마시면 안 된다는 물을 마시는 자도 많았고, 그런 이들은 모두가 하나 둘 죽어갔다. 어이없는 점은 많은 의사들이 걸렸다. 평소 그들의 의사들로부터 높은 약값을 청구 당한 폐병환자들은 자기 자신의 병도 잊은 채 통쾌해했다. 머지않아 죽어야 할 운명에 있는 자는 아는 사람의 죽음을 들으면 매우 통쾌해하는 법이다.

모든 병원도 강제로 전염병원을 겸하게 하였으며, 순식간에 만원이 되고 말았다. 화장터는 문을 닫고 공동묘지는 비좁게만 느껴졌다. 장례식은 어디에서나 볼 수 있었다. 니혼바시(日本橋) 다리 맡에 서서 다리를 건너는 관 수를 셀 정도로 숫자에 집착하는 사람은 없었으나, 일터가 사라진 후 지갑 속 돈을 세는 노동자는 무수히 많았다.

공포는 도쿄 구석구석까지 미쳤다. 어떤 이는 두려움 때문에 살려고 하는 노력이 마비되어 자살했다. 또 어떤 이는 마찬가지로 공포 때문에 발광해서 처자를 죽였다. 또한 정신상태가 비교적 건전한 자도 각종 환각 때문에 괴로워했다. 아무리 그것이 대낮이었다 해도 흰 먼지에 뒤덮인 가로수 그늘에 목을 매어 죽어 있는 사람들을 보는 환각 증세를 일으켰다. 하물며 우에노(上野)나 아사쿠사에 있는 큰 종소리가 힘없이 울려 퍼지고, 부엉이소리와 함께 어둠에 잠기면 사람들은 밤하늘에 펼쳐진 은하수를 보면서도 일종의 두려움을 느끼며, 갑자기 나타났다 사라지는 별똥별을 보고도 소름이 돋았다. 조용히 불어오는 미지근한 바람은 죽음의 사자가 부는 입김처럼 느껴졌다.

그러나 역시 현대인이다. 역병이 ‘창궐(猖獗)’이라는 문자로 형용된 시대라면 당연히 ‘모든 집 대문은 굳게 닫히고 거리에는 그림자 하나 없다’는 식으로 적어야 하겠지만, 사실 그와는 정반대로 사람들은 코앞에 닥쳐오는 위험을 무릎 쓰고 외출해서 거리는 매우 붐볐다. 밤이 되면 바깥 기온이 어느 정도 떨어지고 찌는 더위 때문에 집안에 있을 수 없다는 것도 이유 중 하나였으나, 주된 원인은 현대인이 갖고 있는 절망적이고도 숙명론적인 마음 때문이었다. 공포를 증오하면서도 공포에 다가가지 않을 수 없는 심리는 현대인의 특징이다. 그들은 무언가에 이끌리듯 외출했다. 그러나 외출은 하지만 그들 마음은 그들을 감싸는 어둠보다도 훨씬 더 어두웠다. 평소 그들의 무기로 사용되는 자연과학도 그들 마음을 조금도 밝게 해주지 못했다. 따라서 그들은 밤이면 언제 끝날지도 모르는 목숨을 가지고, 최소한 알코올에 의해 한 때나마 고통을 지우려고 했다. 그래서 술집이나 레스토랑이 여느 때보다 번창했다. 그들은 노래했다. 그러나 그들의 노래는 길 가는 사람들 마음을 서늘하게 했다. 그 옛날 런던에서 흑사병이 유행했을 때 장의사로 모여든 장례 인부들이나 약제사들이 사업 번창을 축하하며 부르는 노래와도 같은 끔찍한 느낌을 자아내게 했다.

사람들을 사로잡은 공통된 불안감은 오히려 그들이 가지고 있는 개개인의 고민들을 확대시켰다. 역병에 대한 공포는 빚에 대한 중압감을 줄여주지는 못했다. 또한 각자가 갖는 분노들은 역병에 대한 공포 때문에 한층 더 강해졌던 것이다. 따라서 더위 때문에 급증한 범죄는 콜레라 유행 이후 급속도로 증가하는 추세에 있었다.


2.

본 소설의 주인공 기지모토 시즈야(雉本 靜也)가 실연 때문에 자살을 결심했는데, 그 마음이 오히려 살인을 하게 된 것도 이런 분위기 때문이었다.

시즈야는 도쿄 시내에 있는 M대학 정치학과를 졸업하고 고급 하숙집에 서식하면서, 고향으로부터 보내오는 돈으로 하루 종일 하는 일 없이 허송세월을 하고 있다는, 현대사회 특유의 폐인이었다. 미국에는 매니큐어를 칠하면서 세월을 보내는 폐인이 많지만, 시즈야도 하루에 머리를 빗는 것과 양복을 입는 일에 대부분의 시간을 할애했다. 그는 어떤 직장에 취직을 하면 사흘째부터 정수리 부근 뼈가 지끈지끈 아파왔기 때문에 1주일 이상 계속하는 경우는 없었다. 또한 그는 무슨 일을 해도 얼마 지나지 않아 싫증을 내고 말았다. 때로는 독한 술이나 담배에 빠져 살거나 영화, 또는 마작이나 낱말 맞추기, 자극적인 탐정소설에 몰두해보기도 했으나 모두 오래 가지는 못했다. 그는 이 싫증내기 쉬운 기질을 본인조차도 이상하게 생각했다. 그리고 아마도 자신의 선천적인 겁쟁이 기질이 그 원인으로 여기는 것이었다.

현대 폐인에는 두 부류가 있다. 하나는 지극히 대담하고 시체 위에 들끓는 똥파리처럼 집요하다. 두 번째 부류는 지극히 겁이 많고 풀이 모자란 우표처럼 집요함이 없다. 시즈야는 두말할 필요 없이 두 번째 부류에 포함되는 폐인이었다. 그는 술집 여자와 말을 나눌 때조차 일종의 수치심을 느꼈다. 그래서 그는 지금까지 단 한 번도 사랑이라는 경험을 해보지 못했다. 그에게 있어서 사랑을 한다는 것은 일종의 모험이었다. 마음속으로는 너무나도 그런 모험을 해보고 싶었지만, 그의 겁쟁이 기질이 가로막았다. 또한 그의 마른 몸매가 모험에는 적합하지 않았다.

그러나 운명은 그에게 사랑할 기회를 주었던 것이다. 즉, 그는 태어나서 처음으로 사랑을 경험하기에 이른다. 하지만 공교롭게도 그가 사랑한 여인은 그의 친구 부인이었다. 이는 놀라우면서도 그에게 있어서는 불행한 일이었다. 그에게 있어서 불행이었을 뿐만 아니라 그 친구한테 있어서도 불행이었다. 실제 그의 친구는 이 때문에 아무런 죄 없이 그에 의해 죽어야 할 운명이 되었다고 해도 과언이 아니기 때문이다. 예부터 부인의 아름다움으로 인하여 불의의 죽음을 당하는 남성은 적지 않았으나, 시즈야의 친구인 사사키 교스케(佐佐木京助)처럼 아무 것도 모른 채 죽어간 경우는 드물다고 해야 할 것이다.

사사키 교스케의 부인인 도시코(敏子)는 이른바 현대 여성, 즉 요즘 여성이었다. 현대 여성의 공통점으로서 그녀는 남성적 성격을 충분히 갖추었고, 이성(理性)이 비교적 발달해 있었다. 그녀의 외모는 아름다웠으며 성격도 활달했다. 그런 그녀 성격이 여성적 요소가 많은 시즈야를 끌리게 했던 것은 당연했다. 시즈야는 교스케를 찾아갈 때마다 도시코한테 점점 마음이 동하게 되었다.

교스케는 시즈야와 동창이었으며 같은 해 봄에 도시코와 결혼하고 교외에서 살고 있었다. 그는 이렇다 할 특징이 없는 평범한 인물이었다. 평범한 사람들이 모두 그렇듯이 그는 살이 쪘으며 콧수염을 기르고 있었다. 그러나 그 평범한 점을 현대 여성들은 좋아하는 것 같다. 실제로 또한 교스케 같은 평범한 인물이 아니었더라면 현대 여성한테 봉사하는 일은 어렵다. 그 증거로 어떤 천재음악가는 새로운 여성을 부인으로 맞이하고는 데이코쿠(帝國) 극장 오케스트라에서 지휘하고 있을 때 갑자기 졸도했다. 불려온 의사는 환자 주머니에 1회 1정이라고 적힌 약병을 발견하고는 그 졸도 원인을 확인할 수 있었다. 또한 어떤 국회의원은 의회에서 800만엔 사건이라고 하는 것에 연루되어 질의를 받았었다. 그는 중의원(衆議院) 단상에서 “거짓말 800만엔이란 이런 걸 말한다(일본에서는 거짓말 종류가 800가지 된다는 말이 있다 - 역자 주)”며 씁쓸한 농담을 남기고는 그날 밤 독감에 걸렸다. 어쨌거나 현대 여성을 부인으로 맞이하기 위해서는 온몸을 다 바칠 각오가 필요하다.

교스케가 과연 그와 같은 각오를 하고 있었는지는 모르지만, 그의 체력과 재력이 도시코를 만족시켰는지 두 사람 금슬은 좋았다. 그러나 도시코는 본연의 요염함으로써 남편 친구들을 대했기 때문에 시즈야는 어느새 묘한 마음을 일으키게 된 것이다. 그렇다고 시즈야는 그 묘한 마음을 감당하지 못하고 있었다. 시즈야가 만약 겁쟁이가 아니었다면 어쩌면 시원하게 도시코한테 속내를 털어놨을지도 모른다. 그러나 겁이 많은 사람들이 항상 그렇듯, 결과를 예상하고 여러 가지 상상을 하게 되기에 시즈야는 고백한 다음에 벌어질 끔찍한 결과를 생각하면 도저히 입 밖으로 낼 수가 없어서 혼자 속을 태우고만 있을 뿐이었다.

그렇다고는 하나 점점 사랑이 부풀어 오르면 결국에는 터져야 할 시기가 온다. 시즈야는 어떤 식으로 터뜨려야 할 것인지를 심사숙고했으나 물론 묘안은 떠오르지 않았다. 아예 큰맘 먹고 편지라도 쓸까 하는 생각을 하기도 했으나 글씨는 서툴렀고 글재주도 없었다. 더구나 편지란 때로는 후세에까지 남는 것이므로 그 편지 때문에 영원히 조롱 대상이 되기도 싫었다. 아베노 나카마로(阿倍 仲麻呂)가 단 하나의 시를 읊었을 뿐인데도 그것을 가지고 산병(疝病) 걸린 후지와라 사다이에(藤原 定家)한테 빼앗겨서 후세에 ‘가루타’라는 것이 되고 말았다. 그리고는 얼굴이 노란 여학생 입에 오르내리며 영원히 수치를 당하고 있다. 또한 편지 때문에 ‘진품’이라는 별명을 얻어 신장염을 앓은 한 나라의 재상(宰相)도 있다. 이런 생각을 하자 시즈야는 편지 쓰는 것이 몹시 두려워졌다.

시즈야가 사랑의 무거운 짐 때문에 괴로워하고 있을 무렵 갑자기 콜레라가 도쿄를 급습한 것이다. 그러자 신기하게도 겁이 많은 시즈야는 갑자기 대담해졌다. 그리고 도시코 앞에서 사랑을 고백하려고 결심했다. 사랑과 콜레라 사이의 상관관계에 대해서는 아직 연구되지는 않은 것 같지만, 만약 연구하려는 사람이 있다면 시즈야는 매우 적합한 연구 자료가 되리라고 믿는다.

도쿄가 공포의 그림자로 가득 찬 어느 날, 시즈야는 교스케가 회사에 출근 한 틈을 타서 도시코를 찾아갔다. 그리고 시즈야는 연설에 익숙하지 않은 자가 박수소리와 함께 단상 위에 올라가듯 멍한 기분으로 난생 처음 사랑의 아픔을 앓았다는 점, 말하지 않고서는 견딜 수가 없었기에 단단히 마음먹고 고백한다는 점 등을 도시코한테 말했던 것이다. 그날은 역시 매우 더웠기에, 더워서 나는 땀과 창피해서 나는 땀 때문에 시즈야는 많은 양의 수분을 잃고는, 고백이 끝나갈 무렵 그는 목이 쉬고 말았다. 마치 죽어가는 노파가 아미타여래(阿彌陀如來) 앞에서 연불을 외우듯 가냘픈 목소리가 되고 말았다.

도시코는 신하한테서 애절한 청원을 듣고 있는 여왕과 같은 태도로 시즈야가 말하는 고백을 듣고 있었으나, 시즈야가 말을 끝내고 손수건으로 목덜미를 닦았더니, 손에 들고 있던 부채로 시즈야를 한 번 ‘휙’ 하고 부쳐주고는 깔깔 웃기 시작했다.

“호호호호호. 무슨 말씀이세요. 바보 같애. 호호호호호.”


3.

낙하산 없이 1킬로미터 상공에서 떠밀린 비행사와도 같은 경험을 한 기지모토 시즈야는 그날 밤 하숙집으로 돌아가 자살할 결심을 했다. 범죄학자는 자살 원인으로 더위를 꼽지만, 시즈야는 더워서 자살하는 것이 아니라 실연했기 때문에 자살하는 것이다. 물론 그에게 있어서 자살을 결심하도록 한 동기는 역시 콜레라를 꼽지 않을 수 없다. 수많은 사람들이 죽을 때 어떤 비참한 꼴을 당하면 마음 약한 사람은 자살하고 싶어지는 법이다.

그런데 시즈야는 자살을 결심하긴 했으나 어떤 방법으로 자살하면 좋을지를 매우 망설였다. 그리고 자살한 다음 왠지 자살했다고 보이기가 부끄럽다는 생각이 들었다. 가능하다면 자살해도 자살하지 않은 것처럼 보이는 방법을 쓰려고도 했다. 그랬더니 예전에 어떤 약국 2층에 하숙하고 있을 무렵 얻었던 아비산(亞砒酸)이 떠올랐다. 아비산을 먹으면 피부가 하얗게 된다는 말을 어딘가에서 듣고는 약국 사람한테 말해서 얻은 것이다. 그날 이후 어느 때인가부터 아비산 먹기를 그만 두었으나, 그 때 남은 것이 아직 병에 든 채로 책상 서랍 깊숙이 넣어두었던 것이다. 모든 사람은 일단 독약을 손에 넣으면 그것이 위험한 약이면 위험할수록 버리기를 주저하는 경향이 있기에 여러 비극이 발생하기도 한다. 시즈야도 특별한 의도가 있어서 아비산을 보관해둔 것은 아니지만 그것이 지금에 와서 아무래도 쓸모가 생길 것 같다.

시즈야는 책상 서랍을 열고는 아비산이 든 작은 병을 꺼냈다. 그리고 흰 분말을 바라보았을 때 온몸의 근육이 순간적이긴 했으나 굳어버린 것 같았다. 그는 그 때 이런 것으로 과연 자살할 수 있을까 하고 생각했다. 그는 또한 아비산을 먹으면 어떤 식으로 죽는지를 몰랐다. 너무 고통스럽지 않았으면 했다. 그래서 그는 도서관에 가서 일단 아비산 작용에 대해 살펴보자고 결심했다.

우에노(上野)에 있는 도서관은 콜레라가 유행하고 있음에도 불구하고 의외로 사람들이 많았다. 죽음의 사자가 횡행할 때 독서욕이 생기는 것은 예부터 그래왔다. 그는 독극물에 관한 책을 청구했으나 놀랍게도 일본어로 된 의학서적은 모두 대출 중이었다. “역시 모두 목숨이 아깝긴 아까운가보군.” 그렇게 생각하자 그는 목숨을 버리기 위해서 의학서적을 읽으러 온 자신을 되돌아보며 쓴웃음을 지었다. 하는 수 없이 그는 약리학 원서를 빌리고는 빈약한 어학력으로 아비산에 대해 적힌 항목을 간신히 읽었다.

그러자 뜻밖에도 아비산 증상은 콜레라와 매우 흡사하다고 적혀 있었다. 그가 이것을 읽었을 때 훌륭한 발견이라도 한 것처럼 기뻐했다. 만약 아비산을 먹고 자살한다면 요즘처럼 콜레라가 유행할 때는 분명 콜레라와 착각할 것이었으며, 따라서 자살해도 자살로 안 보이기 때문이다. 자고로 의사란 오진(誤診)을 하기 위해 신이 이 세상으로 내려보낸 무리들이므로 아비산으로 죽으면 틀림없이 콜레라로 죽었다고 진단할 것이다. 이렇게 생각하자 시즈야는 아비산을 죽어 자살하고는 의학 그 자체를 우롱해주고 싶은 생각도 들었다.

그러나 점점 읽어 내려가자 아비산은 극렬한 선통을 일으킨다는 사실을 알고 다소 주저했다. 콜레라와 아비산중독과 차이는 주로 이 선통 유무에 의해 달라진다고 적혀 있었기에 아예 콜레라에 걸릴까 하는 생각도 들었으나, 콜레라로 죽는다면 너무나도 평범해 보일 것만 같았다. 그렇다고 극심한 통증을 느끼기도 싫었다. 통증이 싫었을 뿐만 아니라 자살하는 것조차 주저하게 되었다.

그래서 그는 도서관을 나와서 공원을 걸었다. 흰 흙먼지가 6~7센티미터나 쌓여 있었으며 더위는 호흡곤란을 일으킬 정도로 심했다. 그는 나무 그늘에 있는 의자에 앉아, 이제부터 어떻게 해야 할까 하고 고민하던 중, 문득 재미있는 생각이 떠올랐다.

“내가 죽기 보다는 누군가 대신 죽이는 게 훨씬 편하다.”

라고, 그는 생각했다. 이는 매우 유쾌한 발상이었다. 그렇게 생각하자 그는 더 이상 자살하기 싫어졌다. 자살하려던 본인의 마음이 이상하게 여겨졌다. 그리고 갑자기 사람을 죽여보고 싶어졌다. 더욱 유쾌한 점은 지금 아비산을 써서 독살한다면 의사는 앞에서 언급한 이유 때문에 콜레라로 진단할 것이므로 꿈에도 타살이라는 의심을 품지 않을 것이다. 스스로 죽으면서 의학을 우롱하기 보다는 스스로 살아서 의학을 우롱하는 편이 얼마나 더 유쾌한지 모른다……. 이런 생각이 들자 시즈야는 너무 기쁜 나머지 주변을 뛰어다니고 싶어졌다.

그는 하숙집으로 돌아와서, 그렇다면 도대체 누구를 죽일까 하고 생각했다. 그러자 그의 눈앞에 하숙집 주인아주머니의 느끼한 얼굴이 떠올랐다. 그는 자신이 말라 있었기 때문에 살이 찐 사람을 보면 화가 났다. 그래서 그는 하숙집 주인아주머니를 실험대로 써볼까 했으나, 그런 인간을 죽인다 해도 어딘지 모르게 허전할 것 같았다.

점점 생각하자 그는 갑자기 친구 사사키 교스케를 죽이면 어떨까 했다. 그는 교스케의 뚱뚱한 점이 항상 마음에 들지 않았으나, 특히 교스케 얼굴은 이 세상에 없는 편 나을 것 같은 몰골이었기에 교스케를 가장 첫 대상으로 생각하게 되었다. 물론 도시코에 대한 화풀이 감정도 섞여 있었다. 완벽하게 거절당한 답례를 한다면 그야말로 결정적인 방법이어야만 한다.

이렇게 결심하자 그는 매우 자신의 목숨이 아까워졌다. 살인자는 보통 사람들보다도 훨씬 더 생에 집착한다고 한 누군가의 말이 비로소 와 닿았다. 살인을 계획하기만 해도 생에 대한 집착이 끓어오는데, 살인을 한 다음에는 얼마나 목숨이 아까울까 하고 그는 생각했다. 양심의 가책이라는 것도 말하자면 생에 대한 집착에 불과한지도 모른다는 생각까지도 들었다.

그러나 살인을 하기 위해서는 자살과는 달리 그리 쉽지만은 않다. 어떻게 교스케를 독살해야 할 것인가. 역시 이 문제는 매우 복잡했다. 그러나 그는 교스케 성격을 생각하면서부터 그 문제를 쉽게 해결했다. 교스케는 평범하다. 그래서 평범한 인간을 죽이기에 걸맞게 평범한 방법을 쓰면 된다고 그는 생각했다.

우선 회사에 가서 교스케를 불러내고 둘이서 양식집으로 들어가서는 스테이크를 먹는다. 교스케는 고기에 구운 소금을 뿌려 먹는 습관이 있기 때문에 그 소금 안에 아비산을 넣어두면 된다. 사전에 식당에서 사용하는 것 같은 소금병을 사고, 구운 소금과 아비산을 섞어 넣어두고는 그것을 가지고 들어가서 식탁에 앉을 때에는 식당 병과 맞바꾼다.

……어쩌면 이리도 쉽게 한 사람을 해치울 수 있을까.

평상시라면 아비산 중독은 쉽게 발각된다. 그러나 시기가 시기이니만큼 절대 발견될 염려는 없다. 그는 의사의 실력을 믿었다. 평소 사람을 죽이는 의사들은 이럴 때가 아니면 사람을 도울 기회가 없다. 그렇다면 나는 의사한테 있어서 은인이 될 수도 있다. 이 얼마나 유쾌한가. 이런저런 생각을 하고 그는 살인자가 살인을 단행하기 전에 경험하는 도취상태에 빠져들었던 것이다.


4.

살인을 결심하고 10일이 지난 밤, 아비산을 섞은 소금병을 주머니에 넣은 시즈야는 교스케 회사를 찾아가서 아무런 어려움 없이 불러낼 수 있었다. 시즈야는 혹시 도시코가 지난날의 그 사건을 말하지나 않았을까 하고 걱정했으나, 막상 만나보자 전혀 그런 낌새는 없었다. 또한 시즈야가 함께 양식집을 가자고 말을 꺼냈을 때에도 아무런 의심도 갖지 않았다. 평범한 인간들의 특징은 매사에 의심이 품지 않는다는 점에 있다. 실제로 또한 그는 매사에 의심을 품을 정도로 마른 체구가 아니었다. 그래서 죽는다는 것도 모르고 태연히 시즈야를 따라 나섰던 것이다.

시즈야는 당연히 단골 레스토랑에는 가지 않았다. 단골집에서 살인을 한다는 일은 별로 내키지 않았기 때문이다. 교스케는 물론 이 점에 대해서도 이상하게 생각하지 않았다. 그리고 흰 시트가 덮인 테이블에 앉고서 스테이크를 먹었다. 교스케가 화장실에 간 사이에 시즈야가 바꾸어놓은 군소금병을 교스케는 지극히 자연스럽게 집어 들고 쇠고기 위에, 그것도 상당히 많은 양을 뿌렸다. 그리고 먹음직스럽다는 듯이 먹었다. 두세 조각을 먹었을 때, 교스케는 배가 아프다는 듯 미간을 좁히기에 시즈야는 놀랐으나, 하지만 그러고는 아무 일 없이 무사히 식사를 마쳤다. 식사가 끝나자 둘은 서둘러 계산을 마치고 일어섰다. 그 때 시즈야는 교스케 몰래 소금병을 다시 바꿔놓았다. 그런데 문밖을 나서자마자 교스케가 주저앉고서는 얼굴을 찌푸렸기 때문에 시즈야는 교스케를 권해서 거기에 세워둔 채로 택시를 잡고서 교스케를 집으로 돌려보냈다.

교스케와 헤어지고 하숙집으로 돌아온 시즈야는 상당히 흥분하고, 그리고 생각보다 피곤함을 느꼈다. 레스토랑에서 교스케의 일거수일투족을 긴장하면서 바라보고 있었을 때에는 온몸의 근육이 벌벌 떨렸다. 그리고 심장이 불규칙적으로 박동하는 것 같았다. 지금 하숙집으로 돌아와서도 여전히 심장박동은 가라앉지 않았다. 그래서 그는 바닥 위에 철퍼덕 누웠으나, 그와 동시에 일종의 불안감이 그를 엄습했다.

과연 의사가 콜레라라고 진단할 것인가.

여기까지는 자신의 손으로 잘 되었으나, 여기서부터는 다른 사람의 손을 기다려야 한다. 만일에 의사가 실수로 올바른 진단을 내린다면, 그야말로 마음 편히 있을 수는 없다. 이런 생각을 하자 왠지 가만히 있을 수 없어, 문득 일어서서는 방 안을 이리저리 왔다 갔다 했으나, 이제 와서 달리 할 도리가 없었다.

아무리 더운 밤이라도 지금까지는 하룻밤도 잠을 못 잔 일은 없었는데, 그날 밤은 이상하게 더위가 신경 쓰여 새벽녘까지 잠을 이룰 수 없었다. 그러나 그가 눈을 떴을 때에는 여름 햇볕이 쨍쨍 비추고 있었다. 역시 교스케 집 문에는 안내판이 붙은 채로 닫혀 있었다. 이웃 사람한테 물어보자 교스케는 어젯밤 콜레라로 죽고, 부인과 가정부는 격리되었다는 것이다. 그러나 도시코와 가정부가 어디에 있는지는 누구도 알지 못했다.

시즈야는 안도의 숨을 내쉬었다. 의사가 자신의 믿음을 져버리지 않았다는 사실을 알고 매우 낯간지러웠다. 그리고 이 세상이 생각보다 살기 좋은 곳이라는 사실을 깨닫고 생에 대한 집착이 한층 깊어만 갔다. 깊어짐과 동시에 도시코에 대한 사랑이 고개를 들기 시작했다. 그는 도시코를 갑자기 만나고 싶어졌다. 만나서 다시 한 번 그녀의 반성을 구하려 했다. 시즈야는 죽은 교스케에 대해 조금도 연민을 느끼지 못했다. 그리고 교스케가 죽은 이상 예전처럼 어이없는 태도로 나오지는 않을 거라고 생각하고는, 하루라도 빨리 도시코를 만나고 싶었다.

그러나 도시코의 행방은 아무도 몰랐다. 너무 깊이 묻기도 꺼려졌기 때문에 그는 도시코가 돌아올 때까지 매일 찾아와서 동정을 살피기로 했다.

닷새가 지나고 7일이 지나도 도시코의 집 문은 굳게 닫혀 있었다. 만나지 못한다고 생각하자 더욱 만나고 싶어졌다. 2주일이 지나서야 그는 도시코가 돌아왔다는 사실을 알았으나, 낮에는 왠지 두려움을 느끼기에 밤이 되기를 기다렸다. 오랜만에 친숙한 현관 초인종을 정신없이 뛰는 심장박동과 함께 눌렀다.


5.

“어머, 기지모토 씨. 잘 오셨어요. 분명 와 주실 것만 같아 기다렸어요.”

라고, 도시코는 스스로 현관까지 나와 맞아주고는 기쁜 표정으로 말했다. 그녀는 다소 얼굴이 야위었으나 오히려 그런 모습 때문에 한층 아름다움이 돋보였다.

시즈야는 울어서 눈이 부운 모습을 예상하고 있었기에, 그녀의 이 말을 듣고 충격을 느껴 무슨 말을 해야 할지를 몰랐다.

“오늘 밤 가정부는 없어요. 천천히 놀다 가세요. 어서 들어오세요.”

이렇게 말하고 그녀는 불이 환하게 켜진 응접실로 시즈야를 잡아끌듯이 안내했다. 시즈야는 등나무의자에 앉고 손수건으로 땀을 닦고서는,

“정말…….”

라고 말을 꺼내자 그녀는 말을 가로막았다.

“위로의 말씀을 해주시려는 거죠? 고맙습니다. 하지만 사람 운명이란 알 수 없는 것이더군요. 제 남편은 그날 밤 당신과 함께 레스토랑에 가서 같은 것을 먹었으면서도 당신만은 이렇게 무사하신 걸요…….”

도시코가 시즈야의 얼굴을 바라보았기에 시즈야는 서둘러 눈이 부시다는 듯 깜빡거렸다. 도시코는 계속해서 말을 이었다.

“제 남편은 그날 밤 집으로 돌아오자 심한 구토를 시작하고는 3시간도 채 되지 않아서 죽었습니다. 마치 꿈만 같네요.”

“정말 그렇습니다.”라고 시즈야는 비로소 말을 할 수 있었다. “다음 날 걱정이 되어 이쪽을 찾아뵈었더니 사사키가 죽었다고 해서 깜짝 놀랐습니다. 위로의 말씀을 드리려고 해도 당신이 어디 계신지 알 길도 없고 해서 그날 이후로 매일같이 왔었습니다. 2주일이란 무척 길더군요.”

“그래요. 저도 병원에서 예방주사를 맞았어요. 당신도 주사를 맞으셨나요?”

“아뇨, 한두 번 정도의 주사만 가지고는 듣지 않는다고 하기에 귀찮아서 관뒀습니다.”

도시코는 그 말을 듣자 무슨 생각을 했는지 눈이 반짝였다.

“한두 번 정도로는 듣지 않더라도, 열 번 정도 맞으면 세균을 삼켜도 괜찮다던데요? 저는 매일 하루에 한 번씩 열 번 정도 주사를 맞았어요. 당신도 사사키처럼 죽기는 싫으시잖아요?”

“사사키가 죽었다는 소식을 듣고 나서 갑자기 죽기 싫어졌습니다.”

이렇게 말한 시즈야는 의미심장한 눈빛으로 도시코를 보았다.

“그럼 예전에는 죽고 싶으셨나요?”

시즈야는 왠지 갑자기 얼굴이 뜨거워지기 시작했기에 고개를 숙이고는 가만히 있었다.

“어서 말씀해보세요.”

시즈야는 한숨을 쉬었다.

“사실 예전에 뵙고 난 다음 자살하려고 했습니다.”

“왜요?”

“실망해서요.”

“무엇을요?”

“무엇이라니, 알고 계시잖아요.”

이렇게 말하고 그는 초등학생이 선생님 얼굴을 올려보듯 조심스럽게 도시코를 바라보았다. 두 사람의 시선이 맞았다. 도시코는 고개를 숙이고 손수건을 입으로 가져갔다.

“왜 그러시죠? 사사키가 죽어서 슬프신가요?”

도시코가 고개를 들고는 시즈야를 노려보았다. 그 눈은  열정으로 빛나는 눈빛이었다.

“제가 부끄러워졌어요.” 이렇게 말하고 또다시 고개를 숙이고는 조용한 목소리로 말했다. “얼마 전 당신한테 마음에도 없는 소리를 해버려서…….”

시즈야는 깜짝 놀랐다.

“그, 그렇다면, 도시코 씨는…….”

“남편한테는 미안하지만…….”

시즈야는 열병에 걸린 것처럼 비틀비틀 일어서서 도시코가 앉아 있는 의자 쪽으로 다가갔다.

“도시코 씨, 정말인가요?”라고 말하고서 그는 그녀 어깨 위에 손을 올렸다. 풍요로운 촉감이 그의 모든 신경을 자극했다.

“저, 불 좀 꺼주세요.”라고 도시코는 부끄러운 듯이 말했다.

시즈야는 응접실 입구에 있는 스위치 쪽으로 비틀거리며 걸어가서는 ‘찰칵’하고 눌렀다.

어둠이 두 사람을 감쌌다.

그리고……키스 소리.


6.

사랑을 하기에는 어두운 게 좋다. 이는 누구나 알고 있는 사실이다.

열려진 창문에서 미지근한 바람이 불어온다. 두 사람은 뜨거웠다.

키스가 끝나자……사내는 인내심이 없었다.

여자는 네 시간 기다려달라고 했다.

4시간! 왜?

그 4시간은 시즈야한테 있어서 ‘영원’처럼 느껴졌다.

그러나 기나긴 네 시간도 지났다. 여름밤은 밝아왔다.

그러자 사내는 암흑 속에서 이상한 소리를 냈다. 그 소리는 그런 상황에 전혀 어울리지 않는 것이었다.

“앗!”

구토 소리.

“으윽.”

구토 소리.

“호. 호. 호. 호. 호.” 날카로운 여자 웃음소리가 어둠 속에 울려 퍼졌다. “어떻게, 어떻게 당신이 사사키를 죽일 수 있죠? 비겁한 인간! 모를 거라고 생각하면 큰 오산이에요. 사사키는 예방주사를 몇 번이나 맞았거든요…….”

“으악!” 하고 배를 쥐어짜는 소리.

구토 소리.

“그래서 나는 금방 알았죠. 하지만 사사키는 독살됐는지도 모른 채로 죽었어요. 죽는 사람의 마음을 아프게 해서는 안 될 것 같아 저도 의사가 오진한 것을 다행으로 여기며 가만히 있었지요. 그래서 사사키는 예방주사도 듣지 않았다고 생각하며 죽어갔어요…….”

구토 소리.

“더구나 저는 당신을 경찰 손으로 넘기고 싶지 않았어요. 경찰한테 넘기면 사형이 될지 안 될지 모르잖아요? 저는 하루라도 빨리 내 손으로 복수하려고 했지요. 그래서 어제까지 예방주사를 맞고 살아있는 세균을 먹어도 병에 걸리지 않게까지 되었던 거예요. 방금 전 당신이 불을 껐을 때 병원에서 몰래 가져온 시험관에 든 살아있는 세균을 입에 넣었어요. 그리고 키스를 했죠. 알겠어요?”

구토 소리. 신음 소리.

“꽤나 괴로워 보이네요. 괴로워하세요. 올해 것은 독성이 강하니까 4시간이면 증세가 나타난다고 의사가 말하더군요. ‘4시간’의 의미를 알았죠? 자, 이제부터 당신은 괴로워하며 죽어가는 거예요. 불을 켤까요? 저런, 저런. 꼴 보기도 싫어요. 당신이 죽고 난 다음 경찰에 신고할 거예요. 아무리 부검을 해도 타살이라고는 절대 알 수 없겠지요. 호. 호. 호. 호. 호.”

구토 소리. 신음 소리.

죽음을 말하기에는 어두운 게 좋다. 이것도 역시……누구나 알고 있는 사실인지도 모른다.

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육종 (肉腫)

고사카이 후보쿠 (小酒井 不木) (1926)

번역 : 홍성필


1.

“안타깝지만 이미 늦었습니다. 더 이상 어떻게 손을 쓸 수가 없어요.”

나는 윗몸을 벗은 사내 오른쪽 어깨에 난, 어린 아이 머리만한 종양을 바라보며 말했다.

“그건 저도 각오하고 있습니다.”라고 의자에 앉은 사내는 가늘고, 그러나 저력 있는 목소리로 대답했다. “6개월 전에 선생님께서 말씀하신 대로 눈 딱 감고 오른팔을 떼어버렸다면 목숨은 건졌겠지만, 저 같은 노동자가 오른팔을 잃는다는 건 목숨을 잃는 거나 마찬가지기에 어떻게든 고칠 수 있는 방법이 없을까 해서 절에도 점쟁이도 찾아가보고, 여러 온천도 돌아봤으나 종양은 계속 커갈 뿐이었습니다. 이제 안 되겠습니다. 더 이상 살려고 애를 쓰지 않을 겁니다…….”

곁에 서 있던 부인 눈에서 눈물이 흐르고는 진찰실 리노리움(쿠션 바닥 - 역자 주) 위에 떨어졌다. 한여름 오후, 미지근한 바람이 울려 퍼지는 매미울음 소리와 함께 열어젖힌 창문을 통해 불어왔다. 나는 사내 등 뒤에 서서 갈색 피부에 덮인 갈비뼈와 함께, 군데군데 화산 분화구처럼 붉게 짓무르고, 자칫하면 인간 얼굴처럼 보일 수도 있는 움직이는 종양 덩어리를 보고 위로할 말을 찾고 있었다.

환자는 나를 돌아보지도 않은 채 고개를 숙이고는 말을 이었다.

“근데 선생님. 제 평생소원을 들어주시겠습니까.”

“무슨 부탁이세요? 제가 해드릴 수 있는 일이라면 무엇이든 해드리죠.”라고 대답하고 나는 환자 앞에 놓인 의자에 앉았다.

“들어 주시겠어요? 감사합니다.”라고 꾸뻑 인사하고는 “부탁이란 다름 아닌, 이 종양을 떼어주셨으면 합니다.” 이렇게 말하고는 그제서야 고개를 들었다.

이 뜻밖의 말을 듣고 나도 모르게 그의 얼굴을 응시했다.

아직 서른을 갓 넘은 나이지만 그 얼굴에는 60 정도 된 노인한테서나 보이는 주름이 잡히고, 푹 파인 눈에는 내 대답을 기다리는 불안감이 역력했다.

“하지만…….”

“아뇨. 걱정하시는 건 당연합니다. 저는 치료를 위해 이 종양을 떼어달라는 게 아닙니다. 제 오른쪽 어깨에 자리 잡고 6개월 동안 밤낮없이 저를 무척이나 괴롭혔던 이 지독한 녀석한테 어떻게든 복수를 해주고 싶어서입니다. 선생님 손으로 이 지독한 놈을 제 몸에서 떼어주시는 것만으로 족합니다. 가능하다면 제 손으로 마음껏 갈기갈기 찢겨내고 싶습니다. 그 소원만 들어주신다면 저는 마음 놓고 눈을 감겠습니다. 선생님. 제발 부탁입니다. 제 평생소원입니다.”

환자는 손을 모으고 내게 부탁했다. 간신히 움직일 수 있었던 오른팔은 왼손 절반정도까지 말라 있었다. 나는 환자의 지치고 지친 몸을 보고, 수술은커녕 마취도 견딜 수 없을 것 같았기에 부득이 말을 했다.

“예전에 말씀드린 바와 같이 이는 견갑골에서부터 나온 종양으로서, 어깨뼈는 물론 오른팔 전체를 절단해야 하는 큰 수술이라서 말이에요. 이렇게 쇠약한 상태에서 수술 도중에 만약 무슨 일이라도 생기면 큰일입니다.”

환자는 잠시 눈을 감고 생각했으나 이윽고 부인 쪽을 돌아보고 말했다.

“오토요(豊). 너도 각오하고 있지? 아무리 수술 중에 죽어도 이 놈을 떼어낸 것을 네가 봐준다면 그것으로 나는 충분해. 이봐, 너도 선생님한테 말씀 좀 드려봐.”

부인은 오열하기 시작했다. 그녀는 손수건으로 눈물을 연신 닦아내며 그저 나를 보고 고개만 계속 숙일 따름이었다. 나는 잠시 동안 어떻게 대답해야 할지 망설였다. 완치될 가망이 없는 환자를 수술하는 것은 의사로서 양심에 가책을 느껴지지만 인간적으로 생각하면 이럴 때 흔쾌히 환자 소원을 들어주는 것이 당연하지 않을까. 아무리 그대로 둔다 한들 1개월도 채 버티지 못한다. 만약 환자가 수술을 견디고 끔찍한 종양이 떼어진 자신 모습을 볼 수 있다면 분명 환자 마음은 편해질 것이다.

“좋습니다. 원하시든 대로 수술을 해드리겠습니다.”

나는 단호하게 대답했다.


2.

“정신이 드세요? 다행입니다. 수술은 무사히 끝났습니다. 안심하세요.”

다음 날 오전에 치러진 수술 후 환자가 마취에서 깨어났다는 소식을 듣고 곧바로 병실로 찾아갔다. 나는 횐 시트 속에서 내민 흙색 얼굴을 보고 위로하듯 말했다. 침대를 둘러싸고 부인과 간호사 모두 불안한 심정으로 그의 얼굴을 바라보았다.

“감사합니다.”

환자는 아직 희미하게 클로로포름 냄새를 풍기며 대답했다.

“안정을 취하세요.”

간호사에게 필요한 지시를 한 후 물러나려 하자,

“선생님!”

하고 환자가 불렀다. 이 목소리에는 힘이 담겨져 있었으며 지금 마취에서 막 깨어난 사람 목소리 같지 않았다. 나는 그 자리에 멈춰 섰다.

“제발 부탁입니다. 종양을 보여주세요.”

나는 깜짝 놀랐다. 환자의 기력에 놀랐다기보다는 집념에 놀랐던 것이다.

“나중에 천천히 보여드리겠습니다. 지금은 가만히 계셔야 해요.”

“제발 지금 당장 보여주세요.” 이렇게 말하고 그는 고개를 꾸벅 숙였다. 나는 두 손을 뻗어 가로막으면서,

“움직이면 안 된다니까요. 갑자기 움직이면 의식을 잃는 수가 있어요.”

“그러니 기절하기 전에 보여주세요.”라고 말하고는 또다시 깊숙이 고개를 숙였다.

나는 일종의 압박을 느꼈다. 종양을 떼어낸 모습을 보고 싶다는 원을 풀어주기 위해, 해서는 안 될 수술을 굳이 강행한 내가 어찌해서 지금 그의 요구를 거부할 수 있겠는가. 나는 간호사에게 방금 절제한 그의 오른팔을 갖고 오도록 명했다.

이윽고 간호사는 거즈로 덮인 직경 60센티미터 정도 되는 타원형 법랑철기(琺瑯鐵器)로 만들어진 쟁반을 들고 왔다. 이를 본 환자는,

“이봐, 오토요. 날 좀 일으켜주게.”

라고 말했다.

“안 돼. 안 돼요.”

나는 큰 소리로 말렸으나 그는 고집을 부리는 어린아이처럼 꼭 일으켜달라고 떼를 쓰면서 누구의 말도 들으려 하지 않았다. 일어나는 것은 분명 위험하다. 위험하다는 사실을 알면서도 나는 그의 말을 따를 수밖에 없었다. 나는 오른쪽 어깨에서 왼쪽 겨드랑이에 걸쳐 흉부 전체에 붕대를 감은 가벼운 등을 손으로 받치며 뇌빈혈을 일으키지 않도록 지극히 조심스럽게 침대 위에 일으켜 앉혔다. 환자는 매우 긴장해서인지 생각보다 멀쩡했으나, 그래도 이마에는 식은땀이 스며 나왔다.

나는 간호사한테 그의 몸을 받치고 있도록 한 다음 환자의 두 다리를 덮은 흰 시트 위에 법랑철기로 만들어진 쟁반을 살며시 올려놓고 거즈 덮개를 걷어냈다. 다섯 손가락, 손바닥, 전박, 상박, 견갑골, 그 견갑골에서 나온 육종이 머리가 되고 전체가 마치 일종의 생물 시체인 것처럼 피범벅이 되어 누워 있었다. 환자 얼굴에는 마치 무력해진 원수를 보는 것처럼 만족스러운 표정이 떠오르고는 두세 번 침을 삼켰다. 그의 눈에는 팔의 상박부(上膊部) 쪽은 보지도 않고 오직 육종 표면에만 쏠려있었다.

약 3분 정도 그는 묵묵히 바라보고만 있었으나 갑자기 그 호흡이 거칠어지기 시작했다. 요오드포름 냄새가 실내에 풍겼다.

“선생님!” 하고 그는 떨리는 목소리로 소리쳤다. “수술하실 때 쓰시던 칼을 빌려주세요.”

“네?”라며 나는 놀랐다.

“어쩌시려고요?”라고 부인도 걱정스럽다는 듯이 그의 얼굴을 들여다보며 물었다.

“알 것 없어. 선생님, 빨리요!”

나는 기계적으로의 명령에 따랐다. 2분 후 나는 수술실에서 가져온 은색 메스를 쟁반 위에 올려놓았다.

그러자 그는 문득 그 왼손을 뻗어내어 육종을 움켜쥐었다. 그의 눈은 독수리처럼 번쩍였다.

“으음. 차가워. 죽었군!”

이렇게 말하고서 그는 부인 쪽을 돌아보았다.

“오토요. 이 붕대를 풀고 내 오른쪽 어깨를 꺼내주게!”

생각지도 못한 말에 나는 매우 놀랐다. 극심한 전율이 내 모든 신경을 쥐고 흔들었다.

“어머, 여보…….”라고 하는 부인.

그리고는 끔찍한 10초 동안의 침묵! 그 10초 동안에 환자는 자신의 오른팔이 절단되어 눈앞에 있다는 것을 분명히 인식한 것 같았다.

“우후, 우후…….”

신음소리인지 웃음인지 또는 기침인지도 모르는 소리를 내었다 싶더니 그의 입술이 보라색으로 변하면서 맥이 풀리고는 간호사 팔에 기대었다. 그 때 그의 왼손은 몸과 함께 뒤로 당겨졌으나 왼손 손가락이 육종 조직 깊숙이 파고들어있었기에, 절단된 오른팔은 쟁반에서 들려나와 흰 시트 위로 떨어졌다.

그리고 5초 후, 단말마의 경련이 일어났을 때, 그 오른팔도 함께 흰 시트 위에서 요동치며 주변 사방에 피의 반점을 뿌려댔다.

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메두사의 머리(メューサの首)

고사카이 후보쿠 (小酒井 不木) (1926)

번역 : 홍성필


T의과대학 4학년 여름 방학에 우리는 졸업시험을 위해 친구인 마치다(町田)와 함께 둘이서 이즈산(伊豆山)에 있는 S여관에 갔습니다. 6월 말이었기에 피서객도 아직 그리 많지 않았으므로, 공부하기에는 매우 좋았으나, 공부는 명분만 그럴 뿐, 저희들은 신나게 놀고 말았습니다.

동양에서 최고라고 하는 센닌(千人)온천을 단둘이서 독점하고 헤엄치거나 삼대온천폭포를 맞기도 하였으며, 철도가 보이는 방에서 당구를 치거나, 돌멩이만 수두룩한 해안을 걸으며 모래 없는 것을 개탄하기도 하고, 아니면 방안에서 하츠시마(初島)를 멍하니 바라보거나, 오징어만 먹은 탓에 설사를 하거나, 때로는 많은 돌계단을 올라 이즈산 신사를 참배하고, 또 어떤 때는 아타미(熱海)까지 달밝은 밤길을 산책하곤 하면서 눈 깜짝할 사이에 며칠이 흘렀습니다.

이것저것 하는 사이에 저희는 당구장에서 한 젊은 여인과 친해졌습니다. 그녀는 고도의 신경쇠약에 걸려, 여기 S여관에서 요양 중인 동경의 Y라고 하는 부유한 집 외동아들을 돌보고 있는 간호사였습니다. 아들은 거실에서 나오지 않았으나, 그녀는 매우 쾌활하여 벌써 3개월이나 머물고 있다면서 여관도 아무런 거리낌 없이 돌아다녔으며, 조금 지나자 저희들 방에도 자연스럽게 들어와 오랜 시간동안 부질없는 세상 이야기나 하고 나갔습니다.

그녀는 카드게임을 좋아했기에 저희들은 종종 게임을 하고, 진 쪽이 얼굴이나 몸에 먹을 칠하기로 하였습니다. 그러므로 대개 마지막에는 셋 모두 기이한 몰골을 하고 물속으로 뛰어들었습니다. 후에 저희들은 그녀의 몸에 뱀이나 개구리 같은 징그러운 것도 그리거나, 또는 합죽이 가면 같은 것을 그려 놀고 있었습니다. 그러나 손님이 그리 많지 않았기에, 저희들은 서로 몸에 잔뜩 낙서를 당해도 아무렇지 않게 탕으로 들어갔습니다. 한 번 온천 폭포를 몇 번 맞으면 아무리 심한 낙서라도 깨끗이 씻겨 내려갔습니다.

어느 날 오후, 저희들 셋이 여느 때와 같이 온몸을 괴물 같은 먹그림으로 범벅을 하고 웃으면서 온천으로 들어오자, 한 50세 정도의 백발을 한 동안(童顔)신사가 센닌온천에 들어와 있었습니다. 항상 대부분의 손님들은 저희들이 장난 친 모습을 보고는 웃음을 터뜨렸으나 이 신사는 이와 같은 장난을 좋아하지 않는 듯, 간호사의 가슴에 그려진 ‘게’ 그림을 보자 깜짝 놀란 얼굴로 고개를 돌렸습니다. 그러나 간호사는 눈치를 채지 못한 듯 여전히 밝게 웃으며 욕탕 안으로 들어갔으나, 마치다와 저는 조금 이상한 기분이 들어 서로 마주보고는 따라 들어갔습니다.

그것을 끝으로 저희들은 그 신사에 대해 잊고 말았습니다. 그러나 저녁식사가 끝나고 저희들 둘은 이즈산 신사 계단을 오르려 하자, 그 신사가 위에서 내려오고 있었습니다. 신사는 온천에서 보았던 모습과는 전혀 다른, 지나치게 친근한 태도로 말을 걸어 왔습니다.

“당신들은 벌써 오랫동안 계신가요?”

라고 물었습니다.

“아뇨, 아직 열흘 정도밖에 안 됐습니다.”

라고 제가 말하자,

“저는 방금 전 오후에 도착했습니다.”

그때 바다 쪽에서 갑자기 차가운 바람이 거세게 불어오고는 하나 둘 굵은 빗방울이 떨어지기 시작하여 왠지 금세 빗줄기가 굵어질 것 같았으므로, 저희들은 신사에 가는 것을 그만두고 신사와 함께 서둘러 S여관으로 돌아왔습니다.

“어떠세요? 제 방으로 오시지 않겠습니까?”

라고 신사가 말했으므로 저희들은 편안한 마음으로 바다 쪽 신사 방으로 들어갔습니다. 그 때 빗줄기는 물보라를 칠 정도로 큰 비가 내려 하츠시마 부근은 이미 아무 것도 보이지 않았고 날은 점점 어둑어둑해져갔습니다.

저희들은 열어 제친 미닫이 문턱에 걸터앉아 이런저런 이야기를 하고 있었는데, 불현듯 신사는 진지한 표정으로,

“오늘 함께 목욕탕에 들어오신 여성은 가까운 분이신가요?”

라고 물었습니다.

저희들은 그 간호사에 대해 알고 있는 점만을 말하고, 그리고 카드게임에서 진 쪽한테 그런 낙서를 한다고 설명했습니다.

그러자 신사는 웃을 줄 알았더니 어두운 가운데에도 알아볼 정도로 진지한 표정을 지으며 잠시 동안 말없이 생각에 잠겨있었습니다.

저는 조금 자리가 불편해져서 마치다와 얼굴을 마주보고는 비가 쏟아지는 바다 위로 시선을 돌렸습니다. 그 때 신사는 갑자기,

“이런 말을 하면 이상하게 생각할지 모르겠지만, 아무리 농담이라고 해도 젊은 여인의 몸에 그림 같은 것을 그려서는 안 됩니다.”

라고 말했습니다.

신사 목소리가 무척 심각했기에 저희들은 자신도 모르게 얼굴을 뚫어지게 쳐다보았습니다.

“그건 왜죠?”

라고 마치다가 물었습니다.

신사는 또다시 입을 다물고 있었으나, 짧은 한 숨을 내쉬고는,

“잘못하면 뜻밖의 비극이 일어날지도 모르기 때문입니다.”

라고 말했습니다.

저희들은 조금 섬뜩했습니다. 그때 습한 바람이 불어와, 여름인데도 소름이 끼쳤습니다. 도대체 이 신사는 누구일까. 왜 이런 기분 나쁜 소리를 하는 것일까. 여자 몸에 그림을 그리면 왜 뜻밖의 비극이 일어난단 말인가. 이와 같은 의문이 떠오름과 동시에, 제 마음속에는 일종의 호기심이 점점 생겨났습니다. 이 신사는 분명 어떤 색다른 경험을 한 일이 있을 거야. 이런 생각이 들자 저는 그 자초지정을 꼭 들어보고 싶었습니다. 마치다도 마침 저와 같은 심정이었는지,

“뜻밖의 비극이라는 건 어떤 걸 말씀하시는 거죠?”

라고 물었습니다.

그러자 신사는,

“아뇨. 이런 묘한 말을 하면 아마도 여러분들께서는 이상하게 생각하시겠죠. 사실 저 자신의 경험에서 말씀드린 건데, 말을 꺼낸 이상 처음부터 제 경험을 말씀드리도록 하지요.”

그렇게 말하고 다음과 같은 말을 했습니다. 그 때 주변은 이미 어둠에 휩싸였으나 신사는 불을 켜려고 하지도 않았습니다.

저는 지금까지 아무 일도 안 하고 이렇게 놀고 있지만, 사실은 여러분들 선배입니다. 메이지 xx년에 T의과대학을 졸업하고 산부인과 교실에 6개월 정도 신세를 지고, 부모님의 희망에 따라 매우 미숙한 재주를 가졌음에도 니혼바지(日本橋) K동에 병원을 세워 진찰에 종사했습니다. 저도 학창시절에는 여러분들처럼 자주 온천을 다니며 공부하곤 했기에, 역시 졸업시험 전인 여름방학 때는 어떤 온천에서 지냈습니다. 저도 매우 장난기 많고 무척이나 낙천적인 사람이었으나, 개업하자 곧바로 부모님이 돌아가셨다는 점과, 어떤 입원환자에 대해 기괴한 경험을 한 후, 의학이라는 것이 싫어져, 다행이 저 혼자 먹고 살만한 자산은 있었기에 개업 후 6개월 만에 병원 문을 닫고 결혼도 하지 않은 채 계속 홀몸으로 놀며 살아온 것입니다. 본래 인간으로서 놀고먹는 일만큼 큰 죄도 없다는 것을 알긴 하지만, 도저히 두 번 다시 의사를 할 용기가 안 나기에 이렇게 멋대로 돌아다니며 유람하는 수밖에 없습니다.

그럼 이야기를 제가 개업했던 당시로 돌아갑시다. 어느 날 제 병원으로 27~28세 정도 되는 배가 부른 한 환자가 진찰을 받으러 왔습니다. 저는 그녀를 보자마자 어딘가에서 예전에 본 적이 있다고 생각했습니다. 그리고 그녀의 매우 여윈, 그러나 무척이나 아름다운 얼굴을 바라보며 어딘지 모르게 소름이 돋았습니다. 그녀는 자기 배가 불러와서 진찰을 받으러 왔으나, 진단을 해보자 이는 임신이 아니라 간장견변증(肝臟硬變症), 즉 배가 나온 것은 복수(腹水) 때문이었으며, 황달은 확인하지 못했으나 복벽에는 ‘메두사의 머리’ 징후가 뚜렷하게 나타나 있었습니다. 여러분들은 이미 배웠으니 설명할 것도 없겠지만, 메두사란 물론 그리스 신화에서 고곤(Gorgon) 전설에 나오는 괴물이며, 그 머리카락이 뱀이라고 합니다. 간장경변증의 경우에는 간장 혈관에 압박당하기에 반대로 복벽 정맥이 부어올라 피부를 통해 뱀이 꿈틀거리는 것처럼 보여, 그 정맥이 배꼽 부위를 중심으로 해서 사방으로 뻗어가는 모습이 메두사의 머리를 꼭대기에서 보는 것처럼 생겼기에 메두사의 머리라고 이름이 붙은 것이죠. 뭐라고요? 강의 때 이런 말을 듣지 못하셨다고요? 그렇다면 제가 착각했나요. 아무튼 좋습니다. 여하튼 잔강경변로 인하여 복수가 찬 환자의 복벽을 잘 보세요. 그리스 신화를 읽은 적이 있는 사람이라면 분명 환자 뱃속에 메두사의 머리가 들어있는 것처럼 보일 것입니다.

그런데 간장경변증은 좀처럼 치료되지 않습니다. 복수를 빼내면 환자는 일시적으로 몸이 가벼워지기는 하지만, 다시 물지 차 와서, 결국 점점 무거워지고는 사망하고 맙니다. 그러나 혈관이 압박되기 때문에 물이 차는 것이므로, 혈액순환을 잘 해주기 위해 수술을 통해 복내혈관과 복벽혈관을 연결해주면 환자의 수명을 연장시킬 수 있습니다. 네? 이걸 타르마씨 수술이라고 한다고요? 글쎄요. 제가 있을 때에는 그런 이름이 있었는지 잘 기억이 안 나지만, 만약 그 타르마 씨라는 사람이 발견하기 전에 제가 그와 같은 수술을 배웠다면, 그것을 가르쳐준 △△교수는 실로 대단한 학자일 것입니다. 아무튼 설령 그 수술을 했다 하더라도 근본적으로 간장경변 환자를 살리기는 힘들므로 제가 그 여성을 진찰하고는 막막한 심정이었습니다.

그러자 그녀는 걱정스러운 제 얼굴을 보고서,

“선생님, 임신이죠?”

라고 물었습니다. 저는 이것을 듣고, 자신도 모르게

“아니요. 그렇지 않습니다.”

라고 분명히 대답했습니다.

그녀는 잠시 동안 가만히 제 얼굴을 보고 있었으나,

“선생님, 사실을 말씀해주세요.”

라고 피로에 지친 눈으로 말했습니다.

“정말입니다. 임신은 아닙니다.”

저는 이렇게 대답하면서도 만약 그녀가 임신이었다면 얼마나 마음이 편했을까 하는 생각을 하지 않을 수 없었습니다. 그리고 저는 그때 그녀에게 간장경변증이라고 말을 해줄 용기가 도저히 나지 않았습니다. 제가 속으로 크게 고민하고 있는 모습을 보고 그녀는 말했습니다.

“선생님, 제발 제 배를 봐 주세요. 선생님은 제 뱃속에 들어 있는 끔찍한 괴물 머리가 안 보이시나요?”

“네?”

저는 온몸에 찬물이라도 끼얹은 것 같아 되물었습니다. 그녀는 ‘메두사의 머리’를 알고 있다고 생각하자 저는 왠지 아픈 곳을 찔린 것만 같았습니다.

“선생님.”

그녀는 진찰용 침대 위에 여전히 누운 채로 제 얼굴을 뚫어지듯 바라보며 말했습니다.

“제 뱃속에는 분명 끔찍한 괴물이 있습니다. 선생님께서는 그리스 신화에 나오는 메두사의 머리를 알고 계시지요? 제 뱃속에는 메두사의 머리가 있어요. 선생님, 자세히 봐주세요. 메두사 머리카락인 뱀들이 제 피부 밑에서 꿈틀거리는 게 보이시죠? 어때요? 움직이잖아요.”

저는 이 말을 듣고 난감한 환자가 찾아왔다는 사실을 슬퍼했습니다. 그녀는 분명 착란증세가 있었으며 질병으로 인한 고통 때문에 정신이 이상해졌다고 생각하면서도 그녀의 말에 조금도 광인과도 같은 점이 없다는 사실을 이상하게 여겼습니다. 아마도 강한 신경성이며, 그리고 뱃속에 있는 피하혈관의 모습과 커진 배를 보고 메두사의 머리를 임신했다며 착각한다고 생각했습니다. 그러나 그녀가 메두사의 머리라고 생각하고 있는 것은 그녀가 간장경변증이라는 설명을 하기에 좋았으며, 또한 그녀의 망상을 반박할 만했기에 아예 이 자리에서 그녀의 질병에 대해 사실을 알려주는 편이 메두사의 머리를 임신했다는 망상 때문에 괴로워하는 것보다 행복할 것이라고 생각하여 저는 간장견변증에 의해 일어나는 증상을 자세하게 설명해주었습니다.

그러자 제 이 설명은 제가 예상했던 것과는 전혀 정반대의 결과를 초래했습니다. 즉, 그녀는 제 설명을 듣자,

“그것 봐요. 선생님도 제 뱃속에 있는 걸 메두사의 머리라고 알고 계시잖아요. 제 뱃속에 메두사의 머리가 들어앉아 있다는 사실을 제게 말하기 싫어서 선생님 멋대로 그런 병명을 만들고는 저를 속이려 하는 거죠? 제발 선생님, 사실을 말해주세요.”

그녀는 매우 진지했습니다. 오히려 어이가 없다기보다는 가여워졌습니다. 대체 왜 그녀는 그와 같은 완고한 망상을 갖게 되었을까요. 초보자로서 자신의 배에 나타난 혈관을 보기만 했다면 과연 메두사의 머리라고 연상할 수 있을까. 아니, 여기에는 분명 무슨 깊은 이유가 있을 것이다. 그녀의 이 망상을 제거하기 위해서는 우선 그 원인을 알아야 한다. 이렇게 생각하고서 저는,

“도대체 당신은 왜 메두사의 머리를 임신했다고 믿는 거죠? 인간이 그런 괴물을 임신한다는 일은 절대 있을 수 없잖아요?”

이렇게 물었습니다.

이 말을 듣자 그녀는 슬픈 표정을 지었습니다.

“아아, 선생님은 전혀 저한테 동정을 안 해주시는군요. 옛날 중국에 뭐라고 하는 여자는 쇠기둥에 기댔더니 쇠구슬을 낳았다고 하잖아요. 저도 메두사의 머리를 임신할 만한 훌륭한 이유가 있어요.”

“그건 어떤 이유인가요?”

“그럼 선생님, 한 번 제가 신상을 말씀드릴 테니 들어주세요. 저는 본래 기술사(奇術師) △△서커스단에 고용된 배우였어요. 제가 고아였다는 점이 그와 같은 운명으로 이끌었는데, 다른 사람들과 달리 외모가 좋았기 때문에 다소 돈을 모을 수 있었습니다. 그런 사회에 들어가면 쉽게 타락하기 십상인데 저는 선천적으로 묘한 버릇이 있어 지금까지 처녀를 지켜올 수 있었어요. 그 묘한 버릇이란, 글쎄요, 어떻게 말씀드릴까요. 선생님은 물론 그리스 신화 속에 나오는 나르시스 전설을 알고 계시죠? 나르시스가 쌍둥이 여동생을 잃고 슬픈 나머지 어느 날 연못을 들여다보자 자신의 모습이 비추어, 그것을 여동생이라 생각하고 그리워했다는 그 슬픈 이야기를 말이에요. 저는 마치 나르시스가 자신의 몸에 애착을 느낀 것처럼 저 자신과 제 몸에 대해 애착을 느꼈어요. 제 친구들이 사랑이다, 남자다, 하고 난리를 피우고 있는데도 저는 혼자서 자기 자신을 연인으로 생각하고 있었으며, 그랬기에 남자를 가까이 한다는 것을 두렵게 생각했지요. 남자를 가까이 해서 그 남자 때문에 저 자신의 연인, 즉 제 몸이 빼앗기기 싫었기 때문이에요. 저는 항상 혼자 있을 때는 거울 앞에 앉아서는 가만히 그 속에 있는 저 자신의 몸을 바라보았습니다. 어깨에서부터 가슴까지 걸친 부드러운 곡선이 말로 표현할 수 없을 정도로 그리움을 느끼게 하여, 저도 모르게 거울에 대고 입을 맞추곤 했습니다. 그렇다고 제가 육체적이나 생리적으로 비정상인 곳은 없었지만 이성에 대해서는 아무 것도 느낄 수 없었지요. 제 미모 - 제가 말하는 것도 이상하지만 - 를 사모해서 제게 접근하는 남자들은 상당히 많았지만 저는 그저 냉소로써 대할 뿐이었습니다. 손을 잡는 것조차도 저는 용납하지 않았어요. 어쩌다가 다른 사람의 몸이 제 몸에 우연히 닿는 일이 생긴다면, 저는 제 몸에 대해서 극심한 질투를 느꼈습니다. 저는 자신의 외모가 자랑스러웠어요. 하지만 그건 단지 제 마음을 만족시키기 위했을 뿐이며 저는 자기 자신을 위해 제 외모가 영원히 쇠퇴하지지 않도록 기도했어요.

그런데 지금부터 1년 전에 저는 신경쇠약에 걸려 서커스단을 은퇴하고 XXX온천에 갔습니다. 그건 마침 여름 무렵이었는데 산속이라 매우 시원하고 제가 묵었던 곳은 피서객으로 붐볐습니다. 한 달쯤 머무는 동안 신경쇠약은 완전히 회복되어 제 몸에는 살이 붙어서 훨씬 아름다워졌으며, 따라서 매일 거울 앞에서 지내는 시간이 길어졌습니다. 지금까지 말씀드린 이유로 다른 사람을 만나는 일이 싫었으므로 개인용 목욕탕에 들어가는 것 외에는 방안에서 지냈는데, 그러자 다른 사람의 호기심을 자극했는지 저를 보고 싶어하는 사람이 투숙객 중에도 상당히 많았지요.

방안에서 주로 지냈으므로 자연히 저는 독서를 많이 했습니다. 그 중에서도 그리스 신화를 좋아했습니다. 그런데 어느 더운 날 오후, 목욕탕에 들어가 홍차를 마시고 여느 때와 같이 신화 책을 펼치고는 마침 고곤의 전설을 읽고 있었더니 평소답지 않게 졸음이 오기에 책을 펼쳐놓은 채로 잠이 들었습니다. 그러자 저는 무서운 꿈을 꿨어요. 꿈속에서 제가 페르세우스(그리스 신화의 영웅)가 되어 메두사의 머리를 잘라냈더니 그 끔찍한 머리가 제 배로 뛰어 들어왔습니다. 저는 깜짝 놀라 깨어보니 왠지 머리가 무겁고, 시계를 보자 3시간이나 잠을 잤었다는 것을 알았기에 놀라서 거울을 보고는 머리를 빗고, 여느 때처럼 옷을 모두 벗었더니, 그 때 저는 저도 모르게 꺄악하고 소리쳤습니다. 제 배 위에 가득히 메두사의 머리가 생생하게 나타나 있잖아요. 저는 꿈속을 생각하고 이 기이한 현상을 보고 태어나서 처음으로 크게 놀랐습니다. 저는 한때 정신을 잃을 뻔했습니다만 자세히 배를 보자 메두사의 머리는 먹으로 그려진 것이어서 손에 침을 묻히고는 그 위를 문질렀더니 잘 지워졌기에 저는 재빨리 수건에 따뜻한 물을 적시고는 배 위에 그려진 메두사의 머리를 닦아내었습니다.

그리고는 제가 차분하게 생각하자 분명 누군가가 수면제로 저를 잠이 들게 하고 메두사의 머리를 장난으로 그렸다고 생각했습니다. 저는 장난 그 자체보다도 누군가가 제 육체에 손을 댔다는 사실이 너무나도 화가 났습니다. 그와 동시에 저는 메두사의 머리가 제 몸속으로 뛰어들었다는 꿈이 정말로 일어날 것만 같아서 경악을 금치 못했습니다.

저는 장난을 친 사람을 증오했지만 소란을 피우며 찾아내기는 싫었습니다. 그래서 저는 서둘러 그 숙소를 나와 동경으로 돌아왔습니다만, 메두사의 머리가 제 몸속으로 뛰어들었다는 꿈과 먹으로 배 가득히 그려진 메두사의 머리에 대한 인상이 언제까지나 지워지지 않았을 뿐만 아니라, 날이 가면 갈수록 점점 더 선명하게 기억이 남았습니다. 꿈틀꿈틀 거리는 선으로 그려진 뱀 모습이 거울을 볼 때마다 배 위에 환각으로 나타나, 그 후에는 거울을 보는 일조차 무서워졌습니다.

동경으로 돌아왔을 당시에는 아무렇지도 않았는데, 두 달쯤이 지나자 몸에 이상이 나타나기 시작했어요. 점점 살이 빠지는 것 같고 숨이 차기 시작했으며 월경이 멈췄습니다. 월경이 멈춤과 동시에 제 배가 조금씩 부풀어 오르는 것 같았어요. 저는 설마 메두사의 머리를 꿈에서처럼 임신한 것이 아닐까 하고 걱정이 나날이 늘어만 갔었는데, 결국 제 걱정이 현실이 되어 나타났지요.

어느 날 제가 거울을 보고 부풀어 오른 배를 자세히 보자 피부 밑에 어렴풋이 꿈틀거리는 배가 보이잖아요. 정말 메두사 머리가 배로 들어온 것이에요! 이렇게 생각하자 저는 미쳐버릴 것만 같았어요. 그리고는 날마다 제가 얼마나 고통을 겪었는지 선생님도 상상이 가실 거예요. 메두사의 머리 때문에 제가 사랑하는 연인, 즉 제 몸이 파괴된다는 생각을 하자 안절부절 할 수 없어, 결국 이렇게 선생님을 찾아 온 겁니다. 선생님, 이래도 아직 제가 메두사의 머리를 임신한 게 아니라고 말씀하실 건가요?”

이 말을 듣고 어떻게 대답해야 할지 망설였습니다. 저는 이미 그녀에게 반항할 용기를 잃고 있었습니다.

“이것에 대해서 선생님께 부탁이 있어요.”

그녀는 한층 더 힘을 주며 말을 이어갔습니다.

“저는 오늘까지 어떻게 해서든 참아왔지만 더 이상 메두사의 머리 때문에 제 육체가 파괴되는 것을 용납할 수 없게 되었어요. 그러니까 제 배를 갈라 메두사의 머리를 꺼내주셨으면 좋겠습니다. 선생님, 제발 저를 불쌍히 여기신다면 제 부탁을 들어주세요.”

저는 놀랐습니다. 이 끔찍한 난제에 맞닥뜨린 저는 심하게 당황했습니다. 저는 오히려 그 자리에서 도망쳐버릴까 하고 생각했을 정도였습니다. 그러자 제가 당황하는 모습을 알아차린 그녀는,

“선생님. 선생님은 아마 저처럼 묘한 버릇을 가진 사람이 태연하게 몸을 남에게 맡기고 수술 받는다는 일을 이상하게 생각하시겠죠. 하지만 제 외모를 유지하기 위해서라면 저는 어떤 일이라도 참아낼 거예요. 메두사의 머리만 꺼내버리면 저는 외모를 되찾을 수 있어요. 그 기쁨을 생각한다면 어떤 희생이라도 치루겠습니다. 선생님, 흔쾌히 제 수술을 맡아 주세요.”

저는 어쩐지 일종의 위압감을 느꼈습니다. 마침 그 때 제게 어떤 생각이 불꽃처럼 번뜩였습니다. 그래, 이 여자의 복수를 빼내고 혈액순환을 잘 해주면 그것으로 메두사의 머리도 빼낼 수 있지 않는가. 아예 흔쾌히 수술을 맡아 간장경변증에 대한 수술을 해주자. 이렇게 생각하자 저는 어깨가 씬 가벼워지는 것 같았습니다. 하지만 이 쇠약한 몸이 과연 수술을 견뎌낼 수 있을지가 문제였습니다.

“알겠습니다. 수술은 해드리도록 하죠. 그러나 당신은 지금 매우 쇠약한 상태이시니 과연 수술을 견뎌낼 수 있을지가 걱정입니다.”

“수술을 받고 죽는다면 더 이상 바랄 것이 없습니다.”

그녀는 의연하게 말했습니다.

“수술을 안 받는다면 끝내는 메두사의 머리한테 이 몸을 빼앗기는 것이 되니, 하루라도 빨리 제 이른바 연적(戀敵)이라고 할 수 있는 괴물을 꺼내버리고 싶은 거예요.”

“알겠습니다. 그렇다면 내일 수술을 합시다.”

그러게 저는 대답했습니다.

다음 날 오전에 저는 수술을 하기로 결심했습니다. 저는 그 때 즉시 수락했지만, 도저히 그녀 몸으로는 마취와 출혈을 견딜 수 없을 것 같아 불안에 사로잡혔습니다. 그래서 그 날 밤 여러 가지 고민을 하느라 충분히 수면을 취하지 못했습니다.

드디어 날이 밝았습니다. 저는 수술 전에 그녀를 찾아가자, 그녀는 어제와 전혀 달리 힘없는 소리로 말했습니다.

“선생님, 나약한 사람이라고 웃을지는 모르겠지만, 만약 수술에서 죽는 일이 있으면 안 되니까 제가 죽은 다음의 일을 부탁드리려고 해요. 저의 얼마 안 되는 돈에 대한 처분은 선생님께 맡기겠지만, 제 시신에 대해서는 제가 말씀드리는 대로 처리해주세요. 제가 만약 살았다면 꺼내주신 메두사의 머리를 제가 불태우며 바라보고 싶지만, 만약 죽은 경우에는 제 몸과 함께 불에 태워, 그리고 그 불에 타서 없어지는 제 모습을 저 대신 선생님이 봐주셨으면 해요.”

이 말을 듣고 저는 말할 수 없는 공포를 느꼈습니다. 만약 수술이 무사히 끝나고 마취에서 깨어난 뒤 메두사의 머리를 보여 달라고 하면 어떻게 할까 고민했습니다. 아예 그녀가 수술 중에 사망하는 게……라는 생각마저도 들었습니다.

“그리고 선생님. 사실 저는 아직 하나 더 마음에 원하는 것이 있어요. 그건 온천여관에서 제 배에 낙서를 한 인간을 찾아내서 마음껏 복수하고 싶다는 거예요. 그것이 누구인지는 모르겠지만, 만약 제가 죽으면 분명 복수할 수 있을 거예요. 영혼은 아무리 어려운 일도 할 수 있다고 하니까요.”

저는 그 말을 듣고는 비틀비틀 쓰러질 정도로 공포에 떨었습니다. 얼마나 소름 끼치는 여자의 집념일까요.

“복수라니, 어떤 일을 하려고요?”

저도 모르게 되물었습니다.

“영혼이 되면 그 인간한테 평생토록 붙어 다닐 거예요.”

저는 왠지 숨이 막혀왔습니다.

“알았습니다. 모두 당신이 말씀하신 대로 하겠습니다. 하지만 죽는다는 일은 절대 없을 겁니다.”

이렇게 말하고 저는 그녀의 병실을 나와 수술준비를 했습니다.

그런데 제 예상은 안타깝게도 빗나갔으며, 그녀의 심장은 마취조차도 견디지 못하고 수술을 시작하고 5분도 지나지 않아 사망하고 말았습니다. 이렇게 말하면 매우 쉽게 들리겠지만, 제가 그 동안에 얼마나 당황하고 고민했으며 비통한 마음을 느꼈는지는 당신 상상에 맡기겠습니다.

그리하여 그녀는 자신의 망상의 희생이 되어 죽어갔습니다. 물론 어차피 오래 살 수는 없는 몸이었으니 제가 죽였다고는 할 수 없겠지만, 제게는 아무리 해도 그녀의 죽음에 대해 책임이 있는 것 같이 느껴집니다.

저는 그녀의 차가워진 시신을 바라보며, 그녀가 생전에 말한 끔찍한 말을 떠올리고는 놀랐습니다. 그녀는 역시 영혼이 되어 그녀 배에 메두사의 머리를 그린 사람에게 매달려 있을까.

저는 그로부터 그녀의 소원대로 XX화장터로 그녀의 시신을 옮기고는 화장을 하도록 했습니다.

드디어 그녀가 벽돌로 만들어진 화장터 한 곳에서 불에 타오르기 시작했을 때 저는 두려웠지만 약속대로 그녀가 불타는 모습을 지켜보기로 했습니다. 아니, 저는 지켜보지 않고서는 견딜 수 없는 충동에 사로잡혔습니다.

지금 생각하면 그것은 안 보는 편이 좋았습니다. 그렇다고 해서 무슨 초자연적인 일이 일어난 것은 아닙니다. 그것은 지극히 평범하고 당연한 일이지만, 제 마음이 흥분하지 않을 수 없었던 것은 그녀가 불타는 모습에서 무서운 환각을 일으킨 것입니다.

그녀는 온몸에 불길에 휩싸이고 있었습니다. 그런데 그 불길 하나하나가 붉은 뱀처럼 보인 것입니다. 말하자면 그녀의 불타는 몸 전체의 모습이 하나의 메두사의 머리처럼 보였던 것입니다. 그리고 몇 갈래인지도 모르는 수많은 불뱀들이, 제가 철창 틈사이로 바라보았을 때에는 한 번에 제가 있는 쪽으로 덤벼드는 것처럼 보였습니다.

“악”하고 비명을 질렀으나 그것을 끝으로 저는 그 자리에서 졸도하고 말았습니다.

이야기라는 것은 이것뿐이지만, 마지막에 꼭 한 번 말씀드려두어야 할 중요한 것이 있습니다. 이미 눈치를 채셨을 지도 모르겠으나, 사실 그녀의 배위에 메두사의 머리를 낙서한 것은 다른 사람도 아닌 저 자신이었던 것입니다. 저는 졸업시험 준비를 위해 XXX온천에 가서 그녀와 같은 여관에 묵었습니다. 그녀는 불가사의한 여자라고 여관 사람들한테 소문이 났었습니다. 저는 호기심 때문에 그녀의 모습을 보고 있는 동안, 그녀가 일종의 변태성욕, 말하자면 나르시시즘을 가지고 있다는 사실을 발견했습니다. 그래서 제 특유의 장난기가 발송하여 그녀의 몸에 먹그림을 그려 놀래주려고 결심하고는 기회를 노리고 있었습니다. 그러던 어느 날, 그녀가 목욕탕에 간 후, 몰래 그녀의 방으로 들어가 홍차가 든 물병에 수면제를 넣어두었더니, 역시 그녀는 홍차를 마시자마자 잠이 들었습니다. 그러고 난 후 저는 벼루상자를 들고 그녀에게 다가가서 무엇을 그릴까 하고 문득 옆을 보자 그리스 신화 책이 펼쳐진 채로 놓여 있어, 메두사의 머리가 그려져 있기에, 바로 이것이라며 그것을 그리고는 몰래 빠져나왔습니다. 다음 날 그녀가 여관을 떠났으므로 어쩌면 자신이 저지른 장난 때문인가 하고 마음에 걸렸으나 그대로 잊고 지냈습니다. 그런데 우연히도 개업을 한 후 바로 말씀드린 것처럼 그녀가 방문하고, 그리고 그와 같은 끔찍한 경험을 한 것입니다. 모두가 우연의 집합이면서도 저는 어쩐지 그녀의 죽음에 관계된 것처럼 느껴져 화장터에서 졸도하고는 한때 머리가 멍했으므로 결국 의사업을 폐하게 되었습니다. 이것도 모두 그녀의 집념 때문인지도 모릅니다. 어쩌면 그녀의 영혼이 지금도 계속 제 몸에 매달려있는지도 모릅니다.

그래서 저는 젊은 여성 몸에 낙서를 하면 뜻밖의 비극이 일어날 지도 모른다고 말씀드리는 것입니다.

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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)

연애곡선(恋愛曲線)

고사카이 후보쿠(小酒井不木)(1926)

번역 : 홍성필

친애하는 A군!

자네의 인생 최대의 축제를 축하하기 위해 나는 지금 내 정성어린 기념품으로서 ‘연애곡선’이라는 것을 보내려 하고 있네. 이와 같은 선물은 결혼식 때는 물론 기타 어떠한 경우에 있어서도 일본은 고사하고 중국이나 서양, 아니 천지개벽 이후 아직 누구 손에 의해서도 시도되지 않았으리라 하고 나는 매우 자랑스럽지 않을 수 없네. 가난한 일개 의학자인 내가 아무리 자신의 전 재산을 걸고 산 물건이라 하더라도 백만장자 2세인 자네한테는 절대 만족을 줄 수 없을 것이라고 믿은 나는 심사숙고한 끝에 이 연애곡선을 생각해냈고, 이것이라면 충분히 자네 마음을 움직일 수 있을 것이라믿으며 이 편지를 쓰면서 나는 태어나서 처음으로 이처럼 가슴 뛰는 설렘을 느껴본다네. 자네가 결혼하려 하는 유키에(雪江) 씨는 나와 모르는 사이도 아니기에 자네들의 영원한 행복을 바라 마지않는 나로서는 여기에 자네를 위해 정중하게 연애곡선을 바치며 이로써 내 마음을 전하고자 한다. 자네는 나와 같은 고집쟁이 과학자가 연애라는 문자를 사용하는 것조차 우스워할지도 모르지만, 그러나 나는 자네가 생각하는 만큼 ‘냉혈인간’은 아니며, 다소 따뜻한 피는 흐르고 있다고 본다네. 그렇기에 자네 결혼에 있어서 무관심할 수 없어 고심한 끝에 듣기에도 좋은 이름을 가진 이 선물을 생각해낸 것이지.

자네 결혼이 내일로 다가왔는데 오늘 밤 서둘러 편지를 쓴다는 것은 지극히 결례일지도 모르지만 연애곡선 제조가 오늘 밤이 아니면 불가능하기에 조급해하면서도 간신히 내일 아침 자네한테 보내게 되고 말았네. 아마도 자네는 매우 분주하겠으나 하지만 나는 자네가 아무리 분주하더라도 내가 보내는 이 편지를 끝까지 읽어 주리라고 굳게 믿고 있네. 그래서 나는 민폐를 끼치는 김에 연애곡선이 무엇인지를 충분히 설명해두려고 하네. 한 마디로 말하자면 연애의 극치를 곡선으로 표현한 것인데, 유사 이래 아무도 시도해보지 않은 선물의 유래를 말하지 않는다면 자네도 좀 허전하겠고 나도 매우 아쉽기에 다소 번잡하더라도 참고 읽어주길 바라네.

이 연애곡선의 유래를 가장 명확하게 이해하기 위해서는 우선 전반적으로 자네 결혼에 대한 내 심정부터 말해야만 하겠지. 자네를 마지막으로 본 것이 약 6개월 전. 그 동안 아무런 소식이 없었던 내가 갑자기 자네한테 느닷없이 이처럼 기이한 선물을 하게 된 데에는 무슨 깊은 사정이 있을 것이라고 짐작하겠지. 아니, 총명한 자네는 나아가 그 이유가 무엇인지도까지도 어쩌면 알고 있는지도 모르겠군.

자네의 이른바 “차가운 피밖에 안 흐르는” 내가 사랑의 패배자라는 사실을 자네는 충분히 알고 있을 것이야. 그래서 나에 대해 사랑의 승리자인 자네는 내 선물이 슬픈 추억으로 가득 차 있다는 사실을 알아주기 바라네. 물론 자네는 많은 여자를 울린 경험이 있다고는 하나, 본인 스스로는 실연의 고통을 맛본 적이 없을 테니 어쩌면 동정심을 일으켜줄지도 모르지. 실로 자네는 여자에 대해 신기한 능력을 가진 사내이야. 자네 눈으로 보기에는 단 한 명의 여자를 빼앗기고 실연의 늪 속으로 빠져 들어간 남자 존재를 오히려 이상하게 생각하겠지. 그러나 어떻게 생각해도 좋다. 나는 역시 자네의 그 신기한 능력이 부럽기 짝이 없다네. 특히 자네의 재력에 있어서는 부러운 것을 지나쳐서 혐오스럽기까지 하다네. 그 재력 앞에서 먼저 유키에 씨 부모님이 무릎 꿇고, 결국 유키에 씨도 무릎을 꿇지 않을 수 없게 만들고 말았지. ……아니, 이런 말을 하는 것은 마치 내가 자네에 대해 끔찍한 적개심을 가지고 있는 것처럼 보일지도 모르겠지만, 나는 원래 의지가 약한 인간이라서 어느 누구한테 적개심을 품지 못한다네. 만약 정말로 자네를 증오하고 있다면 이와 같은 선물은 하지 않았을 것일세. 자네에 대해 매우 결례일지는 모르겠으나 실제로 여전히 유키에 씨에 대해 강한 애착을 가지고 있는 내가 유키에 씨의 남편이 되고자 하는 자네를 어찌 증오할 수 있겠는가. 나는 이 편지를 쓰면서도 여전히 자네 둘의 진정한 행복에 대해 생각하고 있다네.

6개월 전에 실연의 상처를 입은 나는 그 후 세상과 담을 쌓고 연구실에 틀어박혀 그저 생리학 연구에 종사했었지. 그 때부터는 연구 자체가 내 생명이자 연인이었네. 때로는 비 내리는 날 오래 전에 앓았던 늑막염 자리가 다시 아파오면 마음 속 옛 상처도 함께 통증이 느껴질 때가 있었으나 모두 지나간 일이라며 포기하고는 연구에 매진하여 겨우 요즘 들어 슬픈 기억이 가라앉았기에 하마터면 자네들 결혼날짜까지 잊을 뻔했지만, 얼마 전 공교롭게도 어떤 사람으로부터 자네가 드디어 내일 결혼한다는 편지를 받고는 그 때문에 가라앉았던 기억들이 무척이나 빠른 속도로 되살아났기에 결국 이번 선물을 계획하기에 이르렀다네.

자네는 실업가이니 과학자이니 하는 사람이 어떤 생활을 하고 어떤 것을 생각하며 어떤 연구를 하는지 아마도 모르고 있을 테지. 외견상 과학자의 생활은 매우 무미건조하고 그 연구내용 또한 삭막하기 짝이 없지만 참된 과학자는 항상 인류에 대한 생각을 염두에 두고 인류에 대한 끊임없는 애정을 가지고 활동하고 있으며, 따라서 참된 과학자에게는 - 사이비 과학자는 또 모르지만……아마 누구보다도 따뜻한 피가 흐르고 있어야 하네. 실제로 누구보다 따뜻한 피가 흐르지 않고서는 참된 과학자일 수가 없지.

자, 내가 실연의 고통을 맛보고 나서 선택한 연구주제가 무엇인가 하니, 자네, 웃지 말게나. 심장의 생리학적 연구라네. 그러나 나는 ‘broken heart’라는 말에서 따온 것은 절대 아니야. 그 정도 센스는 내게 없네. 찢어진 심장을 수리하기 위해 우선 심장 연구를 시작했다고 하면 매우 소설적이긴 하겠으나 나는 다만 학생시절부터 심장 기능에 매우 흥미를 가지고 있었기에 좋아하는 주제를 고른 것에 지나지 않네. 그런데 이렇게 우연히 선택한 연구주제가 놀랍게도 도움이 되어 자네 인생에 있어서 가장 기뻐할만한 행사장에 연애곡선을 보내게 된 것이지.

연애곡선! 이제부터 드디어 연애곡선의 설명에 들어가고자 하는데, 그 전에 한 마디. 심장이 보통 어떤 방법으로 연구되고 있는지를 살펴보아야 하네. 심장 기능을 완전히 이해하기 위해서는 심장을 몸 밖으로 꺼내서 검사하는 것이 가장 좋은 방법이지. 심장은 아무리 그것을 몸 밖으로 꺼내도 적당한 조건만 갖추어 주면 아무렇지도 않게 박동을 계속하거든. 단순히 하등동물의 심장만이 아니라 일반 온혈동물에서 사람에 이르기까지 그 심장은 몸을 떠나도 독립적으로 확장과 수축의 두 가지 운동을 되풀이한다네. 심장을 꺼내면 그 개체는 죽는다. 개체는 죽더라도 심장은 계속해서 움직인다! 이 무슨 불가사의한 현상인가. 시험 삼아 지금 자네의 심장을 꺼내어 뛰게 하면 어떤 상태일까, 또는 시험 삼아 지금 유키에 씨의 심장을 꺼내어 뛰게 어떤 상태일까. 나아가 자네 심장과 유키에 씨 심장을 나란히 놓고 뛰게 하면 어떤 현상을 볼 수 있을까. 자네! 손발이나 몸통을 갖춘 인간한테는 지극히 위선이 많지만 심장은 말 그대로 적나라하니 분명 아무런 거리낌 없이 박동 칠 게야. 결혼을 눈앞에 둔 자네들의 심장을 생각하며 이런 허황된 상상을 하며 나는 지금 이 편지를 쓰고 있네.

잠시 샛길로 빠졌으나 동물은 물론 인간 심장도 그 개체가 죽은 후에도 이를 채취하여 적당한 조건 하에 두면 또다시 움직이기 시작하는 법이네. 클리어브고라는 사람은 사후 20시간을 지난 인간 시체로부터 심장을 잘라내어 이를 움직여봤는데 약 1시간 동안 틀림없이 계속 박동 쳤다는 것이야. 인간이 죽어도 심장만이 20시간이나 더 살아있다는 것이 보기에 따라서는 얼마나 심장이 생에 대한 집착이 강한지를 알고도 남음이 있을 걸세. 옛날 사람이 연애의 상징으로서 하트모양을 선택한 것도 우연이 아닌 것 같네. 그래서 생각하기에 따라서는 심장이야말로 인생의 모든 신비가 담겨 있다고 해도 과언이 아닌 것 같더군. 또한 인생의 신비를 찾으려던 내가 심장 연구를 대상으로 한 것도 우연이 아니라고 할 수 있으리라.

연애곡선의 유래를 말하기 위해서는 어떻게 해서 심장을 꺼내고 어떠한 방법으로 심장을 뛰게 만드는가를 일단 언급해야 하네. 자네가 분주하다는 것은 충분히 할고 있으나 편지를 쓰고 있는 나도 이 편지를 다 쓰자마자 연애곡선을 제조해야 하므로 상당히 마음이 급하다네. 그러나 나는 다시 말하지만 자네가 충분히 이해해주기를 바라며, 가능하다면 자네 심장 표면에 이 편지를 새겨주고 싶을 정도이니 조금만 참고 읽어 주게나.

처음 나는 개구리 심장을 꺼내어 연구했으나 의학은 말할 것도 없이 인간을 대상으로 하는 학문이므로 가급적 인간에 가까운 동물을 고르고 싶다는 생각을 하여, 나중에는 주로 토끼 심장에 대한 연구를 계속했네. 그러나 개구리 심장보다 토끼 심장이 다루기가 더욱 복잡하므로 상당히 숙련을 요하는 일이었으며, 처음에는 조수가 필요했을 정도였으나 나중에는 혼자서도 모든 일을 할 수 있게 되었지. 우선 토끼를 고정기 위에 눕힌 후 묶어놓고는 에테르 마취를 한다. 토끼가 충분히 잠이 든 것을 확인하고 메스와 가위를 사용하여 흉벽 심장부를 가급적 넓게 잘라낸 다음 심장낭(心臟囊)을 절개하면 그 곳에는 힘차게 활동하는 심장이 드러난다. 가슴 속에 숨겨진 심장은 외풍에 닿더라도 태연하게 활동을 계속한다. 자네! 정말 심장은 알 수 없는 놈이야. “하트는 내 마음대로 할 수 없다”고 어떤 이가 그랬다고 하는데, 정말 맞는 말이네. 드디어 심장이 나타나자 이번에는 그것을 잘라내는데, 그대로 메스를 대면 출혈 때문에 수술을 하지 못하게 되니, 대정맥, 대동맥, 폐정맥, 폐동맥 등 대혈관을 하나하나 실로 묶은 다음 메스로써 그 대혈관들을 절단한다.

채취한 심장은 곧바로 일단 섭씨 37도 내외로 데운 로크씨액이 든 접시 속에 집어넣는다. 밤 열매만한 토끼 심장은 역시 힘없이 일시적으로 박동을 중단한다. 그 때 재빨리 폐동맥과 폐정맥 입구를 묶고 대동맥과 대정맥 입구에 유리관을 연결시키고는 곧바로 꺼낸 다음 특별히 만들어진 30입방센티 정도 되는 상자 속 적당한 장소에 유리관을 연결시킨 다음 섭씨 37도로 데워진 로크씨액을 주입시키면 놀랍게도 심장은 움직이기 시작한다. 이 로크씨액이라는 것은 염화나트륨 1프로센트, 염화칼슘 0.2퍼센트, 염화칼륨 0.2, 중탄산나트륨 0.1퍼센트 수용액으로서 거의 혈액 중 염류성분 양에 일치하기 때문에 심장은 혈액이 공급되는 것과 동일한 상태가 되어 그 박동을 계속하는 것이다. 하지만 그저 이 액을 주입시키기만 하면 심장은 결국 지치고 만다. 아무리 생에 대한 집착이 강한 심장이라도 외부로부터 에너지를 받지 않는다면 움직일 수가 없다. 쉽게 말하자면 음식이 없다면 움직이지 않으므로 보통 이 액 중에는 에너지의 근원, 즉 심장의 음식으로서 소량의 혈청알부민 또는 포도당을 넣으면 심장은 오랫동안 박동을 계속한다. 가장 좋은 방법은 로크씨액 대신 혈액을 통과시키도록 하는 것이지만 일반 실험에서는 로크씨액 만으로 충분하다. 한편 심장을 자유롭게 활동시키기 위해서는 산소를 필요로 하므로 일반 로크씨액에 산소를 섞어 통과시킨다.

심장을 움직이게끔 하는 상자 속 공기 온도도 역시 섭씨 37도 내외로 맞추어 놓는다. 그리고 로크씨액은 상자 위로부터 흘러들어가게 해 놓았으며 심장을 통과한 액체는 상자 밑으로 떨어진다. 상자 속에서 심장만이 움직이고 있는 광경은 도저히 자네가 상상도 못할 정도로 엄숙한 느낌을 주는 것이라네. 채취된 심장은 훌륭한 하나의 생물이다. 장미처럼 붉은 바탕에 노란 국화 꽃잎을 뿌려놓은 듯한 육체를 갖는 기이한 생물체는 바닷가에서 헤엄치는 해파리처럼 수축과 확장의 두 운동을 율동적으로 되풀이한다네. 그리고 가만히 그 운동을 바라보면 심장은 마치 자신의 자유의지를 가지고 있는 것처럼 느껴지지. 어떤 때는 그 심장에 작은 눈과 코가 생기고 모체로부터 떼어내진 것을 원망하는 것 같이 보이기도 하고, 또 어떤 때는 세상 공기에 닿은 것을 기뻐하는 것처럼도 보이고, 나아가 또 어떤 때는 심장만을 떼어내어 본래 심장기능을 연구하려 하는 과학자의 어리석음을 비웃는 것처럼도 보인다. 그러나 이것은 어디까지나 내 상상에 지나지 않을 뿐, 원래 심장은 몸 안에 있거나 몸 밖으로 꺼내져도 온힘을 다해 일하는 것으로서 all or nothing 법칙이 엄연히 이루어지고 있는 것이라네. 즉, 심장은 일단 일하기로 마음을 먹으면 전력을 다 해 일한다네. 말하자면 심장만큼 충실히 일을 하는 것은 좀처럼 찾아볼 수 없을 걸세. 이 점이 또한 연애의 상징으로서 가장 적합하다고 나는 생각하네. 다시 말해서 어떤 자극이 와도 자극 과다에 의해 박동방법이 변하는 것이 아니라 박동할 때는 전력을 다해 뛰고, 박동하지 않을 때는 절대 뛰지 않는다는 심장의 성질은 마치 재력이나 기타 외부의 압력에도 끄떡하지 않는 연애가 갖는 성격과 비등할 수 있다고 생각하네. 진심으로 사랑하는 동지에게는 아무리 어떤 장애물이 그 사이를 막고 있더라도 여느 무선 전파가 오고 가는 것처럼 그 심장 박동의 파도는 서로 오간다고 느껴진다는 말일세. 실제로 자네가 알고 있는지는 모르겠으나 심장은 움직일 때마다 전기가 발생하기에, 그 전기를 연구하기 위해 전기심동계 같은 것이 개발되고 있다네. 그리고 이 전기심동계야말로 내가 계획한 이른바 연애곡선을 만들어 내는 것일세.

그러나 전기심동계의 설명으로 가기 전에 위와 같이 채취한 삼장 운동을 어떻게 분석하여 연구하는가를 설명해야 하겠지. 단지 육안으로 관찰할 뿐이라면 정확한 비교연구가 불가능하기에 반드시 그 운동을 적당하게 기록하여야 하네. 그 운동을 기록한 것이 즉 ‘곡선’이지. 따라서 연애곡선이라는 말은 연애운동의 기록이라는 것을 의미하네. 자네는 지진이 지진계에 의해 곡선으로서 기록되는 것을 들은 적이 있겠지. 지금 그을음을 바른 종이를 원기둥에 감아놓고 그것을 규칙적으로 회전시켜서 운동하는 물체가 돌출한 가느다란 지렛대 끝을 그 종이에 닿게 하면 그 물체의 운동에 따라 특수한 곡선이 하얗게 나타나네. 심장운동도 이와 같은 방법에 의해 종이 위에 쓸 수 있지만, 나는 특히 심장에서 발생하는 전기에 관심이 있기에 주로 위에서 언급한 전기심동계를 사용하여 연구를 진행했네.

모든 근육이 운동할 때에는 반드시 어느 정도의 전기가 발생하지. 이른바 동물전기 같은 것이 바로 그것인데 심장도 근육으로 만들어진 장기이므로 박동마다 전기가 발생하네. 그리고 그 전기가 발생하는 모습을 곡선으로 나타내려는 기계가 전기심동계라네. 이 기계를 처음으로 발명한 사람은 네덜란드의 아인트웨인이라는 사람일세. 곡선이라고 해도 앞에서 말한 것처럼 단순한 게 아니야. 그 원리는 다소 복잡하네. 심장에서부터 나오는 전기를 일정한 방법에 의해 도출해 내고 그것을 거미줄보다도 가느다란 백금으로 도금한 석영(石英) 실로 통과시켜 실의 양쪽 끝에 전자석을 두면 실을 통과하는 전류의 힘에 의해 그 실이 좌우로 흔들리므로 그 실을 아크 등으로 비추면 실 그림자가 죄우로 크게 흔들리고, 그것을 가느다란 틈새를 통해서 사진용 감광지에 직접 비춰서 이를 현상하면 심장의 전기 강도를 나타내는 곡선이 하얗게 드러나게 되네. 감광지는 영화 필름처럼 감겨 있으므로 20분, 30분 동안의 심장운동 모습도 연속적으로 곡선에 나타낼 수 있네. 내가 자네에게 보내고자 하는 곡선도 그 감광지에 나타낸 곡선 다름 아니라네.

자, 나는 우선 내 연구 준비로서 채취한 심장에 대해 여러 종류의 약물 작용을 연구했다네. 즉, 처음에 로크씨액을 심장으로 연결하고 평상시의 곡선을 사진에 찍고, 그 다음 시험하려는 약품을 로크씨액에 섞어 통과시키고는 그 때 일어나는 심장 변화를 곡선으로서 촬영하는 것이네. 육안으로만 보면 그리 변화가 없는 것처럼 보이지만, 곡선을 비교하면 명확한 변화를 확인할 수 있으며, 이것에 의해 그 약물이 심장에 어떻게 작용했는가를 알 수 있지. 지기타리스, 아토로빈, 무스카린 등 맹독에서부터 아드레날린, 컨플, 카페인 등 약제에 이르기까지 심장에 작용하는 독성약품 대부분에 걸쳐 나는 하나하나의 곡선을 만들어냈네. 하지만 여기까지는 특히 새로운 연구는 아니며, 이미 많은 사람들에 의해 시도된 것이기에, 말하자면 내 본 연구에 대한 대조시험에 지나지 않았네.

그렇다면 내 본 연구는 무엇인가 하니, 한 마디도 말하자면 각종 정서와 심장기능과의 관계일세. 그러니까 소위 말하는 희로애락의 감정이 발생했을 때 심장은 그 전기발생 상태에 어떠한 변화를 미치는가 하는 점이지. 누구나 경험하는 바와 같이 놀랐을 때나 화가 났을 때에는 심장 박동이 변화하지. 나는 그것을 채취한 심장에 대해서 이른바 객관적으로 관찰하려 했네. 공포를 느낄 때 혈중 아드레날린이 증가한다는 사실은 이미 다른 학자들이 인정했으니, 공포를 느낄 때의 혈액을 잘라낸 심장 속에 주입시키면 아드레날린이 통과했을 때 같은 변화가 곡선으로 나타나야만 하네. 이 사실을 근거로 유추할 때에는 공포 외에 다른 감정일 때에도 혈액에 어떠한 변화가 있어야 하며, 따라서 동물에 희로애락의 감정을 일으키도록 하고 그 때의 혈액을 잘라 낸 심장한테 주입하여 전기심동계에 의해 곡선을 찍는다면 각종 감정일 때 혈액 속에 어떠한 성질의 물질이 나타나는가를 추정할 수는 셈이지.

그러나 이와 같은 연구에는 두말할 것도 없이 수많은 어려움이 동반하네. 이상적으로 말한다면 심장을 잘라내었을 때 똑같은 동물이 화가 나도록 만든다거나 고통을 주거나 해서 그 혈액을 주입시켜야 하는데 이는 불가능하네. 그러므로 하는 수 없이 ‘갑’ 토끼 심장과 ‘을’ 토끼 심장 등 여러 종류의 감정 발생에 있어서의 혈액을 채취하고 그것을 통해 연구하기로 했네. 다음으로 한층 더 어려운 점은 토끼를 화나게 하거나 슬프게 만드는 일이라네. 토끼는 본래 무표정하게 보이는 동물이므로 그 표정으로 희로애락을 확인할 수는 없기에, 화를 내게 해도 토끼는 화가 나지 않았을 수도 있고, 또한 즐겁게 한다고 해도 토끼는 의외로 즐거워하지 않을지도 모른다는 생각을 하자 당황하지 않을 수 없었네.

그래서 나는 토끼 실험을 중지하고 개에 대해서 해보기로 했네. 즉 ‘갑’ 개의 심장을 떼어낸 다음 ‘을’ 개를 화나게 하거나 즐겁게 한 다음 그 혈액을 채취하여 주입시키는 것일세. 이 방법으로 곡선을 만들 수는 있었으나 역시 이상적이지 않았네. 그 이유는 기껏 개를 즐겁게 해주어도 막상 피를 채취할 때에는 크게 화를 내기에 결국 분노 곡선에 가까운 것이 생기고, 그렇다고 하여 개를 마취시킨다면 무감정일 때의 곡선밖에 안 나오기에 그저 화를 낼 때 또는 공포를 느낄 때의 곡선만이 비교적 이상적인 것에 가까운 그림이 나오더군.

이와 같은 이유로 각종 감정을 나타낼 때 혈액이 심장한테 미치는 영향을 이상적인 곡선으로 그리기 위해서는 인간에 대한 실험 외에 없네. 인간이라면 화가 났을 때의 혈액, 슬플 때의 혈액, 기쁠 때의 혈액이 비교적 쉽게 채취할 수 있기 때문이지. 그렇다고는 하나 인간을 이용한 실험에서 어려운 점은 인간 심장이 쉽게 얻을 수 없다는 점일세. 죽은 사람의 심장조차도 좀처럼 손에 넣을 수 없는데 하물며 산 사람의 심장이라니. 그러므로 부득이 하게 나는 토끼 심장으로 실험하기로 했네. 혈액에 관해서 또한 아무도 흔쾌히 혈액을 제공해주지 않으므로 나는 나 자신의 혈액을 사용해서 실험하기로 했네. 즉, 나는 여러 소설을 읽고 때로는 슬퍼하고, 때로는 분노하고, 때로는 기쁨을 느끼며 그 때마다 주사바늘로 왼쪽 정맥에서 5그램 씩 혈액을 뽑으며 실험했네. 토끼나 개 경우에도 그랬으나 모든 혈액을 채취할 때는 응고를 막기 위해 주사바늘 속에 일정량의 수산(蓚酸)을 넣어두었네.

이렇게 해서 얻어진 곡선을 연구해보면 기쁠 때, 슬플 때, 괴로울 때 등에 의해 그 곡선에 분명한 차이가 인정되네. 공포를 느낄 때의 곡선은 역시 아드레날린을 주입시켰을 때의 곡선과 흡사하고 쾌락을 느낄 때에는 모르핀을 주입시켰을 때의 곡선과 유사했지만, 그것은 단지 유사하다는 데에 지나지 않았기에 미세한 점에 이르러서는 각각 특수한 차이가 인정되었네. 그리고 나중에 나는 연습에 의해 어떤 것이 공포 곡선인지, 무엇이 유쾌함의 곡선인지, 무엇이 아드레날린 곡선인지, 무엇이 모르핀 곡선인지를 그림만 보고도 구별할 수 있게 되었지. 한편 이 곡선은 토끼 심장을 써도 개 심장을 써도, 그리고 새롭게 양 심장을 써도 같은 변화를 초래한다는 사실을 경험했네.

그러나 자네. 학문 연구에 종사하는 자는 누구나 연구 상 욕심이 깊어지기 마련이기에, 토끼나 개나 양에 대해서 같은 결과가 나왔다면 그것으로 만족해야 했지만, 나는 한 발자국 더 나아가 어떻게 해서든 인간의 심장에 대해서도 실험을 해보려고 한 것일세. 앞에 적은 대로 인간 심장은 사후 20시간을 지나도 계속 박동시킬 수 있었기에, 시체 심장이라도 좋으니 얻을 수 있었으면 좋겠다며 병리해부학 교실이나 임상과 교실 사람한테 부탁해두었지.

그랬더니 운 좋게 어떤 여성 심장 하나를 얻을 수 있었다네. 그녀는 19세의 결핵환자였네. 그녀는 사랑하는 남자에게 버림받고 절망한 나머지 건강을 해하여 내과에 입원하고는 끝내 회복되지 못했지만, 그녀는 생전에 입버릇처럼 “제 심장에는 분명 크게 금이 가 있을 거예요. 제가 죽으면 제발 꼭 심장을 해부해서 학문적으로 도움이 되게 해 주세요.”라고 말했다더군. 마침 내 친구가 그 담당이었기에 그녀의 유언에 따라 내가 그 심장을 받았네.

지금까지 토끼나 개, 고양이 심장을 끄집어내는 데에 익숙했던 나도 아무리 시체라고는 하지만 그 여자의 양초와 같은 차갑고 흰 피부를 만지고 메스를 댔을 때는 일종의 전율이 손끝 신경에서부터 온몸으로 전해왔지. 그러나 얇은 지방층, 유독 붉은 근육층, 늑골이라는 순서로 절개하여 흉곽을 벌리고 심낭을 찢어 심장을 꺼냈을 때쯤 나는 역시 여느 때와 같은 냉정한 모습으로 돌아와 있었네. 일단 그녀의 심장에는 금이 가 있지는 않았으나 현저하게 왜소했네. 지금까지 살아있는 동물들의 심장만을 목격해 온 나로서는 처음에 심장 같지도 않더군. 사후 15시간이 지났으나 이상할 정도로 차가웠기에 나는 채취한 심장을 손에 쥔 채로 멍하니 넋을 잃었지. 순간 정신이 들어 미지근한 로크씨액 안에 넣고 잘 씻은 다음 상자 속 장치를 통해 로크씨액을 주입하였더니, 처음에 심장은 마치 잠을 자듯이 가만히 있었지만 잠시 후 꿈틀꿈틀 하고 움직이기 시작하고, 잠시 후에는 힘차게 박동하기 시작했네. 예상은 했었지만 나는 그 여성이 소생한 것처럼 느껴져 말로 표현할 수 없는 감동을 받아 나는 어느새 실험을 잊고 그 미묘한 운동을 바라보았지. 그리고 그 심장 주인에 대해 생각했네. 실연! 얼마나 슬픈 운명이란 말인가. 나는 그 때 남 이야기 같지가 않았다네. 나도 역시 실연의 고통을 맛보고 있는 인간 아닌가. 과거 이 심장 주인이 살아 있었을 때 이 심장은 얼마나 처절하게, 얼마나 슬프게 뛰었을까. 지난날의 괴로운 기억도 지금은 로크씨액에 의해 씻겼는지 마음 편히 수축과 확장의 두 운동을 되풀이하고 있더군. 아마도 그녀는 실연한 다음 단 하루도 이 심장은 평온하게 박동하지 않았을 것일세. 뛰어! 뛰어라! 로크씨액은 얼마든지 있으니 뛰어라! 마음껏 뛰고 또 뛰어라.

문득 정신을 차리자 심장은 현저하게 그 힘이 약해졌다. 그럴 만도 하다. 박동을 시작하고 이제 1시간이 지나려 하고 있었네. 예정에도 없던 못한 상상을 하느라 시간을 낭비하고 감정연구를 잊고 있던 나는 과학자로서의 냉정함을 잃었다는 사실에 대해 부끄러워하면서, 기껏 귀중한 재료를 얻었으면서도 이를 허비하는 것은 아깝게 느껴졌네. 그리고 갑자기 떠오른 생각이 실연 감정 연구였지. 실연한 사람의 심장에 실연을 한 내 피를 주입시켜 곡선을 그린다면 그야말로 이상적인 곡선을 얻을 수 있지 않을까.

나는 재빨리 여느 때처럼 왼쪽 팔에서 혈액을 뽑고는 그것을 그 심장 속으로 주입시키고 전기심동계를 작동시켰네. 점점 힘이 빠졌던 심장은 내 혈액이 닿자마자 갑자기 힘차게 30회 정도 뛰더니 다시 힘이 빠지고는, 이번에는 완전히 멈추고 말았네. 즉 심장은 죽었던 것일세. 영원히 죽고 말았지. 그러나 곡선만은 선명하게 찍히고 분석연구를 해보자 비애와도 고통과도 분노와도 공포와도 그 어느 것에도 속하지 않으면서 또한 모든 종류와 닮은 성질을 가지고 있는 것처럼도 보였다네.

그럼 실연곡선을 만든 나는 실연의 반대 감정인 연애곡선도 얻고 싶다는 생각하기에 이르렀네. 그야말로 끊일 줄을 모르는 과학자의 욕망일세. 그러나 과거에는 연애를 느껴도 지금은 실연밖에 느끼지 않는 내가 어떻게 연애곡선을 만들 수 있으랴. 이는 도저히 불가능하다. 이렇게 생각하고 포기하려 하였으나 만들어보고자 하는 호기심은 커져만 갔으며, 잠시 후에는 일종의 강박관념에 사로잡혀 버리더군. 그렇다고 해서 이는 자네한테 매우 실례되는 말이지만 자네와는 달리 유키에 씨 외에는 그 누구에게도 사랑을 느끼지 않았던 내가 이제 와서 누구에게 참된 사랑을 느낄 수 있단 말인가. 실제로 나는 참된 사랑을 유키에 씨 이외의 사람에게는 느끼지 못했다. 그렇다면 도저히 연애곡선은 얻을 수 없다는 말이 되네. 하지만 그런 생각이 들다가도 일단 사로잡힌 강박관념은 쉽게 사라지지 않았지. 그래서 하는 수 없이 실연으로 하여금 연애가 되게 하는 방법이 없을까 하고 나는 열심히 생각했네. 생각하고 또 생각하고……. 나는 정말 미칠 정도로 생각했지.

그런데 공교롭게도 얼마 전 어떤 사람으로부터 자네와 유키에 씨가 드디어 결혼한다는 사실을 전해 들었네. 그러자 마치 달궈진 숯에 불이 붙은 것처럼 실연의 슬픔은 내 몸속에서 불타올랐지. 말하자면 나는 실연에 있어서 절정에 도달한 것일세. 그 때 나는 이 절정에 달한 실연을 그대로 응용하여 연애곡선을 쓸 수 있다는 신념을 얻었네.

자네는 수학에서 마이너스와 마이너스를 곱하면 플러스가 된다는 것을 배웠겠지. 나는 이 원리를 응용하여 실연을 연애로 바꾸려고 했네. 즉, 실연의 절정에 도달한 내 혈액을 실연의 절정에 도달한 여성 심장에 주입시키면 그 때 그려진 곡선이야말로 연애의 극치를 나타내는 것이라고 생각한 것일세. 이렇게 말하면 실연의 절정에 도달한 여자를 어디서 데려와야 하는가를 자네는 묻겠지. 그러나 걱정할 필요는 없네. 무엇보다 내가 이상과 같은 원리를 생각해낸 것도 사실은 실연의 절정에 도달한 여자를 찾았기 때문이며, 그 여자는 바로 자네와 유키에 씨의 결혼을 편지로 알려준 장본인일세.

자네도 아마 짚이는 구석이 있겠지. 그 편지 발송인이야말로 자네 결혼에 의해 실연의 극치에 도달한 사람일세. 자네는 많은 여성을 사랑한 적이 있으니 여자 마음을 어느 정도 알고 있겠지만, 그 여성도 내가 유키에 씨 하나를 사랑하듯, 한 남자밖에 참된 사랑을 느끼지 않았기에 자네들의 결혼에 의해 실연의 절정에 도달한 것일세. 마찬가지로 자네 결혼에 의해 실연을 느낀 나와 그 여자가 하나의 곡선을 만들어낸다면 그야말로 앞서 말한 원리에 의해 바로 연애곡선이 아니겠는가. 더구나 그 여성은 절망한 나머지 죽으려 하고 있네. 이보게. 죽음보다 더한 힘이 이 세상에 있다고 생각하는가. 나는 그 여성의 결심을 듣고 실연에 대한 내 감정이 오히려 부족다는 사실을 알고 부끄러웠다네. 나는 그 여성을 위해 용기를 얻을 수 있었네. 그리고 오늘 밤 그 여성을 직접 만나, 그녀의 결심을 듣고 내 마음 속에 있는 생각을 털어놓았더니, 흔쾌히 죽음에 응할 테니 꼭 심장을 꺼내서 내 피를 주입하고 완성된 곡선을 기념으로 자네에게 보내달라며 안달이더군. 나도 결심하고 드디어 연애곡선 제조에 들어가려 하네.

자네! 나는 지금 이 편지를 연구실 전기심동계 옆에 놓인 책상에서 쓰고 있네. 설마 생리학연구실에서 깊은 밤에 연애곡선을 만들이라고 생각하지 않을 테니 어떠한 방해도 받지 않고 연구를 수행할 수 있지. 밤은 조용히 흘러만 가네. 실험용으로 기르고 있는 개가 마당 구석에서 방금 전 두세 번 짖은 다음에는 겨울을 앞둔 밤바람이 연구실 유리창에서 희미한 소리를 내고 있을 뿐이네. 내게 심장을 제공한 여성은 지금 내 발밑에서 깊은 잠에 빠져 있네. 조금 전에 내가 연애곡선 제조 순서와 계획에 대한 말을 끝내자 그녀는 기뻐하며 다량의 모르핀을 복용한 것일세. 그녀는 이제 다시 일어나지 않네. 그녀가 모르핀을 복용하자마자 나는 로크씨액에 가열을 시작하고 전기심동계 준비를 끝내고서 이 편지를 쓰기 시작했네. 몰핀을 복용한 후 그녀는 기뻐하듯 내가 준비하는 모습을 보고 있었으나 이 편지를 쓰기 시작할 무렵, 결국 잠에 빠져들고 말았네. 이 얼마나 아름다운 죽음인가. 지금 그녀는 작은 숨소리를 내고 있으나 이제 두 번 다시 그녀의 목소리를 들을 수 없다는 생각을 하자 편지를 쓰는 손이 떨려오는군. 나는 아마도 두서없이 써왔겠으나 지금 다시 읽어볼 틈이 없다네. 나는 지금부터 그녀의 심장을 꺼내야 하기 때문이지.


40분 걸렸군. 간신히 지금 그녀 심장을 꺼내고 상자 속에 연결한 후 로크씨액을 주입시키고 있다. 수술할 때 그녀의 심장은 계속 박동하고 있었네. 이는 그녀의 유언을 따랐기 때문일세. 그녀는 연애곡선을 완성하기 위해 심장이 아직 움직이고 있을 때 적출해주기를 원했네. 메스를 댈 때 혹시 그녀가 잠에서 깨어나지 않을까 하기도 했으나 심장을 절단하기까지 그녀는 안락한 잠을 자고 있었네. 지금도 아직 조그맣게 숨소리를 내고 있지 않을까 할 정도라네. 전등 불빛에 비춰진 그녀의 죽은 모습은 그저 아름답다는 말밖에 안 나오는군.

심장은 지금 매우 활발하게 움직이네. 어서 내 피를 주입해달라는 듯 말일세. 자, 드디어 이제부터 내 혈액을 채취할 순서라네. 연애곡선을 완성시키는 것과 그녀의 비장한 소망을 만족시키기 위해 나는 지금까지 아무도 시도하지 않았던 혈액유통법을 해보려는 것일세. 지금까지는 주사바늘로 왼팔 정맥에서 피를 뽑고 왔었지만, 이번만은 내 요골(撓骨)동맥에 유리관을 꽂고는 그대로 고무관으로 연결하여 내 동맥으로부터 내 혈액이 직접 그녀의 심장 속으로 들어가도록 하려는 것일세. 그녀가 살아있는 심장을 제공해 준 마음에 대해 이 정도로 보답하는 것은 당연하지. 그리고 또한 연애곡선을 완성시키기 위해서도 필요하네.


20분 걸렸다.

이제 간신히 내 동맥혈을 그녀의 심장 속으로 보낼 수 있게 되었네. 혈액은 힘껏 뻗어 나오기에 조금도 응고를 일으키지 않은 채 실험은 계속되었네. 심장은 힘차게 박동하네. 그 뛰는 모습을 바라보고 있노라면 왼손에 통증도 느껴지지 않는군. 왼손 상처에 조금씩 피가 번져온다. 그 피를 닦아내기 위해 거즈를 옆에 두고 있네. 저런, 종이에 피가 묻었군. 용서하게. 그녀의 심장으로 흘러 들어가는 내 피는 또다시 돌아오지 않네. 내 혈액은 점점 줄어간다. 머리가 선명해졌군. 잠시 손을 멈추고 그녀 심장을 관찰하며 옛 생각에 잠기도록 하겠네.


10분이 지났다.

온몸에 땀이 흘러나왔다. 빈혈 때문이겠지. 자, 이제부터 스위치를 돌려 아크 등을 켜고는 감열지를 회전시킨다. 나는 자리에 앉은 채로 스위치를 넣을 수 있도록 준비해 둔 것일세. 전등이 켜져 있어도 곡선제조에는 지장이 없으니.


전기심동계가 움직이고 있다. 심동계 소리 이외에 묘한 소리가 들려온다. 이것도 빈혈 때문이야!

곡선은 지금 그려지고 있다. 자네에게 바쳐질 연애곡선이 지금 만들어지고 있는 것일세. 그러나 나는 그 곡선을 현상할 수 없네. 여차하면 나는 이대로 내 온몸의 혈액을 쏟아 부을 작정이니 말일세. 혈액을 모두 뽑힌 후 내가 쓰러지면 아크 등이나 사진 장치, 실내 전등 스위치가 모두 한 번에 꺼지도록 해놓았으니 머지않아 두 시체는 어둠 속에 잠길 것일세.


펜을 든 손이 심하게 떨려온다. 눈앞에 어두워지기 시작했다. 나는 마지막 힘을 다해 자네에 한 마디 해주기로 하겠네. 사실 이 편지를 쓰기 전에 교실주임과 동료 앞으로 편지를 써놨으니 이것이 내 마지막 유서가 되는 셈이네. 연애곡선은 내일 아침 동료 손에 의해 현상되고 자네에게 보내줄 터이니 영원히 보존해주기 바라네.

자네는 이미 내게 심장을 제공한 여성이 누구인지 짐작하고 있겠지. 나는 지금 무한한 기쁨을 느끼고 있다네. 스스로 곡선을 볼 수는 없으나, 참된 연애곡선이 완성되어가고 있다는 것을 나는 믿어 의심치 않네. 내 피가 다했을 때 그녀의 심장은 정지하네. 이것이 연애의 극치가 아니고 무엇이란 말인가.

……저런. 내 피가 줄어들었는지 그녀의 심장은 지금 막 정지하려 하는군. 자네! 자네와의 사랑 없는 정략결혼을 혐오하고 그녀의 참된 연인이었던 내게 달려온 유키에 씨의 심장은 바로 지금 멈추려 하고 있다……



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Posted by 문학관 관리인 위어조자(謂語助者)


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